グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅴ

第201話 ワイズ会談⑥

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 暦は2月を迎えた。

 オレたちは今、新トウキョウ都市の外郭を離れ、スカイベースで富士山山麓を目指していた。

 この1ヶ月はずっと訓練を続けていて、武蔵野班の3人も新オオサカ都市へと帰路についたところだ。
 彼らは本当にオレたちと遊びに来ただけだった。
 オレは更なる昇級に向けて新技の開発も考えており、一緒に訓練をした武蔵野たちの助言でかなり助けられた。
 今までの天狼弾セイリオス天輪弾イーリオスの開発も武蔵野たちのお陰でできたと言えるし今回もまた新たな技術を彼らのお陰で生み出すことができた。

 ナナもさらに結界術に磨きをかけたし、ユウナとアオイももうS級グール2体を相手にしても苦戦はしないだろうという所まで実力を伸ばした。
 そうしてオレたちは着実に力を増していた。

「あれ? もう外壁は離れたのにまたあそこに壁がありますね? 建設中?ですか」 

 先ほど新トウキョウ都市を出発したオレはスカイベースから先を見ると、大勢の人間が何やら作業をしている作りかけの巨大な壁を見つけた。

「セイさん。あれは第3外郭だよ」

 オレの横に立っていたユウナが優しく教えてくれた。

「第3外郭?」

「新トウキョウ都市は人口問題が深刻なんだよ。どうしても居住地域を増やす必要があって、何年も前から建設が進んでんの。あの壁が出来れば新トウキョウ都市は300万くらいは余裕で人が住めるようになれるらしーぞ」

 アオイがすらすらと説明した。

(み、みんな知ってるっぽいな。前に通ったときは壁なんかなかったけどな……。まあ余計なことは言わないでおこ)

 ユウナがそんなオレの気持ちを読み取って微笑んでいる。

「セイさん。外郭の建設は地下基礎が重要なんだよ。その基礎の工事が去年まで行われていてね。最近地上の工事が始まったんだよ」

「そ、そうなんだ。ありがとう」

「兄ちゃん。ウチだってそれくらい知ってるからね。頑張るの戦闘だけじゃダメでしょ。来年中には完成するみたいだよ」

「そ、そうかな?」

 オレたちの会話を聞いていた美作と毛利が笑っているのが見えた。
 美女2人に笑われて結構恥ずかしい。

「佐々木さんは面白い方ですね」

 美作がオレに話しかけてきた。

「え? いや、そんなふざけてるつもりはないんですけどね」

「ラクさんもそういう周りを穏やかな気持ちにさせてくれる不思議な方でした。だけど、こと戦闘となるとまさに戦神という二つ名がピッタリの迫力で。やはり佐々木さんはあの方のお兄様ですね」

「い、いや。そうですかね……」

「佐々木さん、必ずユキさんの協力を取り付けましょう。ラクさんのためにも」

「……はい。もちろんです」

 美作と毛利はオレたちにひとつ微笑みを見せるとその場を去っていった。

(何なんだろ?)

「気に入られたみたいだな。佐々木」

「伊達さん?」

 オレが伊達に顔を向けると、ユウナが突然狼狽えだした。

「そ、それってどういうことですか?」

(え? ユウナ?)

「ああ、ユウナちゃんは思考透視能力があるんだよな。まあ、そういうことだ。気を付けなよ」

「??」

「そ、そんな。でも私が……」

「まあ、こういうことに決まりは無いからな。そういう意味で気を付けろってこと」

(何の話だよ?)

「わ、分かりました……」

「どういうこと?」

 オレがユウナに質問するが、ユウナは目をそらしてしまった。

「意味がわからん……」

 伊達の後ろにいた相馬と最上が何故か笑っている。

「セイ。美作さんはな、普段はかなり無口なんだよな」
「ああ、あの2人は昔からあまり喋らないからな」

「つまり、佐々木くんはゲンスイのお気に入りになったってことだね」

 いつの間にかオレたちのそばにいた阿倍野が楽しそうに言った。さらにその横にはアイコもいた。

「ええ?」

「リュウセイ。そういう人をからかう癖は無くなってないのね。やめなさい」

「からかってるんじゃないですよ! 楽しんでるんです!」

「……なおさらダメよ」

 オレたちはそんな他愛のない話をしながら、トマスモア。ユキのいる街へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「到着だ」

 阿倍野は悪ふざけしていた時とはうって変わって真剣な眼差しでワイズ本拠地、トマスモアの街並みを見つめていた。

 オレたちは否が応でも緊張が高まり、無駄口を叩く者は1人もいなかった。
 ヨーロッパの古城を彷彿とさせる重厚な外観がさらにオレたちの気を重くさせた。
 ユキはちょっとしたことで癇癪を起こして、オレたちと揉めかねない。それは前回で十分分かっていた。

