15 / 23
第十五話 心情。
しおりを挟む
ようやくして話が終わり、明日香の待つ待合室へと戻る。
長い話の末、結局のところまとめると今はとにかく様子見しておいたほうがいいということだ。
まあしかし、人格が切り替わると肉体も切り替わるだなんて過去に例がないために、それが一番無難なのかもしれない。医者の言うことは聞いておこうじゃないの。様子見様子見、と。
その様子見の対象である明日香は足をぷらぷらとさせて椅子に座っており、退屈そうにしていた。
「待たせたな」
「すごく待った~」
「悪い悪い」
ぷくぅっと頬を膨らませて不満そうに言う明日香。
……可愛い。
「次は二週間後よ」
「え~……」
「明日香」
「は~い……」
そっぽを向きながら明日香は答える。
席を立っては、そそくさと俺の手を引いて玄関へ。
遅れて周子さんもついてくる。
「先生に挨拶は?」
「あ、そうだった。先生ありがとうございました」
「お大事に」
先生に会釈をして病院を出る。
「どんな話をしてたの?」
「んー? まあ、二重人格についてちょっとな。……なあ明日香」
「何?」
「明日太を消すって話が少し、出たんだけど」
「えっ、消すって、どういうこと……?」
「もしも明日太が貴方の負担になるのなら、消えてもらうのも治療の一つってことよ」
さっと俺達の間に入って会話に加わる周子さん。
折角明日香と握った手も離されてしまった。
「明日太は消させないよ、絶対に。だって家族だもの」
「…………そう」
ちょっとした沈黙を挟んだ。
その沈黙には、深い意味が込められていそうだ。
「全然負担になんかなってないから、その方針では話を進めないで」
「分かったわ。これまでも長い付き合い、だったのよね……明日太とは」
「うん」
「じゃあ今まで通りでも問題ないでしょうね」
明日太という人格が芽生えて何年も経過している。
つい最近になって肉体が人格に合わせて切り替わるようになったとはいえ、今まで何も問題はなく生活できたのだ。
明日太の人格を消すという選択は野暮ってもんだね。
「今度、わたしにも明日太とお話させて」
「わたしは別にいいけど、明日太はどうかは分からないよ」
「そう」
明日香は手帳にペンを走らせる。
それは? と周子さんが聞き、先ほど俺にしたように同じ説明を周子さんへ話した。
時刻は午後四時を過ぎた頃。
このまま解散かと思いきや、
「折角だから、お茶しましょう」
周子さんから思わぬお誘い。
「奢るわよ」
魅力的なお誘いだ。
自然と俺達はこくりと頷いてしまった。
お茶するといえばやはりここはブランジュールへまた足を運ぶしかあるまい。
ブランジュールへ行き、いつもの席は空いておらず手前のテーブル席へ座る。
「いい店ね」
注文したコーヒーをすすり、周子さんはそう呟く。
ちなみに席は周子さんが俺達の向かい側に座っている、明日香は俺の隣で大人しくしている。周子さんの前だといつになく口数が少ない。
「明日香、ケーキは食べる?」
「た、食べるっ」
やや緊張気味な返答だった。
便乗して俺もケーキを注文させてもらうとした。
俺が注文したシフォンケーキは美味しかった、別に奢りだからというわけではなく、本当に純粋に、美味しかった。また今度注文しよう。
明日香も俺と同じくシフォンケーキを食べてはいるがその表情は堅い。
姉の前だとこうも様子が変わってしまうものなのか、ちょっと意外だった。
「学校のほうでは、大丈夫なの?」
「……大丈夫」
「最近、妙な噂が広がってるけれども」
「それは……その……」
「あまり学校で明日太に切り替わって動くのはやめたほうがいいわよ」
「わ、分かってる……」
会話していくたびに縮こまっていく明日香。
この喫茶店の雰囲気をもってしても姉の前では委縮は解けないようだ。
「ほら、わたしのも少しあげるわ」
「あ、うん……」
周子さんが注文したのはショートケーキ。
それを半分ほどに切って明日香の皿へと乗せた、苺まで乗せてしまっている。
鋭い眼光と冷たい無表情は保ったままであるがなんだろうな、明日香に対しては過保護なお母さんみたいに見えてくる。
明日香のコーヒーのおかわりもすぐに注文しているし。
もしかして愛情表現が不器用な人なのではなかろうか。
「クリームついてるわよ」
「ん、ありがと……」
口元をハンカチで拭ってあげていた。
益々お母さんっぽい。
あとはその表情が柔らかくなればいいのだが。
