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目覚めの日 急
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カオスの命令にも近い言葉が部屋に浸透しきった頃、老人オロナはようやく口を開いた。
「魔界、か……。やはり、向かうのだな」
……効いていない?
彼の反応に、カオスは軽く眉根を寄せる。
反抗されるのも面倒だったので、今の言葉には軽い暗示わ賭けておいた。
しかし目の前に立っている老人は、それに掛かった様子も無く一人呟く。
こいつ……。
百年ぶりに目覚めたばかりでいまいち感覚が麻痺しているのもあるが、やはり賢者が血筋は伊達では無いようだ。
面白い。こうでなくてはな。
自然と笑みが零れそうになるが、それは心の中だけにしまっておく。
すると、それまで何かしらを呟いていたオロナが「しかし」と切り出す。
「何故お前は魔界を目指す?」
「俺の故郷だ。他のヤツの好きにさせておくつもりはない」
オロナの眉間に皺が寄る。
「俺は、王座を奪い返す為に戻るんだ」
「王座を、奪う?次の王は、先代の息子であるお前ではないのか?」
ふん、とその呑気な質問を鼻で笑い飛ばす。
「甘いな。無法者どもがひしめく魔界だぞ。力が全てのあの世界で、空の玉座を放っておくわけないだろ」
それにと、おまけにもう一言付け加える。
「どうやら今の王は、この世界も手に入れようと企んでいるらしい。あの扉、完全には封じれてないんだろ?」
「……」
押し黙るオロナを見て確信する。
やはり、扉はまだ開く。
「だったら俺を魔界へ送れ。その後、再度扉を封印すればこの世界の平和も保たれる。危険因子が消えて助かるだろ?」
自らを危険因子と揶揄するカオスに対し、オロナはなおも食い下がる。
「……王座を取り戻した後、お前もこの世界を狙うのか?」
「さあな。もしかしたら、支配どころでは済まないかもな」
不敵な笑みではぐらかすと、一瞬緊張した空気が流れる。
が、
「安心しろ。こんな軟弱な世界を壊したところで何の面白みもない。が、どうするかはお前の返答次第だな」
そうオロナに選択を迫る。
大人しく扉を開けるか、世界を焼け野原にされてから扉を開けるか。
まあ、焼け野原になど、する気は元々無いが。仮にも、母の世界だからな。
この瞬間、自分は一体どんな表情をしていたのだろう。
少なくとも、目覚めてから初めてみせた表情だったに違いない。
不意に、レミナと呼ばれた少女と目が合った。
彼女の方は先ほどからずっとこちらを見ていたが、何やらぼーっとした顔をしている。
ふいと、視線をオロナへと戻すと、彼の鋭い眼光が少しだけ緩んでいた。
「……まあ、完全には信用出来ん言葉じが、幾許か安心したわい」
声も、柔和だ。
しかし、次に出て来た言葉は否定だった。
「じゃが、わしではあの扉の封印は解けん」
「……何?」
何を訳の分からない事を。
「ふざけるな。ラグナの血を引くお前が、扉を開けない筈が無い」
「確かにわしは賢者ラグナの血を引いてはおる。だがな、わしにはもう大した力は残っておらん。お前の旅に同行するにはちと年をとりすぎた」
言いながらオロナは近くのソファに腰を据える。
嘘はついてはいない。
「なら、お前の子を寄越せ。そいつを連れて行く」
「息子が一人おったが、とうに死んだよ」
「何?では扉を開く者は存在しないと言うのか?」
のらりくらりとしたオロナの返答に声を荒らげるが、彼は至って冷静だ。
「落ち着け。可能性のある者があと一人おるじゃろ?」
「一人?」
そう言えばここに一人、蚊帳の外で突っ立っている人物がいる。
「……まさか、こいつか?」
彼女は確かにオロナは祖父と呼び、ラグナを曾祖父と言っていたが……。
「そう、レミナじゃ」
カオスの嫌な考えを後押しするようにオロナは頷く。
「……え?」
未だに状況を理解出来ていないレミナはとぼけた返事をした。
はあ、と今日一番大きな溜め息が漏れる。
「おいじじい、悪ふざけも大概にしろよ?こんなものが賢者の力なわけが無いだろ。大体、お前よりも遥かに弱い。これで扉の封印が解けるとは到底思えない」
