流星痕

サヤ

文字の大きさ
上 下
7 / 114
承の星々

優しさと厳しさの二面性

しおりを挟む
「ねえ、アルマク。本当にもう稽古は終わりなの?」
 風の王国グルミウムの聖なる祠の奥深く、泉の縁に座るアウラは聖霊アルマクに話し掛ける。
 ここに身を隠し、彼女から様々な稽古をつけてもらってから早二年が経つ。
 まもなく十歳になるアウラはつい先日、シルフ達の長であるアルマクから、次の稽古が最後であることを告げられた。
「ええ。前の稽古で、可能な限りの事は教え終えました。最初に話した通り、風の掴み方は人それぞれ。これ以上、私から学べる物は何も無い。あとは、自分の肌で感じとりなさい。
 ですから最後の稽古は、今までの総仕上げみたいなものです」
 泉の上を舞うようにしていたアルマクは、そう言いながらアウラの肩に止まる。
「でも、エルはアルマクから四年も稽古を付けてもらったんでしょ?私はその半分なんて」
「確かに、年数だけで言えばエラルドは四年。アウラはその半分。でも中身はほぼ同じ物。ただあの子の方が、一日に行う稽古量が少なかっただけですから、気にする必要はないの」
 不服そうに言うアウラを宥めるように、頬に手を触れ、そう答える。
「それより貴女には、やりたい事があるはず。あの日、強くなければ護れないと言った言葉は、決して彼に向けただけでは無いのでしょう?」
 言ってアルマクは、そばで別のシルフから勉学に励んでいるルクバットを見る。
 この聖霊は、まるで心が読めるかのように、アウラに語りかけてくる。
「私は、外に出る日が来たら、バスターになりたいんだ」
 バスター。
 土の天地エルタニンに協会本部を構え、邪竜討伐を第一目的として設立された、唯一の世界共通組織。
 力試しとしてやってくる火の帝国ポエニーキス出身の者が多数を締めているが、基本的には身内に邪竜を生んだ者がなる、汚れた職業として定着している。
「なるほど。それで邪に堕ちた国民、ひいては父君を救いたい。そういう考えですか」
「それだけじゃない。私は、この国も助けたいと思ってる」
「国を?」
 どうやって?と首を傾げるアルマクに、アウラは何度も繰り返し読み漁った一冊の本を見せた。
「この本に書いてあったんだ。バスターは、己の力を試す為に、各国の聖なる祠で試練を受ける巡礼があるって。風、水、雷、火の国々を巡った最後、土の試練を乗り越えた時、エルタニン天帝に願いを叶えて貰えるって」
「なるほど。アウラの願いというのはつまり……」
 察したアルマクの言葉に力強く頷き、アウラはその願いを口にする。
風の王国グルミウムを、復活させる」
「そうですか……」
 アルマクはしばらく考え込んだ後、ふわりとアウラの顔の前へと躍り出る。
「バスターの試験では、強さと覚悟が試されます」
「うん。内容は分からないけど、最悪の想定はしてるつもり」
「貴女の夢はとてつもなく大きい。もし、叶わなかった時は、どうしますか?」
「私は一人じゃない。もし私に出来なかったら、誰かに繋げるよ」
「ここから外に出れば、貴女を護る者はいなくなる」
「それは違うよアルマク。私にはエルの剣が、アルマクの教えてくれた技が、いつだって護ってくれる。それに、ルクバットもいるし」
 アルマクの挑発地味た質問に、全て落ち着いて答えると、アルマクも満足そうに微笑んだ。
「成長しましたね。身体だけでなく、心も。貴女があのまま王女として育っていれば、きっと素敵な王国が見れたでしょうに」
「過ぎた事だよ。それに、私の夢を叶えればいいだけの事だし」
「そうですね。……けれどアウラ。貴女は建国の条件を知ったうえで、それを望むの?」
 若干厳しい顔つきになったアルマクに、アウラは静かに頷く。
「正直、それを考えるとすごく不安だけど、私が進む道は、もうこれしかないと思うんだ」
「分かりました。なら、私がとやかく言う理由はどこにも無い。何処へなりとも、風の吹くままに進みなさい。貴女は、エラルドと私の愛弟子ですもの。きっと上手くいくわ」
「ありがとうございます。お師匠様」
 アウラが恭しく礼を述べると、アルマクはにこりと微笑み、アウラの耳元で囁いた。
「それでは前祝いとして、良いお話をしてあげましょう。ルクバットが受けた、試練についてです。時が来たら、彼にも話してあげてください」


     †


 数日ぶりに、アウラとルクバットは揃って祠の外へ出た。
 二年前、ルクバットが外に出るのを阻んだ結界はいつの間にか消えており、外に出ても森の方にしか行かないアウラが、今日は初めて違う場所に連れて行ってくれた。
 王都ゼフィールの、広場跡地。
 あの日、この場所で何が起きたのか、アウラを始めシルフ達も詳しくは教えてくれないが「多くの命が散った墓場」だと言っていた。
 広場に着いてからのアウラは、とても辛そうな顔をしていて、見ているとルクバットも悲しくなってくる。
 ここは、とても悲しい所なんだ。
「ルクバット」
 少し離れた所からアウラに呼ばれ、小走りで近寄っていく。
 アウラは、一本の大樹の前に立っていて、それを見上げ言う。
「この国の御神木だ。風の王国グルミウムが出来た時に植えたんだって。あの時に枯れなくて本当に良かった。きっと、エルが護ってくれたんだね」
「どうして分かるの?」
 そう尋ねると、アウラは後方、ルクバットがさっきまでいた辺りを指差した。
「ちょうどあの辺りで、エルを見つけたんだ。今思えば、御神木を護ろうとしてたのかなって」
「木がそんなに大切なの?」
 素朴な疑問を投げかけると、アウラはおかしそうに笑う。
「だよね。私も初めて見た時、同じ事を思ったよ。けど、今は違う。この御神木は、皆の誇りなんだ」
「ホコリ?」
 脳内に、空中に漂うふわふわとしたのが浮かぶが、アウラが言っているのは別物だ。
「さっきも言ったけど、これはこの国が出来る時に植えられた物。この御神木あってこその風の王国グルミウムなんだよ」
「んー、よく分かんない」
 アウラは時々、難しい事を言う。
 大抵は「大きくなれば分かるよ」と片付けられてしまうが、今回は違った。
「この国は、まだ死んでないって事」
「でも、何もないよ?」
 そう、ここには何もない。
 あるのは御神木と、瓦礫の山。
「ルクバットは、この国の何を覚えてる?」
「んー……」
 急に言われても、ルクバットが記憶しているのはごく最近の事ばかり。
 二年前となると、かなりぼんやりしている。
 母親や、父親の顔すらも。
「……あ。におい」
 両親の事を考えていたら、鼻の奥を何かがついた。
「におい、か。確かにここは、色んな草花が咲いてたな」
 アウラはその場にしゃがみこんで話を続ける。
「国も花と一緒だよ。美しく咲き誇る時もあれば、しおれてみすぼらしい時もある。けど草花は枯れる前に種を蒔いて、また咲き誇る。
 この国も今は種を蒔いてる途中。時期が来れば、また花が咲く」
 目の前の瓦礫を退かすと、下から若葉が覗く。
「ここには沢山の思い出が詰まってるんだ。生きようという、強い意志が伝わってこない?」
「うん。なんか、あったかい」
 何も無い場所だが、目を閉じれば、仄かな香りが風に乗ってくるような気がして、心がぽかぽかしてくる。
「私はね。その意志を、想いを継ぎたいんだ」
「どうするの?」
 アウラは、御神木の木漏れ日を受けながら答えた。
「この国を、元の緑豊かな国に戻す。そのために、バスターになる」
「バスター?悪い竜をやっつけるんだよね?」
 つい先日、聖霊から学んだ言葉を聞いて、思わず目が輝く。
「まあ、そうだけど……その言い方は止めた方がいいよ」
 アウラの苦笑は、ルクバットの反応を見たシルフ達と同じものだ。
「だってバスターは、悪い竜をやっつけるすごい人なんでしょ?」
「そうだけど、その悪い竜ってとこがね。彼等も、なりたくてなったわけじゃないんだ。その辺はもう少し勉強が必要だね」
 言ってアウラは、ルクバットの頭をぽんと撫でた。
「とにかく私は、バスターになって、この国を救う。ルクバットも、ついて来てくれる?」
「うん、行く!」
 即答する。
 アウラの言う意味は半分も分からなかったが、もう独りにはなりたくない。
 記憶こそ朧気だが、もうあんな寂しい思いはしたくない。
「よし、それじゃ、御神木に誓おう」
 腰に手を当て、御神木を見上げてアウラは言う。
「この国を旅立つ時、御神木に誓いを立てる習わしがあるんだって」
「へぇ」
「それじゃ」
 アウラは静かに目を閉じ、ルクバットもそれに続く。
 誓い……。よく分からないけど、いろんな事が知りたいな。ぼくの国がキレイになったところも見てみたい。
「終わった?」
 目を開けると、アウラはとっくに終わっていたようでこちらを見ている。
「うん!」
 元気に答えると、アウラは嬉しそうに微笑む。
「あとね、出発前に、一つだけ約束してほしい事があるんだ」
「なに?」
「ここを出たら、私をアウラって呼ぶのを止めて欲しいんだ」
「え?でも、アウラはアウラでしょ?」
 前までお姉ちゃんと呼んでいたが、それを拒否されて名前にしたのに、またお姉ちゃんと呼んで欲しいのだろうか?
「私はね、昔は一人で家を出る事が出来なかったんだ。けど、ある誕生日の少し前、祝いとしてエルが……お前の母さまが、外に出る為の名前をくれたんだ。だから、その名前で呼んでほしい」
「へぇ。なんて名前?」
 尋ねると、アウラはとても懐かしむような遠い目をして、静かに答えた。
「ボレアリス。エルは、アリスって呼んでたから、ルクバットもそう呼んで」
「ぼれ……うん。分かったよ、アリス」
 言われた名で呼ぶと、アウラはとても嬉しそうだ。
「ありがとう。そろそろ祠に戻ろう。アルマクの最後の稽古を終わらせなきゃ」
「うん!」
 アウラに手を引かれ、ルクバットはアルマクが待つ祠に戻った。


