108 / 196
第弐部-Ⅱ:つながる魔法
106.誰か 金烏乃学院(きんうのがくいん)のゴシップ
しおりを挟む
ああ、まさに眼福!
見ているだけで、こんなにも幸福な光景が、この世に他にあるかしら。
「ねえ、ご覧になりました?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。私、以前いらした時にはお目にかかることができませんでしたの。噂を伺って、ぜひ一度は、と思っておりましたら、まさかこんなに早くお目にかかれるとは!」
「紫鷹殿下のご婚約者様、何てお美しい方、」
「私は、殿下のお優しい顔に驚いてしまいました。殿下、あんなお顔をなさるんですね、」
「それを言ったら藤夜様もですよ。ああ、本当にあの空間、なんと美しい…、」
そこかしこで、ご令嬢方のうっとりとした声が聞こえていた。
ここ最近の学院の話題と言えば、もっぱら紫鷹殿下とそのご婚約者様のお話だ。
正確には、正式なご婚約はまだだと言うお話だけれど、あれは、もう殿下はご婚約者様に惚れていらっしゃると思うの。お放しにならないでしょう。
はじめて殿下がご婚約者様をお連れになったのは、突然だった。
運よく殿下がいらしたのと同じ塔にいた私は、近くで拝見する好機を得たのだけれど、いきなり殿下がご婚約者様に口づけをされるのを目の当たりにして、それはそれは驚いた。
だって、あの殿下ですよ。
同じ学び舎で学ぶとは言え、藤夜様以外はほとんどお傍に寄せない。
時折お話をされる時も、周囲がとても恐縮してしまうような威厳をお持ちで、私のような一般学生はもう同じ教室にいることさえ息苦しく感じてしまう方。
その殿下が、相貌を崩されてすこぶる甘い視線を、婚約者様には向けていらっしゃった。
それこそ、本当に同じ殿下かしらと、何度も見てしまうほどに。
「日向、頼む。みみずはお前の仕事だ、」
「いいよ、」
今また、私は、初めて殿下とご婚約者様をお見かけした時以上の衝撃を受けております。
まさか、あの殿下が、こんな土にまみれる演習をお受けになるとは。
それもご婚約者様をお連れになって。
その上、そのご婚約者様をお膝の上に乗せて、嬉しそうなお顔で、土をいじられるとは。
「しおう、みみず、」
「待て、日向。こっちに持って来なくていい、」
「だいじょぶ、小さい、」
「大きさの問題じゃない。俺はいいから、早く入れろ、」
「しおう、かわいい、ね」
可愛いのは、ご婚約者様ですよ!
真っ赤になった殿下がお可愛いのも、初めて知りましたが。
生態学の基礎演習なんて、ほとんど毎回土を掘り、草にまみれ、山に入り、川底を漁るばかりなのに、どうしていらしたんですか。様子を伺うに、殿下よりご婚約者様の方がご興味がおありなように見えるから、まさかご婚約者様の為に?
もしもそうだとしたら、殿下、私、全力で殿下を応援いたします。
「ずいぶんでかい鉢だな、」
「みみず、いっぱい入れる?」
「…これ以上入れるな。想像すると泣きたくなる、」
「でも、みみずがいるは、いい土。大きくなる、」
「入れてもいいけど、お前、責任もって世話しろよ。」
「紫鷹。一応、授業を受けてるのはお前で、ひなは聴講だからな、」
「俺とこいつは二人で一つだからいいんだよ。いいか、日向。手伝いはするが、責任者はお前、いいな?」
「わかった、」
ぴょん、と殿下の腕の中で、ご婚約者様の小さなお体が跳ねる。いやはや、何とお可愛らしい。
殿下の腰ほどもある大きな鉢を、殿下に抱かれて覗きこむ小さなお方。
学院の入学年齢が12歳だから、そのくらいかしら、と思った。でも、あまりにお小さいから、もっと幼くても驚きはしない。そうなると、殿下との年の差が少し心配にもなったけれど、同い年だというから、これには驚いた。
小さくて、言葉も拙い、けれど驚くほどお美しくて、一目でどきりと目を奪われる不思議なお方。
尼嶺乃国(にれのくに)の王子だとお聞きした。
確かに、尼嶺の高貴な色と知られる珍しい水色の髪と瞳がとても美しい。
どこか透明な水を思い浮かべる、透き通った空気をまとった雰囲気が、私にはなぜか心地よかった。
温室のガラス張りの屋根から注ぐ光に、溶けてしまいそう。
それなのに、殿下の濃い紫色と並ぶと、思わず視線を向けてしまう存在感が生まれるのが不思議だった。
きっと、今この温室で演習を受けている誰もが、演習どころじゃなくて、お二人に心を奪われている気がします。
「が、眼福…!」
「殿下って、大人びた方だと思っていたけど、あんな風に笑われると、年相応に見えるんですね、」
