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第11話
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その夜、花梨がスマートフォンのメールアプリをチェックすると、シフォンベリーのアカウントに一通のメールが届いていた。件名には『シフォンベリー 三浦花梨様』とあったので、開いてみると、それは桐生からだった。
そういえば眞木の家から店に帰った後、花束の写真を添付して配達完了メールを送ったな、と気づき、その件だろうと思い至った。
その文面は来店した時とは違い、とても折り目正しくビジネス然としたものだった。
“三浦花梨様 いつもお世話になっております。昨日花の配達を依頼した桐生颯斗です。
本日はとても立派で華やかな花束を配達していただき、ありがとうございました。お陰様で母も大喜びしておりました。写真で拝見した花束は思っていた以上に素晴らしく、贈った私もその美しさに大変驚きました。是非ともまた近い内に依頼したく存じます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。 桐生颯斗”
シフォンベリー白山本町店のメールアドレスは店員全員が対処できるよう、一つのものを三人で管理している。アドレスのユーザー名を見て、桐生もそう推測したのだろう。店員の誰が読んでも失礼にならないような文面にしたに違いないと、花梨は理解した。
半分が社交辞令だったとしても、嬉しいコメントだった。配達完了メールを送った相手からは、しばしばこういうお礼メールをいただく。疲れも吹き飛ぶ瞬間だ。
心穏やかでない午後を過ごしていたが、桐生の言葉でかなり浮上できた。
「ありがとう、ございます……」
届きはしないと分かっているが、花梨はスマートフォンに向かってお礼を呟いた。
また近い内に依頼したく存じます――それは本当に近かった。メールを受け取った日から三日と置かず、桐生はまたシフォンベリーにやって来て。
「友人の奥さんが誕生日だから」
と、五千円のアレンジメントを買った。そして、
「昨日、愛媛に出張だったから」
そう言って、ふわふわで可愛らしい今治タオルのセットを花梨に渡していった。
その三日後、また彼は現れた。
「知人がカフェを開店したから」
と、二万円のスタンド花を手配した。そして、
「金沢に行ってきたから」
と、女性受けしそうなカラフルな創作最中の箱を渡してきた。
それから一週間ほど顔を見ないと思ったら、今度は、
「シンシナティに行ってきたから」
そう言ってアメリカで有名なボディケアグッズブランドのハンドソープやローションのセットをくれた。その時は、
「会社の先輩が海外赴任になるから送別会で渡す花が欲しい」
と、一万円の花束を買っていった。
あまりに頻繁に客としてやって来るので、何か思惑でもあるのではないかと、花梨は少しだけ穿った見方をしてしまう。
(何が目的なの? あの人……っ。私のことからかうつもりなのかな……いやでも、そんなヒマ人とは思えないし……あーもー分からない!)
休みの日に家でそんなことを考えてぐるぐるしていたら、柚羽に声をかけられる。
「どうしたの? 花梨、悩みごとでもあるの?」
「え? ……ううん! 別に悩み、というほどでもないけど」
「そう? 結構真剣な顔で考えこんでたわよ?」」
柚羽はソファに座っている花梨の隣に腰を下ろし、何度か身体を軽くぶつけてきた。
あれから柚羽は眞木と一度だけ一緒に出かけたらしい。けれどメッセージのでのやりとりは頻繁にしているようだ。そのことを姉から聞くたび花梨の胸は痛みを覚えたけれど、身体の奥にぎゅっとしまい込んで忘れるようにしていた。
(柚羽が幸せそうだから……)
心の平穏を保つよう、そんな言葉で蓋をした。
「ほら、お姉さんに相談してごらんなさい? ん?」
柚羽からせっつかれ、花梨は躊躇いつつもここ二週間近くの出来事を話した。桐生の謎の行動についてを。
花梨が話し終えると、柚羽はクスクスと笑い出した。
「どうして笑うのよ」
「だって、そんなことで悩む花梨が可愛くって。営業妨害されてるならともかく、売り上げに貢献してくれてるんだから、ありがたく受け入れればいいのよ」
柚羽は当然、と言った表情で花梨に言い放つ。一方花梨は釈然としない様子だ。
「そうかなぁ……」
「それに、花梨のアレンジの腕を買ってくれてるんでしょう? クリエイター冥利に尽きるじゃない」
「そうだけどさぁ……」
「……ま、それだけじゃないとは思うけど」
柚羽がごくごく小さな声で紡いだその言葉を、花梨は聞き取ることができずに、首を傾げた。
「ん? 何?」
「……なんでもなぁい。とにかく、あまり悪い方に受け取らない方がいいわよ?」
