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第四章
028 偽りの天国は偽りの幸福しか与えてくれない。
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心地良い時間がまだ続いている。
夢だと自覚はできているのに、この心地良さに思考が引っ張られてどうしても目の前の光景を感受してしまっていた。
……ここはきっと、天国なのだろう。
とは思うものの、あたりを見回してみても一つ足りないものがある。
「アルヴは……出てこないのか」
神様ならこういう時は出てくるものなのだろうが、奴の姿だけは一向に現れない。
別に見たいわけでもないのでそれはそれで構わないのだが、少し気がかりなだけだ。
しかしどれくらい時間が経過したのだろう。
そもそも時間の経過すら曖昧な感じではあるのだが、今は社会人として過ごしている。
それもホワイト企業で、期待の新人として。
同期とも親しく接していられて関係は良好、上司も優しくて仕事にやりがいを得させてくれている。
一人暮らしの生活も順調だ、こういう人生を歩みたかった。
……ここは自分の望んでいたものを得られる世界なのか。
誰もいない屋上で、空を見上げた。
ほとんど、雲一つない青空が続いている。
作為的だ、些細なものから何一つとして。
もしかしたら、今までの嫌な記憶や異世界に行った時の事――そっちのほうが夢だったのではないか?
ああ、その可能性は十分に考えられる。
きっとそう、そうに違いない。
……そうに。
「どうした島津~、そろそろ昼休みが終わるぜ。仕事にとりかかろう、お前無じゃ進まないよ」
「あ、ああ……今行くよ」
仕事仲間が呼んでいた。
俺を必要としてくれている、これほど嬉しい事は無い。
やりがいも、いきがいも湧いてくる。
……けれど、何だこの蟠りは。
踵を返して建物への扉へと向かっていく。
午後も暖かな雰囲気の中で、過ごす。それは良い事だ、とても良い事なのだ。
天国のような時間が続く。
続くのだけれど……。
「なんだろうな、この気持ち」
心地良いのに居心地悪いような。
よく分からない、気持ちのまま、ドアノブに手を伸ばしたその時。
「シマヅ様……」
後ろから、誰かの声が聞こえた。
誰かの声? いや、誰なのかは……はっきりと分かっているじゃないか。
「ハス……?」
振り返ると、ぼんやりとそこには……ハスの影があった。
夢の中に、現実がちらついている。
思えば……俺が見るべき現実は、ハスといる世界だ。
「ハス……そっちはどうなってるんだ?」
「……」
影は動かない。
けれど、その右手は差し伸べるように動いた。
取るべきか、どうか。
「なあハス、今がどんな状況かはよく分からないけどさ……俺が過ごしたかった日々がここにはあって、嫌だった記憶がどんどん最高の日々に塗り替えられていくんだ」
「……」
「多分、このまま建物へ入ってしまえば、きっとこの夢の続きを味わえるんだ。幸福な夢の続きを」
「……」
ハスは何も言わない。
なんでもいい、何か一言だけでも話してほしいけれど……そんな雰囲気もない。
「両親とはさ、なんかいい感じになってるし、友達もいっぱいできたし……上司は優しいんだ」
その影を見つめているだけで、心の中にある何かが、少しずつ崩れていくような感覚を覚える。
「……虚しいよ、すごく虚しい」
「……」
「ただ与えられているばかりだ。与えられただけで……何にもない。虚しさだけしかないんだ」
自然と、涙がこみあげてくる。
「ここは与え続けて酔いしれさせようとしているだけだな。苦楽もない、本当にただの都合の良い事だけが延々と続く虚しい夢だ」
ハスの手を、握る。
まるで煙に触れているような感覚ではあるが、確かにハスの手のぬくもりは、感じる。
「ここでは死ぬ気にもなれないよ……」
「帰りましょう」
その時、ハスの影は握った手をぎゅっと、握り返した。
世界が暗転していく。
その途中で、友人達や上司、親父に義母の姿が見えたものの、どれも霧のように消えていく。
暗闇に包まれた世界の中で、ハスの影は白い影となっており、遠くには小さく暖かな光が見えた。
きっとそこへ向かっているのだと思う。
その途中、もう一つ……白い影とすれ違った。
誰だろう、この影は。
「行ってらっしゃい」
手を振ってくれていた。
どこかで聞いた事のある、その声。白い影を掴もうとしたけれど、手は届かず――俺は光の中へ。
夢だと自覚はできているのに、この心地良さに思考が引っ張られてどうしても目の前の光景を感受してしまっていた。
……ここはきっと、天国なのだろう。
とは思うものの、あたりを見回してみても一つ足りないものがある。
「アルヴは……出てこないのか」
神様ならこういう時は出てくるものなのだろうが、奴の姿だけは一向に現れない。
別に見たいわけでもないのでそれはそれで構わないのだが、少し気がかりなだけだ。
しかしどれくらい時間が経過したのだろう。
そもそも時間の経過すら曖昧な感じではあるのだが、今は社会人として過ごしている。
それもホワイト企業で、期待の新人として。
同期とも親しく接していられて関係は良好、上司も優しくて仕事にやりがいを得させてくれている。
一人暮らしの生活も順調だ、こういう人生を歩みたかった。
……ここは自分の望んでいたものを得られる世界なのか。
誰もいない屋上で、空を見上げた。
ほとんど、雲一つない青空が続いている。
作為的だ、些細なものから何一つとして。
もしかしたら、今までの嫌な記憶や異世界に行った時の事――そっちのほうが夢だったのではないか?
