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宣戦布告 序
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魔界へと続く扉を管理する国、ネティックスを目指し、旅を初めてからおよそ数ヶ月の時が流れた。
現在カオス達がいるのはネティックスに最も近い、サラサゴの寒村。
本当はこのままネティックスに向かう筈だったが、そこへ行く為には大きな山を越える必要があり、日も傾き始めていた為、この村で休息を取る事にした。
サラサゴの村は、数軒の家の周りにそれそれの畑があるだけの、本当に小さな村だった。
もちろん、そんな所に宿など無かったが、親切な村人達のおかけで野宿は避けられ、ゆっくりと休む事ができた。
「……ん」
窓から降り注ぐ朝日が顔にかかり、カオスはうっすらと目を開けた。
朝か……。
久し振りに寝台で寝たというのに、身体はずいぶんと重たい。
もう少しだというのに……!
自分の体調の変化に悪態をついていると、部屋の外から二人の明るい声が聞こえてくる。
「おはよー、朝早いんだね」
「うん!だって今日は、レミ姉ちゃんざ遊んでくれるって言ったから、早起きしちゃった」
……レミナと、昨日のガキか?
それはこの村で一番幼く、カオス達かま宿とした家の子供、チエだ。
遊ぶって、何を呑気な事を。
呆れにも似たため息を零すと、今度はレミナの声がする。
「そうだね。でもその前に、この頭をどうにかしないとね。お姉ちゃんがやってあげる」
「ほんと?わーい、やったぁ」
あいつは何を勝手に承諾しているんだ?冗談じゃない。
カオスは立ち上がり、やや乱暴に部屋の扉を開ける。
「朝からうるさいぞ」
「あ、耳長のお兄ちゃん、おはよー!」
チエはカオスの事を耳長と呼ぶ。ハザードは三つ編みで、まともに名前を呼ばれているのはレミナくらいだ。
「黙れ。変な名前付けやがって……。なあ、ハザードを見てないか?」
「多分、食料を買いに行ってると思うけど……カオス、具合でも悪いの?」
「は?」
唐突な問いに、間の抜けた返事をする。
「なんか顔色悪いし、汗までかいてる」
「気にするな。ちょっと暑苦しくて寝覚めが悪いだけだ」
言って伸ばされたレミナの手から逃れるが、季節は冬になろうとしている。
暑いわけがなく、レミナの表情は曇ったままだ。
面倒だな。
「そんな事より、さっさと準備を済ませろ。ハザードが戻ったらすぐに出発だ」
「え?ちょっと待ってよ。今日はチエちゃんと遊ぶ約束を……」
「あのな。俺達がここへ寄ったのはついでだ。遊ぶ為じゃない。それに、またいつ追手が来るか分からない状況なのは、お前も承知の上だろ?」
「それは……」
そのあたりの自覚はあるようで、
悔しそうに押し黙る。
状況がチエにも何となく理解出来たようで、寂しそうな顔でレミナの裾をきゅ、と掴む。
「……お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「チエちゃん……」
レミナはチエと目線を合わせる為しゃがみ、笑顔でありながら少し悲しそうに言う。
「うん。ごめんね、約束守れなくて」
「ううん、いいよ。また今度遊んでね」
「そうだね。また今度、必ず遊ぼ」
「うん!耳長のお兄ちゃんもね」
レミナと指切りを交わしたチエは、その手をカオスにも向ける。
「そんな約束、俺は初めからしていないぞ」
「え~!」
ぶー、と不機嫌に頬を膨らますチエを無視すると、またレミナと視線がぶつかった。
いつの間にか、彼女に腕を掴まれている。
「……ねえ、やっぱり具合悪そうだよ?熱でもあるんじゃ……」
「しつこいぞ!」
ばしっ!
