流星痕

サヤ

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承の星々

『アウラ』を名乗る者

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 ベナトシュが言っていた、エルタニン中央区にある酒場。
 そこに、かつて火の帝国ポエニーキスによって処刑されたグルミウムの王女がいるらしい。
 グルミウムの王女が生きている、という噂はアウラ自身聞いた事はあったが、王女を名乗る者を見るのは初めてだ。
「アウラ。行くの?」
 酒場の前で店を眺めていると、横に立つルクバットが声をかけてくる。
 アウラは彼の頭をかるく小突き、
「外でその名は禁止」
 と釘を刺す。
「別に名前を騙るのは勝手だけど、やっぱりちょっと気になるからね。ルクバット。一応、お前とエルとの関係も黙っておこう」
「母さん?」
「うん。接触するかはともかく、アウラに近しい人だから、偽物がどんな反応するか分からないし、余計な情報は与えたくない」
「分かった」
 ルクバットと軽く口裏を合わせ、酒場の中へと入っていく。
 中央区の酒場は人の往来が一番多いせいか、店内の雰囲気は他よりも明るく、食堂に近い。
 とりあえずカウンターに向かい、マスターに飲み物を注文した。
「……ああ。誰かと思えば、ボレアリスさんか。もう身体の方は良いのかい?」
「まあね。今日からバスター復帰てところ」
「そうかい、それは良かった。なら、これは私からの祝いにしよう」
 復帰おめでとう。と二つのグラスをそれぞれに手渡し、マスターはにこやかに微笑む。
「ありがとう。ところで、グルミウムの王女が来てるって噂、知ってる?」
 受け取りがてらそう尋ねると、マスターは聞き慣れたように「ああ」と声を漏らす。
「そうか。貴女もグルミウム出身だったね。もちろん知ってるよ。ほら、あそこの隅に、二人組の女性がいるだろ?あの若い方が王女様らしいよ。あくまで噂で、怪しいものだけど」
 怪しいも何も偽物だ。
 マスターが示した先にいる二人組は、見た目からするとグルミウム出身なのだろう。
 王女と言われる方は、自分と同い年くらいだろうか。
 落ち着かない様子で、随分と周りを気にしている。
 そんな彼女を宥めるような姿勢を取るもう一人は、親子ほどに年が離れているように見える。
「王女様の隣にいるのは?」
「彼女は近衛師団長らしいよ」
 近衛師団長……。エルの偽物か。
「今は大人しくしてるけど、さっきまで火の連中に絡まれていてね。一悶着あったんだよ」
 マスターの耳打ちで視線を周りに向けると、確かにガラの悪そうな連中が二人を眺めて薄ら笑いを浮かべているのが見える。
 偽物には気付かれないよう、喉を潤しながらしばらく観察していると、食事が終わったのか、席を立ち、荷支度を始め出した。
 見ていただけでは、二人の目的はおろか、本当に二人が偽物を演じているのかすらも分からなかった。
 もうしばらく、様子を見ようか……。
 そう思案していると、
「アリス、あれ」
 ルクバットが小声で耳打ちし、彼の視線の先を追うと、例のガラの悪い連中が立ち上がり、二人組みの元へ近付いていった。
 ここからでは上手く会話が聞き取れないが、二人の表情を見る限り、穏やかな会話では無さそうだ。
「ああ、あいつらまた」
 不穏な空気に気付いたマスターがやれやれと大きなため息をつく。
 王女は、エラルドの背中にしがみつくように隠れて戦意ゼロだが、エラルドは緊張と共に、王女を守ろうとする闘志が見える。
 少なくとも、ただの民間人ではなさそうだ。
「ねえ、アリス。助けた方が良いんじゃない?」
「私もそうしてもらえると助かるけど、店の中で乱闘はごめんだよ」
 ルクバットに続き、マスターにもそう促され、やれやれと軽いため息をつく。
「分かったよ。ご馳走にもなったからね。あいつらを追い払えば良いんでしょ?」
 す、と左手を突き出し、魔力を集中させる。
 しばらくすると、二人を囲んでいた連中が喉元を抑え、苦しそうにもがきだし、やがて弾き出されたかのように店外へと走り出していった。
