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第十六話 たのもー。
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「――ということがあってだな」
今日も今日とて。
晴れてゲーム部となった部室にて。
一応、芙美には病院の話はしておくとした。
「その医者は碌な医者じゃないわね」
「どうしてだよ」
「明日太を消すのも治療の一つだなんて、冗談じゃないわ」
芙美は怒り混じりにコーヒーをすする。
すすりすぎて、あちちっと軽く噴いていた。
明日香の姿はまだない、カースト上位の方々との付き合いがあるために今日はここへ来るかどうかも怪しいところだ。
それでも本人曰く必ず来るとのことなのでこうして待ってはいる。
待ったところで、彼女が来たところで、部活動なんていうたいそうなものはこれといってやらないとは思うのだけれど。
「体が切り替わることについても何も分からずじまいなんでしょう?」
「まあそうだな」
「役に立たない医者ね、まあいいけど」
「いいのかよ」
いやいいのか、芙美的には。
明日太と過ごせればそれでよさそうな気がするこいつは。
「そういえばこのテーブルに広げてあるのはなんだ?」
「ボードゲームを今日はやろうと思って。明日香が来たらやりましょう」
色々と持ってきたもんだな。
これらは芙美が趣味で集めていたものであろう。こいつときたらボードゲームをやる人数は集めないくせにボードゲーム自体は集めやがるからな。
たまに二人用のボードゲームを芙美の家でやったりしたもんだ。
「今日は手始めに、人生ゲームはどうかしら」
「ふぅん、人生ゲームねえ?」
やるのはいつ以来だろう。
色とりどりのボードゲーム、懐かしさすらあるその小さな八つの穴がついた車と、小さな棒の先端に球体がついたのみの簡単なピン。
ちなみに六人乗りの車に、八つの穴がついていて真ん中の余分な二つの穴は棒状の駒を差すものではないらしい。なんだったっけな、子供が誤飲してしまっても呼吸できるようにとかいう理由があったはず。
ルーレットを意味もなく回してみる。出目は六、上々だ。
「四人分用意してるんだな」
「明日太も参加すると思って」
「なるほど」
本命はそれだな。
そうして待つこと数分、部室の扉が開いた。
「おまたせー」
今日も明日香はいつも通りの様子でご登場だ。
「何か飲む?」
「それじゃあコーヒーを。あっ、あと紅茶もあったら用意しておいたほうがいいかも」
「そうね」
コップは二つ用意して、コーヒーと、もう片方に紅茶をいれる。
「明日太は起きてる?」
「うん、起きてるよ」
「じゃあ明日太も入れて人生ゲームやらない?」
「いいわねっ」
しゅるしゅると体が膨らみ、男性の体格になっていく。
「人生ゲームか、いいね」
「学校内であまり切り替わるなって言われてなかったか」
「部室の中だけなら大丈夫だろう」
「そうよ、ここだけなら大丈夫よ」
芙美は当然のように明日太側につく。
これじゃあ何も言えないね。
明日太は意味もなくルーレットを回した。
出目は十、やるじゃないの。
結局順番は出目の大きい人からというわけで、明日太、芙美、明日香、俺となった。
いざ始まり、お茶をすすりながらルーレットを回す。
「大金持ちになった」
「作家になって大ヒットだわ」
「アイドルになっちゃった」
「子だくさんで出費がぁ!」
俺以外順調に進めてやがる。
「おっ、宝くじが当たったっ」
「今度は映画化かあ」
「ひゃー! 国民的アイドルに大成長!」
「離婚して慰謝料がぁ!」
どうして俺だけこうなるのかなあ。
もう少し人生ゲームを楽しみたいのだが、どうあがいてもルーレットの出目による進行先は悪いものばかり書いてやがる。
