グールムーンワールド

神坂 セイ

文字の大きさ
上 下
77 / 264
CHAPTER Ⅱ

第77話 100年前③

しおりを挟む
 静かに宝条は100年前に何があったのかを語りだした。

「正確には105年前、2020年にこの異変は始まっていたわ」

「2020年……? 親父と母ちゃんが亡くなった年だ……」

「そうね。2020年7月7日、この地球に外宇宙から小惑星が飛来したの。その小惑星はいくつかの小隕石に分かれて大気圏を燃え尽きずに通過したした」

(そういうことか……)

「ははあ、それがグールウイルスの元ってことやな」
「なるほどウイルスはやっぱり宇宙から来たんやね」
「まあ、そういう予想しとるやついたな」

 武蔵野達も一緒に話を聞いているが、初耳だったらしい。意外そうな顔をしていた。
 このような話はこの時代でもあまり一般的ではないようだ。

「そう、その隕石には簡易生命、つまりウイルスがいた。そして厄介なことにそのウイルスには数万キロの距離を繋ぐ意志疎通、自己進化を図れる特性があったことよ」

「意志疎通……?」

 どうやら思ったよりも複雑なようだ。

「ええ、7月7日に日本にも隕石が落下したわ。その墜落場所のひとつは現在の新ツクバ都市の近郊、そしてリンさんがその日出勤していた製薬会社の研究所の程近くだった」

「……」

 何となく、身震いをしてオレは宝条の次の言葉を待った。

「墜落した隕石を調査するため、当時の政府の指示で自衛隊とともに専門家チームが派遣されたわ。そしてその専門家の中には薬学専門のリンさんがいた」

(そうか、そこで母ちゃんはグールウイルスに……)

「隕石はリンさんの研究所に輸送され、厳重に保管された。だけど、すでにその原始ウイルスは墜落した地表、自衛隊の防護服、輸送をした車両などに寄生をしていたらしい」

 宝条はオレから目線を外してさらに続けた。

「そして、セイドウさんは隕石の話に興味をひかれ、話を聞くためにリンさんと合流したらしいわ。セイドウさんも当日、近場のサーバービルに仕事で来ていたらしいの」

 佐々木セイドウ、オレの親父だ。

「ああ、親父はゲーム会社勤務だから、サーバーのある場所にも行くことがあるって言っていたことがある……それが、母ちゃんの研究所の近くだったってこと?」

「ええ、そしてその時に、2人はその原始ウイルスに感染してしまっていた……」

「……」

 オレはそれで親父は亡くなったんだろう、それが仕事上の事故の真相だろうと思った。
 だが、この先に母ちゃん死んでいなくて、バイオナノワクチンを開発する。そう聞いている。

「ウイルスはまだその時はグールウイルスではなかったけれど、製薬会社の研究所で体調を崩した2人はそのまま検査を受け、未知のウイルスに感染していることが分かった。そしてその感染者は数十人もいたらしいわ。いわゆるクラスターというものが発生した」

「え、グールウイルスではなかったっていうのはどういうこと?」

「隕石に付着していたウイルスはオリジンウイルスと呼ばれていたわ。地球で人類に寄生し、意志疎通能力を使って相互進化を始めたの」

「よくわからないな……」

「まあそうよね。オリジンウイルスは地球で生き延びるためにまずは無機物、有機生物、見境なく寄生したようだけど、無機物に寄生したものは進化ができなくて死滅した。だけど有機物、それも高い知能を持つ人間に寄生したウイルスだけは生き延びることができたの。そしてその情報をウイルス全体が共有し、世界中に落下した隕石の近場にいた人間に寄生した。ウイルスが生き残る道を見つけたのが一番早かったのが日本と言われているの」

 オレは黙って宝条の話を聞いた。

「人類に寄生したウイルスは世界中の仲間と意志疎通を計り、この環境、この惑星で生き残りやすいように進化を始めた。これは隕石が落下してまだ数時間後のことよ。そしてリンさん、セイドウさんは体調を崩し、隔離された」

