流星痕

サヤ

文字の大きさ
上 下
78 / 114
転の流星

目覚の微風

しおりを挟む
 あれが、アウラ様の蒼龍。彼女の本来のお姿……。
 アウラの仲間が次々と駆け寄って行く様を、エラルドは遠くから眺めていた。
 今は気を失い、仲間に抱きかかえられて眠っているが、先程の彼女の蒼龍を見るに、エラルドの知る、幼きアウラ王女はもういない。
 あれほど私の元を離れようとされなかった方が、立派になられましたね。
 エラルドがアウラと過ごした時間は、決して長いとはいえない。
 それでも彼女の世話役として、後の母として過ごした時間は、エラルドの人生の中でも、かなり濃い物であった。
 辛かった事、悲しかった事……時には憎んだりした事もあったが、喜びや慈しみの方が、それらを圧倒的に上回っており、熱い思いがエラルドの頬を濡らした。
「……」
 音も無く流れ落ちるそれをそっと拭っていると、不意に人の気配が隣に立った。
 アルマクだ。
 彼女もエラルド同様、とても温かい眼差しでアウラを見つめていた。
「子の成長を見守るというのは、本当に良いものですね。知らない内に逞しくなっていると驚かされるし、同時に嬉しくなる」
 アルマクにとっても、アウラは大切な愛弟子。
 関わった月日はエラルドの半数にも及ばないが、アウラに対する想いの強さは、彼女も同じだ。
「そうですね。とても喜ばしい事です。……ですが、それよりも私は、どうしても寂しさの方が先立ってしまうみたいです」
 そう言うと、アルマクは少し驚いた顔をし、口元を押さえてクスクスと笑みを見せた。
「意外ですね。部下には手厳しいお前が、まさか子離れ出来ないとは」
「なっ!?からかわないで下さい。私はただ……」
「はいはい。確かに、喜びの反面、寂しさも伴いますよね。しかし、わずか数年しか子育てをしていないお前でも、その境地に立てるなんて……。ルクバットもアリスも幸福者ね。良い母を持ったわ」
「アルマク様……。そうだと、良いんですけれど」
 こうやって面と向かって褒められると、とても気恥ずかしい。
 照れていると、アルマクは尚も可笑しそうに小さく笑う。
「そばに行っておあげなさい。その方が、あの子もきっと喜ぶわ」
「……はい」
 アルマクに背中を押され、エラルドもアウラの元へ駆け寄った。


     †


 温かいぬくもりが身体を覆っており、時折声がした。
「……、……うら……アウラ様」
 その声が、自分を呼んでいると理解した時、ようやくゆっくりと目を開けた。
 目の前にいたのはシェアトを始めとする、かけがえのない大切な仲間達。
「良かった。気がついた」
 シェアトは笑顔を浮かべながらも、目元の涙をそっと拭う。
「シェアト……。泣いてるの?」
 今一状況が理解出来ずに呟くと、すかさずルクバットが満面の笑みを寄せてきた。
「アウラ、助けてくれてありがとう!記憶、ちゃんと取り戻せたんだね。それにアウラの蒼龍、初めて見たけどすごくカッコ良かったよ!」
「……私の、蒼龍?助けたって……」
 何の事だかさっぱりだ。
 そんなアウラの様子に気付いたようで、皆も怪訝な顔付きになる。
「覚えてないのか?」
「……祠の中で、色んな記憶が戻ってくる際に、母様の風を感じて、それを追ったのは覚えてる。その途中で皆の声が……いや。皆の声を使った、風の囁きが聞こえてきた。何かを聞かれた気がするけど、そこから先はよく覚えていない」
 グラフィアスの問いにそう正直に答えると、少しばかりの動揺が広がった。
 そこに、少し遠くから眺めていたアルマクが、ゆったりと近付いてきた。
「おそらく、巡礼を同時に行った為に、記憶が混乱してしまっているのでしょう。ですが、その姿を見る限り、自分の生きる道を決めたようですね」
「え……?」
「泉の側へ。その目で、確かめなさい」
 よく分からないままアルマクに誘われ、泉の縁近くまで歩いていく。
「……これは」
 跪いて泉を覗き込んで見ると、水面に映った少女の顔は、今までのボレアリスでは無かった。
 肩甲骨辺りまで伸びている髪は、春の空のように蒼く澄み渡り、以前父王ヴァーユから受けた傷跡は、顔はおろか、首筋や腕にも無く、色白の、綺麗な肌が映っている。
 唯一変わっていないのは、今や自身の腕と化している義手のみ。
「戻ってる……?」
 それは、火の帝国ポエニーキスで処刑される以前の、王女としてのアウラそのものの姿だった。
「どうして?」
「貴女はここへ来るまでの間に、巡礼を行っていましたよね?そこで貴女は、多くの共に問われた筈です。自分が何者であるかを」
「……!確かに、あの声達は、私が何者であるかを聞いてきた。けど、何て答えたかまでは……」
「覚えていなくとも、その姿こそが、貴女が導き出した答えその物なんですよ」
「それは、つまりどういう……」
 アルマクが言うことはいつも、言葉遊びをしているように要領を得ず、今も昔も分かり難い。
「真相は貴女にしか分かりません。答えを出したのは、貴女自身なのだから」
「……」
 再び、水面に映る自分を見つめる。
 記憶を取り戻していくうちに、自身の中で芽生えた疑問に、この姿になることで答えを出した。
 この姿が意味する答え……。
「ねえ、アウラ」
 不意に、名を呼ばれた。
 振り向いた先にいるのは、自分の大切な仲間達。
 風の巡礼で、答えを問うてきた、声の主達。
 そして、あの時と同じように、最初にグラフィアスが口を開く。
「お前は本物の王女だったみたいだが、そんな事はもう、俺にとってはどうでもいい事実だ。お前を倒し、親父の仇を取るという俺の目的は、何も変わりはしない」
「私も。貴女が何者であっても、私は貴女の友達でいたい。……貴女が、そう望んでいてくれるなら」
「私は、貴女が王女であった事を嬉しく思っていますよ。兄の仮説が正しかったと、おかげで証明されたのですから。ですが、今私が興味があるのはその義手だけです。それ以外は、どちらでも構いません」
「僕自身は、貴女の記憶が戻って何よりです。貴女の蒼龍を確認する事も出来ましたし、おかげで任務を遂行する事が出来ました」
 シェアト、ベイド、フォーマルハウトが、自分に対する気持ちを告げる。
 そして最後に、ルクバットがもう一度口を開いた。
「アウラ。俺は今まで、アウラがアリスって呼んで欲しいなら、それで良いと思ってた。けど今は、そうは思わない。どんな時でも、アウラって呼んでいたい。だってアウラは、こう叫んだよね?風は不滅だって。そんなアウラが、自分を殺しちゃダメだよ!」
 自分の記憶に触れてきた仲間達の声は、あの時とは違い柔らかく、己が導き出した答えに、自信が沸いてくる。
「……ありがとう、皆。大丈夫。もう決めたから」
 笑顔で答え、口にする。
 自分が何者なのかを。
「私はアウラ。風の王国グルミウムの王女で、国を取り戻す為、今はバスターボレアリスとして、世界を回ってる」
「……!じゃあ」
「好きに呼んでいいよ。アウラでも、アリスでも。もう逃げないから」
「うん。分かったよ、アウラ!」
「なら私も。これからもアウラ様って呼びますね」
 満面の笑みを浮かべるルクバットと、はにかむように笑うシェアト。
 そんなシェアトに、アウラは可笑しそうに言う。
「敬語は無しって、最初に言っただろ?友達なんだから」
「アウラ……。そうだね、ごめん」
 そう謝る彼女は、いつも見る、シェアトの顔だ。
 アウラがうん、と頷くと、隣にいたアルマクがふう、と大きく息を吐いた。
「さて。これで一つ、肩の荷が降りました。記憶も戻ったようですし、ヴァーユ王の脅威もひとまず去りました。皆さん、今日はさぞかしお疲れの事でしょう。王宮に戻って、ゆっくりと休養なさい。大したもてなしは出来ませんが、ここよりは遥かに寛げますから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...