「あっ。明日太が起きたかも」
「え、本当?」
「ちょっと、明日太と変わっていい?」
「いいわよ。でもこの場では切り替わるのは……」
「トイレで切り替わってくる」
席を立ってトイレへと明日香は向かう。
数秒後、出てきたのは明日太。
ちょっとしたマジックを見ている気分だ。パーカーは袖をまくっている、やはり明日太の場合、少しサイズが小さいのだが、それでもよく似合っている。
「やあやあ、病院はもう終わったようだね」
「ええ、終わったわ明日太。何か飲む?」
「じゃあダージリンを」
「分かったわ」
飲み物の好みも、フォークの持ち方も違う。
何より見た目が違う。これがやはり一番の違い。
「さて、姉さん。僕とお話をしたかったようだけど」
「ええ、今日は色々お話しましょう」
俺がこの場にいても大丈夫なのか。
家族水入らずでお話すべきなんじゃないかと思ったが、二人とも俺には気にしていない様子なので一先ずはコーヒーをすすり耳を傾けるとする。
「貴方は確か、明日香が八歳の頃にできた人格……なのよね?」
「ああ、そうだ。あの頃は色々あったからね。明日香は人格の一つも作りたくなるってもんさ」
「……あの頃は、ね」
明日香の家庭内がごたついてた頃、だったか。
一緒の家族になったけれども、って話だったよな。
「趣味は、何かあるの?」
「趣味ねえ? これといってはないかな。ああ、でも美味しい紅茶やお茶系を探してはいるから一応それが趣味かな」
「なるほど。そういえば最近学校内で広まってる噂は、貴方で間違いないのよね」
「多分、そうだと思うよ」
「学校内ではあまり好き勝手に動かないで頂戴」
「分かったよ、姉さん」
「姉さんって呼ばれるの、なんだか実感が湧かないわね」
明日太の前にダージリンが運ばれてくる。
ケーキは明日香が食べかけのものを頂くらしい、折角なら新しいのを注文すればいいのにと思いつつも人格は二つでも胃袋は一つ――食べる量は気を付けないとすぐ満腹か。
「一日、どれくらい切り替わってるの?」
「その日によるけど、僕達はいつも意識が覚醒しているわけじゃあないさ。さっきだって診察が終わった後の僕は寝てたしね。一日でいうと一、二回ってとこかな」
「肉体が切り替わるようになる前に、わたしと話したことは……?」
「んー……何回かあるね、明日香のふりをしてたから気づかなかったと思うけど」
「そう……」
思い返しているのか、軽く天井を仰ぐ周子さん。
いくつか思い当たったのか、小さな溜息と視線をテーブルへと落としてコーヒーをすすっていた。
「今この状態では明日香に問いかけたら聞こえる?」
「今は明日香がはっきりと起きてる状態だから聞こえるよ。眠ってる状態は聞こえないし、起きていてもうろ覚えだったりする――まあ、その時次第だね」
「そう、明日香ー、わたしよ。聞こえてる?」
「……」
わずかな沈黙を挟んで、
「聞こえてるって」
「そう」
一体何のやり取りだったのやら。
「明日香の嫌いな食べ物は、貴方は食べることができる?」
「できるよ」
「明日香の嫌いな食べ物は把握してる?」
「勿論。パクチーとトマト」
「正解」
「知ってて当然だろ、僕と明日香は付き合いが長いんだからな」
「……そうよね」
「ちなみに僕が嫌いな食べ物はみょうがだ、食卓に絶対に出さないでくれよな」
「分かったわ」
「好きな食べ物はハンバーグとプリン。明日香の好きな食べ物は理解してるかい?」
「鶏の唐揚げよ」
「正解」
先ほどの意趣返しかのように、明日太はにやりと笑ってそう答えた。
「貴方という人格が芽生えた時はどういう感じだったの?」
「んー……どういう感じと言われてもね、気が付いたらって感じかな」
「気が付いたら……?」
「ああ。でも、そうだな、暗闇の中で、泣いている明日香を見つけて……明日香の手を引いて僕が表に出ていったのは覚えてる」
「そう……」
「明日香が泣く回数が減ったのは、僕が出てきたからってわけさ」
「なるほど。そうだったのね」
「そうだよ、決して明日香が強くなったわけじゃあない」
二人の間でのやりとりを聞いて。
静かにコーヒーをすするかケーキを食べるくらいしかやることがない。
ただどことなく、家庭環境がどのようなものなのかは伝わってくる。
それに、明日香の一面も、だ。
「そういえば貴方、下着のほうはどうなってるの?」
「明日香にはスポーツブラとスポーツパンツにしてもらったから、まあ、そんなに違和感なく過ごしていられてるよ。けれどその辺はあまり深く聞かないでほしいな」