「油田を見つけて超大富豪だ!」
「ロングヒットねえ、これだけお金があると札束のお風呂に入れるわ」
「ハリウッド進出しちゃった」
「……」
あまりにも所持金の差が激しい。
「芙美、半分ちょうだい」
「嫌よ」
「世知辛い」
そうして人生ゲームを俺以外が堪能した、いや、俺もまあ堪能はしたね、うん、した。部室でこうしてゲームをして帰宅するのはなんとも楽しいものだ。
青春っていうやつを味わっている気がするね。
人生ゲームの結果は言わずもがな、俺が最下位だったが。
「たのもー!」
片づけをしようとしたその時、部室の扉が勢いよく開いた。
やってきたのは、なんと……朝日奈月那だった。
今日も今日とて化粧が濃い。朝日奈は室内をきょろきょろと見回しては誰かを探している様子で入ってきた。
「……お前ら三人だけか?」
「見ての通り、ですけど……」
「あいつの声が聞こえた気がしたんだけどなあ……」
明日香はちょうど切り替わった状態だ。
またきょろきょろと見て回る朝日奈。
「テーブルには四人分の飲み物……。人生ゲームの駒も四つ……さっきまで誰かいたな? あいつか⁉ 明日太がいたのか⁉」
「えっ、いや、そのー……」
「見れば分かるでしょ、いないわよ」
「ふんっ、お前もいたのか」
「ええ、いたけど」
芙美にいじめをしかけていた朝日奈――二人が同じ空間にいるというのは、緊張感が立ち込めてくる。
お互いに、その目は敵と認識して見ている。
「何しに来たのよ」
「明日太を探しに来たんだよ」
「明日太を?」
「明日太ってよく見ればいい男だしなあ、明日香そっくりでウケるよねー」
「うっ、そ、そう?」
明日香は苦笑いを浮かべて、誤魔化しのためかお茶をすすっていた。
「そうそうー」
壁に立てかけられていたパイプ椅子を勝手に出しては座りこむ朝日奈。
何をくつろぎ始めてるんだ? まさかここに居続けるつもりじゃあないだろうな。
「おい」
「ん?」
顎で指された。
何かを促されている、何だろう。
「茶だよ茶ぁ。茶ぁくらい出してよねえ、気が利かないなあ」
「えー」
「京一、こいつにお茶なんて出さなくていいわよ」
「んだよ、冷てぇなあ」
「あんたがわたしにしたことを考えると当然の対応だと思うけど」
「あー?」
そりゃそうだ。
こいつは芙美をいじめていた連中の一人、それも主犯格。
お茶なんて出してたまるかってんだ。
「ふんっ、あれから別に何もやってねぇだろ」
「やってないけど、やられたことは忘れてないから」
「ちっ……んなこともう忘れろよなあ。こっちももうどうでもよくなっちまったしよお」
「どうでもよくなった?」
「まーなんつーか? あーしは最近気になる奴ができたっつーか? だからお前に好意を寄せてた間島のこともどうでもよくなったっちゅーわけよ」
ほうほう。
気になるやつができたと。
となると朝日奈がいじめをやめた理由は明日太に注意されたからではなく、間島の他に好きな奴が出来たからってことか。
なんともまあ自分勝手な奴。
しかもこいつの口から出ずとも分かるぞその気になる奴ってのは。
明日太を探しにきたって言っていた時点で――そうなのだろう。
これには芙美も苦虫を噛み切ったような顔をしていた。
「明日太ってイどこのクラスなん? 知ってんしょ?」
「さあ?」
「それくらい教えろし」
「あんたに教えることなどないわ」
「ちっ、まだ根に持ってんのかよ。わーったよ、謝ればいいんだろ謝ればあ」
「誠意のこもってない謝罪なんていらないわよ」
「はー? じゃあどうすればいいわけ?」
「別に何もしなくていいわ。ただ、わたしに関わらなければそれでいい」
「あーそう」
朝日奈は化粧道具を取り出してその厚化粧に更に化粧の上塗りを始めた。