「どうしたんだ?あいつら。急に苦しそうになったが」
「うわ……。えげつな」
 マスターは首を傾げるが、ルクバットには何をやったのか分かったようで、軽く引いている。
「ふふふ。あいつらの周りだけ、酸素を抜いてやったんだよ。私の視界から消えないと、一生息が出来ない」
 この技は相当の集中力が必要なので滅多にやらないが、人払いをするのにはうってつけだ。
 くすくすと笑っていると、偽エラルドがこちらをじっと見つめ、やがて王女を連れて近付いてきた。
 どうやら気付かれたらしい。
「失礼。さっきのは、貴女が?」
   近くで見ると、やはりエラルドとは似ても似つかないが、無駄の無い筋肉の付き具合からして、やはり武道の心得はありそうだ。
「ええ、まあ。マスターが困っていたみたいだったので。要らないお世話でしたか?」
「いえ。随分しつこい連中だったので、助かりました」
 口では感謝しているが、その顔から警戒は解けていない。
 ちら、と王女の方を見ると、おずおずと覗かせていた顔をしゅっ、と引っ込められた。
「姫様。お礼は言わないと」
「姫?」
 わざとらしく眉を潜めると、偽エラルドは背中に隠れる王女を前に押し出す。
「ええ。貴女は、グルミウムの人間でしょう?この方は、グルミウム王家の最後の生き残り、アウラ王女様です」
 私は、近衛師団長のエラルド。と軽い自己紹介をする二人を眺め、ボレアリスは今までより声を低くする。
「へえ、王家の。でも、それはおかしいですね。アウラ王女は処刑されたはずですよ?」
「確かに、一般的にはそうなっていますが、あれは替え玉。王女様生存説を聞いた事はありませんか?」
「いえ、初めてです」
 替え玉……。私の死が、偽り、か。
 自虐的な笑いを堪え、王女生存説とやらの説明を聞く。
 彼女が言うには、あの事件で火の帝国ポエニーキスに捕まり処刑されたのは、王女の偽物らしい。
 偽物はお前達だろ。
「あの日は、王女の御披露目も兼ねてましたよね?そんな大切な日に、偽物なんて用意しますかね?」
「そういう大切な日だからこそ、外部から狙われる危険性があるのです」
 言ってる事は筋が通っているように聞こえるが、真実を知るものにとっては笑い話でしかない。
「そこまで言うなら証拠はあるんですか?その人が、本物のアウラ王女だという証拠が。確かあの方は、蒼天の髪に深緑の瞳をお持ちだと聴きました。その人は髪色も、瞳の色も全く違います」
 ふいに標的にされた王女は、びくっと身体を震わせ、怯えた目でエラルドを見る。
「……王族には、その姿を変える技も伝わっているんですよ。残念ですが、見せられる証拠はありません。私もあの場から姫様を逃がす事しか出来ませんでしたし、唯一証拠となるのは、姫様の中に蒼龍が宿っている、という事です」
 王女を守るように自分の側に引き寄せそう力説する。
 ……話にならないな。
 偽物を名乗るくらいなのだから、真実など聞ける筈無いとは思っていたが、これ以上会話を続けていたら、こちらが真実を語ってしまいそうだ。
「そうですか。会えて光栄でした。私達はもう行きますけど、さっきの連中には気をつけて下さいね」
 立ち去り際にそう忠告すると、エラルドが不思議そうに眉を潜めるので、もう一言付け加える。
「貴女は腕が立つようですが、その負傷した足で、王女様を守りながらあいつらを退けるのは大変でしょう?マスターに頼んで、裏口から抜ける事をお勧めしますよ」
「なっ!?」
 初めて感情を露わにしたエラルドをよそに、ボレアリスはルクバットを連れて酒場から出た。
「結局、何も分からなかったけど、あれで良かったの?」
 事の成り行きを、静かに見守っていたルクバットが酒場の中を気にしつつ言う。
「ああ。あれ以上いたら、余計な事を喋りそうでね」
「アリスって、そういう話になると、堪え性無くなるよね」
 痛い所を突かれ、笑って誤魔化すしかない。
「まあでも、悪用してるようには見えなかったから、放っておいても問題ないだろう。……苦労はしてるみたいだけど、その辺は覚悟してるだろうし」
「怪我してた事?」
「そう……て、あの二人」
 振り向き様にルクバットを見た時、その奥が視界に入り、例の二人組が先程追い払った連中に囲まれているのが見えた。
