カオスオブゲート

サヤ

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貪欲の街 急

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「……ねえ」
「断る」
「……まだ何も言ってないよ」
「どうせ、あの二人を助けて、だろ?」
「……」
 三人が別室に入って十数分後の、レミナとカオスの初めての会話。
「どうしてダメなの?」
 諦めるものかと言わんばかりに食いつくレミナの態度にイラつく。
「どうして?」
 レミナの言葉をそのまま受け取り、強い口調で言い返す。
「どうして俺がそこまてしなきゃいけないんだ?何の恩も義理も無い赤の他人に、そこまでする価値がどこにある?」
「人を助けるのに理由が必要なの?」
「そもそも俺は……」
「人間じゃないって言うんでしょ」
 次の言葉を取られ、台詞に詰まる。
「人間だよ、カオスは。例え半分でも、私達と同じ、人の血が流れているじゃない。それなのに……。私の気持ち、分かってくれると思ったんだけどな」
「分かりたくもないね」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くと、レミナの怒りの籠もった低い声が聞こえた。
「……だったらもういい」
 ガタ、と何かが動く音に続いてきぃ、と扉が開く音がする。
「私一人で、あの人達も助けるんだから!」
 バターン、と乱暴に扉が閉められて、ようやく静けさが戻る。
「……虫唾が走る」
 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
 俺が人間だと?ふざけやがって。俺は魔族だ。あんな脆弱なやつらと違って、俺は一人で生きていける。
「本当にお人好しなんですね、レミナ様は。この先が思いやられます」
「……何が言いたい?」
 静かに事の成り行きを見守っていたハザードに急に声を掛けられた事で、怒りを押し殺したような声で問う。
「いえ、今後もあのような発言をされるようであれば、いずれ命を落とし兼ねないと思いましてね」
「……殺すなよ?」
 にこやかに、それでも目が笑っていないハザードにそう忠告する。
「心得ております。それより、よろしいのですか?彼女、昨日の資金全てを持っていきましたよ。あの大金ですから今朝のような事が起こらないとも言えませんし、レミナ様の性格上賭事に長けているとも思えません。下手をすれば我々も……」
「回りくどい事を言うな」
 ハザードの大げさな言い回しを、片手を上げて制する。
 そもそも金など無くても、ここから出る方法などいくらでもあるというのに、こいつには負ける。
「行けばいいんだろ?行けば」
 はあ、と大きなため息を残し、カオスも部屋から出て行き、ハザードだけが取り残される。
「……カオス様。あなたは立派な魔族ですよ」
 小さな呟きが、部屋にこだまする。
「ただ貴方は、ご両親に似て少しお優しいだけです」


   †


 相変わらず夜の暗さに反して、カジノの中は目が眩む程に眩しい。
 昨晩の荒稼ぎが余程印象的だったのか、入店直後からやたら視線を浴びる。
「ちっ、あのバカ女。一体何処へ行った?」
 今度からは首輪でも付けておこう、そんな事を考えながら軽く辺りを見渡すと、レミナを発見した。
 一番手前にあるテーブルで、恰幅の良い男とポーカーをしていた。
 出来るのか?
 半信半疑で近くまで行って、愕然とした。
 レミナ傍らにある大金が入っていた筈のケースの中身は、もうほぼ底を尽きかけていた。
「うそだろ……」
 まさか誰かに盗まれたのかと疑いたくなったが、相手の前に積み上がっているチップの山を見る限り、ポーカーで負けたようだ。
「マジかよ……」
 思わず、片手で顔を覆い、その姿勢のまま指の隙間からレミナの手札を見る。
 一見バラバラに見えるが、チャンスだな。ギャラリーにも仕込みはいないようだし、これなら……。
 そう思案していると、愚かにもレミナは手札全てを捨てようとして、
「馬鹿かお前は」
 思わず口を挟んでしまった。
 レミナの手が空中で止まり、驚いた顔でこちらを振り向く。
「カオス……」
 「大見得切って出て行ったわりには最低だな。俺達まで巻き込む気か」
「ど、どうしてここに?」
「お前がやろうとしている事に興味は無いが、まだ金がいるんだ。大事な軍資金を馬鹿に吸われる前に来てやったんだよ」
 わざとらしく空になりかけているケースを見れば、レミナは罰の悪そうに目を背ける。
 そしてカオスはレミナの対戦相手に向かって話しかけた。
「なあ、この馬鹿の代わりに、俺がやってもいいか?」
「お?兄ちゃん昨日凄かったってやつだろ?嬢ちゃんの連れだったのか。ああいいぜ。退屈してたところだ」
 男の了承を得、レミナと席を交代する。
「お前、賭事なんてやった事ないだろ。これを捨てるとはな……」
 再度カードを確認しながら言うと、
「はったりなら通用しねーぞ」
 と、男がジョッキを煽りながら笑う。
「それは、やれば分かるさ」
 にやりとカオスも笑い、手札を二枚変えた。


   †


 カオスの快進撃はあっという間に終わり、所持金は五百万に迫る大金となっていた。
「昨日は本当にご迷惑をお掛けしました」
 レミナ達は外とを繋ぐ門の前で、ジュディ達と別れを告げていた。
「あの、ジュディさん。よかったらこれ、使って下さい」
 そう言ってレミナは昨日買ったシルクのローブをジュディに手渡す。
「そんな!こんな高価な物、戴けません」
 ジュディはすぐに返そうとするが、レミナはそれに応じない。
「いいんです。それ、私には大きすぎたので」
「レミナさん……。ありがとうございます」
「おい、行くぞ」
 涙ぐましい別れをしている間、カオスは外へ出る手続きをしており、それを終えてレミナに声を掛ける。
「……うん」
 返事をするレミナの声は暗い。
 手持ちの金を二人に手渡したとしてもいくらか足りず、結局は救う事が出来なかったのだから当然だろう。
「兄ちゃん」
 不意に、カインが話し掛けてきた。
「昨日は本当にすまなかった。俺達も諦めずに頑張るよ」
「期待はしないでおこう」
 差し出されたカインの手を取り、レミナに「行くぞ」と声を掛けて歩きだす。
 途端、背後からカインの慌てた声が掛かる。
「お、おい兄ちゃん!金を忘れてるぞ」
 カインの足元には、大金の入ったケースが置かれたままだ。
「ほう?誰かのか。良かったじゃないか。貰っておけよ」
「……は?いや、これは兄ちゃんの」
「それに、俺の名前でも書いてあるのか?」
「……」
「じゃあな。これからは全うに生きろよ」
 カオスはそのまま、振り返る事無く街から出る。
 閉ざされていく門の隙間からは、カインとジュディが深々と頭を下げているのが見えた。
「カオス」
 レミナが小走りでカオスの横に並びはにかむ。
「ありがとう」
「感謝されるような事はしていない。あいつらを救ったわけでもないからな。あとはあいつら次第だ。この街の運命もな……」
「そうですね。儚い運命です」
 にやりと笑うカオスに反応したのはハザードのみ。
「え?どういうこと?」
「お前、あいつらの職業を忘れたのか?」
 小首をかしげるレミナをよそに、カオスはかおも楽しそうに笑う。
「あいつらはジャーナリストだぞ。上手く街から出られたらどうなるか……」
「……あ!」
 ようやく気付いたレミナと共に、三人は一斉に声を出して笑う。
 陽気な街がその後どうなったのか、それはまた未来の話。
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