グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅳ

第185話 ワイズ会談③

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「これは!?」

 オレは思わず声を上げた。

 さっきまでは何もなかったはずの山の裾野にはいくつもの古城のような建物が現れており、大勢の行き交う人々も姿を見せていた。

「まさか、ここだったとは……」

 阿倍野も驚いている。
 つまり、ここがワイズの本拠地なのだろう。
 そう言えば、最初にオレがワイズの桐生と会ったときもこのあたりを通り過ぎた後だった。

「これが我々の都市、トマスモアです」

「……いいのか?」

 阿倍野が桐生に問うが、桐生はひとつ笑いを返すのみだった。

「こちらへ」

 桐生たちはそのまま翻して都市へと向かって歩きだしたので、オレたちもそのままついて歩いた。

 改めて都市の建物を見るとヨーロッパの城のような見た目の尖塔のようなものが何十と群れなしており、中央の奥に一際大きな建物がある。

 建物と建物の間は石畳の歩道のようなものが敷き詰められており、大勢の人間が活気よく動いているのが分かる。
 ワイズは数千という人が所属していると聞いたことがあるが、この感じは1、2万人くらいはいてもおかしくない。

 ここの人々を見て気づいたのはみな昔、つまりオレの生きていた時代の服装をしているということだ。
 デニムを履いた男性やワンピースを着た女性、工事現場の作業着を身に着けている人もいる。
 まるで現代でこういう観光地に来ているだけの人たちのようにすら感じる。
 遠くに田畑や牧場なようなものも見えるが、そこは盆のように地面から一段高さが上がっており土地を正確に区画分けをする人間の知性、文明も強く感じ取れた。
 ただ、決定的に違うのは行き交う人々がみなかなりの魔素を持っていることと、刺すような目でオレたちを見てくることだ。

「な、なんか敵意みたいなものを感じますね……」

「みたいじゃなくて、敵意を持ってるね」

 オレの呟きに阿倍野が訂正した。

「でもオレたちは別にここの人たちと敵対してる訳じゃないですよね?」

「まあ、オレたちはそう思ってないよ。だけど、ここにいる人たちは大体が都市に不満をもってここに来ている。オレと宝条さんがいる以上、その感情が隠せないんじゃないかな?」

「な、なるほど……」

 阿倍野は言葉はどこか気楽だが、オレは緊張が崩せない。

 オレたちが桐生に付いて都市へ入ると、みんなの敵意がチクチクとオレたちに刺さるようだ。

「この都市には防壁がないんですね」

 ユウナがふと言った言葉に桐生が振り向いた。

「そうだ。まあ、隠形術が優れているからな。必要ないのさ」

(そ、そうなのか? 確かに誰もこの都市には気付かなかった……)

「桐生さんよ」

 不意に横から市民の男性が声を掛けてきた。

「なんだ?」

「そいつらは新トウキョウ都市とかのトップだろ?」

「……ああ、そうだ」

「オレの兄貴と親父はよ。討伐隊員だったんだよ」

「……」

 オレは男性の口調に強い嫌な予感を感じた。

「10年くらい前に、そいつらの指示のせいで2人とも死んだ。そして、残されたオレは保護も援助もしてくれなくてよお」

「どけ。お前の話に付き合ってる暇はない」

「ちょっと待て!」

 桐生が先を急ごうとするが、男がオレたちの前に立ち、道をふさいだ。
 いつの間にか結構な人数が男の後ろに立っていた。

「だから、これはチャンスなんだよ! オレたちはここでギルドマスターに復讐する!」

「……後ろの奴らは?」

「オレは都市の監獄でひでえ目に合わされた! ちょっと何人か半殺しにしたりしただけなのによ!」
「私は夫があんたたちの理不尽な命令で帰らなかった!」
「生きるのに必死だった! 盗みくらいは仕方ねえだろうが!」

 オレたちの前にいる人たちは口々に罵声を浴びせてきた。

(監獄? 盗み? そんな話、都市では聞いたことなかったな)

「そいつらには都市の規則に則り、戦いを申し込む!」

「そうか。じゃあ好きにしろ」

 桐生がそういってあっさりと横に体をずらした。
 オレたちと市民たちは正面から向き合う格好だ。

「さすが桐生さんだぜ! こいつらぶっ殺してやる!!」

 男はそう言うと、オレたちに飛びかかってきた。

(ま、マジかよ!)