「裏口から出ろって言ったのに」
 はあ、とため息を着くと、ルクバットが振り返り、騒動に気付く。
「オレ、助けてくる!」
 いの一番に駆け出すルクバットを見、ボレアリスも少し遅れて救援に向かう。
 絡んでいる連中は、二人を偽物となじるだけでなく、ボレアリスがやった事を、二人の仕業と勘違いしているようだった。
「おい!二人から離れろ」
 ルクバットは、背に背負っている円月輪に手をかけたまま、そう相手を威嚇する。
「あ?なんだ小僧。こいつらの仲間か?」
「あ~。お前、風のもんか。そりゃあ王女様が襲われてたら、助けるに決まってるよなぁ。こんな偽物でもよぉ」
 男達はルクバットを一瞥し、更に馬鹿にするように囃したてる。
 その挑発にエラルドが乗り、男達に喰ってかかる。
「偽物ではない!この方は、本物のアウラ王女様だ!」
「だったら証拠を見せてみろってんだよ。王女だっていう証拠を!なあ、王女様?お前も黙ってないで何か言ったらどうなんだ?」
「触るな!」
 男が王女に手を伸ばそうすると、エラルドがさっと前に出、庇う。
 一歩前に出た瞬間、エラルドの顔が歪み、身体が硬直するのを、男は見逃さない。
 伸ばした手をそのままエラルドに向け、鷲掴みにしようとする。
「うっ……!?」
 寸手の所で、その手は止まった。
 二人の間に、武器を構えたルクバットが割って入ったのだ。
「このガキ!邪魔すんなっ」
 もう一人の男が、拳に炎を纏わせて殴りかかろうとするが、それも失敗に終わる。
 少し離れた所にいたボレアリスが、右腕を長い鎌状にし、男の首元に薄い刃を当てた。
「これ以上暴れるなら、私が相手をしよう」
「なんだ、てめえ?お前には関係ねーだろ!」
「お、おい。こいつ、ボレアリスじゃねーか?」
 ボレアリスの相手が焦りの表情を浮かべると、鼻息を荒くしていた方も、驚いたように声を裏返す。
「はあっ!?ボレアリスってあの、一人で蒼竜を相手したとかいう、イカレバスターか?」
「冗談じゃねえ。やってられるかよ」
 そう捨て台詞を吐き捨て、男達はクモの子のように逃げ去る。
 二人が視界から完全に消えるのを見届けてから、二人はそれぞれ武器をしまった。
「大丈夫?」
「え、ええ。ありがとう、坊や」
「へへ。オレはルクバットだよ」
 ルクバットは両手を頭の後ろで組んで、嬉しそうに笑う。
 ボレアリスは三人の元へ近寄りながら、少しきつめの口調で言った。
「ちゃんと忠告しましたよね?人の話を聞けないんですか?」
「すみません。ですが、どうしても気になる事があったので」
「……もしかして、何故足の事が分かったのか、ですか?」
 図星を突かれ、エラルドは無言で頷く。
 ボレアリスは大きくため息をついて、少し面倒くさげに答えた。
「そんなの、歩き方を見てれば分かります。上手くごまかしてはいたけど、重心移動が不自然だったし、さっきも、王女を庇おうたした時、顔が引きつってましたからね」
「見事な観察力です。恐れ入りました」
 エラルドは頭を軽く下げ、そう敬服する。
「あいつらは暫く来ないとは思いますが、早く国を出た方が良いですよ。ここは小さな所ですから」
 もう行こう、とルクバットに声を掛けて後ろを振り向いた直後、
「待ってください!」
 聞いた事の無い、女性の声に呼び止められた。
 振り向くと、今までエラルドの後ろに隠れていただけの王女が、両手をぎゅっと握り締めたまま、こちらを必死な表情で見つめている。
「今までの非礼を謝ります。それと、私達は嘘をついていました。でも、無礼を承知でお願いがあります。私達の護衛をしてください!」
「姫様、何を?」
「ラナ。この方達には、正直に話しましょう。私、この方達なら信じられる」
 怯えながらも、真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、とても澄んでいる。
 唐突ではあるが、どうやら、ようやく本当の事を聞かせてもらえるようだ。
「……場所を移しましょう。話はそこで聞きます。」
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