「それが仕事でトラブルにあって帰れないと連絡があった日……」

「……」

 宝条がオレを気の毒そうに見つめていた。オレは親父と連絡をとったのはそれが最後だったと知っているからだろう。

「ええ、そして次の日には体調は回復したらしいわ。ウイルスが人類にダメージを与えないように進化した結果よ。そうして人類を生かしたままウイルスは進化を進めていた。その後ウイルスは何故かコンピューターにも寄生を始めたわ。高度なコンピューターにもウイルスは寄生できた。そしてそこまでの事実を掴んだ政府からセイちゃんのご両親には密命が下ったの」

「え? 密命ってなに?」

「リンさんとセイドウさんはウイルスに感染し、もう外に出すことは出来ない。家族に会うこともできない。一生をかけてそのウイルスを研究し、無毒化させること、利用できるようにすることを命じられた。2人は事故で死んだこととなり、家族の生活の保障を引き換えに、研究を始めることになった」

「は? ちょ、ちょっと待って! なんで急にそんなことになったんだ!? 隔離されたのは分かるけど、いきなり死んだことにして研究しろって! オレたちに、家族に死んだなんて言う必要があったのか!?」

「……」

 アイコは難しい顔をして黙ってしまった。

「詳しくは分からないけど、欧米諸国からの指示があったらしいわ。海外にも隕石は落下したけど、落下地点は大西洋だった。大部分は日本を含むアジア近郊に落下したらしく、未知のウイルス研究をしたいがための政治的措置だったと思う」

「政治的措置って……」

 オレは両親がそんなことでもうオレたちと会えなくされたのかと激しい怒りを覚えた。

「セイちゃんの怒りも最もよ。だけど、その怒りをぶつける相手、世界の政府はもうこの世にはいない」

 確かにそうなのだろう。その政府ってやつはウイルスによって滅ぼされたのだから。

「……その後は?」

「リンさんとセイドウさんはウイルスの研究を進め、かなりこのウイルスについて把握をしていたみたいだったわ。だけど、ウイルスは世界中の人間とセイドウさんの会社のゲームのサーバーコンピューターに寄生して最悪の進化を遂げた」

「それがグールウイルス……」

「ええ。2025年8月15日、日本でゾンビ騒ぎが起こったわ。ニュースで見た記憶がある。速報とかが流れて、すぐ世界中に拡がり大騒ぎになったわ」

「そう……なんだ」

 オレが最後にいた100年前の日は8月1日だ。その2週間後から、この世界は始まったんだと分かった。

「その後は数日でわたしの周りにもグールが現れて来たんだけど、わたしはその時リンさんと同じ製薬会社に就職していたから、社内の研究所に避難をしていた」

「そう言えば母ちゃんと同じ会社に入社したって聞いたな。あの、おじさんとおばさんは……?」

「……8月18日、朝から会ってないわ」

「……ごめん」

「いいわよ、100年前の話よ」

「オレには2025年は去年だよ」

「そうね……」

「なあなあ」
「さっきから、政府? とか、会社? とか」
「訳わからんのやけど?」

「あ、武蔵野くん」

 オレはアイコの話に夢中になり、武蔵野達の存在をすっかり忘れてしまっていた。

「あ、セイくん!」
「オレらのこと忘れてたやろ」
「ひっどいなー」

「ご、ごめん。つい夢中になっちゃって……」

「……セイちゃん、また今度詳しく話しましょう。今日は武蔵野くん達への司令でここに来ているんだからね」

「あ、ああ。分かった」

 オレは武蔵野達に水を差されたが何かアイコが安堵しているように見えた。まるで話したくないことを話さずに済んで安心したようだ。

「じゃあ、また。セイちゃん」

「ああ、アイちゃん、またね。武蔵野くん達も」

 オレは言葉に出来ない不安を抱え、ギルドマスターの部屋を後にした。
 親父はどうなったのか、母ちゃんはどうなったのか。ナナ、ラク、ユキはどうなったのか。まだ何も分からないままだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Melting Dead 最弱の科学者が紡ぐ世界

tartan321
SF
伊東隆司は最難関の受験を突破して、科学技術の頂点である国立科学院に入学した。 医学を志した隆司の興味、それは、永遠の生命(エターナルライフ)であった。当然、国立科学院でも研究が行われていた。才能を買われた隆司も、研究に参加することになったのだが……。 時間軸、人間の相互関係などの幅を広めた作品になるかと思います。