「ひ、日向様の一挙手一投足が可愛らしくて、悶絶します…!」
「わああ、殿下が口づけなさいましたよ。あんな、堂々と、わあ…、」
「ご婚約者様に拒まれて…殿下、お可哀相!頑張れ、殿下!」
「いや、でも、ご婚約者様がお小さいから、ちょっと心配になります。私は藤夜様と東さんを応援しますよ。どうぞ、ご婚約者様をお守りください…!」
これから半年間、殿下とご婚約者様が、この演習に参加されるのだと知った時には、一同歓喜した。
こんな幸福なお二人を、私はこれから毎週この目に焼き付けることができるのですね。何たる果報。
だけど、時々嫌な噂も耳にする。
尼嶺が帝国に取り入るために、あの美しい王子を送り込んで殿下を誑かしたのだとか。
帝国が尼嶺の支配を確たるものにするために、殿下が無理やり尼嶺の王子を手籠めにしたのだとか。
ご婚約者様は、実は病気をお持ちで、発達が遅れていらっしゃるから、あんなにお小さいのだとか。
今この時期に突然学院に現れたのは、皇家の派閥争いが激化している証だとか。
ただの一学生の私には、帝国や尼嶺の事情は測りきれないから、何が正しいのかは分からない。
でも、殿下がご婚約者様を見つめるあの甘い瞳も、ご婚約者様の無垢で殿下を信頼しきっているようなお姿も、偽りなどないと私は思うのだけれど。
「種は、これ?」
「そう、この種から芽が出て、大きくなったら柘榴が生る、らしい」
「ざくろ、」
「と言っても何年も先だろうがな。」
「何年?」
「実がなるまで3年から5年くらいかかるって言っていたな。実がなるのは先だが、成長するし花も咲くから、それを観察するんだと。やれるか?」
「3年、」
「そ、まだまだ先だから、飽きないか心配だ、」
「3年、後も、しおうと、いる?」
「…いるだろ。そのために番いになったんだろ、」
「じゃあ、だいじょぶ、」
そうか、と殿下が笑う。その表情に、見守る私たちの胸がときめいた。
見ているだけで、こんなにも幸福な光景が、この世に他にあるかしら。
「ねえ、ご覧になりました?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。私、以前いらした時にはお目にかかることができませんでしたの。噂を伺って、ぜひ一度は、と思っておりましたら、まさかこんなに早くお目にかかれるとは!」
「紫鷹殿下のご婚約者様、何てお美しい方、」
「私は、殿下のお優しい顔に驚いてしまいました。殿下、あんなお顔をなさるんですね、」
「それを言ったら藤夜様もですよ。ああ、本当にあの空間、なんと美しい…、」
そこかしこで、ご令嬢方のうっとりとした声が聞こえていた。
ここ最近の学院の話題と言えば、もっぱら紫鷹殿下とそのご婚約者様のお話だ。
正確には、正式なご婚約はまだだと言うお話だけれど、あれは、もう殿下はご婚約者様に惚れていらっしゃると思うの。お放しにならないでしょう。
はじめて殿下がご婚約者様をお連れになったのは、突然だった。
運よく殿下がいらしたのと同じ塔にいた私は、近くで拝見する好機を得たのだけれど、いきなり殿下がご婚約者様に口づけをされるのを目の当たりにして、それはそれは驚いた。
だって、あの殿下ですよ。
同じ学び舎で学ぶとは言え、藤夜様以外はほとんどお傍に寄せない。
時折お話をされる時も、周囲がとても恐縮してしまうような威厳をお持ちで、私のような一般学生はもう同じ教室にいることさえ息苦しく感じてしまう方。
その殿下が、相貌を崩されてすこぶる甘い視線を、婚約者様には向けていらっしゃった。
それこそ、本当に同じ殿下かしらと、何度も見てしまうほどに。
「日向、頼む。みみずはお前の仕事だ、」
「いいよ、」
今また、私は、初めて殿下とご婚約者様をお見かけした時以上の衝撃を受けております。
まさか、あの殿下が、こんな土にまみれる演習をお受けになるとは。
それもご婚約者様をお連れになって。
その上、そのご婚約者様をお膝の上に乗せて、嬉しそうなお顔で、土をいじられるとは。
「しおう、みみず、」
「待て、日向。こっちに持って来なくていい、」
「だいじょぶ、小さい、」
「大きさの問題じゃない。俺はいいから、早く入れろ、」
「しおう、かわいい、ね」
可愛いのは、ご婚約者様ですよ!
真っ赤になった殿下がお可愛いのも、初めて知りましたが。
生態学の基礎演習なんて、ほとんど毎回土を掘り、草にまみれ、山に入り、川底を漁るばかりなのに、どうしていらしたんですか。様子を伺うに、殿下よりご婚約者様の方がご興味がおありなように見えるから、まさかご婚約者様の為に?
もしもそうだとしたら、殿下、私、全力で殿下を応援いたします。
「ずいぶんでかい鉢だな、」
「みみず、いっぱい入れる?」
「…これ以上入れるな。想像すると泣きたくなる、」
「でも、みみずがいるは、いい土。大きくなる、」
「入れてもいいけど、お前、責任もって世話しろよ。」
「紫鷹。一応、授業を受けてるのはお前で、ひなは聴講だからな、」
「俺とこいつは二人で一つだからいいんだよ。いいか、日向。手伝いはするが、責任者はお前、いいな?」
「わかった、」
ぴょん、と殿下の腕の中で、ご婚約者様の小さなお体が跳ねる。いやはや、何とお可愛らしい。
殿下の腰ほどもある大きな鉢を、殿下に抱かれて覗きこむ小さなお方。
学院の入学年齢が12歳だから、そのくらいかしら、と思った。でも、あまりにお小さいから、もっと幼くても驚きはしない。そうなると、殿下との年の差が少し心配にもなったけれど、同い年だというから、これには驚いた。
小さくて、言葉も拙い、けれど驚くほどお美しくて、一目でどきりと目を奪われる不思議なお方。
尼嶺乃国(にれのくに)の王子だとお聞きした。
確かに、尼嶺の高貴な色と知られる珍しい水色の髪と瞳がとても美しい。
どこか透明な水を思い浮かべる、透き通った空気をまとった雰囲気が、私にはなぜか心地よかった。
温室のガラス張りの屋根から注ぐ光に、溶けてしまいそう。
それなのに、殿下の濃い紫色と並ぶと、思わず視線を向けてしまう存在感が生まれるのが不思議だった。
きっと、今この温室で演習を受けている誰もが、演習どころじゃなくて、お二人に心を奪われている気がします。
「が、眼福…!」
「殿下って、大人びた方だと思っていたけど、あんな風に笑われると、年相応に見えるんですね、」
「ひ、日向様の一挙手一投足が可愛らしくて、悶絶します…!」
「わああ、殿下が口づけなさいましたよ。あんな、堂々と、わあ…、」
「ご婚約者様に拒まれて…殿下、お可哀相!頑張れ、殿下!」
「いや、でも、ご婚約者様がお小さいから、ちょっと心配になります。私は藤夜様と東さんを応援しますよ。どうぞ、ご婚約者様をお守りください…!」
これから半年間、殿下とご婚約者様が、この演習に参加されるのだと知った時には、一同歓喜した。
こんな幸福なお二人を、私はこれから毎週この目に焼き付けることができるのですね。何たる果報。
だけど、時々嫌な噂も耳にする。
尼嶺が帝国に取り入るために、あの美しい王子を送り込んで殿下を誑かしたのだとか。
帝国が尼嶺の支配を確たるものにするために、殿下が無理やり尼嶺の王子を手籠めにしたのだとか。
ご婚約者様は、実は病気をお持ちで、発達が遅れていらっしゃるから、あんなにお小さいのだとか。
今この時期に突然学院に現れたのは、皇家の派閥争いが激化している証だとか。
ただの一学生の私には、帝国や尼嶺の事情は測りきれないから、何が正しいのかは分からない。
でも、殿下がご婚約者様を見つめるあの甘い瞳も、ご婚約者様の無垢で殿下を信頼しきっているようなお姿も、偽りなどないと私は思うのだけれど。
「種は、これ?」
「そう、この種から芽が出て、大きくなったら柘榴が生る、らしい」
「ざくろ、」
「と言っても何年も先だろうがな。」
「何年?」
「実がなるまで3年から5年くらいかかるって言っていたな。実がなるのは先だが、成長するし花も咲くから、それを観察するんだと。やれるか?」
「3年、」
「そ、まだまだ先だから、飽きないか心配だ、」
「3年、後も、しおうと、いる?」
「…いるだろ。そのために番いになったんだろ、」
「じゃあ、だいじょぶ、」
そうか、と殿下が笑う。その表情に、見守る私たちの胸がときめいた。
161
お気に入りに追加
1,275
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
養子の僕が愛されるわけない…と思ってたのに兄たちに溺愛されました
日野
BL
両親から捨てられ孤児院に入った10歳のラキはそこでも虐められる。
ある日、少し前から通っていて仲良くなった霧雨アキヒトから養子に来ないかと誘われる。
自分が行っても嫌な思いをさせてしまうのではないかと考えたラキは1度断るが熱心なアキヒトに折れ、霧雨家の養子となり、そこでの生活が始まる。
霧雨家には5人の兄弟がおり、その兄たちに溺愛され甘々に育てられるとラキはまだ知らない……。
養子になるまでハイペースで進みます。養子になったらゆっくり進めようと思ってます。
Rないです。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
平凡でモブな僕が鬼将軍の番になるまで
月影美空
BL
平凡で人より出来が悪い僕、アリアは病弱で薬代や治療費がかかるため
奴隷商に売られてしまった。奴隷商の檻の中で衰弱していた時御伽噺の中だけだと思っていた、
伝説の存在『精霊』を見ることができるようになる。
精霊の助けを借りて何とか脱出できたアリアは森でスローライフを送り始める。
のはずが、気が付いたら「ガーザスリアン帝国」の鬼将軍と恐れられている
ルーカス・リアンティスの番になっていた話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる