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第弐部-Ⅱ:つながる魔法
129.紫鷹 ベッドの中で
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日向と2人、風邪を引いた。
日向を連れ出して、初めて湖を見せたところまでは良かったのに。
驚く日向が可愛くて、もっとたくさん湖を感じてほしくて、調子に乗った。
日向が怒ったのが嬉しかったんだ。
ずっと怖いという感情が前面に出て、他の感情が乏しくなっていた日向が、俺のいたずらに意地悪だと頬を膨らませて怒った。
それがたまらなくて、もっといろんな顔を引き出したいと欲張ってしまった。
結果として、日向は俺の隣で真っ赤な顔をして寝ている。
昨日の夜は元気に湖のことを話したのにな。
今朝、起きたら俺は喉が痛くて、熱っぽかった。
俺がこれなら、当然のように日向はもっとひどい。朝起きた時には顔を真っ赤にして声も出せず、あちこち痛いと静かに泣いていた。
「…まあ、大人しく寝てろ。こっちは何とかするから、」
「悪い、」
「ひどい声だな。ひなが心配するから、早く治せよ、」
「ん、」
何でお前は平気なんだ、と友に思わないでもない。
だが、一緒に水を浴びたはずの日向の護衛も、けろりとした顔で日向の様子を見に来ていた。
日向を除けば風邪を引いたのは俺だけで、つまりは、俺の鍛え方が足りない。
つくづく自分が守られる立場で、そこに甘えてきた人間なんだと自覚させられた。
「余計なこと考えるなよ。弱ってるときに考えると碌なことがない。……それよりも、それをどうにかしてやれ、」
藤夜は考えを見透かしたようにため息を吐いて、俺の服の裾を指す。
小さな手が、しっかりと俺の寝衣の裾を握って離さなかった。
顔が赤いのは熱のせいだが、目元が赤いのは、日向が目覚めた時に俺がいなかったからだ。汗が気持ち悪くて流していたわずかな時間だったが、その間に目を覚ました日向は、俺を探して泣いた。戻ってきた俺を捕まえてまた泣き、そのまま寝入った後もしっかりと捕まえて離さない。
どうにかしろ、と言われてもな。
俺も日向も風邪だし、いつもみたいにちゅうちゅう吸い付いて甘やかしていいのかも、少し戸惑う。
そんなことを考えながら水色の頭をなでていたら、藤夜はもう一度、余計なことを考えるなと言い残して部屋を去った。
「……し、ぉ、」
藤夜が去った後、寝るのも惜しくて日向の髪を撫でていたら、水色の瞳がぼんやりと開いて、俺を見る。
いつもの何倍もかすれた声が痛々しくて、申し訳なくなった。
「…起きれるか、少し水分を摂ってほしい、」
「い、る?」
「いるよ、日向が寝てる間もちゃんと傍にいた、」
ぼんやりと俺を見上げた水色が、俺を確かめると安心したように閉じかける。
それを呼び止め、体を抱き起して水を飲ませた。水を飲むだけでも喉が痛むらしく、ほんの僅かな水なのに、日向の顔が険しく歪む。
ごめんな。
俺のせいでまた日向に痛い思いをさせる。
偉かった、と背中を撫で小さな体を抱きしめた。俺よりも熱い体温に申し訳なさが募って、ただひたすら背中を擦っていると、ふと腕の中で小さな声がする。
「……しっぱい、したね、」
「うん?」
「たのしかった、のに、ねつ、」
「ああ、」
失敗だと、思ったのか。
確かに、日向をこんなにしたのは俺達の失敗だったが、日向の初体験自体は、失敗じゃなかったよ。
そう思うのに、今頃になって俺の喉もかすれた音しか出なくて、上手く言葉を紡げない。
だけど、日向は俺よりもひどい声で言った。
「いっしょに、しっぱ、い」
ふにゃりと真っ赤な頬が緩んで、水色の瞳が細くなる。
熱のせいか、力の抜けた笑顔に胸がきゅっと締め付けられた。
無邪気で、赤ん坊みたいだ。それなのに、綺麗だと思うから矛盾している。そういう矛盾だらけの日向に、俺は見惚れた。