機械仕掛けの執事と異形の都市

夜薙 実寿
SF
 これは、心を持ったアンドロイドの執事と、半異形の少女が織り成す、少し切ない近未来のお話。  五年前、突如として世界に、感染者を自我の無い異形の怪物へと造り替えてしまう脅威のウイルスが発生した。  効果的なワクチンも無く、感染を防ぐ手立てすら無い……。  絶望の淵に立たされた人類は、地上を捨て、地下のシェルター街へと移住した。  舞台は、見捨てられた地上。  異形が徘徊する都市(まち)の外れに、ぽつりと一軒、大きな洋館が建っていた。  今や人気も無く寂れたその屋敷に、ひっそりと、置き去りにされたアンドロイドが一体。  ――人知れず、動き続けていた。 ------ 表紙は自作。 他サイトでも掲載しています。 初めて完結させた思い入れの深い作品なので、沢山の方に読んで頂けたら嬉しいです。

裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん
SF
時は戦国の世、各地にいくさ、争い、 絶えざる世界   そんな荒廃しきった歴史の大きな流れの中に、1人の少年の姿があった。 平成の年号になって、平和にどっぷりと浸かりきった現在、まず見られることはないであろう少しユニークとすら言える格式?高い家に生まれた少年が、元服の儀で家宝の小刀を受け継ぐ。 そんな家宝である小刀が輝くとき、少年は不思議な世界に迷い込む! 誤字脱字等、多々あろうことかとおもいますが、暖かい目で見ていただけると幸いです。

機動戦士ガンダム ルナイブス

阿部敏丈
SF
第一次地球降下作戦でオデッサを手に入れたジオン軍は、次の第二次地球降下作戦を支援すべく大西洋に向けて軍を進めた。 ベッカー中佐により設立された特殊部隊「LUNA‐WOLFS」略して、ルナイブスを任されたラーセン・エリクソン大尉は優秀な部下たちと最前線を転戦していく。 一番はじめのガンダムのお話から自分のアレンジを作りました。 子供の頃に熱中したガンダムの二次作品です。古いファンなので、後付け設定は最低限度にして、本来の設定になるべく近く書いています。 かなり昔に考えていたネタでしたが、当時は物語を構成する力がなくて断念しました。 昨年から色々と作品を作り出して、ちょうどネットフリックスでもガンダムが始まったので書き始めました。

CombatWorldOnline~落ちこぼれ空手青年のアオハルがここに~

ゆる弥
SF
ある空手少年は周りに期待されながらもなかなか試合に勝てない日々が続いていた。 そんな時に親友から進められフルダイブ型のVRMMOゲームに誘われる。 そのゲームを通して知り合ったお爺さんから指導を受けるようになり、現実での成績も向上していく成り上がりストーリー! これはある空手少年の成長していく青春の一ページ。

桜舞う星の下で

北丘 淳士
SF
少し未来の話。中東で見つかったミイラと謎の遺物、そして科学都市で開発される超能力との関係は。 ※世界観をより深く味わうために、「魔法と科学の境界線」を一度お読みいただけると幸いです。

【一話完結】一分で読めるショートショート集

tentenpoo
SF
全話一話完結型でショートショートをあげてます。毎日投稿できるように頑張るのでよろしくお願いします。

悪徳権力者を始末しろ!

加藤 佑一
SF
何をしても自分は裁かれる事は無いと、悠然としている連中に 特殊能力を身につけた池上梨名、 ハッカーの吉田華鈴、 格闘技が鬼レベルの川崎天衣(あい)、 と共に戯れ合いながら復讐を完結させるお話です。

処理中です...