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第一部
その15.ちょっとした交渉
しおりを挟む「おはよう」
翌日、教室へ入るや俺に満面の笑みを浮かべて小さく手を振っていた豊中さんを見て、俺はその笑顔の裏に見えるものはきちんと読み取った。
二人に言ったらどうなるか分かってるでしょうね、透明な脅迫文を受け取って俺は苦笑いで言葉を返した。
「……おはよう」
これといって何か特別な態度も取らず、ノアと薫が着席するや二人を取り巻く生徒の一人となった。
俺としては昨日の襲撃者が近くにいるのは落ち着かない。
授業が始まって取り巻きがいなくなると一安心ってとこだ。
それでも着席の前に豊中さんは俺を見てにっこりと笑顔を送ったのは、定期的脅迫のつもりかな。
心臓が締め付けられる思いなのでやめていただきたい。
「豊中さんと、仲良くなった?」
そう見えるかい?
見えるよね、悲しいなあ。
「まあ……」
「豊中は意外といい奴だぜ」
「そうかい」
薫、お前は何も分かってない。
「う、うんっ。いい人っ」
ノア、お前もだ。
昨日の朝、何があったのか丁寧に説明してやろうか?
それとも豊中さんの足元にあるバッグ、おそらくあの中に入っているグローブを取って見せてやろうか?
街灯をいとも容易く引き抜くような奴なんだぜ、信じられる?
「いい人……だよね」
遠くの席から感じる視線に、感づいて見るや豊中さんはばっちり俺を見ていた。
監視されているようなので下手な事は言えない。
それから暫しの時間が過ぎて昼休み。
俺達は屋上へ昼食を、といきたかったが階段を上がっている途中で、
「浩太郎君、ちょっといい?」
後方から届く声は豊中さん。
「ああ……わ、分かったよ」
「ノア様、申し訳ございません。彼を少し借りますね」
「う、うんっ」
ノアは笑顔で見送っていたが俺は全力で引き止めて欲しかったと心の中で助けを求めていたり。
話って何かなあ……。
流石に学校で俺を襲わないと思うが。
蔵曾だってどこかで見ている、そんな中人外が俺を襲いはしない。昨日の件でそれは証明されている。何も出来ないと彼女が自分の口で言ったのだからね。
「あの、話って?」
それほど歩かず、近くの廊下で彼女は足を止めた。
「私の正体、言ってないわよね」
「言ってないよ。先ず豊中さんの正体が分からないから言うも何もな」
「それならいいわ」
朝からあんなに不気味な笑顔見せられたら今後も言う気はなくすぜ。
「豊中さんってさ、何者?」
「秘密。お前の敵なのは確か」
「そうですか……」
「今は手が出せないけどね」
それは嬉しいな、街灯を投げられちゃたまんないし。
「どうしてか今日は蔵曾が熱心にあんたを観察してるのよ、あんたと会話する程度ならいいけど下手に手を出したら何をしてくるか……」
昨日あいつに色々言ったがその影響かな。
「この際手を出さないでお互い楽しい学校生活を送ろうよ」
「それは無理。蔵曾が見てない時を狙ってぶっ倒すからよろしく」
くそう、けれど蔵曾が俺を観察してくれているのなら襲われてもあいつの手助けがあると思っていい、豊中さんもそれを警戒して手を出してこないなら安心だな。
「ノアのメルアドは知ってる?」
「いや、知らない。き、聞きたいのだが……勇気が」
このような面では意外と奥手なんだな。
「じゃあ俺が教えよう、その代わりに君はしばらく俺を襲わない。どう?」
蔵曾がいるとはいえ、俺にはいつ蔵曾が目を離しているかが分からない。彼女が見ている内の安全を自覚できないのならば不安は絶対に拭えない。それならばいつどんな時でもしばらくは襲わないとはっきりと把握できればいい。
「買収するつもりか?」
「交渉だよ」
「浅はかな。最低な奴だなお前は、まったく、こういう奴が何故蔵曾に気に入られたんだか理解できん」
ボロクソに言ってるけどポケットから携帯電話取り出してる時点で発言と行動が一致していない。
「ノアにはアドレス教えたって言っておくから、メールを楽しむといい。あんまりしつこくメールしないようにね」
「私に恩を売ったつもりか? ふん、私は別に構わんのだぞ。貴様が交渉したいというからやってやろうとしているだけで」
「じゃあやめよっか」
「何を言ってるの? 交渉してやるのに私の配慮を無駄にするの?」
素直じゃないなあ。
「その目は何よ」
じとーと見ていたら豊中さんの眉間に深いしわが刻まれた。
おっとっと、まずいまずい。
「いやいや、じゃあアドレス教えてやるよ」
「教えてやる? 教えて差し上げます、その代わりにしばらく襲わないでくださいでしょ?」
「教えて差し上げます、その代わりにしばらく襲わないでください」
この人との会話は威圧感を間近で感じるので疲れる。
「よろしい」
「どうもありがとう」
「ま、私も蔵曾に見られた事だししばらくは様子見するつもりだったから丁度いいわ。上からも様子見しろって言われたし」
上から? 何らかの組織で動いているのか彼女は。