もはや化粧というか作品を磨き上げる創作行為と呼ぶべきか。
「あ、でもこれくらいはさせて?」
「ん? なによ」
すると、すっと立った芙美は朝日奈のもとへと向かい、
「ふんっ!」
「ぬぎゅあ!!」
ぼごんっと鈍い音。
それはそれは見事な肩パンだった。
パイプ椅子から転げ落ちる朝日奈、化粧道具も散っていく。
その姿、見ていて少し爽快。
「な、なにすんだよ!」
「今までのお礼、これでチャラにしてあげる」
「うぐぐ……」
意外と大人しく、朝日奈は化粧道具を回収する。
――回収し終えると、次の瞬間。
「どらぁあ!」
「ほぎゅあ!!」
反撃の肩パン。
「へっ、カースト下位が調子乗んなし!」
「や、やったわねぇ!」
「やったけど――あいた!」
今度は芙美の脛蹴り。
これは痛そうだ。
「このぉ!」
悶絶する朝日奈はぎろりと芙美を睨みつけてまた反撃の一撃を繰り出した。
「ぐうっ……!」
器用に太ももへ蹴りを放つ。
室内はそれほど広くはないんだがな、よく蹴りを放てたもんだ。これには朝日奈にお見事と言いたい。
って、眺めている場合か。
「ストップストーップ!」
このままだとエスカレートしていくのみ。
テーブルでもひっくり返されたらたまったもんじゃない。
俺は両者の間に入って攻撃が届かないよう距離を開けさせた。
「あいたっ」
その分、俺が両者の攻撃を受けるはめに。はは、ウケる……なんつって。
「室内で暴れまわらないでくれ!」
「そっちが最初にやってきたんだし!」
「わたしはただ、今までのお礼をしただけだよ。何か問題でもあるかい」
「ぬぐぐぐぐ……」
「ぬぬぬぬぬ……」
両者のにらみ合い。
その間に入っていると何とも居心地は悪い。
「とりあえず座れ。ほら、朝日奈には茶を出してやるから」
「こいつに出す茶なんてないわよ」
「あぁ?」
「いいからいいから」
朝日奈をなだめて座らせ、同様に芙美もなだめる。
まだまだやりたりないといった様子ではあったが、俺は半ば強引に座らせた。
「ふんっ、まあいいし」
「わたしはもっとお礼をしたいんだけどなあ」
「あー?」
「何よ」
「やんのかよぉ」
「やってやるわよぉ」
「こらこら……」
二人の間に座っておこう。
これならば何かあっても俺が対応できる。居心地は悪いがね。
しかし右側には芙美、左側には朝日奈、正面には明日香と――よく分からない席の配置になってしまった。
「んで、明日太はどこにいんのよ?」
質問の相手は俺へと向けられている。
どう答えればいいものか。
「さ、さあ?」
「絶対ここにいたっしょ! この四人分の飲み物はどう説明すんのさ!」
「こ、これは、わたしって紅茶もコーヒーも飲むものだから……」
そう言って明日香は紅茶とコーヒーを交互に飲み始めた。
紅茶はあまり美味しそうには飲めていない。眉間のしわがなんとも切ない。
「じゃあこの駒は⁉」
「こ、これは……」
ちらりと明日香が見る。
助け船が欲しそうだ。俺は咄嗟に口を開いていた。
「これは俺がただ二人分プレイしてたってだけだよっ、ほら見てよ俺の所持金! 人生ゲーム弱いんだ! 二人分やらなきゃ勝てん!」
「ふーん……?」
やや苦しい言い訳。
何より四人目の駒が置かれていたのは明日香の近くだ。
訝しげに駒と俺を交互に見る朝日奈。
「つーかここ何なん?」
「ここ? ここはゲーム部の部室だけど」
テーブルを御覧の通りである。
それ以外はどこを見てもなんの部かはあまり分からんが。
「ゲーム部ぅ?」
「そ。ゲーム部。今は部活中だから出ていってくれないかしら?」
芙美は邪険に扱い、しっしっと手で追い払うポーズをとっていた。
「明日香、あんたもゲーム部なの?」
「そ、そうだけど……」
「ゲーム部って名前からしてオタクの集まりじゃん!」
「オタクですが何か」
芙美は睨みをきかせてそう答える。
「明日香もオタクなん?」
「え、わ、わたしは、どうだろう? ゲームは好きなほうだけど」
「えー、意外!」
一々声がでかいし、言下にはケラケラと笑って騒がしい。
カースト上位の陽キャ様は何かと賑やかなものだな。
「ていうかいつまで寛いでんのよ! ほら、さっさと出てって!」
「ちょ、乱暴に引っ張んなし!」
芙美は朝日奈の腕を引っ張っては部室の外へと追い出した。
「いってぇ~……」
「じゃあね!」
そう言ってはぴしゃりと扉を閉める。
内鍵も掛けて完全に締め出してしまった。
「おーいこらー!」
「うるさい!」
「開けろー!」
「開けない!」
「てめぇこの腐れオタクがー!」
「腐れオタクですが何か!」
「かかってこいやー!」
「馬鹿にはかかっていかない!」
「なんだとこのボケー!」
「うるさい馬鹿!」
「このアホ―!」
「ケバいんだよ化粧が!」
「あー⁉」
「語彙力なさすぎ!」
それから何かと扉越しに聞こえてきたが、その都度芙美は言い返し、数分後には静かになった。
諦めて立ち去ったのだろう。
「ふぅ……言ってやったわ」
「随分と言ってやったね」
最後の言い合いは何ともいつもの芙美らしからぬ様子であった。
「明日太に助けてもらってばっかじゃあ駄目だからねわたしも」
「――やるじゃないか」
「あら明日太っ。切り替わってたの、見苦しいところを見せちゃったわね」
今まで言い合いをして険しい顔になっていたが明日太を見るやその表情は明るくなっていった。
「しかし困ったな。変な奴に目をつけられてるね僕」
残念だな朝日奈。
お前、明日太に変な奴って言われてるぜ。
「何なのかしらねあいつ」
「女の子にモテるのは悪い気はしないが、あいつの場合は良い気もしないな。芙美をいじめていた奴だし」
「塩撒いておきたいわね、どっかにないかしら」
ミルクと砂糖ならあるのだが。
塩は家庭科室まで行かないと手に入らないだろう。
今日も今日とて。
晴れてゲーム部となった部室にて。
一応、芙美には病院の話はしておくとした。
「その医者は碌な医者じゃないわね」
「どうしてだよ」
「明日太を消すのも治療の一つだなんて、冗談じゃないわ」
芙美は怒り混じりにコーヒーをすする。
すすりすぎて、あちちっと軽く噴いていた。
明日香の姿はまだない、カースト上位の方々との付き合いがあるために今日はここへ来るかどうかも怪しいところだ。
それでも本人曰く必ず来るとのことなのでこうして待ってはいる。
待ったところで、彼女が来たところで、部活動なんていうたいそうなものはこれといってやらないとは思うのだけれど。
「体が切り替わることについても何も分からずじまいなんでしょう?」
「まあそうだな」
「役に立たない医者ね、まあいいけど」
「いいのかよ」
いやいいのか、芙美的には。
明日太と過ごせればそれでよさそうな気がするこいつは。
「そういえばこのテーブルに広げてあるのはなんだ?」
「ボードゲームを今日はやろうと思って。明日香が来たらやりましょう」
色々と持ってきたもんだな。
これらは芙美が趣味で集めていたものであろう。こいつときたらボードゲームをやる人数は集めないくせにボードゲーム自体は集めやがるからな。
たまに二人用のボードゲームを芙美の家でやったりしたもんだ。
「今日は手始めに、人生ゲームはどうかしら」
「ふぅん、人生ゲームねえ?」
やるのはいつ以来だろう。
色とりどりのボードゲーム、懐かしさすらあるその小さな八つの穴がついた車と、小さな棒の先端に球体がついたのみの簡単なピン。
ちなみに六人乗りの車に、八つの穴がついていて真ん中の余分な二つの穴は棒状の駒を差すものではないらしい。なんだったっけな、子供が誤飲してしまっても呼吸できるようにとかいう理由があったはず。
ルーレットを意味もなく回してみる。出目は六、上々だ。
「四人分用意してるんだな」
「明日太も参加すると思って」
「なるほど」
本命はそれだな。
そうして待つこと数分、部室の扉が開いた。
「おまたせー」
今日も明日香はいつも通りの様子でご登場だ。
「何か飲む?」
「それじゃあコーヒーを。あっ、あと紅茶もあったら用意しておいたほうがいいかも」
「そうね」
コップは二つ用意して、コーヒーと、もう片方に紅茶をいれる。
「明日太は起きてる?」
「うん、起きてるよ」
「じゃあ明日太も入れて人生ゲームやらない?」
「いいわねっ」
しゅるしゅると体が膨らみ、男性の体格になっていく。
「人生ゲームか、いいね」
「学校内であまり切り替わるなって言われてなかったか」
「部室の中だけなら大丈夫だろう」
「そうよ、ここだけなら大丈夫よ」
芙美は当然のように明日太側につく。
これじゃあ何も言えないね。
明日太は意味もなくルーレットを回した。
出目は十、やるじゃないの。
結局順番は出目の大きい人からというわけで、明日太、芙美、明日香、俺となった。
いざ始まり、お茶をすすりながらルーレットを回す。
「大金持ちになった」
「作家になって大ヒットだわ」
「アイドルになっちゃった」
「子だくさんで出費がぁ!」
俺以外順調に進めてやがる。
「おっ、宝くじが当たったっ」
「今度は映画化かあ」
「ひゃー! 国民的アイドルに大成長!」
「離婚して慰謝料がぁ!」
どうして俺だけこうなるのかなあ。
もう少し人生ゲームを楽しみたいのだが、どうあがいてもルーレットの出目による進行先は悪いものばかり書いてやがる。
「油田を見つけて超大富豪だ!」
「ロングヒットねえ、これだけお金があると札束のお風呂に入れるわ」
「ハリウッド進出しちゃった」
「……」
あまりにも所持金の差が激しい。
「芙美、半分ちょうだい」
「嫌よ」
「世知辛い」
そうして人生ゲームを俺以外が堪能した、いや、俺もまあ堪能はしたね、うん、した。部室でこうしてゲームをして帰宅するのはなんとも楽しいものだ。
青春っていうやつを味わっている気がするね。
人生ゲームの結果は言わずもがな、俺が最下位だったが。
「たのもー!」
片づけをしようとしたその時、部室の扉が勢いよく開いた。
やってきたのは、なんと……朝日奈月那だった。
今日も今日とて化粧が濃い。朝日奈は室内をきょろきょろと見回しては誰かを探している様子で入ってきた。
「……お前ら三人だけか?」
「見ての通り、ですけど……」
「あいつの声が聞こえた気がしたんだけどなあ……」
明日香はちょうど切り替わった状態だ。
またきょろきょろと見て回る朝日奈。
「テーブルには四人分の飲み物……。人生ゲームの駒も四つ……さっきまで誰かいたな? あいつか⁉ 明日太がいたのか⁉」
「えっ、いや、そのー……」
「見れば分かるでしょ、いないわよ」
「ふんっ、お前もいたのか」
「ええ、いたけど」
芙美にいじめをしかけていた朝日奈――二人が同じ空間にいるというのは、緊張感が立ち込めてくる。
お互いに、その目は敵と認識して見ている。
「何しに来たのよ」
「明日太を探しに来たんだよ」
「明日太を?」
「明日太ってよく見ればいい男だしなあ、明日香そっくりでウケるよねー」
「うっ、そ、そう?」
明日香は苦笑いを浮かべて、誤魔化しのためかお茶をすすっていた。
「そうそうー」
壁に立てかけられていたパイプ椅子を勝手に出しては座りこむ朝日奈。
何をくつろぎ始めてるんだ? まさかここに居続けるつもりじゃあないだろうな。
「おい」
「ん?」
顎で指された。
何かを促されている、何だろう。
「茶だよ茶ぁ。茶ぁくらい出してよねえ、気が利かないなあ」
「えー」
「京一、こいつにお茶なんて出さなくていいわよ」
「んだよ、冷てぇなあ」
「あんたがわたしにしたことを考えると当然の対応だと思うけど」
「あー?」
そりゃそうだ。
こいつは芙美をいじめていた連中の一人、それも主犯格。
お茶なんて出してたまるかってんだ。
「ふんっ、あれから別に何もやってねぇだろ」
「やってないけど、やられたことは忘れてないから」
「ちっ……んなこともう忘れろよなあ。こっちももうどうでもよくなっちまったしよお」
「どうでもよくなった?」
「まーなんつーか? あーしは最近気になる奴ができたっつーか? だからお前に好意を寄せてた間島のこともどうでもよくなったっちゅーわけよ」
ほうほう。
気になるやつができたと。
となると朝日奈がいじめをやめた理由は明日太に注意されたからではなく、間島の他に好きな奴が出来たからってことか。
なんともまあ自分勝手な奴。
しかもこいつの口から出ずとも分かるぞその気になる奴ってのは。
明日太を探しにきたって言っていた時点で――そうなのだろう。
これには芙美も苦虫を噛み切ったような顔をしていた。
「明日太ってイどこのクラスなん? 知ってんしょ?」
「さあ?」
「それくらい教えろし」
「あんたに教えることなどないわ」
「ちっ、まだ根に持ってんのかよ。わーったよ、謝ればいいんだろ謝ればあ」
「誠意のこもってない謝罪なんていらないわよ」
「はー? じゃあどうすればいいわけ?」
「別に何もしなくていいわ。ただ、わたしに関わらなければそれでいい」
「あーそう」
朝日奈は化粧道具を取り出してその厚化粧に更に化粧の上塗りを始めた。
もはや化粧というか作品を磨き上げる創作行為と呼ぶべきか。
「あ、でもこれくらいはさせて?」
「ん? なによ」
すると、すっと立った芙美は朝日奈のもとへと向かい、
「ふんっ!」
「ぬぎゅあ!!」
ぼごんっと鈍い音。
それはそれは見事な肩パンだった。
パイプ椅子から転げ落ちる朝日奈、化粧道具も散っていく。
その姿、見ていて少し爽快。
「な、なにすんだよ!」
「今までのお礼、これでチャラにしてあげる」
「うぐぐ……」
意外と大人しく、朝日奈は化粧道具を回収する。
――回収し終えると、次の瞬間。
「どらぁあ!」
「ほぎゅあ!!」
反撃の肩パン。
「へっ、カースト下位が調子乗んなし!」
「や、やったわねぇ!」
「やったけど――あいた!」
今度は芙美の脛蹴り。
これは痛そうだ。
「このぉ!」
悶絶する朝日奈はぎろりと芙美を睨みつけてまた反撃の一撃を繰り出した。
「ぐうっ……!」
器用に太ももへ蹴りを放つ。
室内はそれほど広くはないんだがな、よく蹴りを放てたもんだ。これには朝日奈にお見事と言いたい。
って、眺めている場合か。
「ストップストーップ!」
このままだとエスカレートしていくのみ。
テーブルでもひっくり返されたらたまったもんじゃない。
俺は両者の間に入って攻撃が届かないよう距離を開けさせた。
「あいたっ」
その分、俺が両者の攻撃を受けるはめに。はは、ウケる……なんつって。
「室内で暴れまわらないでくれ!」
「そっちが最初にやってきたんだし!」
「わたしはただ、今までのお礼をしただけだよ。何か問題でもあるかい」
「ぬぐぐぐぐ……」
「ぬぬぬぬぬ……」
両者のにらみ合い。
その間に入っていると何とも居心地は悪い。
「とりあえず座れ。ほら、朝日奈には茶を出してやるから」
「こいつに出す茶なんてないわよ」
「あぁ?」
「いいからいいから」
朝日奈をなだめて座らせ、同様に芙美もなだめる。
まだまだやりたりないといった様子ではあったが、俺は半ば強引に座らせた。
「ふんっ、まあいいし」
「わたしはもっとお礼をしたいんだけどなあ」
「あー?」
「何よ」
