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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

70.日向 晩餐会

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草の上をころころしたら、いろんな生き物がいた。
土をほったら、もっといろんなのがいるがわかって、うれしい。
あおじも来て、あじろの頭に乗った。
あおじと一緒にころころしたら、もぐらがいるよって、あじろが言う。

僕がしらない生き物が、いっぱい。
大好きな裏庭が、もっともっときれいになった。



「こんなに泥だらけになって、」

顔も髪も服も手も、ぜんぶ草と土でよごれたから、うつぎが言う。
ちょっと困った顔。

「これは徹底的に綺麗に洗わないといけませんから、今日はお任せくださいね、」
「仕方ない、ね、」
「ええ、仕方ありません、」

今日は僕じゃできないって、僕もわかる。
だって爪の中まで真っ黒。口の中がヘンだなって思ったら、草が入ってた。

「本当に、こんなになるまで遊んで、」

泥だらけの僕を抱っこしたうつぎが、うれしそう。
いつもよりいっぱい泡を作って、うつぎはたんねんに僕を洗う。

みみずがうねうねして面白かったことと、そらがぎゃーってヘンな顔をしたことをしゃべったら、うつぎも声を出して笑った。
うつぎが笑う声、はじめて。きれい。

あじろがもぐらをつかまえようとして、めがねがぜんぶ真っ黒になったのをしゃべったら、うつぎはまた笑った。

うれしいな、たのしいな。
僕が洗えない、はかなしかったけど、うつぎの笑う声がきれいで、いっぱいふわふわする。
お湯に入ったら、あっという間に体がぽかぽかして、眠くなった。


「起きたか、」


目をあけたら、しおうがいた。
お風呂の中でねちゃったんだよ、って教えた。

お布団の上からお腹をなでながら、しおうは僕にちゅうってする。きれい。
いいのかな、ちゅうは本当は大事な人にとっておくものって、みずちが教えた。そらとはぎなとあずまも。
でもしおうは、僕のこと大事だよって、言うからいいかもしれない。

「お前、亜白と夕飯の約束したんだろ?どうする、まだ間に合うけど、行くか?」

僕が目をぱちぱちしたら、しおうは、忘れたのか、って笑う。
あじろと虫をさがしたとき、しおうが帰るぞって、言ったけど帰りたくなかった。
もっといっぱい、草の中と土の中が見たかった。
そしたらあじろが、また遊ぼう、って言う。いつって聞いたら、夕ご飯をいっしょにどうですか、ってあじろが言ったかもしれない。

「忘れたんなら、いいか、」
「忘れない、行く、」
「そうか、」

またちゅうってして、しおうが抱っこした。
「ばんさんよう」の服にきがえましょうね、ってうつぎが言う。はじめて見る水色の服。きれい。
しおうがきゅうじょうに行く時に着る服ににてた。

まあ、お似合いで、ってうつぎが言って、しおうもへえ、って言う。


「あらまあ、日向さんはなんでもお似合いねえ。素敵ですよ、」
「えええ、日向様、美人…」


「ばんさん」のお部屋にすみれこさまとあじろがいた。
すてき、はいい言葉。お腹がふわふわして、ちょっとそわそわもする。
ぴょんって、しおうの腕の中で体がはねた。

しおうが、嬉しいか、って笑う。

「本当に可愛い、似合ってるよ、」
「うん、」

しおうがまたちゅうってしたら、あじろがぽかんって顔になった。
はぎなが、でんか、って言う。
すみれこさまは、あらあらまあまあ、って笑った。

「え、と、その、殿下と日向様は、」
「今のところは、うちの息子の片思いねえ。日向さんも紫鷹さんのことはお好きだと思いますけど、」
「しおう、好き、」
「でも私のことも、萩花さんのことも、亜白さんのことも、お好きでしょう?」
「うん、好き」
「ぼ、僕も、ですか、」

余計なことを教えないでくださいって、しおうはふてくされる。
すみれこさまはしおうの母上だから、しおうはすみれこさまの前で、子どもみたいにふてくされるんだ、ってずっと前にとやが教えた。

「しおう、かわいいね、」
「は、」
「子どもみたい、」

はぎなとすみれこさまが笑って、あじろはぽかんって口がどんどん大きくなる。
しおうは真っ赤になった。これもかわいいって、言うって僕はわかる。

「ばんさん」は夕ご飯だった。
ご飯はいつもしおうと食べるけど、今日は違う。
すみれこさまと、あじろがいる。はぎなもいっしょ。
はぎなはいつもお仕事の服を着るのに、今日はうんときれいな服を着て、きれい。

はぎな、きれいね、って言ったら、しおうはまたふてくされた。


しおうの前にたくさんお皿がならぶ。
しおうは僕を抱っこしてるから、僕の前。
でも、僕は、お腹がわるいから、お皿は二つ。
よくなったら、日向にも食べさせてやりたい、ってしおうが言う。

「今日は亜白さんと裏庭で遊んだと聞いたのだけれど、何か見つかったかしら?」
「みみずと、ばったと、はちと、ありと、むかでと、くもと、もぐらがいた。こうちゅうも、」
「あの甲虫は吉丁虫(たまむし)の仲間でしたよ。」
「たまむし、」

食事中に虫の話か、ってしおうはへんな顔になる。
しおうは虫がにがて。そらもにがて。あじろは好き。
すみれこさまは分からないけど、僕とあじろの話を楽しそうに聞くから、好きかもしれない。きれい。

「日向は虫は平気なんだな、怖くなかったか?」
「くらに、いた。虫、ってわかった、はうれしい。」
「…そうか、」

くらの光があたるところに、羽をひらひらさせた虫がいた。糸をはるのは、くも。りーりー鳴いたのはこおろぎ。
痛い時に、りーりーが聞こえたら眠れたから、こおろぎってわかったがうれしい。

「あじろは、何でいっぱい、わかる?」
「え、は、えと、僕の母上が、動物が好きで、」
「あの子は、昔からその辺で見つけてきた生き物を片っ端から育てていましたからねえ、」
「はい、あの、羅郷(らごう)は雪国なので、冬の季節は生き物が少ないんですけど、母上は冬も生き物と一緒に過ごしたいと言って温室を作って、そのうちの一つを僕が任されているんです、」
「叔母上の教育方針で、亜白の兄弟は何かしら生き物を育てているんだよ。他の兄弟は犬とか馬だが、こいつは何でもありだ。」

いつかはどうぶつえん、を作るのがゆめです、ってあじろが言う。
僕が見たいって言ったら、あじろはぜひ、って言った。しおうは、いっしょにいこうな、って僕にちゅうってする。

「紫鷹さんは、もう少し人目というものをお考えなさいな、」
「今さらでしょう、母上、」
「殿下って、何だかイメージが違うんですが…、」
「うちの息子はねえ、日向さんに惚れて、随分と可愛らしくなったんですよ。ねえ、萩花さん、」
「ええ、可愛らしくなりましたねえ、」
「へ、へええ、」

みんなが笑って、しおうが真っ赤になる。
ふてくされてまた僕にちゅうってするのが、かわいい、かった。
ふわふわするね。きれいだね。

すみれこさまは、しおうがいっぱいおしゃべりするのがうれしい、って笑った。
しおうは、すみれこさまにかわいいわねえ、って言われてまたふてくされる。
あじろの母上の話がおもしろかった。
あじろよりうんと生き物にくわしい人。会ってみたい。
はぎながご飯を食べるのをはじめてみた。じょうずに食べるね。いつもと違うはぎな、きれい。
カチャカチャフォークとナイフの音がして、みんなの笑い声がして、ふわふわする。

「眠かったら、寝な、」

しおうが言う。
もっと知りたいがあってがんばったけど、どんどんまぶたが重くなって、しおうのお腹でうとうとした。




僕ね、少しずついろんなことが分かってきた。




16歳は、本当はしおうの膝でご飯を食べない。
もっと上手にスプーンもフォークも使う。
もっといっぱいご飯も食べる。
体もうんと大きいし、いろんなことがわかるし、できる。

ご飯は、どっかからぬすむものじゃない。
とられないようにかくしたり、しない。
食べても怒られたり、けられたりしない。

みんなが住むお家は、くらじゃない。

隠れ家にこもるは、僕だけ。

僕と同じ16歳のしおうと、とやと、あじろは、母上がいる。
大好きだよって母上がいっぱい大切にして、ご飯をいっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、いっぱい勉強したから、大きくなった。
小さい時に、大人が教えたから、魔法もできる。
お風呂も一人で入るし、ご飯も自分で食べる。

しおうには、すみれこさまがいて、生まれた時からずっと大好き。
あじろにも、母上がいて、生き物のことをいっぱい教えた。



僕はちがう、ね。
16歳なのに、小さいし、できないもわからないもいっぱい。


ご飯が食べられなかったから。
遊べなかったから。
眠るが、じょうずにできなかったから。
だから小さい。
できないが、いっぱいある。






誰も、僕が大事じゃなかったから。
僕は、小さい。


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