ああ、その可能性は十分に考えられる。
きっとそう、そうに違いない。
……そうに。
「どうした島津~、そろそろ昼休みが終わるぜ。仕事にとりかかろう、お前無じゃ進まないよ」
「あ、ああ……今行くよ」
仕事仲間が呼んでいた。
俺を必要としてくれている、これほど嬉しい事は無い。
やりがいも、いきがいも湧いてくる。
……けれど、何だこの蟠りは。
踵を返して建物への扉へと向かっていく。
午後も暖かな雰囲気の中で、過ごす。それは良い事だ、とても良い事なのだ。
天国のような時間が続く。
続くのだけれど……。
「なんだろうな、この気持ち」
心地良いのに居心地悪いような。
よく分からない、気持ちのまま、ドアノブに手を伸ばしたその時。
「シマヅ様……」
後ろから、誰かの声が聞こえた。
誰かの声? いや、誰なのかは……はっきりと分かっているじゃないか。
「ハス……?」
振り返ると、ぼんやりとそこには……ハスの影があった。
夢の中に、現実がちらついている。
思えば……俺が見るべき現実は、ハスといる世界だ。
「ハス……そっちはどうなってるんだ?」
「……」
影は動かない。
けれど、その右手は差し伸べるように動いた。
取るべきか、どうか。
「なあハス、今がどんな状況かはよく分からないけどさ……俺が過ごしたかった日々がここにはあって、嫌だった記憶がどんどん最高の日々に塗り替えられていくんだ」
「……」
「多分、このまま建物へ入ってしまえば、きっとこの夢の続きを味わえるんだ。幸福な夢の続きを」
「……」
ハスは何も言わない。
なんでもいい、何か一言だけでも話してほしいけれど……そんな雰囲気もない。
「両親とはさ、なんかいい感じになってるし、友達もいっぱいできたし……上司は優しいんだ」
その影を見つめているだけで、心の中にある何かが、少しずつ崩れていくような感覚を覚える。
「……虚しいよ、すごく虚しい」
「……」
「ただ与えられているばかりだ。与えられただけで……何にもない。虚しさだけしかないんだ」
自然と、涙がこみあげてくる。
「ここは与え続けて酔いしれさせようとしているだけだな。苦楽もない、本当にただの都合の良い事だけが延々と続く虚しい夢だ」
ハスの手を、握る。
まるで煙に触れているような感覚ではあるが、確かにハスの手のぬくもりは、感じる。
「ここでは死ぬ気にもなれないよ……」
「帰りましょう」
その時、ハスの影は握った手をぎゅっと、握り返した。
世界が暗転していく。
その途中で、友人達や上司、親父に義母の姿が見えたものの、どれも霧のように消えていく。
暗闇に包まれた世界の中で、ハスの影は白い影となっており、遠くには小さく暖かな光が見えた。
きっとそこへ向かっているのだと思う。
その途中、もう一つ……白い影とすれ違った。
誰だろう、この影は。
「行ってらっしゃい」
手を振ってくれていた。
どこかで聞いた事のある、その声。白い影を掴もうとしたけれど、手は届かず――俺は光の中へ。
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