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タコ人間
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宮殿の中は海中と違って酸素がある。
どうやって蓄え、宮殿内に留めているのか、その辺りの技術は私には分からないが、ともかくこれでようやく休憩が出来るわけだ。
「ふー、やれやれ。流石にこの道中、ずっと魔法を使い続けるのは骨が折れるね」
「やりますねーダンナ。普通の人間じゃ、途中で力尽きてますぜ?」
「あのねキミ、キミが何もしてくれなかったから、私は今こうやって疲れてるんだよ?本当に途中で魔力が尽きてたら、何とかしてくれたのかな?」
「やだなー。あっしに出来るのは背中に乗っけて運ぶだけ。人間の呼吸の心配なんて出来ないっすよ」
こんのクソガメめ、本当に煮て食べてやろうか。ウミガメのスープは滋養に良いって言うもんなぁ。
いけしゃあしゃあと、とんでもない事を言うモドキガメに軽く殺意を覚えるが、今は疲れていてそれどころではない。
「はあ。まあいいや。とにかく、私はすごく疲れたから、乙姫様に挨拶して少し休ませてもらおう」
「あー、はいはい。乙姫様なら多分、自分の部屋だと思いますよ。こっちっす」
モドキガメは海中の優雅さとは違い、ずりずりと地べたを這いずり、水の跡を引きながら再び先導する。
「んでも、乙姫様も体調悪くしてるみたいなんで、会えないかもしれないっすけどねー」
「も……?他にも病人がいるのかい?」
「いや、今は乙姫様だけっすよ。上に九人いた兄弟のほとんどが同じ病気で死んじまいまして、その後に先代の乙姫様も亡くなってるんす」
声を潜めるでもなくモドキガメはベラベラと喋る。
「事故はともかく病気って、流行病でもあるのかい?」
「いや?そりゃ病気で亡くなる奴は沢山いますけど、流行病とは違うっすね。乙姫様のお付きが言うには、王族特有の病だって話ですけど」
「ふうん?」
王族特有、ね……。私の知ってる乙姫は、とても病人には見えなかったけどな。……ん?
「……っと。こら、カメリア。一人で何処へ行く気だい?」
今まで横を歩いていたカメリアが、どこかへ走り出しそうになるのを寸での所で押さえる。
「タコ!タコのにんげんいた!」
「タコの、人間……?あ、こら!」
思考に気を取られ、力が緩んだ隙を突いてカメリアはまたも走り出し、突き当たりの角へと消える。
「カメリア……って、うえええ?」
後を追い、角を曲がった先にある物が視界に入った瞬間、奇声を上げた。
カメリアの正面にいたのは、人の形を留めてはいるものの、皮膚が赤く染まり、吸盤が付いた腕と足が通常の人間の何倍も生えたタコ?だった。
しかもご丁寧に頭もツルツルだ。
「おじさん、タコ?にんげん?」
カメリアはそのまま飛びかからんばかりの勢いで、目の前の人物に興奮している。
「おお?なんだ嬢ちゃん、藪から棒に。俺の事が気になるのか?まあ、こんなナリだもんな。恐がらないだけマシか」
いきなり呼び止められたタコ人間は特に嫌な顔をする事なく、一本の手で自分のツルツル頭をぽりぽり、二本の手でグイグイと迫るカメリアをどうどうと抑え、二本を両腰に添え、残る一本は手持ち無沙汰な状態で感慨深げに呟く。
タコだ。人間型の、タコだ。こんな魔物初めて見たぞ。新種なのか?
「兄ちゃん。この嬢ちゃん、兄ちゃんの連れか?」
「え?あ、ああ」
呆気に取られているとタコ人間に話し掛けられ、ようやく我に返る。
「急に不躾で、申し訳ない。ほらカメリア。困ってるから、離れなさい」
「うー……」
残念そうに口を尖らせるカメリアだが、大人しくタコ人間から離れこちらに戻ってくる。
……ひっ。
ぎゅ、とカメリアの両手で腕を掴まれるのと同時に、ねっとりとした粘液が腕に絡み付き、ぞわりと鳥肌が立つが、何とか笑顔は崩さなかった。
「兄ちゃん達、見たところ人間みたいだけど、今来たのか?」
「ええ、まあ、成り行きで。少し休んだら、地上に戻ろうと思っています」
「そうかそうか。なら、さっさと戻った方が良いぞ。あんまり長くいると、こうなっちまうから」
「こう、なる……?」
あまりに当たり前のように発言したが、こうとはつまり、その見た目の事だろうか?
