流星痕

サヤ

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承の星々

退屈しのぎ

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 世界ダイスリールの中心に位置する土の天地エルタニン
 その小さな領土から南へと下った先にある、火の帝国ポエニーキス
 その帝都フォボスにある王宮の最奥、謁見の間に据えられた豪華な玉座に気怠げに座る男こそ、この帝国の主であり、現皇帝フラーム。
 何をするでもなく、玉座を囲むようにして眠るペットの赤竜を眺める。
「退屈だ」
 ぽつりと、そう呟く。
 皇帝としての業務はあるにはあるが、どれも退屈すぎてやる気にならず、全て大臣達に任せている為、フラームにはやる事がない。
「そこのお前」
「はっ」
 ここ数時間は階下で待機している守備隊の若い兵士に気怠げな声で呼びかけると、とても生真面目な声が返ってきた。
 数人の侍女達に風を送られ、冷たい飲み物で喉を潤わせているフラームと違い、兵士達は湿気と温度にやられ汗を掻いているはずだが、その表情は崩れない。
「何か面白い事はないのか?退屈で死にそうだ」
「と、申されましても……。陛下は、どのような件をご所望でありましょうか?」
「そうだな。グルミウムの者を邪に堕としてから二年余り経つ。蒼竜は見つかったか?」
 何気に問いた質問に、兵士の表情は渋い物に変わる。
「一般的な緑竜の討伐、捕獲報告はいくつか挙がっておりますが、蒼竜は未だに発見報告すら出ておりません」
「噂では、故郷に潜んでいると聞くが?」
「それはあくまでも噂にございます。かの地を覆う風は年々強くなるばかりで、あそこに何があるかを確かめるのは不可能です」
 きっぱりと言い切る兵士の言葉は、予想の範囲内すぎて面白味に欠ける。
「それは困ったな。ならば、より多くのバスターを排出せねばならんか。どうだ、お前も行くか?」
「じ、自分はその……」
 冗談半分でバスターになれと言うと、兵士は途端にまごつき、その慌てようが実に愉快で、更に追い討ちをかけようとしたが、邪魔が入った。
 謁見の間の扉が開き、外の門兵が入ってくる。
「申し上げます。陛下に謁見を望むサラマンダーが城外に来ております」
「サラマンダー?」
 ポエニーキス帝国民の強き魂の慣れの果て。
 謁見を望んでいるということは、自分に近しい者だろうか。
「そいつの名は?」
「元二番隊少将、タウケティ・アンタレスと名乗っております」
「タウケティ……」
 同じく名前を呟いた後、喉から笑いが漏れる。
「分かった、通せ。他の者は外に出ろ。二人だけで話がしたい」
 これは、良い退屈しのぎになりそうだ。


 フラームは、謁見の間にいる全ての部下を追い出してから、タウケティを招き入れた。
 目の前にいるサラマンダーからは、彼の面影は見当たらないが、纏う雰囲気は変わらなかった。
 そのサラマンダーは、畏まって詫びを入れた。
「このような姿で謁見を申し入れた事、深くお詫び申し上げ致します」
「堅苦しい前置きなどいらん。要件を言え。そのような醜態を曝してまで、俺に何の用だ?」
 フイックスター語で言うサラマンダーにフラームも続く。
「はっ。私は見ての通り、バスター承認試験で命を落としました。今回はその件で、陛下のお耳に入れていただきたい事があります」
「ふむ。その様子だと、覚悟の試練で落ちたようだな。相手は誰だ?よもや、レグルスではあるまい」
 フラームは、バスターの試験内容を把握している。
 彼の口振りからすると、試験相手に殺されたのは明白。
 しかし、その相手がレグルスならば、わざわざこうして報告などしてくる必要はない。
「レグルスは、無事試験を通過し、バスターとなりました。私の相手は、子供です」
「子供?」
 思わず眉をひそめる。
 タウケティは、戦士として申し分ない程の実力を持った英傑だが、女子供には甘い傾向がある。
 だが、たったそれだけの理由で、殺されたりするだろうか?
「まさか、わざと負けたと言うのか?」
「……本気だった、とは言い切れませんが、勿論死ぬつもりなどありませんでした。ですが……」