「失敗、したな、」
「しぉ、へん、な声」
「お前もな」
あは、と息を吐くように日向が笑う。
「しっぱ、い。しおうと、しっぱいは、いい」
失敗が嬉しいのか。
目を見開いて水色を見下ろしていると、日向は嬉しそうに何度も、失敗したね、と繰り返した。
できないことを、怖がっていたのにな。
あんなに怯えていたのにな。
俺と一緒なら、失敗しても嬉しいか。
熱い頬を撫でると、日向は熱で潤んだ瞳で俺を見る。その水色に吸い込まれるように、額に口づけを落とすと、日向は簡単に溶けた。
「…俺とお前の失敗な、」
「ぅん、」
一緒なら、きっと何でもできるな、日向。
ふにゃふにゃ笑う水色と唇を重ねた。
口の中が熱くて、ごめん、と思うけれど、失敗の証のような気がして、愛しくもなる。
唇を離すと、とろんと溶けた水色がもっとと強請るから、何度も繰り返した。
熱のせいかな。いつもよりずっと深く、日向とつながる感じがする。
触れた個所が全部熱くて、一緒に溶けていくような感覚だ。
鼓動が早いのは、熱のせいかな、それとも日向が俺を受け入れてくれたことが嬉しいせいかな。日向の鼓動が早いのもどっちなんだろうな。
2人して、息が上がるのが早かった。
日向が肩で息をしてくたりと俺の胸に倒れ込むのを、全身で抱きしめる。
「また、失敗しような。成功と失敗、どっちも一緒だ、」
「ぅ、ん、」
頷いて、眠りに落ちていく日向を見つめた。
顔が真っ赤だな。でも幸せそうで、何の不安もないみたいだ。緩みきった顔で日向は眠る。いつの間にか、服を握っていた手も力を失くして布団に落ちていた。
安心できたか、日向。
ちゃんといるから。
傍にいるから。
一緒に何でもやろう。
日向の楽しいも、怖いも、嬉しいも、悔しいも、全部一緒にやろう。
ずっとずっと、一緒に生きていこう。
胸の中に小さな熱を抱き直すと、俺も腹の底に安心が治まる気がした。
元気になったら次はどこに行こうか、そんなことをぼんやりと考えた気はする。でも、腕の中の熱が心地よくて、俺もすぐに眠りに落ちた。
日向を連れ出して、初めて湖を見せたところまでは良かったのに。
驚く日向が可愛くて、もっとたくさん湖を感じてほしくて、調子に乗った。
日向が怒ったのが嬉しかったんだ。
ずっと怖いという感情が前面に出て、他の感情が乏しくなっていた日向が、俺のいたずらに意地悪だと頬を膨らませて怒った。
それがたまらなくて、もっといろんな顔を引き出したいと欲張ってしまった。
結果として、日向は俺の隣で真っ赤な顔をして寝ている。
昨日の夜は元気に湖のことを話したのにな。
今朝、起きたら俺は喉が痛くて、熱っぽかった。
俺がこれなら、当然のように日向はもっとひどい。朝起きた時には顔を真っ赤にして声も出せず、あちこち痛いと静かに泣いていた。
「…まあ、大人しく寝てろ。こっちは何とかするから、」
「悪い、」
「ひどい声だな。ひなが心配するから、早く治せよ、」
「ん、」
何でお前は平気なんだ、と友に思わないでもない。
だが、一緒に水を浴びたはずの日向の護衛も、けろりとした顔で日向の様子を見に来ていた。
日向を除けば風邪を引いたのは俺だけで、つまりは、俺の鍛え方が足りない。
つくづく自分が守られる立場で、そこに甘えてきた人間なんだと自覚させられた。
「余計なこと考えるなよ。弱ってるときに考えると碌なことがない。……それよりも、それをどうにかしてやれ、」
藤夜は考えを見透かしたようにため息を吐いて、俺の服の裾を指す。
小さな手が、しっかりと俺の寝衣の裾を握って離さなかった。
顔が赤いのは熱のせいだが、目元が赤いのは、日向が目覚めた時に俺がいなかったからだ。汗が気持ち悪くて流していたわずかな時間だったが、その間に目を覚ました日向は、俺を探して泣いた。戻ってきた俺を捕まえてまた泣き、そのまま寝入った後もしっかりと捕まえて離さない。
どうにかしろ、と言われてもな。