「えっと、あなたは人間、なのですか……?」
「ああ。元、て付けた方が良いだろうけどな。ついこの間までは、海で漁師をやってたよ」
「そのような人が何故そんな姿に?何かの呪い、とかですか?」
「いや、呪いなんかじゃないよ。まあなんだ、進化?みたいなもんよ」
「……はい?」
彼が何を言っているのかいまいち理解出来ず、思いっきり眉根を寄せる。
「ほら、動物の世界でもあるだろう。環境に合わせて身体が変化していくっていう、あれだよ」
「ああ。まあ、聞いた事はありますけど。……え?それで、そんな姿に?」
「まあ、そう言うこった」
確かに、極寒の地で生き抜く為に皮膚が分厚くなったり、逆に必要無い物は退化していったりするとは聞くし、人間も例外では無いけど、あれはかなりの年月を経て変わっていく物だろ?
「……あの、失礼ですが、あなたはおいくつなんですか?いつからここに?」
「俺か?ちょうど三十路だな。ここには来てまだ三年程だ」
「たった三年でそんな姿に?」
「いや。これは三日くらいだ」
「みっ!?」
急すぎる進化にも驚きだが、彼の落ち着き払いようは更に奇妙だ。不気味と言い換えても良いくらいに。
そんな感想を抱かれている事など露知らず、目の前のタコ男は豪快に笑う。
「うわっはっは。まあ驚くよな。けど俺達は、望んでこの姿になった。この海で暮らしていく為に、必要な進化をしたんだ。……タコになっちまったのは、予想外だったけどな。こう上手く人魚みたいになりたかったんだけどよ」
「……他にも、あなたのような進化、を望んだ人間がいるんですか?」
「おお、そうとも。俺みたいに中途半端な奴は大体そうだな。だから兄ちゃん達、ここに住む気が無いなら、さっさと離れた方が良いし、ここの物は口にするなよ?進化が速まるからな」
「……肝に命じておきます」
物凄い話を聞いてしまった……。これは、そうそうに離れないといけないな。いや、その前に。
私はカメリアの両肩に手を置き、腰をかがめて視線を合わせ、真剣な口調で言う。
「いいかいカメリア。ここにある食べ物は、絶対に食べてはいけないよ。でないとタコになってしまうからね」
「タコ?カメリア、タコになれるの?」
何を想像したらそんな嬉しそうな反応を示せるのか、カメリアはまるで近くに食材が無いか探すように鼻をひくひくとさせる。
「だからダメだって。もし食べたら、キミはここに置いていくからね。私とさよならだ。永遠に」
「!いやっ。賢者さま、カメリアとさよなら、ダメ!」
「だったら、私と約束だ。ここの物は絶対口にしない。いいね?」
す、と小指を突き立てた右手をカメリアの顔の前に出すと、彼女は即座に自分の小指をそれに絡め、
「やくそく!ゆびきり、げんまん!」
ぶんぶん!と力強く指を振り約束してくれた。
これをして約束を破った場合、針を千本飲まなければならないと信じているので、まずは一安心だろう。
「はっは。兄ちゃん、大変そうだな」
一連の流れを見ていたタコ男が愉快そうに笑う。
「まあ、通例行事ですよ。それじゃあ、私達は行きますね」
「おう、達者でな」
ぺこりと軽く会釈して、モドキガメが待つ場所まで戻る。
暇を持て余していたモドキガメは、後ろ足を甲羅の中に仕舞って、その場でくるくると回って遊んでいた。
「ダンナー、案内される気あるんすか?もうほっといて海に戻ろうかとおもっ……あだっ!」
がん、と杖の切っ先をモドキガメの甲羅に思いっきり叩きつけてやる。
「ちょ、いきなり何すん、あ、止めて。響く。すごく響いて……あっ」
がんがんと何度も叩きつけていると、何故か艶っぽい声を出し始めるモドキガメだが、私の怒りは収まらない。むしろ気持ち悪い。
「モドキガメ君?まず私達に言うべき注意事項があるんじゃないかな?うっかり人間手離したらどうしてくれるんだい?」
「い、いや。そんなこ、とあっしは知らな、あっ、ご、ごめんなさ……」
「……」
どんどん艶っぽくなっていくモドキガメに吐き気を催しそうになり、小突くのを止める。
「さっさと案内してくれ。頭まで痛くなってきたよ……」
「はあ……はあ……。だ、ダンナぁ」
「何だよ、気持ち悪いな」
