恋するあなたに花束を

沢渡奈々子

文字の大きさ
上 下
17 / 35

第17話

しおりを挟む
「わ、これも美味しい!」
 蒸した海老を口にした花梨は、驚いて口元を押さえた。
「ここは基本的に匂いの残らないにんにくを使ってるから、女性でも安心して食べられると思う」
 桐生も同様に海老を食している。
 伊集院の個展が開かれたホテルの中に中華料理店が入っており、そこは桐生がよく利用しているのだそう。ランチコースを頼んだのだが、しょっぱなから前菜六種盛り合わせが出て来た。それからはフカヒレの姿煮込みだの北京ダックだのが出され、そして今は車海老のにんにく蒸しを堪能していた。
(はぁ……贅沢)
 こんな高級料理店に入るのを初めは躊躇していた花梨だったが、桐生が『伊集院の個展に行けて満足してくれたなら、俺にもつきあってほしい』と告げてきたのと、店の前でなんだかんだと言い出すのも失礼かと思い、素直に同行したのだ。
 店に入るなり、支配人と名乗る男性がやってきて、
『桐生様、いらっしゃいませ。いつもありがとうございます』
 と、恭しく挨拶をしてきた。
『こんにちは、有馬ありまさん。予約はしていないのですが席は空いてますか?』
 桐生は桐生で、慣れた調子でそう尋ねていた。そしてすんなりと今食事をしている個室に案内されたのだ。この忙しい昼時に、だ。
『ランチコースでかまわない? 花梨』
 メニューを渡されても何を注文していいのか戸惑っていると、彼が気を利かせてくれた。しかもその前にちゃんとアレルギーの有無まで聞いてくれたのだ。
(なんだかんだ言って優しいのよね、この人……)
 考えてみれば、怖いと感じた最初の印象を拭い去ってしまえば、桐生はとても優しい男性であることが分かる。時には冗談めいた言い回しをしたりもするが、それがますます彼の冷たい印象を和らげてくれているのだ。
(きっと女の子にもモテるんだろうなぁ……)
 海老の殻と格闘しながら、桐生の顔をチラリとうかがう。
 やっぱりどこから見ても美形だなぁと、改めて思う。逆ナンされるのも頷けるし、会社では彼に恋い焦がれる女性は山ほどいるのだろう。
(会社と言えば……)
 花梨はふと頭に浮かんだことを聞いてみることにした。
「桐生さんは、どんなお仕事をされているんですか?」
 ホテルに関する仕事というのは分かってはいるが、実際に何をしているのかは聞いたことがなかった。
「あぁ……国内外にホテルを展開するのに、現地に行って調査をしているんだ。立地はどうか、競合他社はどれくらいあるのか、本当にここに建てても採算が取れるのだろうかとか、そういったことだ」
「なるほど……」
「日本も最近観光に力を入れているから、ものすごい勢いでホテルが供給されてきた。だから数はすでに飽和状態とも言われていて、競争も激化してるんだ。市場で勝ち抜いていくにはまだまだ開発の余地はあるから、テコ入れも含めて調査をしてる。民泊にも観光客が流れつつあるし、差別化を図っていかないと生き残れないから」
「ニーズに合わせてその都度いろいろ改善していかなきゃいけないのは、どこの業界も似たようなものですが、大変ですね」
 花梨は頷きながらナプキンで口元を拭く。タイミングよく、次の料理が運ばれてきた。鮑と野菜の煮込み料理だ。これまた彼女にとっては贅沢な一品で、オイスター風味のソースが飲み干せそうなほど美味しい。
「――改善と言えば、今『改善』という言葉は英語でも『KAIZEN』で通用し始めてるんだ。外国の企業や病院でも『KAIZEN』と掲げてスタッフに向上意識を促していたりする。海外のうちの系列ホテルも『KAIZEN』を徹底しているからな」
「それって『SUSHI(寿司)』とか『TERIYAKI(照り焼き)』と一緒ですか?」
「そうそう、『WASABI(わさび)』とか『UMAMI(旨味)』とか。『UMAMI』なんかは今、海外で『第五の味覚』と言われてるくらいだ」
「へぇ~、外国の人にも旨味って通用するんですね」
 桐生とこんなに会話が弾むとは思わず、花梨はなんだか嬉しくなった。
「――ところで花梨は今、彼氏はいないんだよな?」
 いきなりの質問に、咳き込みそうになった。方向転換が急にもほどがある。
「っ、ど、どうして分かるんですか。……そんなに不自由そうに見えますか?」
 少しだけくちびるを尖らせた花梨に、桐生が笑う。
「そうじゃなくて。もし花梨に彼氏がいたら、こんな風に他の男と二人で出かけるようなことはしないだろうと思って。そんな女性ではないだろ? 君は」
「……っ」
 思ってもみなかった言葉が返ってきて、反射的に花梨の頬が赤く染まった。心臓がドキンと音を立てて跳ね上がった。
(な、なんなの? もうほんとに……)
 言葉が上手く出てこなくて、先ほどサーブされた牛肉のチャーハンも進まなくなってしまった。
「……それとも、好きな人はいるとか?」
「……残念ながら、彼氏も……好きな人も……いません」
 チャーハンをレンゲで集めながら拗ねた口調でなんとかそう答えると、桐生が目を細めた。
「へぇ……」
 真意を見透かそうとしているのか、彼が花梨の目を覗き込むように見つめてくる。なんだか心が丸裸にされてしまいそうで、ドキドキしてしまう。
「っ、な、なんですか? それが桐生さんに関係あるんですか?」
「関係あるから聞いているんだ。返答如何ではもうこういう風に誘えなくなるし?」
「今後も誘う予定があるんですか?」
「もうこれっきり誘わなくなったら……淋しくならない?」
 桐生が意味ありげな瞳を向けてきた。それは花梨の深層にするりと入り込んで潤さんばかりに、たっぷりと色気を含んで存在感を増したそれだった。
「え……、ぁ……あの……」
「……ん?」
 さらに深い部分に入り込もうとするような視線に、いたたまれなくなった花梨は、慌てて声を上げる。
「き、桐生さんはどうなんですか!? いいんですか? 私なんかと出かけてて。彼女とか……」
「この間、妻も恋人もいないと言ったはずだが」
 確かに、先月彼の母親の誕生日に花の注文を受けた時、そんなことを言っていた気がする。けれど――
「桐生さんなら、からの間に、彼女の二人や三人できそうですけどね!」
 美津子も里穂も『あの人に彼女いないとか絶対嘘よねー』なんて話していたし、花梨も彼の言葉は話半分に受け取っていた。
 だから今みたいに意味ありげに見つめられて、不本意でも胸を高鳴らせてしまったのが少し……屈辱で。思わず悔し紛れに煽る花梨に、桐生は喉の奥で笑いを殺しながら言った。
「君の中で、俺はどれだけ悪い男扱いされてるんだ」
「『悪い男』とは言いませんけど……桐生さん、きっとモテるでしょうし」
「まぁ、それは否定しない」
(ほらねー、やっぱり)
 自分でもそう断言するあたり、相当女性にモテるのだろう。それが嘘でも誇張でもないことは、花梨にも分かる。
「――でも俺は、ここ一年くらい誰ともつきあっていないよ」
「え? そうなんですか?」
「まぁ……いろいろあって、な」
 桐生が苦々しい表情で言った。おそらくその頃に女性絡みで不愉快な思いをしたことがあるのだろう。
「そうなんですか……」
 女性二人が桐生さんの目の前でキャットファイトでも繰り広げたんですか? ――そう聞きたい衝動に駆られたのを、花梨はグッと堪えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