 オレが慌てて銃を構えようとした時、飛びかかってきた群衆がピタリと動きを止めた。
 走っていた者も、空中に飛び上がった者も全員その場でだ。

「これはどういう余興だ? 桐生」

 阿倍野が不機嫌そうに群衆に向けた手のひらを桐生へと向けた。

「別に何でもないですよ阿部野さん。この都市は実力至上主義ですから、気に入らない奴は実力で黙らせる。こんなことはよくあることだしそれだけです。あなたは外部の人間でここではギルドマスターという肩書きは通用しない」

「……」

 静止していた群衆が一斉にバタバタと地面に倒れた。みんな、気絶しているようだ。

「そうか。ならいい。早くユキさんのところへ行こう」

(な、なにをしたんだ?)

 オレは阿倍野が襲いかかってきた群衆を止め、気絶なせたのだろうとは分かった。
 だが、なにをどうやってそうしたかのかは全く分からなかった。

(やっぱり恐ろしい人だな……)



 オレたちはそのまま都市の中央にある大きな尖塔に入ったが、なんとそれまでに2度市民からの襲撃を受けた。

(ここはとんでもないところだ!)

「いやいや、ここは退屈しない場所だな。オレは熱烈な歓迎を受けて嬉しいよ」

 阿倍野は少しうんざりした顔をしているが、2度とも襲撃は問題なく撃退していた。
 確かにA級隊員程度の実力ならば何十人いても阿倍野の敵ではない。

 古城の内部はイメージ通りで湿った臭いのする石の廊下をコツコツと足音を響かせて歩いていた。

「だけど、招待客がもし死んだりなんかしたら桐生がユキさんに責め立てられるんじゃないの?」

「それは大丈夫ですよ。この都市は戦いを申し込めば断れないということになってますから。もし都市外周の連中に負けてしまうようならユキさんが会うほどでもないでしょう」

「シビアだねえ」

 さっきから話を聞いていると、この都市はかなりガラが悪い。というよりは喧嘩っぱやいと感じる。
 実力至上主義。戦いは断れない。普通に考えるとその仕組みは問題だらけな気がする。

 しかし桐生は阿倍野が負けるわけはないと思って戦いを静観していたようだ。

「実力至上主義って、強いとどうなるの?」

「……情報収集ですか」

「いや、まあそうだけど。気になったから」

「まあいいでしょう。都市に参画した新入りはまずは生産発展役か討伐兵役かを選択します。今現在は生産発展役はおよそ9千人。討伐兵役は1万6千人ほどいます。そして、討伐兵役を選んだ人間は完全な縦割りの組織に組み込まれます」

「へえー」

 阿倍野が気の抜けた返事をする。

「そして、外周警備、警ら任務、生産拠点護衛、グール討伐などを経て属殿に配置されます」

「属殿って?」

「このあたりにある城ですよ。都市の主要人物たちがいる場所です。そして、今私たちが向かっているのが本殿です」

「そこにユキさんがいるんだ」

「ええ。本殿務めの兵は精鋭で正規護役と呼ばれてます。そしてユキさんの姿が見える範囲にまで行けるのはさらに上位の近衛護役となります。ちなみに戦いを申し込んで勝てばその地位も奪い取ることができる規則になっています」

「物騒な規則だ。じゃあ桐生は?」

「近衛護役の中でも特に実力の高い12名。そして私と桜海、楢地の3人が将長位役という幹部になります」

「幹部は15人か」

「長位役の12人。将位役の3人で、私は将位役となります。まあ東京ギルド時代からの付き合いによる役得ですね」

「じゃあそこの2人は?」

 阿倍野がアツロウとサヤカを指差した。

「指で指すんじゃねーよ!」

 サヤカが大声で阿倍野に凄むが、相手にはされていない。

「この2人は長位役です。12人の長位役は月名将校と言いまして実力の順に睦月から師走まで名前を与えられます。こっちが皐月、向こうが水無月です」

 桐生はアツロウを皐月、サヤカを水無月と紹介した。
 つまり、アツロウは5番手、サヤカは6番手ということになる。

「と言うと、睦月って名前の人はその12人の中でも1番強いってこと?」

「そうです。睦月は多分私よりも強いですね」

「嘘だろ?」

「嘘じゃありません。さあ、着きましたよ」

 桐生が大きな扉の前に立ち止まった。

「この先にユキさんがいます」

「桐生」

「何ですか?」

「お前、こんなにペラペラ喋って大丈夫なのか?」

「まあ、大丈夫ではないですね」

 オレは桐生が額にうっすらと汗をかいていることに気付いた。

「……オレに期待してるって考えていいか?」

(……何の話だろう?)

 オレは黙って阿倍野と桐生の話を聞いていたが、この言葉の意味は分からなかった。

「……お任せしますよ。私は余計なことは喋れない」

「ああ。良く分かった。必ず期待に応えてみせるよ」

「……行きましょうか」

 桐生は大きな扉をきしむ音を立てて開いた。
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