グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅴ

第210話 昇級⑥

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 大規模防衛討伐と銘打たれた戦乱から早くも一月以上が過ぎた。
 春真っ盛りという季節で頬を撫でる風が心地いい。

 オレは4月頭に行われた昇級試験においてSS級に昇級することができた。
 これでオレはとうとう都市でも指折りの精鋭にまで成長することができた。
 ナナ、ユウナ、アオイはS-級から変化は無かったが、3人共にS+級になるのはそう遠くないだろうと色々な人から言われた。

 しかし今回の昇級試験で特筆すべきことはユキから受け取った新たな魔導具の存在だろう。
 大規模防衛討伐を無事に成功させた新トウキョウ都市、新オオサカ都市にはかねてよりの約定通りに、ワイズからオリジナルの魔導具が渡された。
 約束では3000個という事だったが、今回は新トウキョウ都市に1000個、新オオサカ都市に1000個という振り分けになっており、残りは再来月に再度授与されるという話だった。
 この各都市の1000個の内、250個ほどが新センダイ都市、新ヒロシマ都市へと移管されているそうだ。

 この魔導具は呪言板と呼ばれており、クレジットカード大の金属製に見える銀色の板に何やら不思議な黒い紋様が描かれていた。ワイズのメンバーが使う技に血黥けつげいと言う体に紋様を浮かべ身体を強化するものがあるが、その紋様にそっくりだった。
 この呪言板を討伐隊服に同期させることによって魔素入出力の補助、身体能力の強化、自然回復速度の上昇など諸々の能力が一段上乗せされる。これだけを聞くとメリットしか感じないが、討伐隊服がB級以上の隊員しか装備出来ないように、呪言板はA-級以上しか装備出来ないそうだ。
 やはりそれだけの効果を得るための魔素を体内に宿していない者は装備によって強化することもできないのだ。
 しかしこの新たな装備によって今回の昇級試験ではA+級に上がった隊員の数が400人を越えたという報告を聞いた。

 ユキのお陰で一気にA+級5600人という目標に大分近づいた。
 このペースならば今年中にA+級1600人の増員も決して夢ではないように感じるが、ここまで大人数が一度に昇級することはもう無いだろう。

 この呪言板は今回、オレたち佐々木班には支給されてはいない。やはりA+級、S-級の増員を優先して、対象の隊員に配られていた。



 オレはそんな中、阿倍野からの呼び出しを受けてナナ、ユウナ、アオイと共にギルドマスタールームにいた。

「悪いねえ、呼びだしちゃって」

 オレが軽く目礼すると、阿倍野が軽い声で話し掛けてきた。

「いえ、今度はどうしたんですか?」

 オレたち佐々木班は阿倍野には昇級試験の後に訓練を見てもらっている。先日昇級試験が終わった後にも会ったので、まだ2週間程しか経っていない。

「いやあ、例の新キョウト都市の奪還の件だけどねぇ、何と言うか。懸念事項が出てしまってねえ……」

 阿倍野がたまにしか見せない言いづらい頼みを切り出す時の喋り方だ。オレはピンと来た。

「上層部から何か司令ですか」

「いやあ、話が早い。助かるよ」

「ちょっと、阿倍野さん。また意味分かんないこと言わないで下さいよ」

 ナナがずいっとオレの前に出て阿倍野に釘を差した。

「ナナ!」

「いや、いいよ。文句言われても仕方ない事だからさ」

「阿倍野マスターは私たちに何を頼もうとしてるんですか?」

「さすが聖天女さま! よくぞ聞いてくれた!」

「……」

 ユウナもこういう風に呼ばれるのは段々慣れてきたようだが、阿倍野から言われるとからかわれているようにしか聞こえない。

「実は新キョウト都市にA級グールのみ、しかも25万ものグールがいると言うユキさんの情報だけどね。これが疑問視されている」

「え? 今さら?」

 アオイが眉をひそめて呟いた。
 阿倍野はひとつ頷いて言葉を続けた。

「……そうなんだ。新キョウト都市の外周のグールがA級のみだということは確認されているがね。もっと正確な詳細の情報をこちら側。つまり新トウキョウ都市、新オオサカ都市でも確認するべきだという意見なんだ」

