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7_にえわらう
しおりを挟む童子は平伏する村人を見て、おおいに狼狽えておりました。
まるで自分に向かって頭を下げられているように感じたからです。
童子は平伏されるのが落ち着かず、頭を上げるように言いかけました。しかし、尊い存在の山神さまに向かっては、たしかに平伏をすべきなのかもしれません。だとすれば自分の山神さまに対する今までの言動が、あまりに気安く失礼だったのではないかと思うに至り、童子の顔は赤くなったり青くなったり。もう大忙しです。
童子はぐるぐると混乱したまま、とりあえず自分も山神さまに頭を下げるべきかと膝をつきました。ですが山神さまは、まあるい爪で童子の顎を持ち上げ、童子が頭を下げることを許しません。
童子は中途半端な膝立ちのまま、山神さまと村人を交互に見ながらおろおろとしております。
「あの、その、むらのひとたちが、やまがみさまにって、たくさんおそなえものを、よういしてくれたんです。それで、ちょっと、おそくなってしまったんです」
「そうか。ひさびさの村は、有意義であったか?」
「はい。おとうさんも、おかあさんも、にいにも、ねえねも、ちいさなおとうとも、いもうとも、げんきでした。みんな、やまがみさまのおかげだって、いっていました。やまがみさま。むらをたすけてくださって、ありがとうございました」
「すべてはお前の功績だ。 我はお前が笑顔でいられるようにしたまでのこと」
「それで、あの、ぼく、やまがみさまがみんなにほめられていて、とってもうれしかったです」
山神さまのまあるい爪でそっと撫でられ、童子はくふくふと笑いました。こうやって優しくされると、なんだって出来るような気持ちが童子にわいてくるのでした。
「あ、そういえば、えっと、むらおさが、やまがみさまにおれいをいいたいのだそうです」
「なるほど」
山神さまがお体を動かすと、ぎぃしゃ、ぎぎぎぃ、ずうるずずずと、聞いたこともないような不気味な音が響きます。
もちろん童子にとっては子守歌のような聞き慣れた音ですが、男衆の何人かはその音にびくりと肩を振るわせて、さらに身を低くしています。
そんな中、年老いた村長は気丈にも頭を上げ、山神さまに願い出るのでした。
「此度は恐れ多くも尊い山神さまにお礼を申し上げたく、こうして声をおかけしますご無礼を何卒ご容赦くださいませ」
山神さまは短く一言、許すと言い放ちました。童子に向けるいつものお声とは違い、固い声です。
村長は丸い背中をさらに丸めて頭を下げ、お礼の言葉を並べたてていましたが、童子にはどれも難しく、よく分かりません。
「このように拝顔の栄に浴しましたること、身に余る光栄にございます」
「そのような美辞麗句は必要ない。童子の用が済んだのであれば、我は早々に立ち去るのみ。手短に述べよ」
「では、恐れながら申しあげます。死に絶えるかと思われた村がこの厳しい冬を乗り越えることができましたのも、ひとえに山神さまの」
「止めい。時間の無駄じゃ。我はおぬしらの為に力を使こうたのではないわ。さっきも言ったが、すべてはこの童子のため。万が一にでも童子に何かあれば、この山一帯が二度と解けぬ凍土となると心せよ。よいな」
「か、かしこまりました」
山神さまは村長の返事を聞くと、あとはもう用は済んだとばかりに、そそくさと童子を背中に乗せ、ゆっくり後ずさりました。
すると、山神さまの帰る気配を察した男が一人、頭を上げて焦ったように叫びます。
「や、山神さま! ありがとうございました!」
童子は山神さまの背中にしがみ付きながら、小さくお父さんと呟きました。
それを聞いた山神さまは、足をお止めになります。
くたびれた風貌の痩せた中年の男は、村人に制止されながらも言い募りました。