使乃さん然り、周りには蔵曾を巡って様々な連中が蔓延ってやがるな。
「だが忠告するぞ、変な気は絶対に起こすなよ。蔵曾を使って自分の思い通りに世界を改変しようとしたらすぐにお前を殺す」
「そんな事しないよ」
「どうだか。願いが叶うものが目の前にあったら誰だってそれを使う。七つの玉を集めたら願いが叶うって言われたら集めるでしょう?」
「集めるかもしれないね。その時はレーダーを作ってもらわないと。あはは」
「……はぁあん?」
「はは、は……いえ、冗談です……」
ちょっとしたジョークでさえ彼女の逆鱗に触れてしまう。
「お前と一緒にいたあの女、蔵曾の関係者とは言ってたけど何者かは知ってる?」
「俺もそれは聞けなかったなあ。一年一組ってのは知ってるけど」
「はぁあん? 同業かと思ったけど正体つかめなかったんだのよねあいつ」
そう言われても俺は使乃さんと知り合って合計時間でいうとまだ一時間にも満たない。
それで彼女の正体までつかめるかといったら、そりゃあ無理な話だぜ。
俺の推測では天使とかそういう存在だとは思うが、推測の段階で言葉にするのはやめておく。
「あいつには気をつけな。あいつの正体が分かったら教えろ、お前が私の言う通りに従うなら襲いはしない」
それはありがたいですね。
「だが、少しでも世界を乱すような事があれば、ばっきばきよ?」
目についたその腰に入っているものはもしかしてもしかするともしかしなくてもグローブ? いつでも装備して攻撃できるのかな、止めて欲しいね。
「あの……」
「はぁあ……ん?」
「も、もしかして浩太郎君とまた、仲が悪くなった?」
後方の角にて、頭一つ出ていたノアはそうか細い声で豊中さんに呟いた。
いつまで経っても来ないので様子を見にきたようだ。
空腹を我慢して弁当を手にぶら下げて律儀に俺を待ってくれている、泣けるねえ。
「あ、いえっ! か、彼とは仲良しですよあははは!」
どの口が言う。
――痛いっ。
死角から肘打ちを食らった、俺に話を合わせろってか? 仕方ないな。
「……そうそう、ちょっと世間話が盛り上がっただけ。あとお前のアドレス、豊中さんに教えたけどいいよな? メル友増えるぞ」
「そ、それは嬉しいっ」
表情が明るくなった。
「不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」
ノアに嫁ぎにでもいくのか君は。
「すぐ行くから、そう心配するなよ」
「わ、分かったっ」
そう言って首は引っ込んでいった。
「……ノア様、マジ天使」
そうですか、よかったですね。
俺にとって君はマジ悪魔。
天使になってくれるよう祈りたいがそれは無理な話だ。
豊中さんと別れて俺はようやく昼食を摂るべく屋上へ。
警戒すべきは豊中さんだけではない、田島先輩もそうだ。
とはいえ彼女への警戒ってのは不意打ちや結界とやらにはめられないようにっていう警戒だ。
三階が先輩のいる教室、そこを通り過ぎる際はなるべく早く、めいいっぱい警戒して上へ。
昼食一つ摂ろうとしているだけなのにこの有様だ、疲れちまうぜ。
放課後になり、ノア達を玄関に待たせて俺は一年一組へと足を運んでいた。
使乃さんはいるかな、俺を見守ってくれていたようだが学校ではどんな生活をしているのか気になる。
助けを求めるのならば使乃さんだ、それならば彼女について少しでも知っておかなければね。
豊中さんは使乃さんには気をつけろって言ってたけど、俺が頼れるのは使乃さんくらいなのだ。
蔵曾はまあ……あいつも一応頼れるっちゃあ頼れるが直接助けてくれたのは先日の一回のみ。
その前は敵である田島先輩の襲撃にいちゃもんつけてアドバイスしていたのであいつには困りものだ。頼れるとはいえ俺には敵としか思えないぜ。
「天野使乃さん、いる?」
「今日は休みだよ~」
一組の教室へ行くや通りかかった女子生徒に聞いてみるも、その言葉に俺はうなだれた。
「使乃さんに何か用なの?」
「ちょっとお話が」
「彼女、ここ数日学校休んでるから明日も来るか分からないよ?」
休んでるの? それも数日?
アルバイトとやらが忙しいのかな。
でも見守ってくれてたって言ってたから学校を休んでるとはいえ校外から見守ってくれている可能性も無きにしもあらず、だよね。
そうだと信じたい。
なんか俺のために周りは皆大変そうだ。
俺はどうするべきなのだろう。
蔵曾を敬い従って俺に何度も襲い掛かる田島先輩。
蔵曾の言う通りにして満足させてという使乃さん。
蔵曾は他人を振り回し、好き勝手やるのでこっちも好き勝手すると襲ってきた豊中さん。
豊中さんは様子見してくれるようになったからしばらくは大丈夫だが、使乃さんの言う通りにするとなると豊中さんはまた激怒して俺を襲ってくるに違いない。
加えて田島先輩もいるとなると頭を抱えてしまう。
今日は襲ってこないが、蔵曾に言われたとおりきちんと計画でも立てて追い詰めようとしてるのか? それはそれでやめて欲しいな。
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