「スポーツブラとスポーツパンツ……そう」
「想像しないでくれよ」
「していないわよ」
「嘘だ、絶対今してたって」
「してない」
「してた」
「……」
「……」
お互いに軽くにらみ合って小さなため息をついていた。
血は繋がっていなくとも、仕草は一緒――そこに、どこか家族らしさを感じた。
「僕からも聞いていい?」
「いいわよ」
「明日香は、まあなんというか…………浮気相手の子で、今は一緒になっているわけだけど、明日香のこと……どう思ってるのかなって」
「……どう、思ってるか、ねえ……」
いきなりストレートど真ん中な話をぶつけてきやがった。
流石に周子さんも一瞬動揺して、それを隠すかのようにこほんっと軽く咳をしていた。こういうところで、この人も血の通った人間なんだと思わせてくれる。
「正直に答えてほしいね」
「…………正直言うと、ちゃんと妹として迎え入れたいと思ってるわ、本心よ。でも……明日香のほうが拒絶しているような気がしてならないわ」
「明日香のやつめ……まあ、分からなくもないけど」
俺には分からない感覚だ。
そんな複雑な家庭環境、自分の家庭環境と比べると、俺は恵まれているほうだと思い知らされる。
「原因は姉さんよりも、義母さんのほうにあるだろうね」
「そうね。何かと母さん絡みで前も言い合いになったし」
「……本当の母親じゃあない、でも母として接しなければならないってのは、まだ無理があるよ」
「少しずつ歩み寄ってほしいわ。わたしはそう願ってる」
「まあ……明日香次第、だね。僕は明日香が辛い時に代わりに過ごしてやるくらいしかできない」
「今も辛いから交代したの?」
「そりゃそうさ。姉さんの気遣いが辛くて交代したに決まってる」
「それはちょっと、ショックね……」
「といっても僕がちょうど起きたっていうのもあるけどさ」
軽くフォローを入れるものの、周子さんは小さなため息をついて落ち込んでいた。
メンタルは強そうな印象ではあったのだが、意外と脆いのかもしれない。それとも鋼のメンタルには明日香という亀裂が元々入っていたのかな?
どちらかといえば後者のほう、だろうか。
長い話の末、結局のところまとめると今はとにかく様子見しておいたほうがいいということだ。
まあしかし、人格が切り替わると肉体も切り替わるだなんて過去に例がないために、それが一番無難なのかもしれない。医者の言うことは聞いておこうじゃないの。様子見様子見、と。
その様子見の対象である明日香は足をぷらぷらとさせて椅子に座っており、退屈そうにしていた。
「待たせたな」
「すごく待った~」
「悪い悪い」
ぷくぅっと頬を膨らませて不満そうに言う明日香。
……可愛い。
「次は二週間後よ」
「え~……」
「明日香」
「は~い……」
そっぽを向きながら明日香は答える。
席を立っては、そそくさと俺の手を引いて玄関へ。
遅れて周子さんもついてくる。
「先生に挨拶は?」
「あ、そうだった。先生ありがとうございました」
「お大事に」
先生に会釈をして病院を出る。
「どんな話をしてたの?」
「んー? まあ、二重人格についてちょっとな。……なあ明日香」
「何?」
「明日太を消すって話が少し、出たんだけど」
「えっ、消すって、どういうこと……?」
「もしも明日太が貴方の負担になるのなら、消えてもらうのも治療の一つってことよ」
さっと俺達の間に入って会話に加わる周子さん。
折角明日香と握った手も離されてしまった。
「明日太は消させないよ、絶対に。だって家族だもの」
「…………そう」
ちょっとした沈黙を挟んだ。
その沈黙には、深い意味が込められていそうだ。
「全然負担になんかなってないから、その方針では話を進めないで」
「分かったわ。これまでも長い付き合い、だったのよね……明日太とは」
「うん」
「じゃあ今まで通りでも問題ないでしょうね」
明日太という人格が芽生えて何年も経過している。
つい最近になって肉体が人格に合わせて切り替わるようになったとはいえ、今まで何も問題はなく生活できたのだ。
明日太の人格を消すという選択は野暮ってもんだね。
「今度、わたしにも明日太とお話させて」
「わたしは別にいいけど、明日太はどうかは分からないよ」
「そう」
明日香は手帳にペンを走らせる。
それは? と周子さんが聞き、先ほど俺にしたように同じ説明を周子さんへ話した。