「わ、私は、三次郎の、その子の父です。村のため、家族のためとはいえ、どのように非難されても仕方のないことをしました。それでも三次郎の親として、子の幸せを、心から願っておりました。見殺しにしておいてどの口がとお思いでしょうが、それでも、三次郎の幸せそうな様子を見て、どれほど、どれほど安堵したことか! 毎夜、三次郎を思い泣いていた女房が、ようやく心から笑っておりました! 私たちは、好き好んで我が子を手放したんじゃない! 三次郎、すまなかった! ふがいない親ですまなかった! 山神さま、本当に、本当に、ありがとうございました!」
「おとうさん。ぼく、だいじょうぶだよ。とおくのまちに、ほうこうにでたねえねと、おんなじだよ。ぼく、みんなのやくにたてて、うれしかったんだ。やまがみさまはやさしくて、なんでもおしえてくださる。ぼく、やまがみさまのもとで、りっぱなにえになるから。しんぱいしないで」
父親は童子の言葉を聞くと、地に伏せるようにして大きな声で泣きました。
童子は、初めて見る父親のそんな姿に驚きました。とっさに山神さまの背から降りて、赤い注連縄の手前まで走り寄ります。そして注連縄をくぐる直前でふと足を止め、思い出したように山神さまを振り返ったのです。
山神さまは、慈愛に満ちたお顔で童子を見て、一つ頷いてみせました。
「ためらわずとも、よいのじゃ。お前のしたいようにすればいい。それが我の願い」
「でも、ぼくがむこうにいったら、やまがみさまはおひとりで、おやまにかえってしまいそうなきがします。あとすこし、まっていてくださいますか?」
「そうさな。少し人と関わりすぎたからな。このまま留まる訳にはいかぬ。山に帰るであろうな」
「では、ぼくは、むこうにはいけません」
「無理をするな。お前が親元に帰ったからといって、吹雪の冬に戻したりはせぬ。心配なら我が、これから先のお前の健やかな暮らしを約束してやろう」
「そうじゃありません」
「しかし、お前はまだ小さい。親が恋しかろ?」
「ぼくよりひとつちいさいいもうとだって、はたらきにでています。むらのせいかつなんて、そんなものです」
「しかし、しかしだな。もはやお前も気付いておるだろう? 見えるようになったその目で村人を見て、どう思った? 我のこの異形の姿を、どう思う。お前も、恐ろしく思ったであろう」
「まさかやまがみさまは、そんなことをずっと、おそれていたんですか? たしかにぼくは、めがみえませんでした。それでもかぞくのかおくらい、しっていましたよ」
「そ、そうなのか?」
「はい。ぼくはめがみえないぶん、こうやって、さわっておぼえるんです」
童子は山神さまの足元まで戻り、山神さまの手を取って、確かめるように手全体で触りました。それから山神さまの八個の赤い目を見上げてこう言いました。
「ぼくは、やまがみさまのおすがたが、ほかとちがうことくらい、さいしょからわかっていました。ずっとまえ、ぼくのめがみえないのを、むらのじいさまは、こせいだといってくれました。だから、やまがみさまのおすがたも、それはこせいです」
「こ、個性……」
それから少しの沈黙ののち、山神さまは弾けるように大きな声で笑いだしました。
松明の明かりで暗さを増した山に、笑い声がわんわんと響きます。山神さまの低くも高くもない不思議な響きの声です。童子の好きな声です。山神さまの楽しそうなお姿に、童子も嬉しくなって一緒に笑いました。
「ねぇ、やまがみさま。ぼくのこと、おいていきませんよね? ちゃんとつれていって、くださいますよね?」
「ああ。それがお前の望みならば」
「はい! だってぼくは、やまがみさまの、にえですから!」
山神さまは今度こそしっかりと童子を背に乗せると、村人に向かって言いました。
「人よ。三次郎の父親よ。これほどまでに、清らかな魂を我は知らぬ。慈しみ育ててくれたこと、感謝する。許せよ。もはや返せぬ。山神として祀られる我が、今ここでこの童子をたしかに貰い受けた。今後は 尽未来際に至るまで、山に 贄を捧げることを禁ずる。ゆめゆめ忘れるな」
こうして童子は、異形の山神さまとともに、夜の山に消えていったのでございました。
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