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第7話
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それから十分ほどして、車は三浦家の前に到着した。雅美が家の鍵を解錠している間に、桐生が荷物を運んできてくれた。花梨も負けじと運び込んだ。
「花梨さんは働き者ですね」
「母も柚羽も病み上がりですから。私が動かないと」
桐生が目を細めて言うと、花梨は事務的に返す。
すべてが終わると、雅美が桐生にお礼を言って頭を下げた。
「桐生さん、もしよければお上がりになって。お茶でも淹れますから」
「ありがとうございます。でも柚羽さんも退院したばかりでお疲れでしょうし、今日はこのまま帰ります。また機会があれば伺わせてください」
謹んで辞退した桐生に、柚羽も改めてお礼を述べた後、
「桐生さん、おんぶに抱っこで申し訳ないとは思うのですが、帰られるついでに、花梨をお店まで乗せてあげてもらえませんか? この子多分、タクシーで私たちを送った後そのままお店に帰るつもりでいたと思うんです」
あふれんばかりの笑顔でそんなことを言い出した。
「ちょっ、柚羽! そんなこと言ったらご迷惑でしょ! 私はいいわよ、バス使うから!」
花梨が目を見開き、大慌てで柚羽をたしなめた。
(なんてことを言い出すのよ、この子!)
病院からここまででさえ、居心地の悪さを覚えていたというのに、この後二人で車に乗るなんてまっぴらごめんだ。
「あぁ、この後お店に戻る予定だったんですね。もちろんかまいません。私が勝手な気を回してしまったせいで、花梨さんにお手間を取らせるのは申し訳ない。どうか送らせてください」
桐生がその引き締まった美貌を緩めて笑う。
「い、いえ! 結構です! 自分で行けますから!」
「でもお店を抜けてこられたのならすぐにでも戻らないと、他の従業員の方が大変ではないですか? あまりお待たせしない方がいいかと……」
「うぅ……」
それに言及されてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。確かにこの三日間、柚羽の入院関連でちょこちょこと店を抜けている。一刻も早く帰るに越したことはないのだ。
「花梨、せっかくこう言ってくださってるんだし、桐生さんのご厚意に甘えたらどう?」
「そうよ花梨。早くお店に帰らないと、美津子さんも待ってるわよ」
雅美と柚羽が二人揃って花梨の背中を押してくる。特に柚羽なんていつになくノリノリだ。気持ち悪いくらいニコニコしている。
「そうと決まれば、どうぞ」
桐生が再び花梨のために助手席のドアを開けた。
(柚羽ったら、余計なことを~!)
花梨が目を細めて柚羽を睨むと、彼女は明後日の方向に視線を逸らせた。こんないきいきとした姉を見るのは久しぶりだ。完全に楽しんでいるなと、花梨は歯噛みした。
とは言え、正直に言ってしまえば、送ってもらうのはありがたかったりするから心中複雑だ。
「じゃあ……すみません、お世話になります」
観念した花梨はぺこりと頭を下げると、自分の荷物とともにおずおずと車に乗った。ウィンドウを下げると、柚羽に向かって言う。
「柚羽、間違っても今日は仕事なんてしちゃダメだからね?」
「分かってるわよ、花梨。今日はおとなしくしてます」
「絶対だよ?」
姉に何度も念を押して、花梨はウィンドウを上げた。桐生が雅美と柚羽に挨拶をし、運転席へと乗り込む。すぐに車は発進した。
「――そんなに柚羽さんが心配?」
後ろ髪を引かれるように後ろを振り返る花梨に、桐生が尋ねる。
「はい……元気そうに見えますけど、結構無理をしちゃう子なので」
柚羽は「大丈夫」と言いながら熱を出したり、倒れたりすることが今まで幾度もあったから。こういう時は一番心配になる。
「弟から聞いていたけど、本当にお姉さん思いなんですね」
「弟さん……あ、眞木先生、ですか」
「――あの日救急車を呼んだ時、柚羽さんから桜浜総合病院の眞木、という名前を聞いて、弟の患者さんだと分かったんです。それならお見舞いに出向かないといけないと思って、病院近くの花屋に行ったらあなたがいた、というわけです」
「あぁ……だから柚羽の病室が分かったんですね」
弟である眞木から柚羽のことを聞いたのだ。それなら病室の番号を把握していたのも頷ける。身内の患者とはいえ、知らない女の見舞いや送迎に手間をかけさせてしまい、花梨の中にわずかながらしおらしい気持ちが湧いてきた。
「なんか……いろいろご迷惑をおかけして、すみません」
「迷惑だなんて思っていたら、救急車なんて呼ばないし、お見舞いも退院の迎えにも来ませんよ」
(確かにそうよね……)
救急車もお見舞いも送迎も、自分から言い出さなければ関わらずに済んだはずだ。それらすべてを自ら進んで行った桐生は、親切なのだろうがある意味物好きだ。
実家から白山本町店までは車で十分ほどだ。ちょっとした会話をしている間に着いた。
「ありがとうございました」
シフォンベリーの裏に車を停めた桐生は、花梨が降りる前に助手席のドアを開けてくれた。
「これからも弟のこと、よろしくお願いします」
「お世話になっているのはこちらなんですけど」
花梨は苦笑いを見せた後、表情を一変させ、きっちりと頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。とても助かりました」
(社会人としての礼儀だもの。お礼くらいちゃんと言っておかないと)
顔を上げると、桐生が表情を緩めて花梨を見ていた。それはほんのわずかな時間だったけれど、やけに長く感じた。
どこか決まりが悪くて、図らずも目を逸らしてしまう。それからすぐ彼が動く気配がして。
「ではまた」
運転席のドアを開けた桐生はそう言い残し、中へ乗り込んだ。車が離れていくのと同時に、花梨は首を動かしながら大きく息を吐いた。
「はぁ……なんか、変わった人」
車に乗っている間、無意識に力が入っていたのか肩が凝ってしまった。会って間もない人、しかも男性と二人で車に乗るなんて、緊張しないはずがない。
けれど今回は彼の親切でいろいろ助かったのは確かだ。ありがたい気持ちも当然あった。
(ではまた――なんて、もう会うこともないだろうけど)
花梨はこの時、本当にそう思っていた。
「花梨さんは働き者ですね」
「母も柚羽も病み上がりですから。私が動かないと」
桐生が目を細めて言うと、花梨は事務的に返す。
すべてが終わると、雅美が桐生にお礼を言って頭を下げた。
「桐生さん、もしよければお上がりになって。お茶でも淹れますから」
「ありがとうございます。でも柚羽さんも退院したばかりでお疲れでしょうし、今日はこのまま帰ります。また機会があれば伺わせてください」
謹んで辞退した桐生に、柚羽も改めてお礼を述べた後、
「桐生さん、おんぶに抱っこで申し訳ないとは思うのですが、帰られるついでに、花梨をお店まで乗せてあげてもらえませんか? この子多分、タクシーで私たちを送った後そのままお店に帰るつもりでいたと思うんです」
あふれんばかりの笑顔でそんなことを言い出した。
「ちょっ、柚羽! そんなこと言ったらご迷惑でしょ! 私はいいわよ、バス使うから!」
花梨が目を見開き、大慌てで柚羽をたしなめた。
(なんてことを言い出すのよ、この子!)
病院からここまででさえ、居心地の悪さを覚えていたというのに、この後二人で車に乗るなんてまっぴらごめんだ。
「あぁ、この後お店に戻る予定だったんですね。もちろんかまいません。私が勝手な気を回してしまったせいで、花梨さんにお手間を取らせるのは申し訳ない。どうか送らせてください」
桐生がその引き締まった美貌を緩めて笑う。
「い、いえ! 結構です! 自分で行けますから!」
「でもお店を抜けてこられたのならすぐにでも戻らないと、他の従業員の方が大変ではないですか? あまりお待たせしない方がいいかと……」
「うぅ……」
それに言及されてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。確かにこの三日間、柚羽の入院関連でちょこちょこと店を抜けている。一刻も早く帰るに越したことはないのだ。
「花梨、せっかくこう言ってくださってるんだし、桐生さんのご厚意に甘えたらどう?」
「そうよ花梨。早くお店に帰らないと、美津子さんも待ってるわよ」
雅美と柚羽が二人揃って花梨の背中を押してくる。特に柚羽なんていつになくノリノリだ。気持ち悪いくらいニコニコしている。
「そうと決まれば、どうぞ」
桐生が再び花梨のために助手席のドアを開けた。
(柚羽ったら、余計なことを~!)
花梨が目を細めて柚羽を睨むと、彼女は明後日の方向に視線を逸らせた。こんないきいきとした姉を見るのは久しぶりだ。完全に楽しんでいるなと、花梨は歯噛みした。
とは言え、正直に言ってしまえば、送ってもらうのはありがたかったりするから心中複雑だ。
「じゃあ……すみません、お世話になります」
観念した花梨はぺこりと頭を下げると、自分の荷物とともにおずおずと車に乗った。ウィンドウを下げると、柚羽に向かって言う。
「柚羽、間違っても今日は仕事なんてしちゃダメだからね?」
「分かってるわよ、花梨。今日はおとなしくしてます」
「絶対だよ?」
姉に何度も念を押して、花梨はウィンドウを上げた。桐生が雅美と柚羽に挨拶をし、運転席へと乗り込む。すぐに車は発進した。
「――そんなに柚羽さんが心配?」
後ろ髪を引かれるように後ろを振り返る花梨に、桐生が尋ねる。
「はい……元気そうに見えますけど、結構無理をしちゃう子なので」
柚羽は「大丈夫」と言いながら熱を出したり、倒れたりすることが今まで幾度もあったから。こういう時は一番心配になる。
「弟から聞いていたけど、本当にお姉さん思いなんですね」
「弟さん……あ、眞木先生、ですか」
「――あの日救急車を呼んだ時、柚羽さんから桜浜総合病院の眞木、という名前を聞いて、弟の患者さんだと分かったんです。それならお見舞いに出向かないといけないと思って、病院近くの花屋に行ったらあなたがいた、というわけです」
「あぁ……だから柚羽の病室が分かったんですね」
弟である眞木から柚羽のことを聞いたのだ。それなら病室の番号を把握していたのも頷ける。身内の患者とはいえ、知らない女の見舞いや送迎に手間をかけさせてしまい、花梨の中にわずかながらしおらしい気持ちが湧いてきた。
「なんか……いろいろご迷惑をおかけして、すみません」
「迷惑だなんて思っていたら、救急車なんて呼ばないし、お見舞いも退院の迎えにも来ませんよ」
(確かにそうよね……)
救急車もお見舞いも送迎も、自分から言い出さなければ関わらずに済んだはずだ。それらすべてを自ら進んで行った桐生は、親切なのだろうがある意味物好きだ。
実家から白山本町店までは車で十分ほどだ。ちょっとした会話をしている間に着いた。
「ありがとうございました」
シフォンベリーの裏に車を停めた桐生は、花梨が降りる前に助手席のドアを開けてくれた。
「これからも弟のこと、よろしくお願いします」
「お世話になっているのはこちらなんですけど」
花梨は苦笑いを見せた後、表情を一変させ、きっちりと頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。とても助かりました」
(社会人としての礼儀だもの。お礼くらいちゃんと言っておかないと)
顔を上げると、桐生が表情を緩めて花梨を見ていた。それはほんのわずかな時間だったけれど、やけに長く感じた。
どこか決まりが悪くて、図らずも目を逸らしてしまう。それからすぐ彼が動く気配がして。
「ではまた」
運転席のドアを開けた桐生はそう言い残し、中へ乗り込んだ。車が離れていくのと同時に、花梨は首を動かしながら大きく息を吐いた。
「はぁ……なんか、変わった人」
車に乗っている間、無意識に力が入っていたのか肩が凝ってしまった。会って間もない人、しかも男性と二人で車に乗るなんて、緊張しないはずがない。
けれど今回は彼の親切でいろいろ助かったのは確かだ。ありがたい気持ちも当然あった。
(ではまた――なんて、もう会うこともないだろうけど)
花梨はこの時、本当にそう思っていた。
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