流星痕

サヤ

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転の流星

立ち往生

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「話せ。何が分かった」
 広間に二人だけ残り、アウラ達の気配が完全に消えてから、アクベンスがそう切り出す。
 ……やっぱり、そうか。
 その一言で彼が何を知りたいのか理解し、心の中でそう呟く。
 前回提出した調査報告に誤りがあるというのは嘘で、彼はフォーマルハウトの特異能力で、アウラから得た情報を提供するよう命令しているのだ。
 他人に触れる事で、その者の心を読み取る力。
 バスターボレアリスが協会にやって来たら、彼女の真意を確かめるよう命令されており、先程それを自己紹介という形で実行した。
「あの娘は、本当に風の王国グルミウムの王女なのか?」
「それが……何も読めませんでした」
 そう。あの時、確かに握手を交わしたというのに、目の前の少女の心は何も読み取る事が出来なかったのだ。
「どういう事だ?貴様は確かにあの娘に触れた。分からない筈が無いだろ。私に嘘をついても得は無いぞ」
 アクベンスの声に怒りの色が滲むが、その理由を知りたいのはフォーマルハウトも同じだ。
「嘘ではありません。僕にもよく分かりませんが、彼女と握手をした時、何だか人に触れている感じがしなかったんです。何というかその、無機物に触れているかのような」
「無機物?……ああ、なるほど。そういう事か」
 心当たりがあるのか、アクベンスは一人苦々しく呟く。
「バスターボレアリスは、過去に単身、蒼竜に立ち向かった経歴がある。確かその時に、右腕を失っていた筈だ。あれは義手だな」
「義手。どおりで……」
 ついに心が読めない人物と出会えたと心躍りかけたが、その理由を聞いて一気に落胆する。
 アクベンスは怒りを一旦鎮め、鼻をふん、と鳴らす。
「まあいい。あれが本当に風の王国グルミウムの王女かどうかは、この先分かる事だ。どんな些細な事でも良い。あの娘に関する情報提供だけは怠るな。これは陛下からの勅命だという事を忘れるなよ?」
「分かりました。では、そろそろ出発します」
 肝に銘じるように、厳しい目を向けるアクベンスにしっかりと返事をし、部屋を出ようとする。
 しかし背を向けるのと同時にまたも呼び止められた。
「待て。お前には他にもやってもらいたい事がある。これは私からの極秘任務だ」


