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番外編

番外編3「水科家の人々」6話

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「えりか……」
 ドアの向こうから控えめに顔を出したのは――
「翔!?」
 依里佳と篤樹が同時に声を上げた。
 翔が、おずおずと客間へと足を踏み入れた。依里佳が慌てて駆け寄る。しゃがんで甥っ子に目線を合わせ、
「翔どうしたの? どうしてここに?」
 と、顔を覗き込む。
「依里佳ちゃん……ごめんねぇ」
 後ろから陽子が申し訳なさげな口調とともに姿を現した。普段Tシャツやカットソーとジーンズという服装が多い彼女だが、今は割とフォーマル寄りな服装だ。妊娠中なので腹周りを締めつけない緩めのワンピースと、ヒールの低いパンプス――水科家に来訪するための気遣いだろうか。
「陽子ちゃん! 一体どういうこと?」
「いやぁ……咲ちゃんがね、先月の終わり頃に事務所に来てね」
 陽子が気まずそうに苦笑う。
 曰く、数週間前、咲が陽子を指名して大石の事務所を尋ねて来たそうだ。
 初めは仕事の依頼かと思い会ってみると、篤樹の妹だと名乗られ陽子は驚いた。そして大石も――そう、依里佳と篤樹が恋人同士だと彼に暴露したのは咲だったのだ。
 咲は自分の計画を陽子にうちあけ、協力を仰いだ。初めは依里佳をおもんばかり返答を濁らせてきた彼女だが、咲の熱意と潤んだ瞳に押し切られ、断りきることが出来なくなった。
 咲は翔を懐柔するべく、依里佳には内緒で逢瀬を重ねた。そして金にあかせて翔に貢ぎ、見事手懐けることに成功する。
「貢いだって、何を?」
 依里佳が尋ねる。
「それはもう【りゅううさ】グッズをたんまりと、ですっ」
 そう言って咲はA3サイズほどの額と大きなりゅうのぬいぐるみを手にし、
「翔くん、今日はあたしの家に来てくれてありがとう。おうちが大きくても怖がらなかったね? えらかったから、これお土産にあげるね?」
 と、翔に渡す。
 額にはイラストが入っていた。その左右には【もこもこりゅうととんがりうさぎ】のメインキャラクター、りゅうとうさぎ、そして真ん中には翔の似顔絵が描かれている。頭の上にデフォルメしたカメレオンとイグアナを乗せていた。
 そして端には作者のサイン、上部には、
『かけるくん、いつもおうえんありがとう! ささはらえい』
 という直筆メッセージが黒いサインペンで書かれていた。
 咲が水科家のあらゆるコネクションを使い、【りゅううさ】の作者・ささはらえいに依頼して入手した一点ものの、しかも翔だけに宛てた直筆のイラストだ。
「ありがとう! さき!」
(あー……これはもう、完全に懐いてる感じだ……)
 ニコニコと笑いながらそれを受け取る翔を見て、依里佳が遠い目をした。
「やり口がもう、篤樹くんそっくりでね……さすが兄妹ね、篤樹くん?」
 陽子が篤樹にニヤニヤと目配せをすると、彼はゆるゆるとかぶりを振った。
「はははは……俺よりえげつないですよ、咲は」
「――ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日はお招きいただきましてありがとうございます。依里佳の義姉あねの蓮見陽子と申します。こちらは息子の翔です。翔、ごあいさつは?」
「はすみかけるです! 四さいです!」
 陽子が百合子と幸希に向き直り、頭を下げる。翔はぬいぐるみを抱きしめたまま、大きな声で挨拶をした。
「あらぁ……おりこうさんにご挨拶出来ましたね、翔くん。私は、篤樹のお母さんです。よろしくね」
 百合子も翔に目線を合わせるようにしゃがみ、翔の頭を撫でた。
「あつきのおかあさん? おねえちゃんじゃないの?」
 翔が首を傾げる。翔が言うように、百合子は雰囲気こそ落ち着いてはいるが、見た目はかなり若く見える。おまけに二十代で小学二年生だった篤樹の継母ははとなったのだから、年の離れた姉と見られても不思議はなかった。
「まぁ、こんな年から女性を喜ばせる術を身につけて。行く末が楽しみね? 陽子さん。篤樹の母の百合子です。大石先生の姪御さんよね? あなたのお話は先生から伺ってます。お若いのにやり手なんですって? ……あ、お座りになって?」
「あー……この度はどうやら叔父がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」
「ふふふ、いいんですよ。こちらも大石先生がお困りになってる様子を堪能出来て、楽しかったから」
「少しは困ればいいんですよ、あの人も──」
 そのまま会話を続ける陽子と百合子をよそに、咲は翔に耳打ちをする。
「……」
 頭の片隅に小さく湧いた嫌な予感を打ち消すように、頭を振る依里佳。しかし――
「えりか! おれもえりかがこのようふくきたところ、みたいな? だって、ゲームのえりかとおなじようふくなんでしょ?」
 翔が衣装を指差した。
「っ、」
 満面の笑顔で無邪気に請われ、言葉に詰まる依里佳。思わず咲に縋るように視線を移すが、
「ふふ」
 ただただニッコリと笑んでいるだけで。笑顔なのに何故か突き放されている気がして。
「さ、咲ちゃぁん……」
 情けない表情かおになってしまう。
「えりか……?」
(っ、だめだめ! 翔にこんな顔見せられない!)
 両手で頬を擦り、そして無理やり笑う。
「何? 翔」
「えりか、このようふくきて、おれといっしょにしゃしん、とろ?」
 いつものおねだり攻撃――依里佳はダメージをくらった。
「……ぅ」
(こ、こんな卑怯な手、使って、咲ちゃん……っ)
「……だめ?」
 さらなる攻撃――依里佳はもはや瀕死の状態だ。
「……うぅ」
(だめだよ、だめに決まってるってば!)
「えりか、きっとかわいいよ?」
 ね? ――翔がニコッと笑い、ちょこんと首を傾げた瞬間、ライフゲージがゼロになった。依里佳の中で張り巡らしていたバリケードが、脆くも崩れていく。
(あぁ……もう……っ)
 がっくりと両手両膝を床に落とし、
「わ、分かったから……っ」
 大きな白旗を掲げた。依里佳の背中に【完敗】の二文字が大きくのしかかった。
「やったぁ! お姉様、きれいに撮ってもらいましょうね!!」
 咲がバンザイをし、それから、篤樹とハイタッチを交わす。
(翔の可愛さに負けた……っ)
 どうしたって甥っ子には勝てない自分を、依里佳は初めて悔やんだ。
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