「……それで、どうしろと?」

「君たち佐々木班に威力偵察を頼みたい。実際に新キョウト都市近辺まで赴き、敵軍の概略を掴んで貰いたいんだ」

「はあ!? なにそれやっぱり意味分かんないんだけど! ユキの言ってることは信じないってこと?」

 ナナが興奮して阿倍野に返した。

「済まないね。ワイズの言葉を鵜呑みにし過ぎだとお叱りを受けてね……」

 阿倍野が頭をポリポリと掻いている。

「なにそれ!? 今さら何言ってんの?」

「ナナ! 阿倍野さんの事情も汲んであげろよ!」

「兄ちゃんは阿倍野さんの気持ちを汲みすぎだから!」

「そんなに怒ってもしょうがないだろ。とにかく! まずは! 話を聞こう!」

「……まったく。しょうがないな」

 ナナは取り敢えず矛をおさめてくれたようだ。

「ありがとう、佐々木くん。それで……、威力偵察についてだが。少数精鋭での作戦を計画している」

「ええと、それはオレたち佐々木班でってことですか」

「いや、欄島班も同行してもらう」

「欄島さんと千城さんですか!」

 意外な言葉にオレはつい声が大きくなる。あの2人が一緒なら安心だ。

「あ、でも新キョウト都市に行って広範囲の索敵術を使わなきゃなんねーんじゃ? 私たちって誰か使えたっけ?」

 確かにアオイの言う通りだ。新キョウト都市の中心にまでは近づけないのだからある程度遠くから敵を探る術が使えないと話にならない。
 そこまでの規模の術となるとユウナも使えない。

「問題ないよ。その役目は天王寺隊員が請け負う」

(天王寺?)

「って、確か新オオサカ都市の……」

「ああ、西部都市圏最強の魔術士だ。そして虎影隊員と武蔵野班の3人。新オオサカ都市からはこの5人のメンバーが参加する」

「え! リカさんも一緒ですか?」

(ナナ?)

「ああ。ナナさんは南部奪還の時に虎影リカ隊員と面識があるんだったかな?」

「はい、そうです! リカさんと一緒なら嬉しい! 久しぶりに会えるじゃん!」

 ナナが明らかに嬉しそうだ。確か虎影隊員は背の小さめの女の子だった。ナナと親しそうだったことも思い出した。

「……まあ、納得してくれるなら良かったよ。あと、今回は新センダイ都市からアベル。新ヒロシマ都市からゲンスイも参加する。宜しく頼むよ」

「ええ!? 2人ともギルドマスターじゃないんですか? 都市を離れちゃっていいんですか!?」

 オレはこの2人の参加には驚いた。

「うん。今回は威力偵察だからね。そこまでの危険はないだろうという判断だけど……、実際は少し違う」

「と、言いますと?」

「新キョウト都市の奪還戦は北部からも南部からも何百という精鋭を出してもらう予定だ。だからギルドマスターとしてその下見も兼ねている。そして各都市のトップ級と行動を共にして親睦を深めるという意味もある。こういう肩を並べられる機会は少ないからね。上層部の意見の中から出した苦肉の対応ではあるがね」

「はあ、なるほど……」

 オレは阿倍野たちも上層部から言われたことをただこなすではなく、最大限に利用しようとしていることに感心した。まあ、仕方なくという側面は隠せないところではある。

「それで5月になったら新オオサカ都市へ行って欲しい。例の転移装置で一瞬だから移動は心配ないよ」

「了解です。でもそんな面子だったら人型グールが出てきても大丈夫そうですね。まあそんなことにはならないでしょうけど」

 オレの言葉を聞いた阿倍野は苦笑いを浮かべた。

「佐々木くん。そう言うことを言うと本当に出てくるかも知れないよ」

 ナナたちも苦笑してオレを見ていた。



 それからしばらくして。

 オレたちはギルドマスタールームへ入り阿倍野や欄島班と合流した後、転移陣柱の中に入り新オオサカ都市へと向かうところだった。
 メンバーはオレたち佐々木班の4人、そして欄島班の2人だ。 
 欄島と千城と会うのも久しぶりだったが、2人とも体から感じる力強さが1段増しているのを感じた。

「向こうに武蔵野隊員たちがいるはずだ。では宜しく。王級隔界招門ギガサモンゲート

「了解です」
「阿倍野マスター! 任せて下さい!!」

(欄島さんは阿倍野さん信者なんだよな……)

 欄島の暑苦しい返事と共に転移陣柱の周りが少しずつ輝き始めた。

カアアアアア!

 激しい光と振動の中、視界が真っ白に染まる。気が付くと、部屋の風景が変わり、目の前には武蔵野班の3人が立っていた。

「おおお! 来たで!」
「佐々木くんやん!」
「えらい強くなっとるやん!」

「あ、武蔵野くん! 出迎えに来てくれたんだ」

「「「当たり前やろ」」」

「お久しぶりです」
「相変わらず面白ー喋り方だな」

 オレたちは一通り武蔵野たちと挨拶を交わしたが、ナナは構わずにあたりをキョロキョロと見ていた。

「あれ? リカさんたちは居ないんですか?」

「ああ、こっちやで」
「みんな待っとる。案内するわ」
「ついて来てや」

 オレたちは武蔵野たちに促されるまま新オオサカ都市の建物の中を右へ左へとしばらく歩いた。
 欄島と千城ももちろん一緒だ。
 やがて魔導エレベーターに乗って上階で降りると何となく見覚えのある場所に出た。

「あ、ギルドマスタールームに向かってるんですね」
「なつかしーなー」

 ユウナとアオイも思い出したらしい。

「そうや、タイシさんもリカさんもそこにおるで」
「伊達マスターと美作マスターは明日とか明後日とかに来るらしいわ」
「ほないこか」

 オレたちはギルドマスタールームの扉を抜け、大部屋の中へと入った。
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