苦しさで喘ぐモドキガメに悪態を突くと、更に気持ち悪い言葉が返ってきた。
「もっかい、やって」
「……却下」
どうやら、開けてはいけない扉を開けてしまったようだ。
どうやって蓄え、宮殿内に留めているのか、その辺りの技術は私には分からないが、ともかくこれでようやく休憩が出来るわけだ。
「ふー、やれやれ。流石にこの道中、ずっと魔法を使い続けるのは骨が折れるね」
「やりますねーダンナ。普通の人間じゃ、途中で力尽きてますぜ?」
「あのねキミ、キミが何もしてくれなかったから、私は今こうやって疲れてるんだよ?本当に途中で魔力が尽きてたら、何とかしてくれたのかな?」
「やだなー。あっしに出来るのは背中に乗っけて運ぶだけ。人間の呼吸の心配なんて出来ないっすよ」
こんのクソガメめ、本当に煮て食べてやろうか。ウミガメのスープは滋養に良いって言うもんなぁ。
いけしゃあしゃあと、とんでもない事を言うモドキガメに軽く殺意を覚えるが、今は疲れていてそれどころではない。
「はあ。まあいいや。とにかく、私はすごく疲れたから、乙姫様に挨拶して少し休ませてもらおう」
「あー、はいはい。乙姫様なら多分、自分の部屋だと思いますよ。こっちっす」
モドキガメは海中の優雅さとは違い、ずりずりと地べたを這いずり、水の跡を引きながら再び先導する。
「んでも、乙姫様も体調悪くしてるみたいなんで、会えないかもしれないっすけどねー」
「も……?他にも病人がいるのかい?」
「いや、今は乙姫様だけっすよ。上に九人いた兄弟のほとんどが同じ病気で死んじまいまして、その後に先代の乙姫様も亡くなってるんす」
声を潜めるでもなくモドキガメはベラベラと喋る。
「事故はともかく病気って、流行病でもあるのかい?」
「いや?そりゃ病気で亡くなる奴は沢山いますけど、流行病とは違うっすね。乙姫様のお付きが言うには、王族特有の病だって話ですけど」
「ふうん?」
王族特有、ね……。私の知ってる乙姫は、とても病人には見えなかったけどな。……ん?
「……っと。こら、カメリア。一人で何処へ行く気だい?」
今まで横を歩いていたカメリアが、どこかへ走り出しそうになるのを寸での所で押さえる。
「タコ!タコのにんげんいた!」
「タコの、人間……?あ、こら!」
思考に気を取られ、力が緩んだ隙を突いてカメリアはまたも走り出し、突き当たりの角へと消える。
「カメリア……って、うえええ?」
後を追い、角を曲がった先にある物が視界に入った瞬間、奇声を上げた。
カメリアの正面にいたのは、人の形を留めてはいるものの、皮膚が赤く染まり、吸盤が付いた腕と足が通常の人間の何倍も生えたタコ?だった。
しかもご丁寧に頭もツルツルだ。
「おじさん、タコ?にんげん?」
カメリアはそのまま飛びかからんばかりの勢いで、目の前の人物に興奮している。
「おお?なんだ嬢ちゃん、藪から棒に。俺の事が気になるのか?まあ、こんなナリだもんな。恐がらないだけマシか」
いきなり呼び止められたタコ人間は特に嫌な顔をする事なく、一本の手で自分のツルツル頭をぽりぽり、二本の手でグイグイと迫るカメリアをどうどうと抑え、二本を両腰に添え、残る一本は手持ち無沙汰な状態で感慨深げに呟く。
タコだ。人間型の、タコだ。こんな魔物初めて見たぞ。新種なのか?
「兄ちゃん。この嬢ちゃん、兄ちゃんの連れか?」
「え?あ、ああ」
呆気に取られているとタコ人間に話し掛けられ、ようやく我に返る。
「急に不躾で、申し訳ない。ほらカメリア。困ってるから、離れなさい」
「うー……」
残念そうに口を尖らせるカメリアだが、大人しくタコ人間から離れこちらに戻ってくる。
……ひっ。
ぎゅ、とカメリアの両手で腕を掴まれるのと同時に、ねっとりとした粘液が腕に絡み付き、ぞわりと鳥肌が立つが、何とか笑顔は崩さなかった。
「兄ちゃん達、見たところ人間みたいだけど、今来たのか?」
「ええ、まあ、成り行きで。少し休んだら、地上に戻ろうと思っています」
「そうかそうか。なら、さっさと戻った方が良いぞ。あんまり長くいると、こうなっちまうから」
「こう、なる……?」
あまりに当たり前のように発言したが、こうとはつまり、その見た目の事だろうか?