「やんのかよぉ」
「やってやるわよぉ」
「こらこら……」
二人の間に座っておこう。
これならば何かあっても俺が対応できる。居心地は悪いがね。
しかし右側には芙美、左側には朝日奈、正面には明日香と――よく分からない席の配置になってしまった。
「んで、明日太はどこにいんのよ?」
質問の相手は俺へと向けられている。
どう答えればいいものか。
「さ、さあ?」
「絶対ここにいたっしょ! この四人分の飲み物はどう説明すんのさ!」
「こ、これは、わたしって紅茶もコーヒーも飲むものだから……」
そう言って明日香は紅茶とコーヒーを交互に飲み始めた。
紅茶はあまり美味しそうには飲めていない。眉間のしわがなんとも切ない。
「じゃあこの駒は⁉」
「こ、これは……」
ちらりと明日香が見る。
助け船が欲しそうだ。俺は咄嗟に口を開いていた。
「これは俺がただ二人分プレイしてたってだけだよっ、ほら見てよ俺の所持金! 人生ゲーム弱いんだ! 二人分やらなきゃ勝てん!」
「ふーん……?」
やや苦しい言い訳。
何より四人目の駒が置かれていたのは明日香の近くだ。
訝しげに駒と俺を交互に見る朝日奈。
「つーかここ何なん?」
「ここ? ここはゲーム部の部室だけど」
テーブルを御覧の通りである。
それ以外はどこを見てもなんの部かはあまり分からんが。
「ゲーム部ぅ?」
「そ。ゲーム部。今は部活中だから出ていってくれないかしら?」
芙美は邪険に扱い、しっしっと手で追い払うポーズをとっていた。
「明日香、あんたもゲーム部なの?」
「そ、そうだけど……」
「ゲーム部って名前からしてオタクの集まりじゃん!」
「オタクですが何か」
芙美は睨みをきかせてそう答える。
「明日香もオタクなん?」
「え、わ、わたしは、どうだろう? ゲームは好きなほうだけど」
「えー、意外!」
一々声がでかいし、言下にはケラケラと笑って騒がしい。
カースト上位の陽キャ様は何かと賑やかなものだな。
「ていうかいつまで寛いでんのよ! ほら、さっさと出てって!」
「ちょ、乱暴に引っ張んなし!」
芙美は朝日奈の腕を引っ張っては部室の外へと追い出した。
「いってぇ~……」
「じゃあね!」
そう言ってはぴしゃりと扉を閉める。
内鍵も掛けて完全に締め出してしまった。
「おーいこらー!」
「うるさい!」
「開けろー!」
「開けない!」
「てめぇこの腐れオタクがー!」
「腐れオタクですが何か!」
「かかってこいやー!」
「馬鹿にはかかっていかない!」
「なんだとこのボケー!」
「うるさい馬鹿!」
「このアホ―!」
「ケバいんだよ化粧が!」
「あー⁉」
「語彙力なさすぎ!」
それから何かと扉越しに聞こえてきたが、その都度芙美は言い返し、数分後には静かになった。
諦めて立ち去ったのだろう。
「ふぅ……言ってやったわ」
「随分と言ってやったね」
最後の言い合いは何ともいつもの芙美らしからぬ様子であった。
「明日太に助けてもらってばっかじゃあ駄目だからねわたしも」
「――やるじゃないか」
「あら明日太っ。切り替わってたの、見苦しいところを見せちゃったわね」
今まで言い合いをして険しい顔になっていたが明日太を見るやその表情は明るくなっていった。
「しかし困ったな。変な奴に目をつけられてるね僕」
残念だな朝日奈。
お前、明日太に変な奴って言われてるぜ。
「何なのかしらねあいつ」
「女の子にモテるのは悪い気はしないが、あいつの場合は良い気もしないな。芙美をいじめていた奴だし」
「塩撒いておきたいわね、どっかにないかしら」
ミルクと砂糖ならあるのだが。
塩は家庭科室まで行かないと手に入らないだろう。
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