ドラゴンの愛

かわの みくた

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火龍と火の妖精

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 母を燃やしつくしてこのに生まれてくるのは、火のドラゴン。これはそんなドラゴン最後の一匹となってしまった、きらわれ者の火龍かりゅうのお話。




 火龍かりゅうはずっと、うらやましかった。
 家族や兄弟、友人や恋人こいびとだれかと共に過ごすすべての生き物がうらやましくてたまらなかった。どうにかしてだれかとのつながりがしかった。火龍かりゅうは体こそ大きくても内面はまだまだ子供で、さみしがり屋だったのだ。
 しかし悲しいことに、どこにいてもどれだけ気を付けてもまわりを燃やしてしまう火龍かりゅうは、みんなからきらわれていた。

 森に行けば一面焼け野原にしてしまう。さびしくなって人のいる町に行けば、まどう人々に石を投げられた。



 それでも火龍かりゅうは努力をした。
 うっかりくしゃみで火をき出さないようにと、鉄のくさりで口をしばった。数日間はそれで上手うまくいったのだ。このなみだぐましい努力を見ていた森の動物たちは、火龍かりゅうと仲良くしてくれた。このまま火を出さなければ良いのだと、火龍かりゅうは喜んだ。
 しかし、行き場を失ったほのおが体中から立ちのぼり、まったく手が付けられなくなってしまった。
 ごうごうと燃えるほのおは森を焼き、仲良くしてくれた動物はまどう。火龍かりゅうは、あやまりながらげだした。

 次に火龍かりゅうは、海へ向かった。親切な人に、水ならば燃えないと教えてもらったからだ。
 青い水平線が広がる海に到着した火龍かりゅうは、これならば安心と海に飛び込んだ。すると海水はすぐさまえたぎるお湯となり、沢山たくさの魚が死んだ。ぷかぷかと水面にかぶ魚の腹を見て、火龍かりゅうなみだを流した。
 火龍かりゅうなみだほのおとなって、海にぶつかってはじゅうじゅうと水蒸気すいじょうきを上げた。

 次に火龍かりゅうは、雪山へ向かった。自分の体がこおるくらい冷たくなれば、きっとほのおも出なくなると火龍かりゅうは信じた。
 火がこおったらお前が死んでしまうかもしれないと、雪山を目指す火龍かりゅうを心配してくれるやさしい人もいた。
 そんなやさしい人ともっと語らえるのならば、寿命じゅみょうになんて未練みれんはない。火龍かりゅうは固く決意をして山頂を目指す。
 しかし自分の体温が下がる前に、とけだした雪が雪崩なだれとなって、山裾やますその町をんだ。またしても人々からうらまれ追い立てられて、火龍かりゅうは泣きながらげ出した。
 火龍かりゅうなみだほのおとなって、町のあちこちから火の手が上がった。


 各地を転々てんてん放浪ほうろうする中で、いろいろな出会いがあった。
 さびしくて泣く火龍かりゅうあわれみ、話相手になってくれたご老人もいた。格好かっこいいと言ってくれる少年もいた。しかしなんでもかんでも燃やしてしまう火龍かりゅうは、どの村でも受け入れてもらえない。火龍かりゅうかばやさしい人までもが、村人に責められるのだ。その姿を見て、火龍かりゅうあきらめた。

 一人で生きていこうと、心に決めた。



 それから火龍かりゅうは、ぐつぐつとえたぎる火山を目指した。
 うっかりあちこちを燃やしてしまっては、石を投げられながらも歩き続けた。
 そうしてようやくたどり着いた火山は、赤いほのおをまき散らす岩だらけ。
 だれもいないさびしい場所だった。



 誰もいないのならば我慢がまんをする必要はないと、やけくそになった火龍かりゅうは、力一杯ちからいっぱい火をいた。火龍かりゅうの口からは、今までに見たことのないくらいの大きな火が生まれた。
 とてもすっきりした。

 それからいつも背を丸めてちぢこまっていた体を、大きく広げてみた。
 空が広く感じて、呼吸が楽になった。

 火龍かりゅうは自由に走った。おどった。寝転ねころんで回転してジャンプして逆立ちをした。火龍かりゅうが激しく動くたびに、体のあちこちでほのおがあがり岩がくだけ地面がゆれれたが、それを非難ひなんする生き物はいない。
 火龍かりゅうは、とてもすっきりした。

 火をきながら歌を歌い、お風呂代ふろがわりの溶岩ようがんかりながら月をながめた。

 素直すなおな心で暮らしてみれば、火は美しかった。体は楽で、心は軽かった。



 火龍かりゅうはいつしか、自分自身の火を自由にあやつることが出来るようになっていた。自分の火にり回されていた日々が、うそのようだった。
 それでも火龍かりゅうは、もう町や森に戻る気はなかった。
 なんで仲間に入れてもらうために、あんなに無理をしていたのだろうと、不思議な気持ちになった。

 自分自身でいることは、こんなにも自由で心地良ここちいいのだ。





 火龍かりゅう が自由気じゆうきままに暮らしてずいぶんたったころ、どこからともなく火の粉がちてきた。

 小さな火の粉は消えることなく、あちこちをふよふよとただよっている。いぶかしんだ火龍かりゅうが火の粉に顔を近づけると、小さな火の粉に、小さな小さな羽が見えた。よくよく見れば、手足に顔まで付いて、小さな人間みたいな姿形をしている。

