流星痕

サヤ

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転の流星

相互理解

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 ローマー達との一件を終えた一行は、カメロパダリスの帝都を目指す為に、一度東へと戻っていた。
 その理由は、関所を通る為だ。
 どうやらローマーの地下要塞に閉じこめられている間に国境を渡ってしまっていたらしく、ボレアリス達は知らない間にカメロパダリスの国土領内に入り込んでしまっていたのだ。
 つまり、事故とはいえ、四人は図らずもとも不法入国をした事になる。
 それでもボレアリス自身は今までの経験から、帝都で事情を話せば問題ないと考え先を急ごうとしたのだが、シェアトがとんでもないと猛反発した為、しぶしぶ戻る事になった。
 案の定、関所では特にこれといった罰則などは無く諸注意だけで終わり、その頃には要塞から脱出して丸二日が経っていた。
 既に時刻は宵の口という事もあり、関所の宿舎を借り、疲れを癒やす為ボレアリスとシェアトは二人で湯浴み場へ向かった。


「やれやれ。とんだ無駄足だったな」
 湯に浸かるのと同時に、ボレアリスは息を吐きながらそうぼやく。
「無駄足って……。不法入国は立派な犯罪だよ?」
 彼女のその物言いが引っかかり、シェアトは窘めるように言う。
「でも何も問題無かったでしょ?私がいれば、関所なんてただの道と同じだよ」
「アリスがいたから注意だけで終わったんでしょ?いくらバスターでも規則は規則。カメロパダリスは情報の回りが早いから、あのまま帝都に向かってたらすぐに捕まってたよ」
 ボレアリスの飄々とした態度が気になり、思わず語気が荒くなる。
 ボレアリスはほんの少しだけ黙るが、すぐに静かに言葉を続けた。
「仮にそうだとしても、入国ルートを聞かれて終わりだったと思うよ。数日で釈放されただろうし、そっちの方が気楽で良かった」
「気楽?どういう意味?」
 シェアトが小首をかしげると、
「これだよ」
 と義手を持ち上げ見せた。
 普段は右腕を構築している義手だが、ローマーに捕まった際に壊れてしまい、今はただの飾りとなっている。
「私は今も昔も、右腕を主として戦ってきてる。だからこの二日、左腕だけで戦闘するのはすごく緊張した。時々、危ない面もあったし、邪竜と遭遇しなくてほっとしてる」
 そう語るボレアリスは、静かに目を閉じ、左手で右腕をきゅっと握り締めた。
「アリス……」
 確かに、ここまでくる間に魔物との戦闘は何度かあったが、まさか彼女がそのような想いを抱えていたとは、想像もつかなかった。
 確かに義手は壊れていたが、腰刀と魔法を駆使して、いつもより伸び伸びと戦っているように見えたくらいだ。
「なんか、ゴメンね。アリスは私達の事を考えてくれているのに、私は規則規則って堅い事ばかりで……」
 法律は守らなければならない世界のルール。
 そんな当たり前な事、アリスだって分かりきっている筈なのに……自分が恥ずかしい。
 そう反省していると、ボレアリスのかみ殺した笑いが聞こえてきた。
「……え?」
「いや、まさかそんなに堅く考えるとは思わなくてさ。でも、そこがシェアトの良いとこだよね。……ふふ」
 言いながらも笑い続ける彼女を見て、ようやく理解する。
「か、からかったの?」
「ちょっとだけね。シェアトが言った事は正論だし。まあ、あいつがいたから、かなり楽だったけどね。けど、緊張してたのは本当だよ?ただ私の苦労を、少しだけでも分かって欲しかっただけ」
 こうあからさまに言われてしまっては、怒るに怒れなくなる。
「何それ?もう……」
 アリスって基本的には優しいんだけど、時々意地悪なんだよね。……愛情の裏返し、なのかな?ちょっと天子様に似てるかも。
 そう思うと同時に、ある疑問が浮かんでくる。
「ね。グラフィアスとは随分前からあんな感じだったんだよね?今にして行動を共にしうと決めたのは、義手が壊れたからってわけじゃないよね?」
 ボレアリスは最初きょとんとした後、軽く笑う。
「シェアトは変にかんが良いね。確かに、あいつを近くに置いたのはそれだけじゃないよ。これはただのきっかけで、前々から考えてた事なんだ」
「やっぱり。でもどうして?彼はアリスを恨んでるんでしょ?恐くないの?」
「それはそうだけど、あいつにも色々あってね。簡単には私を殺せない割に、赦す事は出来ずに、いつも微妙な距離でついて来てるんだ。それがちょっと鬱陶しくてね。どうせなら近くにいてくれた方が気楽だと思ったんだ。ただそれだけの理由だよ。あいつの事情は、あいつに聞けばいいよ」
 くだらないでしょ?と肩をすくめるボレアリス。
 ……普通、くだらないとか、鬱陶しいからって自分の命を狙ってる人間を近くに置くかな?グラフィアスがアリスを殺せないっていう理由も気になるけど、よほど彼を信頼しているか、自分に自身が無いと出来ないよね。……たぶん、どっちもだろうな。
「くだらないかは分からないけど、アリスが自信家で、優しい人だって事は分かったよ」
「優しい?私が」
「うん。鬱陶しいとか何とかキツい言葉を使ってるけど、結局はグラフィアスの事を気にかけてるって事でしょ?二人の関係は敵同士に近いのに、彼の身を案じるのは、やっぱり優しいからだと思う」
 思った事を素直に口にすると、ボレアリスは再び笑う。
 しかしその笑みは、今までとは全く違うものだった。
「それはシェアトの見解であって、正解ではないね。確かに私は自信家ではあるけど、優しくはない。自分の利益にならない事はやらないからね。あいつを手元に置くのも、命を狙われるリスクよりも、戦力という利益の方があるからさ。それを知った上でも私を優しいと言うのなら、それは私じゃなくて、シェアトが優しいんだよ」
「……アリス?」
「ごめん。ちょっといじめすぎたね。もう上がるよ。シェアトも、のぼせないように程々にね」
「あ、うん……」
 呆気にとられていると、ボレアリスはそのまま、何も言わずに浴場から出て行った。
 さっきの表情は、一体何?まるで突き放すような、それでいて慈しむような……とても複雑な感情が入り混じった表情。
「……嫌な事、言っちゃったかな」
 私は、アリスの事をまだ全然理解出来てない。彼女はこれまで、どんな人生を歩んできたんだろう?
 シェアトは湯から上がるまでの間ずっと、口元まで浸かり、ぷくぷくと泡を出しながら考え続けた。
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