流星痕

サヤ

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結の星痕

スレイヤー承認

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 立秋を三日ほど過ぎ、厳しい残暑が残る中、アウラ達は再び土の天地エルタニンへと戻ってきていた。
 ベイドの兄シェリアクが操縦する飛行船は、小型で水陸両方の着地が可能な優れものだが、人目に着くのは出来るだけ避けたいのと、国から着陸許可を得ていないという理由で、彼と最初に待ち合わせをした港町、ネティックスに船を停めてからの到着となった。
 土の天地エルタニンに戻ってきた理由は主に、アウラの記憶に関する報告と、スレイヤー承認の手続きを取る為だ。
 事故とはいえ、とうの昔に転生式を終えていたアウラにとって、今更スレイヤーになるのは何だか面倒な気もしたが、申告しなければバスターの資格その物を剥奪されるとなればそうも言っていられない。
 協会からのお目付役であるフォーマルハウトは、本部が近付くにつれて緊張していくのが手に取るように分かる程堅く、暗い顔をしている。
 彼は、天帝から賜ったアウラの補佐という命とは別に、上司からアウラの抹殺を命じられていた。
 しかし彼はそれを遂行する事は出来ず、アウラと共に本部へ戻ってきている。
 協会に到着すれば、その上司がアウラの生存を確認するのは時間の問題。
 全ては彼が出した答えだが、ここまで緊張されると流石に心配にもなる。
「フォーさん、大丈夫?顔、真っ青だよ」
 そう声を掛けるものの気づいていないのか、彼は黙ったままで、もう一度名前を呼ぶとようやく気付いてもらえた。
「……あ。すみません、大丈夫です。少し、緊張してしまって」
 ようやく笑ったが、その笑みはとてもぎこちない。
「命令に背くなんて初めてで。情けないです。……でも大丈夫。自分で決めた事ですから、最後までやり遂げてみせます」
 頼りない笑顔だが、その声色にはどことなくやりがいのような物が含まれている。
「命令に背くって……。フォーさん、ちゃんと仕事したでしょ?」
 アウラのすぐ後ろを歩いていたルクバットが首を傾げると、フォーマルハウトは苦笑する。
「出来ている物もありますけど、出来なかった物もあるんですよ」
風の王国グルミウムは暫く未開の土地だったから、フォーさんは多くの仕事を任されていたんだよ」
 アウラがそう付け足すと、ルクバットは納得したように頷く。
「ふーん。軍人て大変なんだね」
「いえ。ただ僕の手際が悪いだけですよ。さあ、中に入りましょう」
 いつものように微笑んで、フォーマルハウトを先頭に協会の中へと入っていく。