     †


 協会本部を出て、新たに加わった仲間、フォーマルハウトを待っている間、グラフィアスは機嫌が悪そうにぶつぶつと愚痴をこぼしていた。
「ぞろぞろと人数ばかり増えて。あいつは本当に役に立つんだろうな?」
「どうしたの?グラフィアス。あなた最近イライラしすぎよ。少しは落ち着いたら?」
 そうシェアトが宥めてみるが、彼は舌打ちで返事をし、あまり態度は変わらない。
 アウラの記憶が失われてからは、ずっとこんな調子だ。
 きっとグラフィアスも、どうしたら良いのか分からないのだろう。
 彼の戸惑いが出来るからこそ、そのような態度をとられてもあまり怒る事はなく、普段通りに接する事が出来る。
 それを知ってか知らずか、グラフィアスはシェアトの言葉を鼻で笑った。
「ふん。奴は協会の回し者だぞ?詫びとか何とか言ってたが、結局は風の王国グルミウムの現状を知りたいだけさ。あいつの上司を見れば分かるだろ?はっきり言えってんだ」
「……そういう言い方は無いと思うけど」
 彼の言葉は否定しづらかったが、肯定も出来なかった。
 アクベンスが述べた言葉は、天帝の意志のはず。
 しかし、いくらレグルスに逃げられたとはいえ、たかが一介のバスターの為に、護衛を付けるとは思えない。
 本当の目的はグラフィアスが言うように、風の王国グルミウムの調査なのではとシェアトも考えている。
 実際、自分がそうであるように。
 しかしそれが事実だとしても、任務として配置されただけのフォーマルハウトを嫌う理由にはならない。
 そんな二人とは違って、ベイドは今回の事案にまた別の考えを持っていた。
「ですがもしかしたら、本当に天帝様からのお気持ちという線も、皆無とは言い切れませんよ?」
「そうですか?確かに天帝様は御心がとても深い方だと伺っていますけど、いくらなんでも今回の件は流石に有り得ないんじゃ……」
「確かに普通ならそう考えてもおかしくないですが、彼女が王家に連なる者だとしたら、話は変わると思います。元々、四国の頂点に立つ神々は、天帝様である麒麟から産まれたと云われています。であれば、蒼龍を宿している筈のアウラ様は娘も同然。慈悲深い天帝様が御手を差し伸べようとされる理由には、十分すぎるかと」
 彼が言っているのは神話の内容だ。
 世界には最初、麒麟だけが存在しており、そこから四神が産まれ、そして彼らはそれぞれの眷族である龍を産み出した。
 確かにその内容に基づいて考えれば頷ける話ではあるが、半ば強引とも言える解釈に、素直に首を縦に振るには抵抗を覚える。
 しかし、そんな答えの出ない話し合いなど、当事者には全く関係の無い事のようだ。
「良かったね、アウラ。アウラの記憶、グルミウムにあるんだって」
「うん!だから次は、グルミウムに帰るんだよね?わぁ、やっと帰れるんだ」
 記憶が元に戻る希望、故郷に帰れる事を心から喜ぶ二人。
 が、そんな二人に釘を刺したのは、やはりグラフィアスだった。
「けっ。ガキは単純だから良いよな。これから行く風の王国グルミウムは、お前の知ってる場所とは全く別物だってのに」
火の帝国ポエニーキスに壊されたんでしょ?何度も聞いたよ。それでも私は、国に帰りたいの」
 アウラには、彼女が国の現状を見た時、少しでも傷が浅く済むようにと、今の国の話をしてある。
 しかし、彼女の口振りを見る限りでは、やはりあまり理解は出来ていないようだ。
「だから、それが甘いと……!」
「すみません、お待たせしました」
 それが癇に触ったのか、グラフィアスが怒気を露わにしたちょうどその時、フォーマルハウトがタイミングよく姿を見せた。
 出発の準備を整えた彼は服装はそのままに、先程は無かった荷物が増えている。
 焦げ茶色の革手袋を嵌め、右手には自身の丈よりも短い槍。
 そして最も目に付いたのは、彼が背中に背負っている荷物。
「あの、それって……」
「あ、はい。絵を描く道具です」
 上半身だけを捻り、その全体を見せてくれた。
 言われなくても、見れば分かる。
 絵を描く為のスケッチブックと、台として使うキャンバス。
 え?それ、本当に持っていくの?
 趣味なのだろうか。
 仮にも任務として同行するというのに、その格好は如何なものだろうかと訝しんでいると、変わりにグラフィアスが当て付けのように言い放つ。
「お前、ふざけてるのか?仮にも軍人だろ。任務にプライベート持ち込むとか、頭大丈夫かよ?」
 するとフォーマルハウトは、言われ慣れているのか、はは、と力無く笑う。
「やっぱり、そう見えますよね?よく言われます。でも、これも僕の大切な武器の一つなんですよ」
「武器?それが?」
 まさかそのキャンバスを振り回すわけでは無いだろうが、想像が出来ずに聞き返す。
「はい。描いた物を一時的に具現化出来るんですよ。ちょっと、やってみますね」
 そう言って腰のポシェットから鉛筆を取り出し、紙に簡単な鳥の絵を描く。
「……あ!」
 絵が完成した途端、鳥が紙から飛び出し、空へと羽ばたいた。
 しばらく舞った後、絵の鳥は崩れるように消えた。
「細かくして着色すれば、もっと強力になりますよ」
「すごい。土魔法って、こんな使い方もあるわだ」
 素直に驚くと、フォーマルハウトは照れ笑いを浮かべながらスケッチブックを仕舞う。
「実戦で使用している人は少ないですからね。僕の事は追々知ってもらうとして、今は早く東を目指しましょう」
「さっきも急いだ方が良いっていってたね。それに、邪竜も集まってるって」
 アウラが質問すると、彼は一つ頷く。
「はい。確証は無いんですけど、デジアルから離れた記憶は、一定期間持ち主の故郷に留まり、持ち主の元に戻らなければそのまま消失してしまうようなんです」
「記憶、無くなっちゃうの?」
「多分、ですけど。それに東地帯は今、理由は分かりませんが、緑竜が多く集まっています。アウラさんの記憶が無くなってからだいぶ時間も経ちます。だから、出来るだけ急いだ方が良いと思うんです」
「大変だ!急がないと」
 慌てるルクバットに、ベイドが冷静に告げる。
「ここから向かえる東端は、ネティックスですね。しかし、それからどうします?風の王国グルミウムに向かう船なんて、出ていませんよ?」
「あなたたちは、国に渡る術を持っているんじゃないんですか?」
「の、ようですが……実際どうなんです?ルクバット」
 きょとんとしたフォーマルハウトの質問を、ベイドはそのままルクバットに渡す。
「いや、俺は分かんないよ。アウラに聞かないと」
 ルクバットも両手を左右に振り、不安な表情でアウラを見る。
「だが、見てのとおり、こいつは今やただのガキ」
 ため息混じりのグラフィアスの一言で降りる沈黙。
 そしてトドメとして、シェアトがその沈黙を形にしてしまう。
「もしかして私達、このままじゃ風の王国グルミウムに行けないってこと?」
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