「レミナはまだ、賢者としての力が目覚めていないだけじゃ。その時が来れば、必ず役目を果たすじゃろう」
「……必ず目覚めるんだろうな?」
「きっかけさえあれば、な」
きっかけね。……仕方がない。口うるさいじじいを連れて行くよりはマシか。
「良いだろう。なら、この女を借りていく」
「なっ!ちょっと、何勝手に話を決めてるの?私はまだ何も……」
「レミナ!」
今まで黙っていたレミナが食ってかかってきたが、それは祖父オロナによって制された。
「すまん。だがこれは、我々グローバル家の宿命なんじゃ。分かっておくれ」
縋るように、深々と頭を下げるオロナに、レミナは困惑する。
……面倒くさい。
「外にいる。さっさと話を済ませて出て来い」
そう言い切って部屋を出て行こうとすると、
「待って!」
レミナに呼び止められた。
その場に立ち止まり目だけ寄越すと、レミナは決意したように数歩近寄る。
「事情はまだよく分からないけど、一緒に旅をするのなら、一つだけ約束して」
「……」
黙っていると、レミナは言葉を続けた。
「魔界へ行くまでの間、絶対に人を殺さないで」
「……は?」
「だから、人を殺すなって言ってるの!」
「この俺に命令する気か?」
威圧的に言うがレミナは怯まない。
流石に、武器を持った男の前に飛び出してくるだけはある。
「命令じゃない、取引よ。私はあなたの為に扉を開ける。その代わりあなたは、人を殺さない。簡単でしょ?」
お願いカオス。もうこれ以上、人を殺めるのは止めてちょうだい。
瞬間、カオスの脳裏に過去の記憶が掠める。
あの一夜にして多くの人間達を焼き殺した日に言われた、母からの言葉。
あの時は確かに約束したが、それはすぐに破られた。
俺はそれでも、助けられなかった。
そして今再び、同じ約束を求める少女が目の前にいる。
あの時とは違う。重みも、大切さも、何もかも……。
「いいだろう。だが、お前が扉を開けられなかった時は、覚悟してもらうぞ」
「……うん。それじゃ、契約完了だね」
カオスの冷たい言葉に臆する事なく、レミナは笑う。
苦手な笑顔だ。
「さっさと準備しろ」
彼女の笑顔を遮るように、カオスはさっさと家から出た。
外に出てみると、いつの間にか太陽は真上近くまで上がっている。
カオスはそれを見つめたまま一つ呟く。
「そろそろあいつを呼んでやるか」
「魔界、か……。やはり、向かうのだな」
……効いていない?
彼の反応に、カオスは軽く眉根を寄せる。
反抗されるのも面倒だったので、今の言葉には軽い暗示わ賭けておいた。
しかし目の前に立っている老人は、それに掛かった様子も無く一人呟く。
こいつ……。
百年ぶりに目覚めたばかりでいまいち感覚が麻痺しているのもあるが、やはり賢者が血筋は伊達では無いようだ。
面白い。こうでなくてはな。
自然と笑みが零れそうになるが、それは心の中だけにしまっておく。
すると、それまで何かしらを呟いていたオロナが「しかし」と切り出す。
「何故お前は魔界を目指す?」
「俺の故郷だ。他のヤツの好きにさせておくつもりはない」
オロナの眉間に皺が寄る。
「俺は、王座を奪い返す為に戻るんだ」
「王座を、奪う?次の王は、先代の息子であるお前ではないのか?」
ふん、とその呑気な質問を鼻で笑い飛ばす。
「甘いな。無法者どもがひしめく魔界だぞ。力が全てのあの世界で、空の玉座を放っておくわけないだろ」
それにと、おまけにもう一言付け加える。
「どうやら今の王は、この世界も手に入れようと企んでいるらしい。あの扉、完全には封じれてないんだろ?」
「……」
押し黙るオロナを見て確信する。
やはり、扉はまだ開く。
「だったら俺を魔界へ送れ。その後、再度扉を封印すればこの世界の平和も保たれる。危険因子が消えて助かるだろ?」
自らを危険因子と揶揄するカオスに対し、オロナはなおも食い下がる。
「……王座を取り戻した後、お前もこの世界を狙うのか?」
「さあな。もしかしたら、支配どころでは済まないかもな」
不敵な笑みではぐらかすと、一瞬緊張した空気が流れる。
が、
「安心しろ。こんな軟弱な世界を壊したところで何の面白みもない。が、どうするかはお前の返答次第だな」
そうオロナに選択を迫る。
大人しく扉を開けるか、世界を焼け野原にされてから扉を開けるか。