 歯切れの悪い答え。
 その理由を、戸惑うように呟く。
「あの子は、風の王国グルミウムの出身でした」
「ほぉ」
 その内容には興味が沸いた。
「まだ若き生き残りがいたのか。それは、さぞ我等を怨んでいような。さしずめ、その容姿と情に負けたというところか。はっ、相変わらず甘いやつだ」
 生前と同じようになじってみると、彼からの返事は無い。
 つまりは図星だ。
 本当に愚かなヤツだ。死んでしまっては、元も子も無いというのに。
「もう下がれ。サラマンダーとはいえ、おまえのような軟弱者を祠入りさせるわけにはいかん。この地への定着も許さぬ。早々に大陸を渡り、何処かで灰に還るがいい」
 完全に見放し、冷たくあしらうと、タウケティはそれを受け止め、静かに答えた。
「私への処遇は、当然の事と思います。ですが陛下、最後に一つだけ、どうかお心にお留め下さい」
「……」
 無言を肯定と見なしたタウケティが続ける。
「私の勘違いであれば良いのですが、あの子供からは、蒼龍と直面した時に感じた物と似た何かを感じました。そして、我等を憎む想いは陛下の仰る通り、計り知れない物に御座いました。ですからどうか、お気をつけ下さい」
「……去れ」
 もはやタウケティを見ることなく言い渡す。
 目の前の聖霊は深々と頭を下げ、静かに謁見の間から去った。
「……ふ。くくく」
 一人残ったフラームは、片手で顔を覆い、愉悦の声を漏らす。
 タウケティ。お前は本当に、俺を楽しませるのが上手い。
「蒼龍に似た力か。あの時の娘だったりしてな」
 だとしたら、これほどに面白い事は無い。此処へ来た時は、丁重にもてなさねばなるまいな。……しかし、それまでただ待つのもつまらんな。
「おい」
 タイミング良く戻ってきた兵士に機嫌よく声をかける。
「たしか、タウケティには息子がいたな?今から言う事を、そいつに伝えてこい。出来るだけ詳しくな」
「はい。何を伝えればよろしいのでしょうか?」
 そして、皇帝から言伝を授かった兵士は主が何を考えているか全く読めず、困惑しながらも任務をこなす為退室した。


     †


「すまないが、アンタレスを読んでもらえるか?」
 王室に隣室している兵士養成所。
 そこで剣を振っていると、自分の名を呼ぶ声がした。
 養成所の総教官と、王室の兵士が何やら話しあっていて、その後、総教官に手招きされた。
 袖で汗を軽く拭い、自前の木刀を小脇に抱えたまま、小走りで向かう。
「君が、アンタレスかい?」
「はい!グラフィアス・アンタレスと言います」
 兵士に尋ねられ、グラフィアスは背筋を正して答える。
「そうか。実は君に、大切な話があるんだ。ちょっとついて来てくれるかい?」
 そう言って養成所を出ようとする兵士に従い、グラフィアスは総教官に頭を下げてから後を追った。
 兵士についてしばらく行くと、グラフィアスが今まで入った事のない、昼間から酒の匂いが漂う賑やかな店に連れていかれた。
「君は今いくつになる?」
 両手に樽瓶を持ってきた兵士は、片方をグラフィアスに渡しながらそう質問する。
 中身はジュースのようだ。
「十一です」
「そうか。なら、今から私が言うことを、十分理解出来るな?」
「……はい」
 兵士の固い表情に、グラフィアスも緊張する。
 そして彼は唐突に、衝撃的な言葉を発した。
「実は、君の父、タウケティ様が殺された」
「え?」
「バスター承認試験で殺されたんだ。相手はグルミウムの生き残りで、君と同じくらいの年のようだ。本来、試験に赴いた者のその後を報せる義務はないのだが、陛下は特別君に伝えるようにと仰った。これを、どう受け止める?」
 この人が、何を言っているのか、さっぱり分からない。
 父さんが死んだ?あんなに強い人が?
「ウソ、ですよね?」
「いや。実際に私は、聖霊となったタウケティ様にお会いしている。死んだのは、残念だが紛れもない事実だ」
「ウソだ!」
 どうしても信じられず、声を荒らげる。
「父さんみたいに強い人が死ぬわけない!それに、俺と同じ年って、まだ子供じゃないか。しかも、グルミウムだって?」
 かつては同盟国の一つだったが、今では亡国。
 グラフィアスの父や、その仲間達が中心となって攻め滅ぼした国。
「そんな敗者の国の子供なんかに父さんが、ポエニーキスが負けるなんてありえない!」
 有り得ない。グルミウムを滅ぼした英雄が、その亡国の子供に殺されるなんて。
 それでも、
「気持ちは分からなくもないが、全て事実だ」
 目の前にいる兵士は、その全てを否定する。
「……どんなやつなんですか。父さんを殺したのは」
 怒りを必死に抑え、尋ねる。
「私も詳しくは知らない。今年バスターとなった、君と同じ年くらいの女の子だ」
「おんな?」
 子供で女……。まさか父さん、わざと?
 父が女子供に甘いのは、グラフィアスも知っている。
「そいつは、バスターなんですよね?なら居場所は、エルタニンですね?」
「行く気か?一人で」
 席を立ち、木刀をへし折らんばかりに握り締めた時、そう声をかけられた。
「そんなオモチャで生きていけるほど、世界は甘くないぞ。それに君は『操獣の技』を身に着けているのか?」
 操獣の技。攻撃用の赤い炎とは違い、獣を従わせる青い炎。
「基本は習いました。武器も自分で作れます。俺は確かめたいんです。父さんが、どうやって死んだかを。その女の、実力を」
 そう言い残し、グラフィアスは兵士に一礼して店を出た。
 残された兵士は、難しい顔をしたまま、大きくため息をつく。
 いったい、陛下は何を考えておられるのだ。あのような子供をけしかけて。才能あるアンタレスの血を、根絶やしになさるおつもりか。
 彼はこのまま、エルタニンに向かうのだろう。
 皇帝の命令である以上、兵士に出来ることは、何も無い。
 せいぜい、彼の無事を祈る事のみ。
「……」
 兵士が皇帝に報告すべく、その重い腰を持ち上げたのは、すでに松明が煌々と灯った後だった。
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