5 / 8
5_にえはなす
しおりを挟む山神さまは、困ったように童子を見つめています。
「そんなにひどいですか? ぼくはちっとも、きになりませんけど」
童子はむき出しになった手足を隠すようにして、なんとか体を縮めようと奮闘しております。
贄に選ばれたときに着せてもらった童子の着物は、村の中で一番高価でしっかりとした布地でした。それでも身につけているその一枚しかありません。いくら山神さまが毎日せっせと綺麗にしてくれたところで、当然くたびれてきます。なによりもこの健やかな生活で、童子の体はすくすくと成長しておりました。
童子は、小さくなってしまった着物がどうにか伸びないかと、袖口をつかみ引っ張っています。そのまったく無駄な努力は、着物が破れる小さな音で終わりを迎えました。童子は泣きそうです。
「いかな 我でも、着物は 繕えぬぞ」
「ぼくもできません。ではいっそ、はっぱやけがわで、ふくをつくってみては、いかがでしょうか」
これは名案と目を輝かせる童子に、山神さまは首を横に振りました。山神さまの頭頂部で逆立つ毛並みが、遅れてそよいでいます。僕にも毛皮が生えればいいのにとつぶやきながら、童子は山神さまをうらやましそうに見上げるのでした。
「我も神の端くれとして、お前には人の子らしい暮らしをさせたい。あまりにみすぼらしい格好では、我が耐えられぬ。これからお前はさらに成長していくのであろう。そう考えれば、ちょうど良い機会だ」
「どうなさるのですか?」
「お前、一度この山を下れ」
「ぼ、ぼく、なにか、そそうをしましたか? ねているときに、やまがみさまのせなかに、よ、よだれをたらしちゃったからですか? でもでも、おねしょはいちどもしていません! それとも、こっそりやまがみさまのぬけげをあつめているのが、だめでしたか? だってぼく、やまがみさまのふさふさが、すきなんです。あ、もしかして、きのうのよる、きのみをひとつぼくがおおくたべちゃったからですか? はんぶんこにしなくて、ごめんなさい! ぼく、ぜんぶあやまりますから、どうかどうか、おゆるしください」
「少し落ち着け」
童子は指先が白くなるほど着物を強く握りしめて、うつむいております。山神さまはそんな童子をそうっと掴むと、背中に乗せてくださいました。山神さまの背中は、童子の一番落ち着く場所です。それから丸く整えられた爪先で、童子を優しく撫でました。
童子がこわい夢を見たときも、山神さまはこうして丁寧にあやしてくださいます。
童子はこわばった肩から力を抜いて、深呼吸をしました。山神さまの毛並みからは、童子の大好きな森の匂いがして、不思議と落ち着くのです。そうして落ち着いてみると、今度は話も聞かずに騒ぎ立てたことが恥ずかしくて仕方がありません。童子は、赤い顔を山神さまの毛並みにぐりぐりと擦りつけるのでした。
「さて、落ち着いたか?」
「はい。おはなしもきかずに、さわいでしまってごめんなさい。ぼくはどうしたらいいのか、おしえてくださいますか?」
「そんなの決まっておろう。お前がしたいようにすればいい。村に戻りたいのなら止めはしない。ここにいたいのなら好きなだけいなさい。ただ我は、お前が人である以上、人界と離れすぎるのはやはり良くないように感じてしまうのだ」
童子は山神さまの毛並みをもにゅもにゅといじりながら、しばらく考えていたようです。それからようやく心が決まったのか、小さな手足で器用に背中から降りると、山神さまの八つの赤い目を見つめてこう言いました。
「では、ちょっと、ほんのちょこっとだけ、むらにもどります。きものをもらったら、すぐにもどりますからね。ほんのちょっとですから。……やまがみさまは、さみしくありませんか?」
山神さまはびっくりして、言葉に詰まりました。真剣な顔の童子を見て、山神さまも真剣に考えました。
「ふむ。さみしい、か。どうであろうな。考えてみたら、この手が届かぬ距離に、お前が離れたこともない。ふむ。分からぬな」
「やまがみさまでも、わからないことがあるんですか?」
「それはある。それこそ山のようにあるぞ。お前と一緒だ」
「ぼくといっしょ? ぼく、ぼくは、……ほんとうはちょっと、さみしいです。やまがみさまも、ぼくといっしょのきもちなら、うれしいけど。でもやっぱり、やまがみさまがこんなしょんぼりしたきもちになるのはいやだから、すぐにかえってきます。それで、それで、これからさきも、ずっと、やまがみさまがさみしくないように、ぼくがいっしょにいるんです。ぼくは、やまがみさまの、にえですから!」
童子は、山神さまの丸く整えられた爪にしがみつきながら、そう言いました。
山神さまは苦笑しながら、ただ黙って、まあるい爪で童子の背中を撫でるのでした。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる