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若作り

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「う~、う~」
 抗議とも、怒りの訴えとも言えない呻きをもらしながら、私の後ろをついて歩くカメリア。
 今日は朝から歩きっぱなしで、昼を過ぎてもまだまともな食料にありつけていないのが原因だ。
「カメリア、もう少しで街があるから、そこでいっぱいご飯を食べよう」
「賢者さま、さっきもそれ言った!カメリア、もう動けない」
 騙し騙し歩かせていたが、ついに限界が来たカメリアは「もうイヤ!」と叫んでその場に座り込んでしまう。
 ここまでか……。
「分かったよ。ほら、おんぶしてあげるから」
 彼女の前にしゃがみ込むが、カメリアは何か言いたげに唸っている。
「本当にもうすぐ着くんだ。それにほら、これもあげよう。だから早く、おぶさりなさい」
 私は薬入れから甘草を一つ取り出して渡す。
 薬草だが、甘味が強い為、まともな食べ物が無い今なら十分なつまみとなる。
 カメリアはそれをじっと見つめ、ぱくりと口に含んでから私の背におぶさった。
「よし……とと」
 立ち上がる瞬間、カメリアの重みでよろけそうになるのをこらえながら体勢を整える。
 久し振りにカメリアをおぶったが、前より確実に成長している。
「カメリア、少し大きくなったんじゃないかい?」
「うん!カメリア、大きくなった。前よりよく見える!」
 少しだけ機嫌が良くなったカメリアはむしゃむしゃと甘草をしゃぶりながら、私の背中越しに遠くを眺めて笑う。
「そう。なら、あの街も見えたかな?」
 基本、私よりカメリアの方が五感が優れているので、視界が開けた今なら遠くにある街が見える筈だ。
「見えた!あそこへ行くの?」
「そうだよ。今日はあそこで、美味しいご馳走をいただこう」
「ご馳走!賢者さま、早く早く~」
 街までの距離が掴めれば自分で歩いてくれるかと思ったがその考えは甘かったようで、カメリアは私の背中で急げ急げと鞭を振る。
「はいはい分かったから、大人しく掴まっててくれるかな」
 ああ、失敗したなと心の中で毒突きながら、私は杖を自分の腰元に回してカメリアの支えとし、街までの道のりを息を切らしながら歩いていく。


 辿り着いた街はコルスタンと言って、領主が治める国境付近にあるそれほど大きくは無い街だ。
 今日ここに来たのは私の用事だ。
 本来ならカメリアの要望通りに動くのだが、今回はこの街に為、急遽予定を変更してやってきた。
 座標交換ポータルの道具として使用しているギット硬貨のうち一枚を、ここの領主が持っていて、ここ最近ずっと熱を持っていた。
 つまり、移転先にあるギット硬貨に熱を与えて、領主が私を呼んでいるのだ。
 ポータルの中には常に呼んでいる物もあるが、コルスタン領主が合図を送ってきたのは初めての事で、場所も比較的近かった為に立ち寄る事とした。
「二十年ぶり、くらいかな……?」
 ここを訪れたのはいつだったかと思い返せば、だいたいそれくらいの月日が流れているだろうが、目の前にある街はそれほど変わり映えしていなさそうだ。
 小高い丘の上に丸太を並べて壁を作り、ちょっとした砦のような作りは国境付近故の特徴だ。
 街に入るにはゆるりとした坂道を登るしか無い為、私はその手前でカメリアを背中から下ろし、うんと伸びをしてから坂を登り始める。
「変わらないなぁ」
 見た目は何も変わっていない。
 それは、私がこの地を離れてから大きな争い事が無かった証でもありほっとする。
「賢者さま、ここ知ってるの?」
 先を歩くカメリアがこちらを振り返りながら首を傾げてくる。
「うん。ここにはしばらく世話になっていた事があってね。今日はその人に会いに来たんだよ」
 基本的に根無し草の私だが、五十年という長い独り旅の中で、極稀に定住地を持っていた時期があった。
 そのうちの一つが、ここコルスタン領だ。
 世話になっていた領主は当時三十代であったから、今も現役で活躍していることだろう。
 坂を登りきった先にある入り口は、人力で開閉する物なのもまるで変わっていない。
 日没と共に閉まり、日の出と共に開くのも、おそらく変わらないのだろう。
「こんにちは。旅の者ですが、立ち寄ってもよろしいですか?」
 私は守衛らしき人物に話しかけて、中に入る許可を得る。
「旅人?……失礼ですが、どちらからいらしたのですか?」
 守衛は、若干怪しむような目つきで聞き返す。
 国境付近という事だけあって、警戒心が拭えないのは仕方のない事だ。
「色々な所を旅していますから……。今日は、ここの領主様に呼ばれて来たのです」
「領主様に?」
「ええ。これを領主様に」
 そう言って私は、今なお熱を帯びている、穴の空いたギット硬貨を守衛に手渡した。
が来たと言えば、分かると思います」
「わか……少しお待ち下さい」
  守衛は頭を傾げながらも硬貨を受け取り、領地の中へと消えていく。
「賢者さま、わかづくりって何?」
「見た目以上に年を取っている事だよ」
「おお~。賢者さま、わかづくり!」
 意味を知ったカメリアが幾度となく口にするが、づくりが言いにくいのか途中から「若、若!」と言い出して意味が変わってしまっている。
 なんか偉い人になってるけど、お腹が空いたと駄々を捏ねられるよりはいいか。
 若作りは、ここの領主であるジェルマンが私に対して時折使っていた言葉。
 当時の彼の年齢と私の見た目年齢はそれほど大差が無かったが、私の実年齢が五十近かった為につけられた不名誉な愛称だ。
 他にも私は彼に魔法等を教えていたので先生とも呼ばれてはいたが、割合で言えば若作りの方が確実に多かった。
 ジェルマンは私の事情を知る数少ない人物ではあるが、滞在している間に撤回して欲しかった気持ちは今でもある。
 あれから二十年。彼も流石に落ち着いているだろうから、もう言われないと思うけど……。
 そんなこんなで守衛が戻って来るのを待っていると、ほどなくして彼が戻ってきた。
「お待たせしました。領主様がすぐに会いたいとの事ですので、このままコルスタン領家までお伺い下さい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
 私は守衛からギット硬貨を返してもらい、それを仕舞いながらカメリアを見る。
「さ、行こうかカメリア」
「うん!ごちそーだね?」
「あはは、そうだね。まずはご馳走をいただかないといけないね」
 お腹の虫と一緒に元気よく返事をするカメリアの手を引き、奥にある屋敷を目指す。
 外から見た時は変わり映えしないと思ったが、中はそれなりに綺麗になっていた。
 入って左手が住居地、右手が商業地と別れており、突き当たりは何処に繋がっているか分からない、いくつもの別れ道。
 コルスタン領家は見えているが、仮に敵に侵入されても、簡単には辿り着けないようになっている。
 私はそのうちの一つを迷う事なく選び、難なく領家の前に辿り着く。
「ジェルマン、昇進でもしたのかな?」
 私が居候していた頃は無かった離れが増えているのを見て、旧友のその後を勝手に想像して微笑む。
「こんにちは。領主様はいらっしゃいますか?」
 翼を模したドアノッカーを叩き、中から出てきたメイドにそう用件を伝えると、守衛から話が通じていたのか「こちらへどうぞ」とすんなりと入れてくれた。
 そのままメイドは執務室まで向かう。
「お嬢様、お客様がお見えになっております」
 ん?お嬢様?
 メイドの言葉に首を傾げる。
 ジェルマンは男だ。彼の妻だろうか。
「ああ、通してくれ」
 中から聞こえてきた声は、とても五十代とは思えない程若い。
 もしや、領主が変わったのか?いやしかし、ポータルの使い方はジェルマンにしか教えていないし……。
 一体中にいるのは誰なのか、首を傾げながらも私はゆっくりとドアノブに手をかけた。
「ああ、先生!本当に来てくれるとは。わたしは今、感動で胸がいっぱいだ。感謝するよ、ありがとう」
 執務室にいたのは、私の知る年若いジェルマンでも年老いたジェルマンでも無く、軍服姿の溌剌とした若い女性だった。
「え、ええと……」
 予想しなかった人物による歓迎に戸惑っていると、彼女も不思議そうに首を傾げてくる。
「どうしたのだ?まさか、私を忘れたのか?」
「あはは……。面目無い」
「ふむ。まあ、無理も無い。あれから二十年余り経つ。私はこの通り成長したが、先生は……うん、父が言っていた通り、本当に年を取らないのだな」
「父?という事は君は……」
 コルスタン領家の執務室にいる女性が父と口にしたのなら、その人物は間違い無くジェルマンを指している。
 そして彼には幼い娘がいた。
 確か名前は……。
「ティーナ?」
 確かめるように告げると、彼女は快活に笑った。
「その名で呼ばれるのは久しいな。ご名答!私はコルスタン領主ジェルマンの娘、レオンティーヌ・コルスタンだ」
「いやあ、気付かなかったよ。随分と立派になったじゃないか」
「いやいや、私のような若輩者、まだまだ父には遠く及ばない」
「ああ、そういえばジェルマンは……ん?」
 話に華が咲き始めた矢先、カメリアにローブの裾を思いっきり引っ張られる。
「賢者さま、ごちそーは!」
 あ、マズい。
 彼女の鬼のような形相を見てそう悟る。
「あっと、積もる話もあるけど、とりあえず何か食べさせてもらえないかな?朝からろくに食べていないんだ」
 レオンティーヌもカメリアの様子に気付き、即座に席を立つ。
「ああ、これは失礼した。なら場所を変えよう。付いて来てくれ」
 そうして、私達はようやく今日初めての食事をとる事が出来た。
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