グールムーンワールド

神坂 セイ

文字の大きさ
上 下
226 / 264
CHAPTER Ⅴ

第222話 開戦に向けて③

しおりを挟む
 ユキの攻撃を受けてナナは肩で息をしており、阿倍野は地面に叩きつけられていてと、かなりカオスな状況になった。
 しかしこんな状況でも年長者のアイコが大きく咳払いをして話を強引に本筋に戻してくれた。

「と、とにかく……! 3軍を分けて新キョウト都市へ侵入、京都駅で合流して二条城を目指す。そこまでのユキちゃんの考えはわかったわ。その後はどう考えているの?」

 ユキはアイコの質問に仕切り直しと言わんばかりに1つ息を吐いて答えた。

「ああ、そうだな。戦局が上手く行って3軍が新キョウト都市内で揃っても、そこから全軍でのさらなる進軍は難しいと考えている。何故なら全方位から上級グール、特級グールが大量に群がってくるはずだからだ」

 ユキの答えにアイコがさらに質問を重ねた。

「しかし、そのグールの大群を殲滅させないと新キョウト都市の奪還は成らないんじゃないかしら?」

 ユキは頷いた。

「宝条マスターの言う通りだ。しかし、足を止めて敵の大群と戦う、進軍しながら大群と戦う。そしてただの有象無象の大群を相手にするのと、指揮系統が確立された軍隊としての大群を相手にすることはそれぞれ全く違う」

 ここで阿倍野が起き上がり、ポンと手を打った。

「ああ。つまり、京都駅にたどり着いた以降はオレたちは司令役となる人型グールを狙う。ということですね?」

 阿倍野の発言にユキが若干鬱陶しそうな顔を浮かべた。

「そうだ、こちらの連合軍は京都駅周辺でグールの大群を押さえつつ、時間を掛けて二条城を目指してもらう。だが同時に少数の別働隊のみが二条城に先行して指揮役の人型グールの始末とラク兄さんの救出を行う」

「少数の別働隊ですか?」

 聞いたのは阿倍野だ。

「ここにいる私とこの配下たちだ。この者たちはこのワイズという組織のトップの4人だ。それなりに役に立つ。あとはリュウセイ、宝条マスター。お前たちも精鋭を連れて一緒に来い。そしてセイ、ナナもだ」

 ユキはそう言って周囲に控えたワイズの幹部たちに目をやった。
 確かにこの4人は全員がSS級相当の実力があるのは間違いないだろう。

「セイちゃんたちも? ……その人員はどういう理由で選んだの?」

 アイコが少し怪訝そうな顔を浮かべた。
 ユキや阿倍野、アイコは人型グールと充分以上に戦えるだろう。補佐役として精鋭を連れていくことも理解出来る。
 しかしオレとナナはまだそこまでの実力はないだろう。
 そういう意味の質問だ。

「単純に人型グールと戦える面子だがな。そしてラク兄さんを救出するには、おそらくセイとナナの存在が必要になる」

「おそらく?」

 またしても阿倍野がユキへ疑問を呈した。

「ああ。ラク兄さんは自らにかなり強力な封印術を課しているようだ。攻撃してくるグールを自動反撃する類の結界のようのものだ。そのあたりは遠方感知で確認はできている。しかし、本人の意識はどうやらない」

「い、意識がない!?」

 オレは驚いて声を上げた。

「うるさいぞ。それぐらいのことをしなければグールの大群を1人で押さえることなどできなかったのだろう。そしてそこから1秒も休まず何十年という期間耐えきることも出来なかった」

「……」

(そうなのか? ラクは一体どうやって……?)

「ラク兄さんは自らを犠牲にして人類全体を守っている。しかしその守りが破られるのはもうすぐそこまでに迫っている。そのラク兄さんの封印を解くには、私か、兄、姉の存在が必要と予測している。そこでは人型グールも何体出てくるか分からん。何しろ人型グールも何十年かけてもラク兄さんを殺すことはできなかった。その戦神ラクが復活するとなると向こうも必死で止めにくるはずだ。ラク兄さんの元に辿り着き、封印を解く。それがこの戦争の勝因になる」

「予測。ですか」

 阿倍野がポツリと呟いた。

「……さっきからなんだ? 長期間に渡る充分な調査の結果による予測だ。文句でもあるのか、リュウセイ」

 ユキがギロリと阿倍野を睨んだ。

「いえいえ。ユキさんがそこまで言うのなら納得しますし、従います。しかし、大群のグールとの戦いには誰か指揮官が必要です。オレたちが揃っても抜けるとなると代役が必要だとは思いますね。そうですね、オレはアベルあたりが適任と思いますが?」

「な! オレですか!? しかし!」

 ずっと黙っていた伊達が明らかに不満そうに声を上げた。

「アベル。京都駅で起こるであろう戦いはお前が指揮を取れ。私もそう考えていた」

 ユキも阿倍野の言葉に続いた。

「ゆ、ユキさん! しかしオレはあのディリップって言う人型グールを……」

「黙れ。それに指揮役は3軍ともそれぞれ違う。新トウキョウ都市軍はアベル。新オオサカ都市軍はゲンスイ。そして私達からはソラとクルミだ」

「え……? クルミ?」
「私も……?」

 伊達と美作が戸惑いを見せた。
 ワイズの桜海クルミは伊達と、楢地ソラは美作とどうやら昔深い仲だったようだ。それはオレにも分かったが、そんな人選をユキがしたことに驚いたのだ。

「お前たちなら足並みも揃えやすいだろう。そして、人型グールの誰がどこに現れるかは、その場にならなければどうせ分からん。人型グールは私たち別働隊以外にも当然襲い掛かってくるだろう。そこで対応できるだけの戦力も必要だ」

「そ、そうですか……」
「分かりました」

 伊達と美作もとりあえずは納得した様子だ。

「人型グールも本当に何体いるか分からんぞ。お前ら元東京ギルドの7人に全軍を任せる。必ずグールを殲滅しろ」

 7人、とは伊達と美作だけではなく、最上、相馬、毛利も入っているのだろう。

「東京ギルド……」

 伊達の呟きと共に沈黙が場に満ちた。
  
 伊達と美作の顔を見たユキは少し口調を強めて言った。

「どうやらお前たちはまだよく分かっていないようだから改めて言っておく」

「?」

「今回の戦争は新センダイ都市や新ヒロシマ都市を奪還したときよりも苛烈で大規模なものになる。そしてこの戦争に敗れると言うことは人類の敗北を意味している。いいか? もう後はないと思え。出し惜しみはするな」

 ユキがじっとオレたち、阿倍野、アイコを見た。

「……もちろん、分かっています」
「ええ。私たちの出せる最高戦力を出すつもりよ」

 阿倍野とアイコも強い瞳で言葉を出した。

「だけど、ユキさんには申し訳ないがこれも言っておきます」

 阿倍野がそう言うと、ユキがピクリと反応した。

「なんだ?」

「万が一ラクさんの救出が成らなくても、グールをある程度壊滅出来れば次回に繋がる。オレはそう考えてます。戦局によっては新キョウト都市の奪還が完全には成らなくとも、新トウキョウ都市は戦果は充分として戦争を見切ることもあり得えます」

(え!? 見切る!? そんな……)

 ユキはしばらく黙ったあと、口を開いた。

「戦神ラクの救出。それが勝利条件だ。それがならなければ人類に勝利はない」

 そう言うユキの口調は固かった。

「まあ、そこの同意は無理だと思ってました。いざと言うときにオレたちが撤退する。その可能性は知っておいて下さい」

 阿倍野の言葉にユキが舌打ちをした。

「お前はやはりいけ好かない……、ラク兄さんの元へ辿り着ければお前らは用済みだ。それからは好きにすればいい」

 ユキがそう言った後、アイコがふうと息を吐いて言葉を出した。

「ユキちゃん。リュウセイの想定は最悪の場合よ。私たちは必ずラクちゃんを助け出す。そしてグールに勝つわ」

「……当然だ」

 沈黙が場を包んだ。
 何となく気まずい空気が流れている。

「なあ、ユキ」

 オレは思わずユキに話し掛けた。

「……」

 ユキは黙ってオレの方をじろりと見た。

「兄ちゃんはな、この時代に放り出されてからずっと目標にしてたことがあるんだ。怪物に襲われても、死にかけてもその目標は変わってないぞ」

「何の話だ。口を閉じてろ」

「オレの目標は兄妹を全員見つけて一緒に暮らすことだ」

「……ふん」

 ユキはうっとうしそうに顔を逸した。

「オレはまあ、ナナは見つけたし、ユキ。お前にも会えた。後はラクだ」

「兄ちゃん……」

「だから、オレは何があろうとラクを助け出す。ラクが、弟が困っている時に助けてやるのが兄ちゃんってもんだろ?」

 ユキはため息をついた。

「そんな簡単な話ではない」

「いや、簡単な話だよ。ラクを助けるにはグールを倒すしかない。兄妹で揃って暮らすには、グールを倒すしかない。だったら」

 オレは一度言葉を切ってユキを見直した。

「だったら、グールを倒す。それしか道はない」

「ウチも同じ。ラクは何としても助ける。姉さんだからね」

 ナナも決意の眼差しでユキを見つめている。
 オレもナナもラクを何としても助ける。
 その気持ちはどうしてもユキに伝えたかった。

 多分、それがオレたち3人に共通していることだからだ。

「ふっ、相変わらずの減らず口だ」

 少しの沈黙の後、ユキが笑った。
 オレたちに見せる始めての笑顔だった。

「少しは期待してやる。すぐに死んだりするなよ」

「バカにするな! 当たり前だ!」
「ホント、偉そうになっちゃってさ」

 オレとナナは小言をユキに返したが、ユキは特に腹を立てたりはしていなかった。

「セイ、ナナ。リュウセイ、宝条マスター、アベル、ゲンスイ。よく聞け。決戦は1月20日だ。そこから3軍で同時に新キョウト都市へと侵攻を開始する。遅れるなよ、いいな?」

「ああ!! オレたちでラクを助けるぞ!!」

 また、グールとの大きな戦いが始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...