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第七話 家庭内事情。
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あれから無事に明日太から明日香へと切り替わったらしい。
芙美によると晩御飯が恋しくなる時間帯にようやく切り替わったのだとか。無事に切り替わって何よりだ。芙美にとってはちょいと残念だったかもしれないな。
あれはもう完全に明日太に惚れてやがる。
次はいつ明日太に切り替わるのか、もはや期待しているに違いない。
しかし本来は明日太が出てくるのは悪い兆候なのではなかろうか。
明日香がストレスを感じて、引きこもりたいからこそ切り替わる。
――とはいってもだ。
明日太は明日太で常日頃から表に出たい――なので、二人の利害は一致している。
けれどそれでいいのか。
彼女のストレス軽減、悩み解決をしてあげたい。
というわけで今日も今日とてまたいつもの部室へと足を運ぶ。
昨日周子さんには使用するなと釘を刺されたものの、まあ芙美ならばそんなの無視して部室にもういるだろうよ。
俺は先生への提出物を出してから遅れて参戦だ。
「さて、行くか」
職員室から出て、踵を返して三階へ向かおうとしたその時。
ちょうど廊下の向こう側からやってきたのは――周子さんだった。
「……きみは」
「ど、どうも……」
相変わらず綺麗な方だ。腰まで伸びる長い黒髪は艶やかで本当に魅力的。遠目でもこの人ならばぱっと見で認識できるだろう。
とりあえずぺこりと頭を下げておく。
「日比野京一、だったかしら」
「はい」
ちゃんと名前を憶えていてくれていた。ちょっと嬉しい。
周子さんはしっかりしていそうだから、大体はすぐに名前を憶えていそうだが。
「……京一くん。少し、時間はあるかい?」
「えっ、ありますけど……」
思わぬ誘いを受けた。
一体何の用だろう。愛の告白――ではないよな、うん、それだけはありえないね。
何か話があるとして、どんな話を――明日香についてかな?
「じゃあ、ちょっとだけ貴方の時間をわたしにちょうだい」
「は、はいっ」
きゅっと踵を返す周子さん。
彼女の後ろをついていくとする。
一つ一つの動作にキレのある方だ、威圧感もあって一緒にいると少し緊張する。
向かったのは中庭。
ベンチに座る彼女は隣をぽんぽんと手で軽く叩いて誘う。
失礼します、と俺は腰を下ろした。
緊張は先ほどよりも二倍増しってところ。
「明日香とは、仲はいいの?」
「そ、そこそこってとこでしょうか?」
友達としては一歩一歩近づけてはいるね。
実は本日、連絡先を交換いたしましてこれまた一歩距離を縮められたんですよ、なんて。
「そう。昨日は使われていない部室にいたようだけど、なにをしていたの?」
「えと、あそこって放置されてたので、なんというか……管理? 的な」
「そういうのは然るべき人がやるものであってね」
「ですよね」
「それと、その……昨日の件なのだけど」
「昨日の件と申しますと……」
やっぱり――あれ、だよな。
切り替わった件、だよな。それしかあるまい。
「よくよく思い返せばやっぱりあの子、男の子に変身したような、気がしたんだけど……」
どう説明するべきか。
明日太もあの時思い切ってカミングアウトしたのだし、この際伝えるべきではなかろうか。
何より彼女は明日香の姉、知る権利は十分にある。
……よし、話してみよう。話してみるべきだ。
「もしも、の話ですけど……明日香は二重人格の持ち主で、別人格に切り替わると肉体も変わるって言ったら、信じますか……?」
「肉体も……?」
目を見開いて、彼女は俺を見る。
そりゃあ驚くよな、俺も言っておいてなんだが妙な説明をしていると思う。
周子さんは深いため息をついて顎に手を置いて考える。
数秒ほどの沈黙、何やら昨日の光景を思い返しているようにも見えた。
「あの子が、二重人格……」
「ええ、別人格の名前は明日太って言います」
「そう……。肉体も、変わるというのは、昨日の……」
「見間違いや手品じゃないです。本当に肉体が変わっています」
「に、にわかには信じられないわね……」
「でも周子さんが見たものは、間違いないんです」
「そう、よね……」
溜息をついてベンチに深く凭れ、空を仰ぐ周子さん。
その瞳は空に何を映し出しているのだろう。
「なんて言えばいいのか、言葉が見つからないわ」
「驚きますよね、俺も知ったのは最近のことなんです」
「現実にこんなことが、起こりうるなんて……」
空から視線を落としてそのまま周子さんは地面を見つめる。
「二重人格の原因は……やはりわたしを含めた家族、よね」