時刻は午後四時を過ぎた頃。
このまま解散かと思いきや、
「折角だから、お茶しましょう」
周子さんから思わぬお誘い。
「奢るわよ」
魅力的なお誘いだ。
自然と俺達はこくりと頷いてしまった。
お茶するといえばやはりここはブランジュールへまた足を運ぶしかあるまい。
ブランジュールへ行き、いつもの席は空いておらず手前のテーブル席へ座る。
「いい店ね」
注文したコーヒーをすすり、周子さんはそう呟く。
ちなみに席は周子さんが俺達の向かい側に座っている、明日香は俺の隣で大人しくしている。周子さんの前だといつになく口数が少ない。
「明日香、ケーキは食べる?」
「た、食べるっ」
やや緊張気味な返答だった。
便乗して俺もケーキを注文させてもらうとした。
俺が注文したシフォンケーキは美味しかった、別に奢りだからというわけではなく、本当に純粋に、美味しかった。また今度注文しよう。
明日香も俺と同じくシフォンケーキを食べてはいるがその表情は堅い。
姉の前だとこうも様子が変わってしまうものなのか、ちょっと意外だった。
「学校のほうでは、大丈夫なの?」
「……大丈夫」
「最近、妙な噂が広がってるけれども」
「それは……その……」
「あまり学校で明日太に切り替わって動くのはやめたほうがいいわよ」
「わ、分かってる……」
会話していくたびに縮こまっていく明日香。
この喫茶店の雰囲気をもってしても姉の前では委縮は解けないようだ。
「ほら、わたしのも少しあげるわ」
「あ、うん……」
周子さんが注文したのはショートケーキ。
それを半分ほどに切って明日香の皿へと乗せた、苺まで乗せてしまっている。
鋭い眼光と冷たい無表情は保ったままであるがなんだろうな、明日香に対しては過保護なお母さんみたいに見えてくる。
明日香のコーヒーのおかわりもすぐに注文しているし。
もしかして愛情表現が不器用な人なのではなかろうか。
「クリームついてるわよ」
「ん、ありがと……」
口元をハンカチで拭ってあげていた。
益々お母さんっぽい。
あとはその表情が柔らかくなればいいのだが。
「あっ。明日太が起きたかも」
「え、本当?」
「ちょっと、明日太と変わっていい?」
「いいわよ。でもこの場では切り替わるのは……」
「トイレで切り替わってくる」
席を立ってトイレへと明日香は向かう。
数秒後、出てきたのは明日太。
ちょっとしたマジックを見ている気分だ。パーカーは袖をまくっている、やはり明日太の場合、少しサイズが小さいのだが、それでもよく似合っている。
「やあやあ、病院はもう終わったようだね」
「ええ、終わったわ明日太。何か飲む?」
「じゃあダージリンを」
「分かったわ」
飲み物の好みも、フォークの持ち方も違う。
何より見た目が違う。これがやはり一番の違い。
「さて、姉さん。僕とお話をしたかったようだけど」
「ええ、今日は色々お話しましょう」
俺がこの場にいても大丈夫なのか。
家族水入らずでお話すべきなんじゃないかと思ったが、二人とも俺には気にしていない様子なので一先ずはコーヒーをすすり耳を傾けるとする。
「貴方は確か、明日香が八歳の頃にできた人格……なのよね?」
「ああ、そうだ。あの頃は色々あったからね。明日香は人格の一つも作りたくなるってもんさ」
「……あの頃は、ね」
明日香の家庭内がごたついてた頃、だったか。
一緒の家族になったけれども、って話だったよな。
「趣味は、何かあるの?」
「趣味ねえ? これといってはないかな。ああ、でも美味しい紅茶やお茶系を探してはいるから一応それが趣味かな」
「なるほど。そういえば最近学校内で広まってる噂は、貴方で間違いないのよね」
「多分、そうだと思うよ」
「学校内ではあまり好き勝手に動かないで頂戴」
「分かったよ、姉さん」
「姉さんって呼ばれるの、なんだか実感が湧かないわね」
明日太の前にダージリンが運ばれてくる。
ケーキは明日香が食べかけのものを頂くらしい、折角なら新しいのを注文すればいいのにと思いつつも人格は二つでも胃袋は一つ――食べる量は気を付けないとすぐ満腹か。
「一日、どれくらい切り替わってるの?」
「その日によるけど、僕達はいつも意識が覚醒しているわけじゃあないさ。さっきだって診察が終わった後の僕は寝てたしね。一日でいうと一、二回ってとこかな」
「肉体が切り替わるようになる前に、わたしと話したことは……?」
「んー……何回かあるね、明日香のふりをしてたから気づかなかったと思うけど」