含み笑いを隠すことなく、柚羽はソファから立ち上がり、キッチンへと入っていった。
「まぁ……柚羽がそう言うなら」
姉の意味深な態度を訝しく思いつつ、花梨も食事の準備をするべく、柚羽の後を追ってキッチンへと向かった。
そういえば眞木の家から店に帰った後、花束の写真を添付して配達完了メールを送ったな、と気づき、その件だろうと思い至った。
その文面は来店した時とは違い、とても折り目正しくビジネス然としたものだった。
“三浦花梨様 いつもお世話になっております。昨日花の配達を依頼した桐生颯斗です。
本日はとても立派で華やかな花束を配達していただき、ありがとうございました。お陰様で母も大喜びしておりました。写真で拝見した花束は思っていた以上に素晴らしく、贈った私もその美しさに大変驚きました。是非ともまた近い内に依頼したく存じます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。 桐生颯斗”
シフォンベリー白山本町店のメールアドレスは店員全員が対処できるよう、一つのものを三人で管理している。アドレスのユーザー名を見て、桐生もそう推測したのだろう。店員の誰が読んでも失礼にならないような文面にしたに違いないと、花梨は理解した。
半分が社交辞令だったとしても、嬉しいコメントだった。配達完了メールを送った相手からは、しばしばこういうお礼メールをいただく。疲れも吹き飛ぶ瞬間だ。
心穏やかでない午後を過ごしていたが、桐生の言葉でかなり浮上できた。
「ありがとう、ございます……」
届きはしないと分かっているが、花梨はスマートフォンに向かってお礼を呟いた。
また近い内に依頼したく存じます――それは本当に近かった。メールを受け取った日から三日と置かず、桐生はまたシフォンベリーにやって来て。
「友人の奥さんが誕生日だから」
と、五千円のアレンジメントを買った。そして、
「昨日、愛媛に出張だったから」
そう言って、ふわふわで可愛らしい今治タオルのセットを花梨に渡していった。
その三日後、また彼は現れた。
「知人がカフェを開店したから」
と、二万円のスタンド花を手配した。そして、
「金沢に行ってきたから」
と、女性受けしそうなカラフルな創作最中の箱を渡してきた。
それから一週間ほど顔を見ないと思ったら、今度は、
「シンシナティに行ってきたから」
そう言ってアメリカで有名なボディケアグッズブランドのハンドソープやローションのセットをくれた。その時は、
「会社の先輩が海外赴任になるから送別会で渡す花が欲しい」
と、一万円の花束を買っていった。
あまりに頻繁に客としてやって来るので、何か思惑でもあるのではないかと、花梨は少しだけ穿った見方をしてしまう。
(何が目的なの? あの人……っ。私のことからかうつもりなのかな……いやでも、そんなヒマ人とは思えないし……あーもー分からない!)
休みの日に家でそんなことを考えてぐるぐるしていたら、柚羽に声をかけられる。
「どうしたの? 花梨、悩みごとでもあるの?」
「え? ……ううん! 別に悩み、というほどでもないけど」
「そう? 結構真剣な顔で考えこんでたわよ?」」
柚羽はソファに座っている花梨の隣に腰を下ろし、何度か身体を軽くぶつけてきた。
あれから柚羽は眞木と一度だけ一緒に出かけたらしい。けれどメッセージのでのやりとりは頻繁にしているようだ。そのことを姉から聞くたび花梨の胸は痛みを覚えたけれど、身体の奥にぎゅっとしまい込んで忘れるようにしていた。
(柚羽が幸せそうだから……)
心の平穏を保つよう、そんな言葉で蓋をした。
「ほら、お姉さんに相談してごらんなさい? ん?」
柚羽からせっつかれ、花梨は躊躇いつつもここ二週間近くの出来事を話した。桐生の謎の行動についてを。
花梨が話し終えると、柚羽はクスクスと笑い出した。
「どうして笑うのよ」
「だって、そんなことで悩む花梨が可愛くって。営業妨害されてるならともかく、売り上げに貢献してくれてるんだから、ありがたく受け入れればいいのよ」
柚羽は当然、と言った表情で花梨に言い放つ。一方花梨は釈然としない様子だ。
「そうかなぁ……」
「それに、花梨のアレンジの腕を買ってくれてるんでしょう? クリエイター冥利に尽きるじゃない」
「そうだけどさぁ……」
「……ま、それだけじゃないとは思うけど」
柚羽がごくごく小さな声で紡いだその言葉を、花梨は聞き取ることができずに、首を傾げた。
「ん? 何?」
「……なんでもなぁい。とにかく、あまり悪い方に受け取らない方がいいわよ?」
含み笑いを隠すことなく、柚羽はソファから立ち上がり、キッチンへと入っていった。
「まぁ……柚羽がそう言うなら」
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