太一と遼河

森山葵
青春
青春ってなんだろう。太一と遼河のくだらない会話から感じる何か。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

樹 ゆき
BL
暖人にとって、涼佑は世界そのものだった。 崖から落ち行方不明になったとされる涼佑の後を追い、暖人は躊躇いなく崖から飛び降りた。 ……だが、目を覚ますとそこは何故か鬱蒼とした森の中だった。 盗賊に襲われているところを、騎士団長のウィリアムとオスカーに助けられる。 暖人を保護し、涼佑を探すと申し出たウィリアム。彼の屋敷で過ごすうちに、暖人は次第に周囲の優しさを受け入れていく。 何故か皆に溺愛され、異世界人でも特別な力があるわけでもないのに……と思っていた暖人は、次々にチートな能力を開花させる。 誰かの為に無茶をする暖人を、ウィリアムたちは心配しては、いっそ閉じ込めてしまおうかと思う日々。 過保護で溺愛したがりなイケメンたちに囲まれた生活が、再び始まる――。 ※前作は、下方の“樹ゆきの登録コンテンツ”内か、その上の文字リンクからお越しください。

前世の推しが婚約者になりました

編端みどり
恋愛
※番外編も完結しました※ 誤字のご指摘ありがとうございます。気が付くのが遅くて、申し訳ありません。 〈あらすじ〉 アマンダは前世の記憶がある。アイドルが大好きで、推しが生きがい。辛い仕事も推しの為のお金を稼ぐと思えば頑張れる。仕事や親との関係に悩みながらも、推しに癒される日々を送っていた女性は、公爵令嬢に転生した。 推しが居ない世界なら誰と結婚しても良い。前世と違って大事にしてくれる家族の為なら、王子と婚約して構いません。そう思っていたのに婚約者は前世の推しにそっくりでした。 推しの魅力を発信するように婚約者自慢をするアマンダに惹かれる王子には秘密があって… 別サイトにも掲載中です。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

処理中です...