「どうなんでしょうか、自分はその辺何も聞かされていないんで分からないです」
「……これから話すことはその、別に秘密にはしていないのだけれど、なるべく他言無用でお願い」
「え、あっ、はい」
鋭い眉根。
鋭い眼光。
そんな瞳に睨まれて、思わず言葉が詰まりながらもなんとか返答した。
我ながら真剣みの無い返事になってしまった。
「なんか、信用ならないわね」
「よく言われます」
この三白眼気味の目が駄目なのだろうか。
もうちょっと真剣な眼差しをしてみよう。
「……まあいいわ」
数秒の間。
後に、ゆっくりと周子さんは口を開く。
「あの子とは、血は繋がってないの」
「えっ?」
とんでもない事実が、出てきた。
「わたしは異母姉。あの子の母親が病気で亡くなって、父が引き取ったの」
「そう、なんですか……」
「今は一緒に住んでるけれど、中々母ともわたしともうまく馴染めてないのよ」
なるほど……。
明日香が抱えているストレスが、見えてきた。
しかし彼女の複雑な家庭環境を、なんともあっさり知ってしまうことになってしまったな。
「喧嘩なんかは、よくするんですか……?」
「ええ……。いつもその後は家から出てって、数時間したら帰ってくるの繰り返し」
学校で見る明日香の様子からは考えられなかった。
やれやれ、人は見た目によらないというが、まったくその通りだ。順風満帆? 全然そんなことないじゃないか。
「それにしても肉体が切り替わるだなんて……。一体、どうすればいいのかしらこの場合は。病院、そう……病院に連れていくべき?」
「連れていってもこんな非現実的なこと、医者が解決できますかね」
「でもカウンセリングは受けさせたいわね。二重人格だなんて、相当よ……」
「受けさせるにしてもじっくり話し合ってからのほうがいいんじゃないですか?」
「……そうね。一先ず落ち着いてからにするわ」
明日香の心は不安定と言える。
落ち着く段階までどれくらい掛かるだろうか。下手をしたら更に不安定にさせてしまいかねない。
「そのためにも、あの部室はあの子の居場所であるならば……取り上げたくはないわね」
「なんとかなりませんか?」
「何か部活を始めるためにあの部室を使用したいとか、そういった理由があるのならば……目を瞑るとしましょう」
「部活……か」
「理由はあるのよね?」
「あ、はい、ありますあります! ありがとうございます」
見逃してはくれるようだ。
あの部屋を使用したい理由は後で考えよう。
……本格的に、部を設立するのもありか? 明日香のストレスを和らげられるような部を作ってみるというのも、どうだろう。
「その別人格、明日太とも話をしなくてはね」
「また切り替わってるかも。部室に行ってみます?」
「今はやめておくわ、でもそのうち覗いてみるわね。それじゃあ、今日はこの辺で。わたしは見回りがあるから」
「はい。お疲れ様です」
去り行く周子さんの後姿を暫し見送る。
なんだか少し、寂しそうな背中だった。
芙美によると晩御飯が恋しくなる時間帯にようやく切り替わったのだとか。無事に切り替わって何よりだ。芙美にとってはちょいと残念だったかもしれないな。
あれはもう完全に明日太に惚れてやがる。
次はいつ明日太に切り替わるのか、もはや期待しているに違いない。
しかし本来は明日太が出てくるのは悪い兆候なのではなかろうか。
明日香がストレスを感じて、引きこもりたいからこそ切り替わる。
――とはいってもだ。
明日太は明日太で常日頃から表に出たい――なので、二人の利害は一致している。
けれどそれでいいのか。
彼女のストレス軽減、悩み解決をしてあげたい。
というわけで今日も今日とてまたいつもの部室へと足を運ぶ。
昨日周子さんには使用するなと釘を刺されたものの、まあ芙美ならばそんなの無視して部室にもういるだろうよ。
俺は先生への提出物を出してから遅れて参戦だ。
「さて、行くか」
職員室から出て、踵を返して三階へ向かおうとしたその時。
ちょうど廊下の向こう側からやってきたのは――周子さんだった。
「……きみは」
「ど、どうも……」
相変わらず綺麗な方だ。腰まで伸びる長い黒髪は艶やかで本当に魅力的。遠目でもこの人ならばぱっと見で認識できるだろう。
とりあえずぺこりと頭を下げておく。
「日比野京一、だったかしら」
「はい」
ちゃんと名前を憶えていてくれていた。ちょっと嬉しい。
周子さんはしっかりしていそうだから、大体はすぐに名前を憶えていそうだが。
「……京一くん。少し、時間はあるかい?」
「えっ、ありますけど……」
思わぬ誘いを受けた。
一体何の用だろう。愛の告白――ではないよな、うん、それだけはありえないね。
何か話があるとして、どんな話を――明日香についてかな?
