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第弐部-Ⅰ:世界の中の

88.日向 我慢ができない

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僕は最近、良くない。


いつもお腹がそわそわ。
そわそわは不安とか、かなしいとか、怖いってわかるけど。
少しちがう。
そわそわといっしょにお腹が熱くて、ぐらぐらするが、ずっとある。


「日向、ご飯では遊ばないって、さっき水蛟(みずち)と約束したろ、」


僕がスプーンでご飯をぐちゃぐちゃにしたら、しおうが叱った。

「食べないなら、俺が貰うぞ、」
「ちがう、食べる、まだ、」
「なら、ちゃんと食べな。スプーンをそんな風に立てるのはダメだ、」

ダメって、僕はわかる。
ご飯は手で食べないし、僕もしおうやあじろやはぎなみたいにきれいに食べたい。
でも、どうせできない。
できないがくやしくて、ちゃんと食べるが嫌になるのに、嫌になったら、しおうが叱る。

叱らないで。
叱ると、そわそわする。
怒るじゃないが、分かるのに、怖くなって、また嫌になる。
でも、ちゃんと食べるも嫌で、またお腹がぐらぐらする。


「日向、イライラするのは分かるけど、ご飯はダメだ。当たるなら、俺にしろ、」


またスプーンをお皿にカツンって当てたら、しおうが僕の手とお腹をつかまえて叱る。
しおうのかなしいが分かって、僕もかなしい。
なのに、そわそわも、嫌も、ぐらぐらもあって、我慢ができない。
うーってうなったら、しおうはぎゅうってしてお腹をなでた。

しおうも、みずちも、はぎなも、みんな困った顔になる。


僕のせいって、僕はわかる。
僕が良くないせい。
でも、わかるのに、ぐらぐらがなくならない。




「わー、ひー様、ダメです、蛇だから、ダメ、絶対ダメです!」
「いい、」
「ダメ、だめ、わー、代都(しろと)!恵比須(えびす)!」

西庭をたんさくしたら、へびがいた。
あじろはにげよう、って言ったけど、僕ははじめて見たから、さわりたい。
あじろはにげていいよ、って言ったけど、僕がへびに行こうとすると、あじろはぎゅーって引っぱって、ダメって言った。
すぐに、はぎなとえびすが飛んできて、僕をひょいってつかまえる。

何で。

「さわる、へび、さわる、」
「日向様、蛇は毒があります。大人でもすぐに死んでしまうほどの毒です、」
「いい、」
「危険ですから、」
「いいの!」

僕はいっしょうけんめい手と足を動かして、はぎなからにげようとするけど、はぎなに勝てない。
はぎながぐんぐん歩くから、へびが小さくなってく。
ちがう、僕はへびが見たいのに。

「生き物は、見つけたら、かんさつ、ってあじろが言った、」
「そうですね、」
「かんさつ、するだけ、」
「ええ。でも、蛇はダメです。今度、安全にとらえたものをご用意しますから、それまで我慢してください、」
「今、今するの、毒、いいから、あぶなくて、いいから、」
「日向様、いけません、」

はぎなが怖い顔になって、僕はまたうーってうなるしかできなかった。
怖いのに、はぎなの手は、ずっとやさしく背中をなでるもわかる。
僕が悪い、わかる。
ごめんね、って心の中で言うのに、お腹のぐらぐらはどんどん大きくなって、頭の中が熱くなった。

「はぎな、きらい、」
「嫌いでかまいません。私は日向様が大好きですから、離しませんよ、」
「きらい、はぎな、嫌だ、ごめん、きらい、ごめん、」

頭の中がぐちゃぐちゃになって、全部嫌だった。
きらいじゃないのに、嫌がある。はぎながかなしいが分かるのに、我慢ができない。
ごめんね、はぎな。ごめんね。でも嫌だ。
うーって泣いたら、はぎなはまた「大好きですよ、」って言った。




「ご飯、いらない、」
「日向様…、大きくなるためにちゃんと食べると、約束しましたよ。」
「いらない、」

へびがくやしくて、はぎながかなしくて、隠れ家にこもった。
お昼ご飯だよ、ってゆりねが来たけど、僕は嫌だった。
僕は、食べても大きくならない。小さいまま。
ゆりねみたいに、身体強化の魔法も使えない。

嫌がいっぱいで、お腹のぐらぐらをぎゅってしないと、また我慢ができなくなりそうだった。

「唯理音さん、少し落ち着くのを待ちましょう。」
「…ええ、」

隠れ家の向こうで、はぎなとゆりねの声がする。
2人が離れるのが分かって、お腹のそわそわがうんと大きくなる。

いらない、って言ったは僕なのに。
いなくなるが、嫌だった。

「行かない、ゆりね、行かない!」

扉を開けたら、ゆりねが困った顔をした。
ごめん、ゆりね。我慢ができない。

「いらない、行かない、ゆりね、嫌、もうやだぁ、」

ご飯を食べる、が嫌。
叱られる、が嫌。
ダメ、が嫌。
できない、が嫌。
いなくなる、も嫌。
きらいになる、も嫌。
ぜんぶ、嫌。

体中、嫌がいっぱいになって、ボロボロ涙がでて来る。
ゆりねがぎゅうって抱っこしたら、温かいがあるけど、嫌もあって、またにげたくなった。
何で、僕はこんなに、良くない。

悪い子になったら、いらなくなるかもしれないのに。

「大丈夫、大好きですから、唯理音はいなくなりません。日向様が嫌でも、私はいますから、」

ご飯は、僕が泣くから、ゆりねが口に入れた。
それが嫌で、僕はまたゆりねにひどいことを言ったけど、ゆりねは困った顔して、ぎゅってした。


粘土が上手にできなくて、そらに粘土をなげた。
そらは叱って、かなしい顔になった。

部屋にいるが嫌になって、一人ででかけようとしたら、はぎながまたひょいって抱っこするから、またきらいになった。

僕は魔法はできないから、たんれんはやらない、って言ったら、ひぐさが眉を下げて、かなしくなった。

おやつは食べなかった。
いらないって、言ったら、すみれこさまはずっと隠れ家の前でしゃべったけど、僕は何もしゃべらなかった。



僕はもうずっと、良くない。





「身体強化がうまく行かなかったのが、相当こたえてるな、」
「嫌だと言えるだけ良いととらえておりますが、嫌いと言われるとこたえますね、」
「悪い、しばらく耐えてくれ、」
「それはもちろん、」

うつらうつらしてたら、声がした。

身体強化は、あるく魔法。
たちいろが玉(ぎょく)を持ってきて、魔力を入れるだけだった。
温玉(ぬくいだま)や煌玉(こうぎょく)といっしょだよって、はぎなが言った。
僕は魔力制御が上手だから、きっとできるって。

でも、僕はできなかった。

そわそわとぐらぐらを小さくししたくて、ぎゅってしたら、温かい手が僕の背中をなでる。
嫌、はずっとたくさんあるのに、背中がぽかぽかして涙が出た。

「何で、」

「うん?起きたか、」
「何で、しおう、」

目が開いたら、しおうが抱っこして、執務室にいた。

「お前が抱っこしろ、って来たんだよ。忘れた?」
「言わない、」
「そっか。じゃあ、俺が日向を欲しくて寝てるとこを攫って来たかもしれないなあ、」
「しおうのせい、」
「うん、俺のせい。でもせっかく攫ったんだから、甘えさせてよ、」
「や、だ、」

僕はまた嫌が増えてそわそわして、動きたいになる。
でも、しおうはぎゅってして、僕の口に口づけをした。
嫌だ、って思うのに、ふわふわになって、涙がボロボロ出てくる。


「しんどいな、日向、」


紫の目が、うんとやさしく僕をみた。

たぶん、僕が魔法がうまくできなくて泣いた時から、しおうはこの顔をする。
しんどいなあ、っていっぱい僕にやさしくする。
僕は悪いのに、やさしくするが、嫌だった。


「やぁ、だ、しおう、きらい、やだ、」
「ちゅうが嫌?やめる?」
「やめ、ない、でも、やだ、やだ、」
「うん、」


しおうは何度も何度もちゅうってする。
僕は何度も何度も、嫌だって言う。


やさしいがうれしいのに、嫌だ。
嫌になる、僕が嫌だ。

ごめんね、しおう。
みんなもごめんね。

でもそわそわもぐらぐらもなくならない。
嫌がいっぱいで、何も我慢ができない。

僕が良くないって、僕は分かる。


「こぁい、いら、なぃ、なる、こわい、僕、やだ、がまん、できない、ごめん、」
「うん、いいよ。我慢するな。全部吐き出せ、」


しおうが、いっぱいちゅうってするから、そわそわとぐらぐらとふわふわで、もうぐちゃぐちゃだった。

やさしくしないで、でも、やさしくして。
きらい、ちがう、大好き。
嫌だ、だけど、そばにいて。

ぜんぶ、しおうは、うん、って言った。


「吐き出すことは怖がらなくていい。日向には悪いけど、日向がどんなに嫌だって言っても、俺は番いだから。絶対離してやらないよ。嫌いって言っても、ずっと大好きのまま、ごめんな、」
「やぁ、だぁ、」
「うん、だから、ごめんって。離してやれなくて、ごめんなあ、」


しおうはちゅうってして、僕はまた、うーって泣くしかできなかった。

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