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5_にえはなす

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 山神さまは、困ったように童子を見つめています。



「そんなにひどいですか? ぼくはちっとも、きになりませんけど」


  童子わらしはむき出しになった手足を隠すようにして、なんとか体を縮めようと奮闘しております。


  にえに選ばれたときに着せてもらった童子の着物は、村の中で一番高価でしっかりとした布地でした。それでも身につけているその一枚しかありません。いくら山神さまが毎日せっせと綺麗にしてくれたところで、当然くたびれてきます。なによりもこの健やかな生活で、童子の体はすくすくと成長しておりました。

 童子は、小さくなってしまった着物がどうにか伸びないかと、袖口をつかみ引っ張っています。そのまったく無駄な努力は、着物が破れる小さな音で終わりを迎えました。童子は泣きそうです。


「いかな われでも、着物は つくろえぬぞ」
「ぼくもできません。ではいっそ、はっぱやけがわで、ふくをつくってみては、いかがでしょうか」

 これは名案と目を輝かせる童子に、山神さまは首を横に振りました。山神さまの頭頂部で逆立つ毛並みが、遅れてそよいでいます。僕にも毛皮が生えればいいのにとつぶやきながら、童子は山神さまをうらやましそうに見上げるのでした。


「我も神の端くれとして、お前には人の子らしい暮らしをさせたい。あまりにみすぼらしい格好では、我が耐えられぬ。これからお前はさらに成長していくのであろう。そう考えれば、ちょうど良い機会だ」
「どうなさるのですか?」
「お前、一度この山を下れ」
「ぼ、ぼく、なにか、そそうをしましたか? ねているときに、やまがみさまのせなかに、よ、よだれをたらしちゃったからですか? でもでも、おねしょはいちどもしていません! それとも、こっそりやまがみさまのぬけげをあつめているのが、だめでしたか? だってぼく、やまがみさまのふさふさが、すきなんです。あ、もしかして、きのうのよる、きのみをひとつぼくがおおくたべちゃったからですか? はんぶんこにしなくて、ごめんなさい! ぼく、ぜんぶあやまりますから、どうかどうか、おゆるしください」
「少し落ち着け」


 童子は指先が白くなるほど着物を強く握りしめて、うつむいております。山神さまはそんな童子をそうっと掴むと、背中に乗せてくださいました。山神さまの背中は、童子の一番落ち着く場所です。それから丸く整えられた爪先で、童子を優しく撫でました。
 童子がこわい夢を見たときも、山神さまはこうして丁寧にあやしてくださいます。


 童子はこわばった肩から力を抜いて、深呼吸をしました。山神さまの毛並みからは、童子の大好きな森の匂いがして、不思議と落ち着くのです。そうして落ち着いてみると、今度は話も聞かずに騒ぎ立てたことが恥ずかしくて仕方がありません。童子は、赤い顔を山神さまの毛並みにぐりぐりと擦りつけるのでした。



「さて、落ち着いたか?」
「はい。おはなしもきかずに、さわいでしまってごめんなさい。ぼくはどうしたらいいのか、おしえてくださいますか?」
「そんなの決まっておろう。お前がしたいようにすればいい。村に戻りたいのなら止めはしない。ここにいたいのなら好きなだけいなさい。ただ我は、お前が人である以上、人界と離れすぎるのはやはり良くないように感じてしまうのだ」


 童子は山神さまの毛並みをもにゅもにゅといじりながら、しばらく考えていたようです。それからようやく心が決まったのか、小さな手足で器用に背中から降りると、山神さまの八つの赤い目を見つめてこう言いました。



「では、ちょっと、ほんのちょこっとだけ、むらにもどります。きものをもらったら、すぐにもどりますからね。ほんのちょっとですから。……やまがみさまは、さみしくありませんか?」


 
 山神さまはびっくりして、言葉に詰まりました。真剣な顔の童子を見て、山神さまも真剣に考えました。



「ふむ。さみしい、か。どうであろうな。考えてみたら、この手が届かぬ距離に、お前が離れたこともない。ふむ。分からぬな」
「やまがみさまでも、わからないことがあるんですか?」
「それはある。それこそ山のようにあるぞ。お前と一緒だ」
「ぼくといっしょ? ぼく、ぼくは、……ほんとうはちょっと、さみしいです。やまがみさまも、ぼくといっしょのきもちなら、うれしいけど。でもやっぱり、やまがみさまがこんなしょんぼりしたきもちになるのはいやだから、すぐにかえってきます。それで、それで、これからさきも、ずっと、やまがみさまがさみしくないように、ぼくがいっしょにいるんです。ぼくは、やまがみさまの、にえですから!」


 童子は、山神さまの丸く整えられた爪にしがみつきながら、そう言いました。



 山神さまは苦笑しながら、ただ黙って、まあるい爪で童子の背中を撫でるのでした。






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