「お帰りなさい。立志式は終わりましたか?」
「そんなに立派な物はやってないけどね」
 アルマクの冗談めいた出迎えに、アウラは笑って答える。
「ふふふ。では、貴女達の意志が薄れる前に、最後の稽古を付けるとしましょうか」
 アルマクは含みのある笑みをたたえたまま、アウラの近くまでやってくる。
「今回の稽古は、何もしなくていいですよ。貴女はただ、そこに立っていればいい。……いいえ。最後までようにするのが、最後の稽古です」
「それ、どういう意味……」


「吹きすさんだ風の子よ」
「っ!」
 この声!
 突然聞こえた、忘れもしない男の声。
 なんでここに、こいつが……!
 思い出しただけで腸が煮えたぎり、身体中が熱くたぎる。
 殺す!コイツだけは、必ず……!
 殺意が膨れ上がると同時に、胸が苦しくなる。
 息が、出来ない。
「……っ、げほっ、ごほっごほ!」
「アウラ!大丈夫?」
 気付けばアウラは、喉元を抑え地面に倒れ込んでいた。
 隣でルクバットが心配そうにしているが、何が起きたのか全く分からない。
 上を見上げると、無表情のアルマクがこちらを見下ろしている。
「これは過去に流れた話。貴女はたったこれだけで、邪に身を堕としそうなほど、まだ過去に縛られている。この稽古は、貴女の怒りを殺し、力を抑える術を学ぶ物。
 今までとは勝手が違い、おそらく最大の難関となるでしょう」
「私の息を止めたのは……」
「正気を取り戻すには、一番手っ取り早いでしょう?窒息する前に、終わらせてくださいね、優しさと厳しさの二面性ボレアリス?」
「名前……知ってたんだ」
「勿論。私にとってもそれは、大切な名前ですから。さ、立ちなさい。どんどん続けますよ」
 悪魔みたいな微笑みをたたえる聖霊を前に、アウラはニヤリと笑い、立ち上がる。
 ほんと、エルと違って手荒な師匠だな。すぐに終わらせて、さっさと出て行かないと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...