流星痕

サヤ

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転の流星

ともだち

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 シェリアクが先に宣言していた通り、船内はかなりの手狭だった。
 操縦席へと続く通路は、人一人がようやく通れる幅しかなく、その両脇に人数分のシートが設置されているだけで、自由に動ける場所は殆ど無い。
 入口付近で立ち止まろうものなら後ろが詰まってしまい、一同は席に着くまで、この未知なる乗り物をつぶさに観察する事は出来なかった。
 シェリアク曰わく、元々二人用で想定していた物を急遽拡張した為、飛行機能に支障を来さない程度に物を省き、軽量化を徹底した結果こうなったそうだ。
 全員が席に着いた後、シェリアクが動かしている奇怪な物体―彼が言うには器―が通路を最前列まで向かい、操縦席に腰掛けた。
「さて。それではまず、接近可能な場所までは海から向かうとしよう。ベイドにはその間に、飛行方法を教えるから、しっかりと覚えておくれ」
「ええ。よろしくお願いします」
 助手席についていたベイドが頷くと、シェリアクは「それでは」と一言置いて、船を発進させた。
 船外から蒸気の音が響き、船はゆっくりと海上を滑り出す。
「例の渦潮が出るポイント付近までは海から行った方が安全だからね。それまではデッキに出ても良いし、皆好きに過ごしてくれて構わないよ」
「やったぁ!みんな、外行こうよ、外!」
 小さな円盤のような手から細長いプラグを何本も伸ばして巧みに舵を取るシェリアクがそう言うと、待ってましたとばかりにルクバットが一番にデッキへ向かう。
 彼が開け放って行った扉からは、潮の香りをたっぷりと含んだ風が、勢い良く吹き込んでくる。
「海なんて久しぶり。アウラ様、一緒に行きましょう?きっと風が気持ち良いですよ。二人もどう?」
 ルクバットに続くようにシェアトが立ち上がり、兄から操縦を教わるベイドを省いた三人に声を掛ける。
「あ、うん……」
 名指しされたアウラは、若干気乗りしない返事でゆっくりと立ち上がるが、残る二人は動かなかった。
「俺は海は苦手だ」
「僕も遠慮しておきます。もっとこの辺りを見ていたいので」
 ぶっきらぼうに断るグラフィアスと、すみませんと頭を下げるフォーマルハウト。
「そうですか。それじゃ、行きましょう。アウラ様」
 シェアトは軽く頷き、アウラの手を引いて共にデッキへ出た。
 扉をくぐる瞬間、吹き込んでくる潮風に押し戻されそうになるが、外に出てしまえば何てことはない。
 陸地を歩いていた時は日差しが強く汗を掻く程だったのに、海上を走る風はスピードに乗って、シェアト達の衣服をはためかせ、全身を心地良く撫でて吹き抜けていく。
 デッキの広さは中と大差ないように見えるが、何も置かれていない分、がらんとしていて広い。
「うぉー!はやーい、いけいけー!」
 先にデッキに出ていたルクバットは船の先端に立ち、両手を天に突き上げて、ハイテンションで叫んでいる。
 その気持ちは分からなくも無いが、流石のシェアトは叫ぶまでにはいかない。
「んー!気持ち良い~」
 デッキの手すりに両手をかけ、イタズラに髪を踊らす風に身を預け、目を閉じて肺いっぱいに空気を吸い込む。
 少しして、横にいるアウラの様子を窺おうと目を開けた。
 彼女も同じように両手に手を掛けて、ただじっと海を見つめている。
 その横顔は、何だか悲しげに見え、今まで見てきた王女アウラと言うよりも、バスターボレアリスのそれに近く、
「……アリス?」
 思わずそう声を掛けた。
 呼ばれたアウラは「ん?」と小首を傾げて振り返るが、それはいつもの、幼い王女の顔だった。
「あ、いえ。何だか元気が無いように見えたので……」
 一瞬、何かの記憶が戻ったのかと思ったが、何となくそうではないと思い、たった今気になった事を口にする。
 するとアウラは「バレたか」と力無く笑った。
「実はね。まだちゃんと、風の声が聞こえないんだ。だから、ちゃんと風の王国グルミウムに帰れるのか心配で」