「じゃあ、ちょっとだけ貴方の時間をわたしにちょうだい」
「は、はいっ」
きゅっと踵を返す周子さん。
彼女の後ろをついていくとする。
一つ一つの動作にキレのある方だ、威圧感もあって一緒にいると少し緊張する。
向かったのは中庭。
ベンチに座る彼女は隣をぽんぽんと手で軽く叩いて誘う。
失礼します、と俺は腰を下ろした。
緊張は先ほどよりも二倍増しってところ。
「明日香とは、仲はいいの?」
「そ、そこそこってとこでしょうか?」
友達としては一歩一歩近づけてはいるね。
実は本日、連絡先を交換いたしましてこれまた一歩距離を縮められたんですよ、なんて。
「そう。昨日は使われていない部室にいたようだけど、なにをしていたの?」
「えと、あそこって放置されてたので、なんというか……管理? 的な」
「そういうのは然るべき人がやるものであってね」
「ですよね」
「それと、その……昨日の件なのだけど」
「昨日の件と申しますと……」
やっぱり――あれ、だよな。
切り替わった件、だよな。それしかあるまい。
「よくよく思い返せばやっぱりあの子、男の子に変身したような、気がしたんだけど……」
どう説明するべきか。
明日太もあの時思い切ってカミングアウトしたのだし、この際伝えるべきではなかろうか。
何より彼女は明日香の姉、知る権利は十分にある。
……よし、話してみよう。話してみるべきだ。
「もしも、の話ですけど……明日香は二重人格の持ち主で、別人格に切り替わると肉体も変わるって言ったら、信じますか……?」
「肉体も……?」
目を見開いて、彼女は俺を見る。
そりゃあ驚くよな、俺も言っておいてなんだが妙な説明をしていると思う。
周子さんは深いため息をついて顎に手を置いて考える。
数秒ほどの沈黙、何やら昨日の光景を思い返しているようにも見えた。
「あの子が、二重人格……」
「ええ、別人格の名前は明日太って言います」
「そう……。肉体も、変わるというのは、昨日の……」
「見間違いや手品じゃないです。本当に肉体が変わっています」
「に、にわかには信じられないわね……」
「でも周子さんが見たものは、間違いないんです」
「そう、よね……」
溜息をついてベンチに深く凭れ、空を仰ぐ周子さん。
その瞳は空に何を映し出しているのだろう。
「なんて言えばいいのか、言葉が見つからないわ」
「驚きますよね、俺も知ったのは最近のことなんです」
「現実にこんなことが、起こりうるなんて……」
空から視線を落としてそのまま周子さんは地面を見つめる。
「二重人格の原因は……やはりわたしを含めた家族、よね」
「どうなんでしょうか、自分はその辺何も聞かされていないんで分からないです」
「……これから話すことはその、別に秘密にはしていないのだけれど、なるべく他言無用でお願い」
「え、あっ、はい」
鋭い眉根。
鋭い眼光。
そんな瞳に睨まれて、思わず言葉が詰まりながらもなんとか返答した。
我ながら真剣みの無い返事になってしまった。
「なんか、信用ならないわね」
「よく言われます」
この三白眼気味の目が駄目なのだろうか。
もうちょっと真剣な眼差しをしてみよう。
「……まあいいわ」
数秒の間。
後に、ゆっくりと周子さんは口を開く。
「あの子とは、血は繋がってないの」
「えっ?」
とんでもない事実が、出てきた。
「わたしは異母姉。あの子の母親が病気で亡くなって、父が引き取ったの」
「そう、なんですか……」
「今は一緒に住んでるけれど、中々母ともわたしともうまく馴染めてないのよ」
なるほど……。
明日香が抱えているストレスが、見えてきた。
しかし彼女の複雑な家庭環境を、なんともあっさり知ってしまうことになってしまったな。
「喧嘩なんかは、よくするんですか……?」
「ええ……。いつもその後は家から出てって、数時間したら帰ってくるの繰り返し」
学校で見る明日香の様子からは考えられなかった。
やれやれ、人は見た目によらないというが、まったくその通りだ。順風満帆? 全然そんなことないじゃないか。
「それにしても肉体が切り替わるだなんて……。一体、どうすればいいのかしらこの場合は。病院、そう……病院に連れていくべき?」
「連れていってもこんな非現実的なこと、医者が解決できますかね」
「でもカウンセリングは受けさせたいわね。二重人格だなんて、相当よ……」
「受けさせるにしてもじっくり話し合ってからのほうがいいんじゃないですか?」
「……そうね。一先ず落ち着いてからにするわ」
明日香の心は不安定と言える。
落ち着く段階までどれくらい掛かるだろうか。下手をしたら更に不安定にさせてしまいかねない。
「そのためにも、あの部室はあの子の居場所であるならば……取り上げたくはないわね」
「なんとかなりませんか?」
「何か部活を始めるためにあの部室を使用したいとか、そういった理由があるのならば……目を瞑るとしましょう」
「部活……か」
「理由はあるのよね?」
「あ、はい、ありますあります! ありがとうございます」
見逃してはくれるようだ。
あの部屋を使用したい理由は後で考えよう。
……本格的に、部を設立するのもありか? 明日香のストレスを和らげられるような部を作ってみるというのも、どうだろう。
「その別人格、明日太とも話をしなくてはね」
「また切り替わってるかも。部室に行ってみます?」
「今はやめておくわ、でもそのうち覗いてみるわね。それじゃあ、今日はこの辺で。わたしは見回りがあるから」
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