「こんにちは。楽しそうなほのおの気配がしたから、遊びに来たの」

 火の粉は、にこにこと笑いながらしゃべった。ますます人間に似ている。火龍かりゅうは人間を思い出して、小さく丸まった。
 小さな火の粉は、火の妖精ようせいなのだと自己紹介じこしょうかいをしているが、火龍かりゅうには返事も出来ない。
 だって相手は、鼻息一つでき消してしまいそうな、小さな生き物だ。自分の不用意な動きで、この小さな生き物に何かあったらどうしようと、悪い想像で頭がいっぱいになってしまったのだった。

 そんな火龍かりゅうの様子をよそに、火の妖精ようせいはしばらくここに滞在たいざいすると決めたようだった。

  火龍かりゅうは悩んだ。それでも火龍かりゅうには、この何もない火の山以外いがいに、げ帰る場所もない。
 どうせ自分をおそれてすぐいなくなると、火龍かりゅう無視むしをすることにした。あんなに小さくてかわいい生き物と、大きくて凶暴きょうぼうきらわれ者の自分が共に暮らすなど、できるはずもない。火龍かりゅうはそう考えた。
 胸がしくしくと痛んだ。



 一緒に暮らしてみれば、火の妖精ようせいは、小さな虫のようにすばしっこかった。
 火龍かりゅうがうっかり岩をくだいても、ふわりひらりと上手にける。これならば気付かぬうちにみつける心配はなさそうだと、火龍かりゅうはこっそり安心をした。

 火の妖精ようせいは、ほのおこわがらなかった。
 火龍かりゅうがうっかり火をいても、げるどころか寄ってきて、楽しそうに火と遊んでいる。これならばほのおで傷付けることもないと、火龍かりゅうはこっそり喜んだ。

 火の妖精ようせいは、常に火龍かりゅうの周りを飛びながら、火龍かりゅうに話しかけてきてくれた。
 火龍かりゅうおびえながらも喜んで、少しずつ火の妖精ようせいと仲良くなっていった。



 ある月夜の晩。火龍かりゅうはお風呂代ふろがわりの溶岩ようがんかりながら、となりを見た。となりでは火の妖精ようせいが、同じように溶岩ようがんかりながら気持ちよさそうにくつろいでいる。
 火龍かりゅうが口から火のシャワーを出せば、きゃっきゃと笑いながら楽しそうにほのおと遊び始めた。

 こんなに気の合う生き物がこの世にいたなんてと、火龍かりゅうはいまだに信じられないような気持ちになった。どこかにいるかもしれない神様に、生まれて初めて感謝かんしゃをした。

 それから、ふと思った。
ぼくは一人ぼっちだったけれど、火の妖精ようせいには仲間や兄弟がいるかもしれない。いつか仲間がこいしくなって、もと住んでいた場所に帰ると言いだすかもしれない。ここにあききたら。ぼくいやになったら)


 また一人になってこの何もない場所で生きるのかと、火龍かりゅうはたまらない気持ちになった。あんなに一人で楽しく暮らしていたのに、前の生活にもどったら、もう以前いぜんと同じように楽しめる気はしなかった。
 これからもずっと、ずっとずっと、他の誰でもないこの火の妖精ようせいと、一緒いっしょに暮らしたい。そう気付いた火龍かりゅうは、もじもじと火の妖精ようせいに話しかけた。


「ねぇ。火の妖精ようせいさん。君に仲間はいるの?」
「ええ。私たちは、火があるところから生まれるの。今このときだって、どこかのかまから新しい火の妖精ようせいが生まれているかもしれないわ」
「やっぱり会いたい?」
「会いたくなったら遊びに行くわよ。でも私が帰ってくる場所は、これから先も、あなたの側なの」
「そうなの?」

 目を丸くする火龍かりゅうを見て、火の妖精ようせいは笑いながら火龍かりゅうの鼻先に腰掛こしかけた。鼻先を優しくなでる火の妖精ようせいの小さな手に、火龍かりゅうはうっとりした。

「そうよ。知らなかったの?」
「知らなかった」
いやかしら」
「まさか! いやじゃないよ」
「……それだけ?」
「?」
「まさか本当に、それでおしまい?」

 火龍かりゅうは分からなくて首をかしげる。火の妖精ようせいはあきれ顔。

「あのね。期待はしていなかったけど、でももうちょっと、たまには何か言ってくれてもいいんじゃないかしら」
「何かって?」
「何かって……。だから! つまり! もういい加減かげん、私のこと口説くどいてくれてもいいじゃないのって言ってるの! だってあなた、私のことが大好きでしょ!」

 火龍かりゅうは目の前で火花が飛び散るくらいびっくりして、それから体中の血液が沸騰ふっとうしたようにぐるぐるして、地球をさぶりたいくらい喜んだ。
 
「そうだ! ぼくは、君のことが、好きなんだ!」
「だから、知ってるわよ!」
「そうなの!?」
「あー! もう! そうよ! 私はあなたのそんなにぶいところも大好きよ!」
「そうなの!?」

 火の妖精ようせい火龍かりゅうきついて、顔をぐりぐりこすりつけている。火龍かりゅうきしめ返したい。だけど火の妖精ようせいつぶしちゃいけないと、じたばたあばれて火をいた。

 それは火龍かりゅうが今まで生きてきた中で、一番大きく綺麗きれい巨大炎きょだいほのおとなって飛びだして、それから暗い夜空にかぶお月様を少しがした。
 二人は笑った。幸せで笑った。
 






 こうして喜びにきだすほのお一晩中ひとばんじゅう、夜空を明るくらし続けたのだそうです。

 二人の愉快ゆかいな暮らしは、またいつか。噴火口ふんかこうに描かれた二人の絵が見つかったら、またその時に。


 さあさ、皆さま、おやすみなさい。

 楽しい物語の続きは、きっとあなたの夢の中。







火龍かりゅうと火の妖精ようせい おしまい)
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