「そう、ですか……」
 その答えは、何となく予想が出来ていた。
 しかし、今自分が聞きたかった理由は、それでは無い。
 シェアトは身体ごとアウラに向き直り、微笑みを浮かべ、もう一度尋ねる。
「それだけじゃないですよね?船に乗ってから見せてるその顔は、不安だけじゃなくて、何だか怒っているようにも見えましたよ?」
 その言葉に、アウラがとても驚き、目を見開くのを見てやっぱりそうかと確信する。
「何で分かったの?」
 アウラの疑問に、シェアトは何でも無いとばかりに笑い返す。
「そんなの、見てれば分かりますよ。私はアナタの、友達なんですから」
「ともだち……」
 シェアトの言葉をオウム返しに呟き、アウラは再び海を見つめる。
「友達は、何でも言い合える存在だって、母さまが言ってた。エルが、私のたった一人の友達だったんだ。シェアトも、私の友達になってくれるの?」
 それに対して、シェアトは可笑しそうに口元を押さえて笑う。
「アウラ様。友達というのは、頼んでなるものじゃありませんよ?それに今言った通り、私達はもう、とっくに友達です」
 それを聞いた瞬間、アウラは吹き出すように笑い出す。
「あは、あははは!エルとおんなじ事言ってる。そっか。私達、友達なんだね」
「はい!」
 良かった。
 アウラの笑顔を見て、ほんの少し安堵する。
 彼女が何に対して不安を抱いているのかわからないが、また一歩、アウラに歩み寄れた気がする。
 ひとしきり笑い終えたアウラは、目に溜まった涙を指で拭い、先程の表情の理由を話してくれた。
「それじゃ、シェアトには本当の事を言うね。私、この乗り物が嫌いなの」
「ああ、やっぱりそうでしたか」
「気付いてたの?」
「アウラ様は時々、すごく分かりやすいですから」
 わざとなのか分からないが、普段起伏の少ないボレアリスの時にも、感情が身体から滲み出ている時があった。
 もしこれが、元々の彼女の性質なのだとしたら、シェアトはまた一歩、本当の彼女に近付けた事になる。
 だとしたら、すごく嬉しいな。こうやって少しずつアウラを知れていく。
 当のアウラはやや不機嫌そうに、それでもくすぐったそうに口を尖らせる。
「またエルとおんなじ事言ってる。そんなに分かりやすいかな?」
「時々ですけどね。でも、どうしてそんなにこの船が嫌なんですか?やっぱり、風と何か関係が?」
 その質問にアウラは大きく頷き、不愉快そうに船の翼を指差す。
「だって酷いんだよ、これ!私達は空を飛ぶ時、風の流れを見てどう動くか考えるんだけど、これはそんなの関係無しで、邪魔な風を無理矢理押して飛んでるの。だからみんな、困ってる。これじゃいつか、風に怒られるよ」
 驚くべき答えだ。
 今のアウラは、風の声を聞けなければ、空を自由に飛ぶ事も出来ない。
 風の流れに沿って、少し身体を浮かすのがやっとの状態。
 そんな彼女が、どうしてここまで詳しく風を理解しているのだろう。
「何故そんなに詳しく解るんですか?困ってるとか怒られるとか。もしかして、本当は声が聞こえてるんじゃ」
「ううん。何を言ってるかは分かんない。でも、怒ってるか笑ってるかくらいは分かるよ。風は自由に吹いてるの。それを邪魔するのはよくないよ」
 そんな時だ。
 突如、大地震でも起きたような強い衝撃が、船全体を襲った。
 シェアト達はデッキの手すりに捕まり、大きな横揺れに耐える。
「急に何?渦潮の場所は、まだ先のはずじゃ……あれは!」
 舌を噛みそうになる中、手すりの間から海を見、驚愕する。
 肉眼で確認出来る程近くの海に、ぽっかりと大きな穴が開いている。
「ウソでしょ……。こんな大きな物、いつの間に」
 天気は快晴で、見晴らしも良かった。
 なのに何故、これほど巨大な渦潮の出現に気付けなかったのだろう。
 しかし、今更嘆いても最早手遅れ。
 船は完全に潮に捕まっており、見る見る渦の中心へと引きずり込まれていく。
 それに追い討ちを掛けるように、転覆しかけない程の強風までもが吹き荒れてきた。
「しぇ、シェリアクさん!」