「えっと、あなたは人間、なのですか……?」
「ああ。元、て付けた方が良いだろうけどな。ついこの間までは、海で漁師をやってたよ」
「そのような人が何故そんな姿に?何かの呪い、とかですか?」
「いや、呪いなんかじゃないよ。まあなんだ、進化?みたいなもんよ」
「……はい?」
彼が何を言っているのかいまいち理解出来ず、思いっきり眉根を寄せる。
「ほら、動物の世界でもあるだろう。環境に合わせて身体が変化していくっていう、あれだよ」
「ああ。まあ、聞いた事はありますけど。……え?それで、そんな姿に?」
「まあ、そう言うこった」
確かに、極寒の地で生き抜く為に皮膚が分厚くなったり、逆に必要無い物は退化していったりするとは聞くし、人間も例外では無いけど、あれはかなりの年月を経て変わっていく物だろ?
「……あの、失礼ですが、あなたはおいくつなんですか?いつからここに?」
「俺か?ちょうど三十路だな。ここには来てまだ三年程だ」
「たった三年でそんな姿に?」
「いや。これは三日くらいだ」
「みっ!?」
急すぎる進化にも驚きだが、彼の落ち着き払いようは更に奇妙だ。不気味と言い換えても良いくらいに。
そんな感想を抱かれている事など露知らず、目の前のタコ男は豪快に笑う。
「うわっはっは。まあ驚くよな。けど俺達は、望んでこの姿になった。この海で暮らしていく為に、必要な進化をしたんだ。……タコになっちまったのは、予想外だったけどな。こう上手く人魚みたいになりたかったんだけどよ」
「……他にも、あなたのような進化、を望んだ人間がいるんですか?」
「おお、そうとも。俺みたいに中途半端な奴は大体そうだな。だから兄ちゃん達、ここに住む気が無いなら、さっさと離れた方が良いし、ここの物は口にするなよ?進化が速まるからな」
「……肝に命じておきます」
物凄い話を聞いてしまった……。これは、そうそうに離れないといけないな。いや、その前に。
私はカメリアの両肩に手を置き、腰をかがめて視線を合わせ、真剣な口調で言う。
「いいかいカメリア。ここにある食べ物は、絶対に食べてはいけないよ。でないとタコになってしまうからね」
「タコ?カメリア、タコになれるの?」
何を想像したらそんな嬉しそうな反応を示せるのか、カメリアはまるで近くに食材が無いか探すように鼻をひくひくとさせる。
「だからダメだって。もし食べたら、キミはここに置いていくからね。私とさよならだ。永遠に」
「!いやっ。賢者さま、カメリアとさよなら、ダメ!」
「だったら、私と約束だ。ここの物は絶対口にしない。いいね?」
す、と小指を突き立てた右手をカメリアの顔の前に出すと、彼女は即座に自分の小指をそれに絡め、
「やくそく!ゆびきり、げんまん!」
ぶんぶん!と力強く指を振り約束してくれた。
これをして約束を破った場合、針を千本飲まなければならないと信じているので、まずは一安心だろう。
「はっは。兄ちゃん、大変そうだな」
一連の流れを見ていたタコ男が愉快そうに笑う。
「まあ、通例行事ですよ。それじゃあ、私達は行きますね」
「おう、達者でな」
ぺこりと軽く会釈して、モドキガメが待つ場所まで戻る。
暇を持て余していたモドキガメは、後ろ足を甲羅の中に仕舞って、その場でくるくると回って遊んでいた。
「ダンナー、案内される気あるんすか?もうほっといて海に戻ろうかとおもっ……あだっ!」
がん、と杖の切っ先をモドキガメの甲羅に思いっきり叩きつけてやる。
「ちょ、いきなり何すん、あ、止めて。響く。すごく響いて……あっ」
がんがんと何度も叩きつけていると、何故か艶っぽい声を出し始めるモドキガメだが、私の怒りは収まらない。むしろ気持ち悪い。
「モドキガメ君?まず私達に言うべき注意事項があるんじゃないかな?うっかり人間手離したらどうしてくれるんだい?」
「い、いや。そんなこ、とあっしは知らな、あっ、ご、ごめんなさ……」
「……」
どんどん艶っぽくなっていくモドキガメに吐き気を催しそうになり、小突くのを止める。
「さっさと案内してくれ。頭まで痛くなってきたよ……」
「はあ……はあ……。だ、ダンナぁ」
「何だよ、気持ち悪いな」
苦しさで喘ぐモドキガメに悪態を突くと、更に気持ち悪い言葉が返ってきた。
「もっかい、やって」
「……却下」
どうやら、開けてはいけない扉を開けてしまったようだ。
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