まあ、焼け野原になど、する気は元々無いが。仮にも、母の世界だからな。
この瞬間、自分は一体どんな表情をしていたのだろう。
少なくとも、目覚めてから初めてみせた表情だったに違いない。
不意に、レミナと呼ばれた少女と目が合った。
彼女の方は先ほどからずっとこちらを見ていたが、何やらぼーっとした顔をしている。
ふいと、視線をオロナへと戻すと、彼の鋭い眼光が少しだけ緩んでいた。
「……まあ、完全には信用出来ん言葉じが、幾許か安心したわい」
声も、柔和だ。
しかし、次に出て来た言葉は否定だった。
「じゃが、わしではあの扉の封印は解けん」
「……何?」
何を訳の分からない事を。
「ふざけるな。ラグナの血を引くお前が、扉を開けない筈が無い」
「確かにわしは賢者ラグナの血を引いてはおる。だがな、わしにはもう大した力は残っておらん。お前の旅に同行するにはちと年をとりすぎた」
言いながらオロナは近くのソファに腰を据える。
嘘はついてはいない。
「なら、お前の子を寄越せ。そいつを連れて行く」
「息子が一人おったが、とうに死んだよ」
「何?では扉を開く者は存在しないと言うのか?」
のらりくらりとしたオロナの返答に声を荒らげるが、彼は至って冷静だ。
「落ち着け。可能性のある者があと一人おるじゃろ?」
「一人?」
そう言えばここに一人、蚊帳の外で突っ立っている人物がいる。
「……まさか、こいつか?」
彼女は確かにオロナは祖父と呼び、ラグナを曾祖父と言っていたが……。
「そう、レミナじゃ」
カオスの嫌な考えを後押しするようにオロナは頷く。
「……え?」
未だに状況を理解出来ていないレミナはとぼけた返事をした。
はあ、と今日一番大きな溜め息が漏れる。
「おいじじい、悪ふざけも大概にしろよ?こんなものが賢者の力なわけが無いだろ。大体、お前よりも遥かに弱い。これで扉の封印が解けるとは到底思えない」
「レミナはまだ、賢者としての力が目覚めていないだけじゃ。その時が来れば、必ず役目を果たすじゃろう」
「……必ず目覚めるんだろうな?」
「きっかけさえあれば、な」
きっかけね。……仕方がない。口うるさいじじいを連れて行くよりはマシか。
「良いだろう。なら、この女を借りていく」
「なっ!ちょっと、何勝手に話を決めてるの?私はまだ何も……」
「レミナ!」
今まで黙っていたレミナが食ってかかってきたが、それは祖父オロナによって制された。
「すまん。だがこれは、我々グローバル家の宿命なんじゃ。分かっておくれ」
縋るように、深々と頭を下げるオロナに、レミナは困惑する。
……面倒くさい。
「外にいる。さっさと話を済ませて出て来い」
そう言い切って部屋を出て行こうとすると、
「待って!」
レミナに呼び止められた。
その場に立ち止まり目だけ寄越すと、レミナは決意したように数歩近寄る。
「事情はまだよく分からないけど、一緒に旅をするのなら、一つだけ約束して」
「……」
黙っていると、レミナは言葉を続けた。
「魔界へ行くまでの間、絶対に人を殺さないで」
「……は?」
「だから、人を殺すなって言ってるの!」
「この俺に命令する気か?」
威圧的に言うがレミナは怯まない。
流石に、武器を持った男の前に飛び出してくるだけはある。
「命令じゃない、取引よ。私はあなたの為に扉を開ける。その代わりあなたは、人を殺さない。簡単でしょ?」
お願いカオス。もうこれ以上、人を殺めるのは止めてちょうだい。
瞬間、カオスの脳裏に過去の記憶が掠める。
あの一夜にして多くの人間達を焼き殺した日に言われた、母からの言葉。
あの時は確かに約束したが、それはすぐに破られた。
俺はそれでも、助けられなかった。
そして今再び、同じ約束を求める少女が目の前にいる。
あの時とは違う。重みも、大切さも、何もかも……。
「いいだろう。だが、お前が扉を開けられなかった時は、覚悟してもらうぞ」
「……うん。それじゃ、契約完了だね」
カオスの冷たい言葉に臆する事なく、レミナは笑う。
苦手な笑顔だ。
「さっさと準備しろ」
彼女の笑顔を遮るように、カオスはさっさと家から出た。
外に出てみると、いつの間にか太陽は真上近くまで上がっている。
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