 手すりにしがみつき、アウラをひしと抱き締め、操縦者のシェリアクの名を叫ぶ。
 すると、船内に繋がる扉が勢い良く開き、グラフィアスが出てきた。
「早く中に戻れ!浮上するぞ」
 伸ばされた手を掴み、何とか船内に入ろうとした刹那、片腕で庇っていたアウラに裾を引かれた。
「ねえ、ルクバットが」
 その言葉で先程までルクバットがいた場所を見ると、彼は手すりの向こう側にいて、何かをしていた。
「何やってんだあいつは!」
 グラフィアスは船の横揺れも意に介さず、真っ直ぐに彼の元へ駆け寄りその腕を強引に引いた。
「早くこっちに戻れ!死にたいのか」
「グラン兄!でも、あれ落としちゃって」
 ルクバットが示したのは、収納された碇に引っ掛かっているゴーグルだった。
「ほっとけあんなもん!いいから早くこっちに……」
「ダメだよ!あれは大切な物なんだ」
 ルクバットはグラフィアスの手を振り払い、届きそうで届かないゴーグルに向かって手を伸ばす。
「ちっ。どけ!」
 そんなルクバットを強引にデッキ内に引き戻し、代わりにゴーグルに手を伸ばす。
 長身のグラフィアスの手によって、ゴーグルはいとも簡単に救いあげられ、無事ルクバットに手渡された。
「さっさと戻れ」
「うん、ありがとう!」
 そして、グラフィアスがデッキ内に戻ろうとした瞬間、再び大きな横揺れが船を襲う。
「うわっ」
「グラン兄!」
 その衝撃でバランスを崩したグラフィアスは、為す術も無く海へと投げ飛ばされてしまった。
「いけない!」
 咄嗟に反応したシェアトが、アウラやルクバットの制止も聞かず、荒れ狂う海の中へと身を投げる。
「シェアト!グラフィアス!」
 アウラは必死に名を叫ぶが、二人の姿は見つからない。
 そうこうするうちに、シェリアクの声が響く。
「浮上するよ!みんな、しっかり捕まって」
 言い切る前に、今までに無い縦揺れが起き、船が海から離れた。
 しかし風が強く上手くバランスが取れないのか、揺れは収まらない。
 渦潮に呑まれる心配は無くなったが、これでは船がバラバラになりそうだ。
 アウラは激しい揺れの中で、必死に空を見渡す。
 風と風がぶつかり合って、流れが停滞している箇所を見つけ、
「もっと右へ!もっと上!」
 と船を先導し、ようやくバランスを保つ事が出来た。
 これでようやく二人を探せる。
 いつの間にか大粒の雨も降り視界が悪く、明かりで海辺を照らすが、人影は見当たらない。
「考えたくありませんが、二人はもう……」
「そんな事ない!」
 ベイドの言葉を即座に否定する。
 縋る思いで海に目を凝らしていると、自分達が立っている位置より少し離れた所から、何かの塊が当たるような音がした。
 何だろう?と疑問に思った直後、ルクバットの「あそこ!」という声が響く。
「シェアト!グラフィアス!」
 彼が示す先に灯りを向けると、グラフィアスを抱えたシェアトが映った。
 シェアトの片腕からは半透明の何かが伸びていて、アウラは急いで先程音がした場所へと走る。
 そこには、水で出来た鎖が手すりに巻き付いており、シェアトへと繋がっていた。
 皆で鎖を引き、二人を引き上げると、グラフィアスは気を失っているのかぐったりしているが、水はそんなに飲んでないはずというシェアトの言葉にひとまず安堵する。
「心配かけてごめんなさい。私なら水中でも多少の呼吸は出来るし、彼は泳げないから、迷ってる時間が無くて」
「グラン兄が泳げないって、何で知ってるの?」
「ポエニーキスの人は、体質的にカナヅチが多いの」
 ルクバットの質問にそうシェアトは答える。
「シェアト……!」
 耐えきれなくなり、アウラはシェアトをひしと抱き締める。
 その身体はとても冷えており、それが更にアウラの心を締め付ける。
「アウラ様……」
 アウラは何も言えずにいたが、シェアトは何かを察してくれたようで、抱き締め返してくる。
「大丈夫。私は何処にも行きませんから。心配してくれて、ありがとう」
 その言葉に、アウラは頷くのがやっとだった。
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