「これは、一体……」
 協会に入り、フォーマルハウトの上司、アクベンスに取り次いでもらえるよう手配し待っていると、控え室にやってきた彼は開口一番そう呟いた。
 まるで、目の前の光景が信じられないといった具合だ。
 控え室にいるのはフォーマルハウト一人だけだと思っていたのだろう。
 そんな彼に、フォーマルハウトは一歩近付き敬礼する。
「アクベンス親任官。こちらから出向かなければならない所を、ご足労感謝します。フォーマルハウト奏任六等官、只今風の王国グルミウムの偵察より帰還しました。これが今回最後の報告書です」
「……ああ。ご苦労だった。それで?何か成果はあったのか?」
 アクベンスは受け取った報告書をその場で広げ斜め読みしながら問う。
「はい。定期報告でも記した通り、こちらにいます少女は、バスターボレアリスとしての記憶を無事取り戻しました。更に、グルミウム王国の王女、アウラ・ディー・グルミウム本人である事の確証も得ました。なのでまず、彼女にはスレイヤーとしての手続きをとってもらおうと考えています」
「そうか。ならばすぐにでも済ませてくるがいい。それが終わったら、お前一人で私の部屋まで来い。詳しい話を聞きたい」
 それだけを言い残し、アクベンスは部屋を出て行った。
「……ふぅ」
 少しだけ緊張が和らいだ事で軽く息をつく。
 手渡した報告書を握り潰していたアクベンスが今、どんな心理状態にあるかなど、心を読まなくても分かる。
 本当の戦いは、これからだ。負けるな、僕。
 そう自分に言い聞かせていると、ベイドがやや不機嫌気味に腕を組んだ。
「苦労して戻ったというのに、随分な挨拶ですね」
「あの人も、多忙な方ですから。それより、アウラさんのスレイヤー承認手続きを済ませましょう。こちらです」
 そうベイドを宥めて別の場所へと案内する。
 その間、シェアトがおずおずと声をかけてきた。
「あの、スレイヤーってたしか、転生式を終えているバスターに与えられる物ですよね?アウラはいつ転生式を?」
「いつかは分かりませんが、僕達は全員、この目で見ていますからね。アウラさんの蒼龍を」
「……あ。そうか、あの祠で」
 聖なる祠の中で、邪竜ヴァーユに襲われた際に現れた蒼龍。
 それがアウラへと変化していくのを、この場の全員が目撃している。
 そしてシェアトは質問先をアウラへと変える。
「それじゃアウラは、いつ転生式を終えたの?今よりも昔って、かなり子供よね?普通じゃ考えられないけど」
 そう。普通では考えられない事。
 若すぎる肉体と精神で行えば、己が宿す龍に呑まれ、簡単に邪竜に墜ちてしまう。
 なので転生式を行う者は、成人を終えてからが大概だ。
 それに対してアウラは、少し答え難そうに笑った。
「いや、私は別に、転生式はやってないよ」
「え?でも……」
「正式な物は、が正しいのかな?実際に蒼龍の力を借りた事は何度かあるし。……私の中の蒼龍が目覚めたのはあの日。アウラが死んで、蒼龍が目覚めた。彼女のおかげで、今の私が生きてるんだ」
「あ……。ごめん、なさい」
 アウラは、はっきりと言葉にしなかったが、シォアトにはしっかりと伝わったようで、そう謝ってきた。
 それに対してアウラも気にしないで。と答えた。
 そうこうしているうちに再び受付まで戻ってきて、フォーマルハウトはあらかじめ話をつけておいた判任官から、協会の印字があしらわれた羊皮紙と羽ペンを受け取り、それをアウラに手渡しながら説明する。
「これがスレイヤーの登録証です。読み終わったら、ここにサインをお願いします」
「読むまでもないよ」
 書面を渡されたアウラは、書かれている文には一切目もくれず、即座にサインをする。
 一瞬、本当に読まなくて良かったのか心配になったが、彼女がスレイヤーについて無知というのは考え難かったので、口は挟まずに見守る事にした。
 もしかしたら、他の者には読まれたくないのかもしれない。
「え?これで終わり?つまんないのー」
 登録証にサインをするアウラを横目に見ていたルクバットが、そう不満気に口を尖らせる。
「バスターとの区別目的は主に、協会が戦力を把握する為の物ですから。……はい、ありがとうございます。では、これが貴女の節刀になります」
 受け取った羊皮紙の代わりにアウラに手渡したのは、深緑の細身の節刀。
 銀細工の柄から鞘全体にかけて花綱が巻かれていて、これを切らないと刀が鞘から抜けないようになっている。
「……これの使い方は、ご存知ですね?」
 確認するように、そう尋ねる。
 アウラは微笑み、慈しむように花綱を指でなぞる。
「もちろん知ってるよ。……この封印を解くのは、たった一度だけだ」
「封印?それ、魔法が掛かってるの?」
 ルクバットが首を傾げるが、アウラはそれを静かに否定する。
「いや、ただの刀だよ。これはね、スレイヤーとして大きな力を宿している事を、具体的に示す為の物なんだ。だから武器としてではなく、こうやって簡単に抜けないようになってる」
「へえ。じゃあ、その封印を解くのは、どんな時なの?」
「勿論、力を解放する時だよ」
 そう答えて、アウラはその節刀を腰刀の下に携えた。
 これでアウラは、名実共にスレイヤーとしての任務をこなせるようになった。
 バスターには任されない、更に過酷な任務を。
「あの、ボレアリスさん」
 フォーマルハウトは唐突に、アウラをスレイヤーとしての名前で呼んだ。
 呼ばれたアウラは、これから言われる内容に察しがついたようで、笑いながらも顔付きが変わった。
「スレイヤーになった途端に仕事?余程忙しいんだね」
「いえ。これは本人からの希望なんです。もし可能なら、是非貴女に頼みたいと。これが、依頼人からの手紙です」
 アウラに手渡したのは、協会の焼き印で封がされた小さな封筒。
 アウラはそれを丁寧に開封し、中に入っていた小さな紙を黙読する。
 読み進めるうちに、アウラの双眸が驚きに見開かれ、片手でぐしゃりと紙を握り潰し、フォーマルハウトに怒りをぶつけるように問うた。
「この依頼、いつ受けた?」
「一月以上前です。場所はここより南東の砂漠地帯、エレンミア。そこに、まだいると思います」
「分かった。……ルクバット、これ預かっててくれるか?邪魔になるから」
「え?あ、うん」
 アウラは、今さっき受け取ったばかりの節刀を取り外してルクバットに渡すと、さっと踵を返して出口へと向かう。
「アウラ?何処に行くの?」
「依頼をこなしてくる。明日には戻るから、皆はここで待ってて」
 シェアトの問いに、アウラはこちらを見る事なく答える。
「依頼って、まさか邪竜の討伐?だったら、私達も一緒に……」
「来るな!」
 それは、かなり強い拒絶だった。
「この依頼人は、私一人を望んでる。危険だし、何より時間が無い。だから、ここで待ってて欲しい」
 アウラは皆の返事を待つ事なくそのまま飛び立って行った。
「フォーさん。アウラがスレイヤーになってから渡すなんて、あの依頼は、そんなに危険な内容なんですか?」
「大丈夫ですよ。記憶を取り戻した彼女なら、何の心配もいりません」
 心配顔のシェアトを安心させる為にそう言うが、内心一番不安なのはフォーマルハウト自身だ。
 アウラさん、どうかご無事で……。頑張って下さい。
 これからアウラに降りかかる苦難を思い、フォーマルハウトは一人、心の底から応援し、彼女の無事を祈る。
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