「今回は穏やかにいくといいが……」

 オレは阿倍野の祈るような呟きを聞きながら、そうはうまくはいかないだろうという予感を感じ取っていた。

 スカイベースで待機していたオレたちの前に前と同じように桐生が姿を現し、街の中へと案内をした。途中で2度程市民からの襲撃があったのも前回と同じだ。

 本殿に入ると阿倍野がもういいだろうと退屈を紛らわせるように桐生に話しかけた。

「いや、この前は助かったよ。桐生のくれた紋章貨エンブレムのお陰でこいつを捕獲できた。礼を言うよ。だけど、桐生の立場は大丈夫だった?」

 オレたちの捕獲した人型グールは現在棺のような入れ物に収用して運んでいる。
 オレはその棺からグールの存在も魔素も感知できないので相当に強力な結界が施された魔導具なのだろうと考えていた。

「……いえ。大丈夫ではないですね。まず阿倍野さんたちは北海道に向かったでしょう? それでユキさんがかなり不機嫌になりましてね。その流れでオレが紋章貨エンブレムを渡したことも発覚して、まあその後目覚めたのは3日後でしたよ」

(3日後?? 気絶させられるくらい絞られたってことか……)

「うわー、大変だったね」

 阿倍野はそう言うが、表情は笑っている。

(ホントにこの人は……)

「しかし色々ありましてね。オレたちも少しはあなたたちに対して話は出来るようになりました」

「そういえばそうか。みんな。桐生はオレたちとの連絡係を任命されて、束縛術を押さえられた状態なんだ。今なら普通に話せるよ」

 阿倍野がオレたちを振り返りながらそう言うと、ずっと黙っていた伊達が桐生のそばまで歩み出てきた。

「いいのか? じゃあジン、聞くがお前らは何してるんだ?」

「……質問の意味が読み取れない。具体的に言えよ。アベル」

 今のやりとりだけで分かった。
 この2人はかつての戦友だ。

「都市から離脱して、オレたちと会話することもほとんど禁じられて。グールと闘いに明け暮れてるんだろうけど、その先だよ。ユキさんともしこのままグールと闘い続けたとして、お前たちだけじゃ厳しい状況になる。その時のこと、どう考えてるんだよ?」

「厳しい状況ね……」

 桐生はふうと息を吐いた。

「なんだよ」

「当然その想定はみんなしている。だけど、ユキさんは強硬な姿勢は崩さない。オレたちはお前たちが死んだと思って今まで闘い続けてきた。正直、グールを1匹でも多く倒せれば最後は闘いの中で死んでも構わないと思っていたよ」

「……」

 歩みを止めない桐生の後ろ姿を伊達がじっと見つめている。

「だが、ある日お前らが生きていたって聞いてな。都市を離れて初めてこう感じたよ」

「なんだ?」

「……死にたくないってな」

 伊達は何も語らずに桐生の言葉を待った。

「オレはユキさんに提言して新センダイ都市へ行った。まあ、お前らには会えなかったがな。だけど後でアベルたちが生きてるって聞いてな、ユキさんに相談したんだ」

「何をだ」

「阿倍野さんたちとの和解だよ。でも駄目だった。ユキさんの姿勢は変わらなかった。だからオレは考えを変えて、ラクさんの救出する方法を考えた。それが叶えばユキさんもきっと……、そう考えたんだよ」

「そうか……」

「だから、今回の話には期待している。ラクさんはまだ救出できてないが、まさかユキさんの兄と姉が今頃現れるとは……。それにお前らはユキさんの出した条件も達成した。このまま上手く行くことを願ってるよ」

「それは、クルミとソラも同じか?」

「ああ。だが他の幹部連中は違うだろう。それにユキさんはお前たちを本当に憎んでる」

「それは、オレのせいだな……」

「リュウセイ、過ぎたことはいい。先を考えましょう」

「そうですよ、リュウセイさん」

「私も同じ気持ち」

 気に病む阿倍野を見て、アイコ、美作、毛利が言葉をかけた。

「……ありがとう、そうだね」

「よく分かったよ」

「アベル。お前らも大変だったろうが、時間の流れは人を変える。ユキさんへの対応は阿倍野さんたちに任せるんだぞ」

「ああ、分かったよ」

「阿倍野さん。宜しく頼みます。そして、佐々木セイ、佐々木ナナ。ユキさんの心を溶かしてくれ。それはお前たちにしか出来ないと思う」

 言われるまでもない。

「もちろんです。オレは長男ですからね」
「心を溶かすって、大げさですよ」

 オレとナナは素直に思ったことを答えた。

「それに、ナナの言うとおりそんな大げさなことじゃないです。オレたちは兄姉としてへそを曲げた妹を正しに来てるだけですよ」

 桐生のオレを見る目は複雑な感情が籠っているようだった。しかし、何も口には出さずに歩みを進めて行った。

 オレたちは謁見の間の扉の前へと到着した。
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