グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅰ

第35話 昇級審査

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 昇級審査は、実は地方都市でも盛んに行われている。ある程度の権限と実力を持った者が、下位の隊員の能力を見極め、昇級に値するか否かを決める。新ツクバ都市では大河内や都市の役員がその役割を担っていた。
 通常、そう言った審査員は複数いて、10人以上いることも珍しくない。オレたちが今回挑む審査官は1人、しかもその相手、支部長との決闘というのは異例中の異例だった。

 試験日当日。

「千城支部長はやっぱり強いんたよな?」

 オレは今さらな質問を皆に聞いてみた。

「佐々木ー、この前セイヤが教えてくれただろ。支部長はAAAランクの化け物だって」

 アオイが頭を掻きながら答えてくれた。

「え? 聞いてないぞ、オレ。とりぷるえーってなんだよ。初耳なんだけど、そんなランクあるの?」

 アオイがため息をついて答えてくれた。
 
 実はユウナが以前、オレに隊報誌というものをくれたことがある。月に一度、都市が発行している情報誌だ。色々な情報が記載されており、それを読めばアオイの話もすんなり理解できていただろう。
 この世界のことを知ってくださいと天使の気遣いだったのだが、訓練で疲れてまだ読んでいなかった。

「お前な、AランクはA-、A+、AAでその上がAAAだろ。もうその上はSランクになるんだよ、そろそろ知っとけよ」

(そんなこと言われても)

「AAA……、そういえば、新ツクバ都市の譲原さんのランクは何なんだろ? あの人よりも上ってことか?」

「譲原さんもAAAだよ! 知らないのかよ! けっこうお前は譲原さんと話しとかしてたろ。あの方は新ツクバ都市最強で、偉大なの」

(……あの方??)

 オレはアオイの発言に戸惑いながらもオレたちは試験会場の練兵場に向かった。
 オレはまあ3ヶ月に一度の試験だしとあまり気負いがなかったが、練兵場の雰囲気を見て、考えを少し改めることになった。
 まず驚いたのはギャラリーがいたことだ。百人くらいはいそうだ。

「来たぞ!」
「地方隊員のくせに、支部長との決闘を受けるとは命知らずだぜ!」
「いや、オレはあいつらを応援するぞ!」

 ヤイヤイと声援や野次が飛んで来た。オレたちの試験を見物するつもりらしい。
 そして練兵場の中央には、千城が腕を組んで立っていた。

「良く来たな! 覚悟はいいか!」

(なんか変な雰囲気だな、どういうことだ?)

「どういうことでしょう?」

 セイヤが千城に尋ねた。

「ん? なにがだ?」

「観客がいること、そして覚悟とか命知らずという発言についてです」

「そのままの意味だ! まさか、オレと決闘を受けて無事で済むと思っているのか!?」

(え!? まさか……)

「……」

 セイヤもこれはただの試験ではないのかと黙り込んでしまう。

「これは、昇級試験であって、本当の決闘ではないのでは?」

「ははは!! 何を言っている! これは、昇級試験で決闘だ! ちなみにオレの決闘を受けるヤツは2年ぶりだ!」

「……前回、決闘を受けた者はどうなったんです?」

「知らん! 腕や脚がもぎれてしまったからな! 再生治療を受けたとは思うが、その後は見てないな! おそらく地元の地方都市に帰ったんだろう!」

(腕や脚が……もぎれた!?)

 オレは思っていた試験は千城の胸を借りて、オレたち結城班の戦闘力を測る程度だろうと考えていた。
 だが、彼の雰囲気から察するに、負けたら重傷を負うほどの真剣勝負をするつもりらしい。
 そして千城の実力を考えると、オレたちは生き残ることが最低条件のように感じた。

「みんな、どうする? これはどうやら公開処刑のようだ。たまにこうやって地方から来た隊員をいびっているのだろう。この場の空気で分かる。このまま試験を受けてしまうと危険かも知れない」

「今さら辞退するのか!? その場合は、支部長権限で2度と昇級試験は受けさせんぞ!」

(何だよそれ!? 横暴な人だな!)