「お姉ちゃん、大丈夫?」
レミナの手を払いのけようと腕を振り上げたら、想像以上に力が入ってしまい、鈍い音が走る。
レミナは殴られた腕を押さえているが、その表情は痛みよりも驚きに満ちていた。
「カオス……?」
「ああ、カオス様。お目覚めですか?」
場の雰囲気かま悪くなり始めた頃、タイミングよくハザードが戻ってきた。
「……もう、行くぞ」
カオスはその場から逃げるように立ち去った。
カオスは、村を出てすぐのところにある大木に寄りかかり、長いため息を零す。 先ほどの、レミナの驚いた顔。
その表情は、ある人物を連想させる。
驚きながらも大丈夫と言って笑う女性。
母上……。
「カオス様」
不意に、声を掛けられる。
ハザードだ。
「事情はレミナ様から伺いました。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。と言いたいところだが、だいぶ限界みたいだ。……あいつには悪い事をした」
「レミナ様でしたら、カオス様の身を案じておられていましたよ」
「そうか……。人間の女っていうのは、どうしてこうも他人の事ばかり気にかけられるのか。理解し難いな」
「そうですね。通常の我々には考えられない事です」
「……ふん。お前も言うようになったな」
通常、という部分が皮肉めいて聞こえ、笑える。
そこに、レミナとチエがやって来た。
レミナに直してもらったのか、先ほどまでぼさぼさだったチエの髪型がきれいに整っている。
「もういいか?」
「……うん」
「なら、行くか……っ」
「え?ちょ、カオス?」
歩き出そうとしたら上手く力が入らずよろけてしまう。
「大丈夫?一体どうしたの?」
レミナとハザードに両脇を抱えられてようやく立てたが、自力で歩けそうには無い。
くそ、もう少しで魔界に着けるんだ。頼む。あと少しだけ、耐えてくれ。
焦りの色を浮かべていると、ハザードがそっと耳打ちをしてきた。
「カオス様。今日はここで休みましょう」
「なっ!お前正気か?今でこんな状態なのにそんな事したら……」
「ですがこのまま放置するのも危険です。書けよにはなりますが、何とかやってみましょう」
「……まだ出来るのか」
「一応は。ですが、これ以上カオス様の身体の負担をかける事は出来ません。ですから今回は先送りでは無く、自我を維持するに留めます。今までのつけがあるので、上手くいくかはカオス様の精神力次第です」
俺の……。
しかし、今のカオスに迷う必要などない。
「それでいい。頼む」
現在カオス達がいるのはネティックスに最も近い、サラサゴの寒村。
本当はこのままネティックスに向かう筈だったが、そこへ行く為には大きな山を越える必要があり、日も傾き始めていた為、この村で休息を取る事にした。
サラサゴの村は、数軒の家の周りにそれそれの畑があるだけの、本当に小さな村だった。
もちろん、そんな所に宿など無かったが、親切な村人達のおかけで野宿は避けられ、ゆっくりと休む事ができた。
「……ん」
窓から降り注ぐ朝日が顔にかかり、カオスはうっすらと目を開けた。
朝か……。
久し振りに寝台で寝たというのに、身体はずいぶんと重たい。
もう少しだというのに……!
自分の体調の変化に悪態をついていると、部屋の外から二人の明るい声が聞こえてくる。
「おはよー、朝早いんだね」
「うん!だって今日は、レミ姉ちゃんざ遊んでくれるって言ったから、早起きしちゃった」
……レミナと、昨日のガキか?
それはこの村で一番幼く、カオス達かま宿とした家の子供、チエだ。
遊ぶって、何を呑気な事を。
呆れにも似たため息を零すと、今度はレミナの声がする。
「そうだね。でもその前に、この頭をどうにかしないとね。お姉ちゃんがやってあげる」
「ほんと?わーい、やったぁ」
あいつは何を勝手に承諾しているんだ?冗談じゃない。
カオスは立ち上がり、やや乱暴に部屋の扉を開ける。
「朝からうるさいぞ」
「あ、耳長のお兄ちゃん、おはよー!」
チエはカオスの事を耳長と呼ぶ。ハザードは三つ編みで、まともに名前を呼ばれているのはレミナくらいだ。
「黙れ。変な名前付けやがって……。なあ、ハザードを見てないか?」
「多分、食料を買いに行ってると思うけど……カオス、具合でも悪いの?」
「は?」
唐突な問いに、間の抜けた返事をする。
「なんか顔色悪いし、汗までかいてる」
「気にするな。ちょっと暑苦しくて寝覚めが悪いだけだ」
言って伸ばされたレミナの手から逃れるが、季節は冬になろうとしている。
暑いわけがなく、レミナの表情は曇ったままだ。
面倒だな。
「そんな事より、さっさと準備を済ませろ。ハザードが戻ったらすぐに出発だ」
「え?ちょっと待ってよ。今日はチエちゃんと遊ぶ約束を……」
「あのな。俺達がここへ寄ったのはついでだ。遊ぶ為じゃない。それに、またいつ追手が来るか分からない状況なのは、お前も承知の上だろ?」
「それは……」
そのあたりの自覚はあるようで、
悔しそうに押し黙る。
状況がチエにも何となく理解出来たようで、寂しそうな顔でレミナの裾をきゅ、と掴む。
「……お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「チエちゃん……」
レミナはチエと目線を合わせる為しゃがみ、笑顔でありながら少し悲しそうに言う。
「うん。ごめんね、約束守れなくて」
「ううん、いいよ。また今度遊んでね」
「そうだね。また今度、必ず遊ぼ」
「うん!耳長のお兄ちゃんもね」
レミナと指切りを交わしたチエは、その手をカオスにも向ける。
「そんな約束、俺は初めからしていないぞ」
「え~!」
ぶー、と不機嫌に頬を膨らますチエを無視すると、またレミナと視線がぶつかった。
いつの間にか、彼女に腕を掴まれている。
「……ねえ、やっぱり具合悪そうだよ?熱でもあるんじゃ……」
「しつこいぞ!」
ばしっ!
「お姉ちゃん、大丈夫?」
レミナの手を払いのけようと腕を振り上げたら、想像以上に力が入ってしまい、鈍い音が走る。
レミナは殴られた腕を押さえているが、その表情は痛みよりも驚きに満ちていた。
「カオス……?」
「ああ、カオス様。お目覚めですか?」
場の雰囲気かま悪くなり始めた頃、タイミングよくハザードが戻ってきた。
「……もう、行くぞ」
カオスはその場から逃げるように立ち去った。
カオスは、村を出てすぐのところにある大木に寄りかかり、長いため息を零す。 先ほどの、レミナの驚いた顔。
その表情は、ある人物を連想させる。
驚きながらも大丈夫と言って笑う女性。
母上……。
「カオス様」
不意に、声を掛けられる。
ハザードだ。
「事情はレミナ様から伺いました。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。と言いたいところだが、だいぶ限界みたいだ。……あいつには悪い事をした」
「レミナ様でしたら、カオス様の身を案じておられていましたよ」
「そうか……。人間の女っていうのは、どうしてこうも他人の事ばかり気にかけられるのか。理解し難いな」
「そうですね。通常の我々には考えられない事です」
「……ふん。お前も言うようになったな」
通常、という部分が皮肉めいて聞こえ、笑える。
そこに、レミナとチエがやって来た。
レミナに直してもらったのか、先ほどまでぼさぼさだったチエの髪型がきれいに整っている。
「もういいか?」
「……うん」
「なら、行くか……っ」
「え?ちょ、カオス?」
歩き出そうとしたら上手く力が入らずよろけてしまう。
「大丈夫?一体どうしたの?」
レミナとハザードに両脇を抱えられてようやく立てたが、自力で歩けそうには無い。
くそ、もう少しで魔界に着けるんだ。頼む。あと少しだけ、耐えてくれ。
焦りの色を浮かべていると、ハザードがそっと耳打ちをしてきた。
「カオス様。今日はここで休みましょう」
「なっ!お前正気か?今でこんな状態なのにそんな事したら……」
「ですがこのまま放置するのも危険です。書けよにはなりますが、何とかやってみましょう」
「……まだ出来るのか」
「一応は。ですが、これ以上カオス様の身体の負担をかける事は出来ません。ですから今回は先送りでは無く、自我を維持するに留めます。今までのつけがあるので、上手くいくかはカオス様の精神力次第です」
俺の……。
しかし、今のカオスに迷う必要などない。
「それでいい。頼む」
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