俺も日向も風邪だし、いつもみたいにちゅうちゅう吸い付いて甘やかしていいのかも、少し戸惑う。
そんなことを考えながら水色の頭をなでていたら、藤夜はもう一度、余計なことを考えるなと言い残して部屋を去った。
「……し、ぉ、」
藤夜が去った後、寝るのも惜しくて日向の髪を撫でていたら、水色の瞳がぼんやりと開いて、俺を見る。
いつもの何倍もかすれた声が痛々しくて、申し訳なくなった。
「…起きれるか、少し水分を摂ってほしい、」
「い、る?」
「いるよ、日向が寝てる間もちゃんと傍にいた、」
ぼんやりと俺を見上げた水色が、俺を確かめると安心したように閉じかける。
それを呼び止め、体を抱き起して水を飲ませた。水を飲むだけでも喉が痛むらしく、ほんの僅かな水なのに、日向の顔が険しく歪む。
ごめんな。
俺のせいでまた日向に痛い思いをさせる。
偉かった、と背中を撫で小さな体を抱きしめた。俺よりも熱い体温に申し訳なさが募って、ただひたすら背中を擦っていると、ふと腕の中で小さな声がする。
「……しっぱい、したね、」
「うん?」
「たのしかった、のに、ねつ、」
「ああ、」
失敗だと、思ったのか。
確かに、日向をこんなにしたのは俺達の失敗だったが、日向の初体験自体は、失敗じゃなかったよ。
そう思うのに、今頃になって俺の喉もかすれた音しか出なくて、上手く言葉を紡げない。
だけど、日向は俺よりもひどい声で言った。
「いっしょに、しっぱ、い」
ふにゃりと真っ赤な頬が緩んで、水色の瞳が細くなる。
熱のせいか、力の抜けた笑顔に胸がきゅっと締め付けられた。
無邪気で、赤ん坊みたいだ。それなのに、綺麗だと思うから矛盾している。そういう矛盾だらけの日向に、俺は見惚れた。
「失敗、したな、」
「しぉ、へん、な声」
「お前もな」
あは、と息を吐くように日向が笑う。
「しっぱ、い。しおうと、しっぱいは、いい」
失敗が嬉しいのか。
目を見開いて水色を見下ろしていると、日向は嬉しそうに何度も、失敗したね、と繰り返した。
できないことを、怖がっていたのにな。
あんなに怯えていたのにな。
俺と一緒なら、失敗しても嬉しいか。
熱い頬を撫でると、日向は熱で潤んだ瞳で俺を見る。その水色に吸い込まれるように、額に口づけを落とすと、日向は簡単に溶けた。
「…俺とお前の失敗な、」
「ぅん、」
一緒なら、きっと何でもできるな、日向。
ふにゃふにゃ笑う水色と唇を重ねた。
口の中が熱くて、ごめん、と思うけれど、失敗の証のような気がして、愛しくもなる。
唇を離すと、とろんと溶けた水色がもっとと強請るから、何度も繰り返した。
熱のせいかな。いつもよりずっと深く、日向とつながる感じがする。
触れた個所が全部熱くて、一緒に溶けていくような感覚だ。
鼓動が早いのは、熱のせいかな、それとも日向が俺を受け入れてくれたことが嬉しいせいかな。日向の鼓動が早いのもどっちなんだろうな。
2人して、息が上がるのが早かった。
日向が肩で息をしてくたりと俺の胸に倒れ込むのを、全身で抱きしめる。
「また、失敗しような。成功と失敗、どっちも一緒だ、」
「ぅ、ん、」
頷いて、眠りに落ちていく日向を見つめた。
顔が真っ赤だな。でも幸せそうで、何の不安もないみたいだ。緩みきった顔で日向は眠る。いつの間にか、服を握っていた手も力を失くして布団に落ちていた。
安心できたか、日向。
ちゃんといるから。
傍にいるから。
一緒に何でもやろう。
日向の楽しいも、怖いも、嬉しいも、悔しいも、全部一緒にやろう。
ずっとずっと、一緒に生きていこう。
胸の中に小さな熱を抱き直すと、俺も腹の底に安心が治まる気がした。
元気になったら次はどこに行こうか、そんなことをぼんやりと考えた気はする。でも、腕の中の熱が心地よくて、俺もすぐに眠りに落ちた。
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