「……」

 またも、セイヤが黙り込んでしまう。
 セイヤには珍しく奥悩した表情だ。

「結城さん、大丈夫です。受けましょう」

 ユウナが固い表情だが、決意を秘めて言った。

「ユウナ? しかし、支部長はかなり派手な攻撃をするみたいだぞ。御美苗班長から聞いたことがある。オレたちは五体満足では終われないかも知れない」

 セイヤがかなり心配げにユウナに言う。
 イケメンとして女性が大怪我をするのを見るのは避けたいのだろう。まあ、イケメンとは関係なく、だれもそんな姿は見たくない。

「いえ、結城さん。ここを避けたらもう私たちは昇級はできません。それに、死ななければなんとかなります」

 すごい決意と意思だ。オレは素直にユウナの勇気を尊敬した。腕や足がもげると言われていてもユウナは千城と戦うつもりだ。
 だが、オレとしてはユウナやアオイがそんな大ケガをするのはどうしても見たくない。セイヤには何とかユウナを説得して欲しいと思った。

「セイヤ、私たちが女だからってバカにすんなよ、この都市に来る決意をしたときに、いや、討伐隊員になる時にそういう覚悟は済ませてる」

(アオイまで……)

 この少女達は本当に強い自分の意思でここに立っているんだと、再認識した。正直、少し腰が引けている自分が情けない。 ユウナの言うようにここで退いたら、おしまいだというのに。
 オレは何がなんでも妹弟達の元に帰る、そう決意していたはずなのに。

(やるしかない……そうだよな)

 オレもユウナとアオイに勇気付けられ、覚悟が決まった。

「セイヤ、やろう。最悪命があるなら再起できるだろ? 腕がちぎれても、治療魔術で再生とかもできるんだろ?」

「……」

 セイヤはまだ悩んでいるようだ。
 オレたちは、班長であるセイヤの決断を待った。

「わかった。みんな、やるからには勝つつもりで行くぞ」

(!!)

「おお!!」

 セイヤも覚悟を決めてくれたようだ。
 オレたちは決闘に向けて千城に向き直った。千城は既に拳を合わせオレたちを待っている。

「どうした!? やるのか! やらないのか! どっちだ!?」

 千城は楽しそうにこちらを煽っている。

「みんな、聞いて」

(ユウナ?)

「千城支部長は拳術士よ。拳や脚、体に魔素を纏って攻撃してくる。直撃したら、今の私達では体がちぎれ飛ぶと思う」

「ええ!? マジかよ……!」

 ユウナの言葉に覚悟を決めたはずのオレの心が揺らぐ。
 だが、ここで立ち止まっては家には帰れない。

「始まったと同時に、私がみんなに物理障壁を張ります。アオイは近距離攻撃を避けて中距離攻撃でお願い。佐々木さんは銃撃を途絶えさせないで支部長の動きを牽制してください。そして、結城さんが隙をみて最大威力の攻撃をしてください。支部長は物理障壁も展開してくるとは思いますが、何度もそれを繰り返せばあるいは……傷を負わせられるかも知れません」

 オレたちはユウナの作戦を真剣に聞いていた。

「果てしない戦いになるかもしれませんが、そうやって勝ちを掴むしかありません」

 ユウナの言葉を聞き終わったセイヤがニヤリと笑った。これも少し珍しいことだ。

「ユウナは、やはり強いな」

「え?」

「オレは、ユウナが一緒にこの都市に来ると言っていたのを聞いたときは大丈夫なのかと心配したものだが、それは大きな間違いだった。本当にすまない」

「え!?  いえ、そんな!」

 セイヤが急に謝罪を始めた。

「アオイもだ。君たちは強い」

「あたりめーだ」

 アオイはいつも通りだ。

「ユウナ、アオイ、セイ、君たちとなら安心して命を懸けられるよ。今、強くそう思ったよ」

(なに、カッコいいこと言ってんだよ。フラグみたいの立てんなよ)

「セイヤ、もういいだろ。勝って一歩踏み出そうぜ」

「ふふふ、そうだな」

「勝とう」

 オレたちは千城に向けて武器を構えた。
 
これは数ある試練のひとつだ。乗り越えて妹弟たちの所へ必ず戻る。

 オレも心を決めた。
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