グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅴ

第246話 新キョウト都市奪還戦争 Ⅱ-⑪ 決戦

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 現在の人類において間違いなく最高峰の実力を持つ佐々木ユキと、グールの精鋭である人型個体のさらに上位の存在であるヴィータとの戦いが始まった。

 ユキがヴィータへ手をかざすと同時に周囲の地盤がめくれ上がり、津波のようにヴィータに襲いかかった。

「へえ、言うだけはあるな」

 ヴィータが軽く片手を振るうだけで、その天変地異とも言える岩盤の津波が粉々に砕け散った。

 ユキも取り立てて取り乱す事もなく、更にヴィータに向かって念動の重圧を与えた。
 これはいつも阿倍野やセイたちに向かって放つデモンストレーションとはまるで違う威力で、SS級グールであっても一瞬で平らに成る程の重圧だった。

ドォォン!!!

「おお。ここまで出来るのか」

 ヴィータは笑みさえ浮かべ、何の影響もないと言わんばかりにユキに手を向けた。

ズドドドオオオ!!!

「くっ!」

 これは先程最上が一撃で頭を吹き飛ばされた魔素の衝撃波であり、都市のSS級隊員たちが反応も出来なかった攻撃だ。
 ユキはこの攻撃を何度も放たれたが、何とか念動術で防御した。

 ユキは元々自身の周囲に念動術で自動の防御膜を展開しているし、自身の衣服、肉体までにも念動術を施して強化をしている。
 その強化された膂力はS級グールを片手で捻り潰すことも出来るし、耐久力はミサイルの直撃にも耐える。

 しかしヴィータの放った衝撃波はユキの体に微かだが傷をつけて、肩から一筋の血を流させた。

「おお! そんなもんで済むのか、凄いな」

「舐めるな!!」

 ユキは両手を広げ、目の前の大気を一気に凝縮した。
 とてつもない力で押し潰された空気は元に戻ろうと足掻くが、ユキの力で小さく固められている。
 そこに筒状の空気の逃げ道をトンネル状に作り、さらに凝縮された空気の塊を配置した。

 白く輝くそれらは大気で作られた砲身と砲弾だ。
 
 さらに空気の砲弾は激しく振動を始め、帯電を始めた。
 ユキは発生した電力さえも凝縮して砲弾に込めた。

ドオオオンンン!!

 激しい大気の大砲がヴィータに迫るが、ヴィータは片手でその砲弾を叩き落した。

「ははあ! これも大したもんだ!!」

「一発で終わりだと思うか?」

 そう言ったユキの前には数十もの青白い砲弾が現れ、一斉にヴィータに向かい発射された。

ドドドドオオオオオ!!!!!

 辺り一帯に地響きが鳴り響き、戦塵が立ち込めた。

ドバアウウ!!

 その戦塵はユキによって強制的に取り払われ、ヴィータにはさらに天空から氷の雨が降り注いだ。

ダダダダダダアアア!!!

 一発一発に魔素の練り込まれた氷の槍だ。
 この攻撃だけでもSS級グールならばひとたまりもない。

ドオン!!

 突然、空に存在する氷の雨を降らす大元の雲が弾け飛んだ。

「はははは!! 楽しいな!」

 ユキの攻撃を受けたヴィータは大して傷は負っていなかった。
 しかもその傷がある場所からは蒸気が上がり、少しずつ傷が再生しているのが分かった。

「ち……、化け物め」

「失礼な奴だ!」

 ヴィータはユキの呟きに答えると共に赤い球体をいくつも生み出しユキに放った。

「『ブリューナク』!」

 ユキが叫ぶとその手の先には1冊の本が現れた。
 これは重厚な装丁に金の装飾の施されたかなり大型の本で、ユキの持つ魔宝具『ブリューナク』だ。
 大きさは本というよりは扉のように見える。
 その魔宝具が持つ効式を十全に引き出しているユキは『ブリューナク』を開き、その紙面から金色の燐粉をヴィータに向けて舞い放った。

「なんだ、これは?」

 ヴィータの放った赤い光球の動きが突如乱れ、コントロールを失ったかのようにあたりの地面に突き刺さった。
 
 さらに『ブリューナク』からは銀色の燐粉、黒色の燐粉も吹き出し、黒色の燐粉はヴィータへと吹雪の様に降り注いだ。

ドドドドオオオオオ!!!

 その淡い見た目からは想像もつかない衝撃がヴィータを襲ったが、ヴィータは変わらずにその場に立っていた。

「そんなことも出来るのか!」

 ヴィータは『ブリューナク』の攻撃を受けてもものともせずに喜色に顔を染めていた。

 それを見たユキはため息をついた。

「どうした? 万策尽きたか?」

「いいや、お前はやはり厄介だと、そう思っただけだ」

「そうか、次はどうするんだ?」

「ただ全力を出すだけだ」

「それは楽しみだなあ!」

 そう言ってヴィータは笑い声を上げた。

「……『ブリューナク』、開放」

カッ!!

 強く眩い光がユキを包んだかと思うと、ユキの周囲にはいくつもの本が浮かび上がっていた。
 その大きさはさっきよりも小さく、それぞれが辞書程度のサイズだが、その数は軽く100を超えていた。
 ユキ自身も眩い銀色の光を仄かに放っており、僅かに体も宙に浮いていた。

「これは……、想像以上だ」

 ヴィータの顔から薄ら笑いが消え、本心からユキを称賛する言葉を口にした。

「それは良かったな」

ギャオオン!!

「ぐぐう!?」

 ヴィータは突然体にとてつもない力が加わり、身動きが取れなくなった。
 これはユキの持つ念動術を直接ヴィータの体に作用させた効果だ。
 ユキは雑巾を絞るように力を込め、全力で術を放ったが、ヴィータは少し苦しむ程度だった。

「本当に頑丈だ……!」

 ユキは辟易しながら、周囲の本を数冊ヴィータへと飛ばした。
 それはヴィータの体に直接張り付いて金銀に光を放ち始めた。

「おお!!」

 ヴィータは力づくでユキの念動術を破ると、体に取り付いた本を引き剥がし燃やした。

「なんだったんだ、これは?」

「鑑定術だ」

 ユキは新たに念動術の大気の塊を作り出しながら、ヴィータの疑問に答えた。

「鑑定、だと?」

「ああ、私の『ブリューナク』はお前の魔素の組成、特性、強度などを探り出すことが出来る。そしてどういう風に魔素を構成すればより大きな被害を与えられるか。それも分かる」

「……そんなことが出来るのか?」

「確かめてみろ」

ドドオオン!!!

 ユキが放った大気の砲弾が再びヴィータを襲った。ヴィータは両腕でその攻撃を受け止めたが、今度は押さえきれずに大きく吹き飛ばされた。

「これも喰らえ!」

 ユキが手をかざすと、周囲の本の数冊が激しく動き始め、金色に光り輝く流星のようにヴィータへと突き進んだ。

「おおお!!」

 ヴィータもすぐに体勢を立て直してその攻撃に赤いオーラをぶつけたが、流星はその壁を突き破った。

「なんだと!!」

ズズズオオオオオ!!!!

 幾度目かの地響きがあたりを大きく揺らした。
 しかしヴィータはボタボタと血を流しながらユキのいる場所へと歩みを進めていた。

「なんだと……!? 倒れもしないのか!?」

 渾身の攻撃を直撃させてもすぐに姿を現すヴィータには、ユキも驚きを隠せなかった。

「いいや、かなり効いたよ……。まさかここまで強い人間がいるとはなあ。体の内部はかなり損傷を受けた。再生にも大量の魔素を使うしな……」

 ヴィータは歩みを止めて腕を組んだ。

「さすがのオレも、このままじゃ負けそうだ」

「よく言う……!」

「素手じゃな」

 そう言うとヴィータは片手を虚空へと伸ばした。
 その動きに反応するように、何もない場所から一振りの剣が現れた。
 特に装飾もない、小さめの片手剣。
 しかしその剣からは人型グール並みの威圧を放っていた。

「お前……!」

「分かるか? こいつは何万ていう同胞を合成して出来た生きる剣だ。生半可な攻撃なら食いちぎるぞ。お前の攻撃でも受け止めることが出来る」

ドオン!!

 ヴィータが剣を軽く一振りしただけで、地面が大きく裂けた。

「おぞましいものを!」

 ユキは岩盤をめくり上げて叩きつけ、同時に空から氷の槍を降らせた。

ズドオオンンン!!

 しかしユキの攻撃は一瞬で弾け飛び、赤い光が広範囲のサーチライトのようにあたりを照らした。

「くっ……!!」

 ユキもとっさに防御を固め、その光線を受け止めた。

カッッッ!!!
ジュウウウウ!!

「うああああぁぁぁぁぁああ!!!」

 ユキは全身をがっしりと防御結界で固めたが、それでもヴィータの赤い光はユキの体を焼き焦がした。

「死んでないのか! 大したもんだな!!」

 ヴィータはさらに剣を振るい、切っ先から赤い衝撃波を放った。
 ユキも素早く数冊の本を流星に変えてこれを迎撃した。

ズッドオオンンンン!!!

「うあぁぁ!!」

 ユキは力負けして激しく爆撃を食らってしまった。
 ユキは地面に片膝をつき、息も絶え絶えだ。

「ほう! まだ息があるとはなあ!!」

「だ、黙れ……」

「それにお前! いい声だなあ! もっと聞かせてくれ、その悲鳴を!!」

「黙れと言っている!!」

 ユキは残りの半分ほどの本を流星に変えてヴィータを攻撃した。
 そして当時にもう半分の本を自分の体へと向かわせると、すうっと体の中へと吸い込んだ。

「おお! なんだ!?」

 ヴィータはユキが何か仕掛けようとしていることに気付き、喜びの声を上げた。

 ユキは『ブリューナク』の力を自分の体にフィードバックして、一気に身体能力、特殊能力を増幅させた。そして増幅された自分の念動術を応用してさらに肉体を活性化させ、いまや人型グールであっても素手で殴り殺せる程の超人と化した。

 『ブリューナク』の効式は魔法陣の保存だ。
 辞書のような書籍の中に無数の術を保存し、時に燐粉のように術を放ち攻撃をしたり、時に自分に強化の術を施したりができる。

 ユキは無言で地面を蹴り飛ばし、一瞬でヴィータの懐へ飛び込んだ。

スドオン!!

「ごふっ!!!」

 念動術により加速と大気の砲弾を纏った拳により、ヴィータは激しく吐血した。

「このまま殴り倒してやろう!!」

ドオン!! ズドオン!! ズガアアンン!!

 ユキの一撃必殺の拳がヴィータの体を襲った。普通ならば一発で遥か彼方に吹き飛ばされる攻撃だが、ユキは念動術でヴィータの背中に大気の壁を作りその場に留めていた。

「はあ! はあ!! こ、これで止めだ!!」

 ユキが全身の魔素を拳に乗せ、最後の一撃を放った。

ズドオオオン!!!!

 しかしヴィータは両手でその攻撃を受け止めていた。

「ははあ……! ほ、本当に大したもんだ……! 死にかけたぞ! この小娘が!!」

ドオオオンンン!!

 ユキはヴィータに足蹴にされて後ろへ吹っ飛んだ。

「今度はオレの番だなあ!!」

 ヴィータは既にユキの吹き飛んだ後方に転移しており、さらに剣から衝撃波を撃ち出した。

ズドオオオン!!!

「はっはあ!! 悲鳴を上げろ!!」

ドン! ズドオン!! ドドドッオオオオオ!!

 ヴィータは激しく攻撃を繰り返し、ユキを攻め立てた。
 その途中、体に違和感があることに気付いた。

「む……、なんだ……? おかしい、力が抜けるような……?」

ドオウ!!

 激しい土煙が強風で吹き飛ばされた。
 
 そこには血まみれのユキがかろうじて立っていた。

「あ、危なかった……、本当に……。な、なぜ攻撃を止めた?」

 ユキはもう数発で確実に絶命するまでに追い詰められていた。
 ヴィータが手を緩めた一瞬で体勢を立て直し、ギリギリの状態でヴィータと対峙していた。

「お前が何かしたんじゃないのか?」

「何だと?」

 ユキはヴィータの言葉の意味が分からなかった。
 しかしその答えは意外な所から知らされた。

『ユキ! 兄ちゃんだ!! 結界を展開したぞ!! 生きてるか!!』
『ちょっと、兄ちゃん! 結界を作ったのはウチよ!!』

 ユキの耳に通信装置からセイとナナの声が響き渡った。
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