「そう……」
思い返しているのか、軽く天井を仰ぐ周子さん。
いくつか思い当たったのか、小さな溜息と視線をテーブルへと落としてコーヒーをすすっていた。
「今この状態では明日香に問いかけたら聞こえる?」
「今は明日香がはっきりと起きてる状態だから聞こえるよ。眠ってる状態は聞こえないし、起きていてもうろ覚えだったりする――まあ、その時次第だね」
「そう、明日香ー、わたしよ。聞こえてる?」
「……」
わずかな沈黙を挟んで、
「聞こえてるって」
「そう」
一体何のやり取りだったのやら。
「明日香の嫌いな食べ物は、貴方は食べることができる?」
「できるよ」
「明日香の嫌いな食べ物は把握してる?」
「勿論。パクチーとトマト」
「正解」
「知ってて当然だろ、僕と明日香は付き合いが長いんだからな」
「……そうよね」
「ちなみに僕が嫌いな食べ物はみょうがだ、食卓に絶対に出さないでくれよな」
「分かったわ」
「好きな食べ物はハンバーグとプリン。明日香の好きな食べ物は理解してるかい?」
「鶏の唐揚げよ」
「正解」
先ほどの意趣返しかのように、明日太はにやりと笑ってそう答えた。
「貴方という人格が芽生えた時はどういう感じだったの?」
「んー……どういう感じと言われてもね、気が付いたらって感じかな」
「気が付いたら……?」
「ああ。でも、そうだな、暗闇の中で、泣いている明日香を見つけて……明日香の手を引いて僕が表に出ていったのは覚えてる」
「そう……」
「明日香が泣く回数が減ったのは、僕が出てきたからってわけさ」
「なるほど。そうだったのね」
「そうだよ、決して明日香が強くなったわけじゃあない」
二人の間でのやりとりを聞いて。
静かにコーヒーをすするかケーキを食べるくらいしかやることがない。
ただどことなく、家庭環境がどのようなものなのかは伝わってくる。
それに、明日香の一面も、だ。
「そういえば貴方、下着のほうはどうなってるの?」
「明日香にはスポーツブラとスポーツパンツにしてもらったから、まあ、そんなに違和感なく過ごしていられてるよ。けれどその辺はあまり深く聞かないでほしいな」
「スポーツブラとスポーツパンツ……そう」
「想像しないでくれよ」
「していないわよ」
「嘘だ、絶対今してたって」
「してない」
「してた」
「……」
「……」
お互いに軽くにらみ合って小さなため息をついていた。
血は繋がっていなくとも、仕草は一緒――そこに、どこか家族らしさを感じた。
「僕からも聞いていい?」
「いいわよ」
「明日香は、まあなんというか…………浮気相手の子で、今は一緒になっているわけだけど、明日香のこと……どう思ってるのかなって」
「……どう、思ってるか、ねえ……」
いきなりストレートど真ん中な話をぶつけてきやがった。
流石に周子さんも一瞬動揺して、それを隠すかのようにこほんっと軽く咳をしていた。こういうところで、この人も血の通った人間なんだと思わせてくれる。
「正直に答えてほしいね」
「…………正直言うと、ちゃんと妹として迎え入れたいと思ってるわ、本心よ。でも……明日香のほうが拒絶しているような気がしてならないわ」
「明日香のやつめ……まあ、分からなくもないけど」
俺には分からない感覚だ。
そんな複雑な家庭環境、自分の家庭環境と比べると、俺は恵まれているほうだと思い知らされる。
「原因は姉さんよりも、義母さんのほうにあるだろうね」
「そうね。何かと母さん絡みで前も言い合いになったし」
「……本当の母親じゃあない、でも母として接しなければならないってのは、まだ無理があるよ」
「少しずつ歩み寄ってほしいわ。わたしはそう願ってる」
「まあ……明日香次第、だね。僕は明日香が辛い時に代わりに過ごしてやるくらいしかできない」
「今も辛いから交代したの?」
「そりゃそうさ。姉さんの気遣いが辛くて交代したに決まってる」
「それはちょっと、ショックね……」
「といっても僕がちょうど起きたっていうのもあるけどさ」
軽くフォローを入れるものの、周子さんは小さなため息をついて落ち込んでいた。
メンタルは強そうな印象ではあったのだが、意外と脆いのかもしれない。それとも鋼のメンタルには明日香という亀裂が元々入っていたのかな?
どちらかといえば後者のほう、だろうか。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる