上 下
53 / 196
第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

52.紫鷹 とろける

しおりを挟む
「とぃの、ぇんどで、つくぃ、たかった、のに、」
「うん、粘土で鳥を作りたかったのか、」
「ぉお、うり、むぁさきの、きれい、で、でも、でき、なく、て、」
「うん、紫のやつが作りたかったんだな、」


夕食に間に合うように大急ぎで帰ってきたら、日向が涙と鼻水でべちゃべちゃになっていた。
いつものように膝の上に登ってきたので、背中を撫でながら話を聞く。
泣きすぎて聞き取れない部分が多かったが、要するに、粘土で鳥を作りたかったがうまくいかなかったということらしい。

理由も泣き顔も可愛すぎて、悶絶した。

「お散歩にもいかず、頑張ったんですけどねえ。日向様、壊滅的に不器用で、びっくりしました。」
「そぁ、いじ、わう、いぅ、」
「青空(そら)、お前は日向までいじめてんのか、」
「いじめてませんよ。デロデロに甘やかしてますもん。泣いてる日向様が可愛すぎて、もっと泣かせたいって気持ちはありますけども。」

わかる。
思わず口に出そうになって、すんでの所で止まる。
青空の口車に載せられる所だった。ニヤニヤしているあたり、わかってて言っているのだろう。本当にこいつは不敬極まりない。

「日向様って、言葉を覚えるのも早いし、魔法だってみんなが驚くくらいすごいんですよね?なのに、粘土が苦手って、可愛くないですか?」
「うん、可愛い、」
「し、し、ぉおが、いじ、わぅ、」
「ああ、ごめん。意地悪のつもりはなかった。粘土、苦手だったんだな、かなしいよな、」

何を言わせんだ、と青空を睨むが、やつはケラケラと笑って、夕食を並べた。
日向は本格的に泣き出して、とても夕食どころじゃない。

「力加減がうまくいかないんですよねえ。粘土、潰れるか形にならないかで、極端で。細かい作業が苦手なんですね、」
「何か大きいものから作ってみたらどうだ?」
「それじゃダメなんですって、」
「お前に聞いてない、」
「最近はマシになりましたけど、日向様って、スプーンやフォークも下手じゃないですか。字の練習もしてるんですけど、なかなか上達しなくって、」

こっちはこっちで人の話を聞かない。
いよいよ1人で喋り出した青空は放っておくことにした。

俺は、学院と朱華(はねず)で疲れてんだ。癒されたい。

相も変わらず、朱華は日向を春の式典に参加させろとうるさい。
日向を迎える件に関して、ほとんど母上に主導権を握られたせいだろう。何とか干渉しようとしつこかった。
日向を式典に参加させた所で、尼嶺(にれ)への優位性が変わる訳でもなかろうに。

「手や指先の感覚が鈍いんですかねえ。えさ台に置くパンもうまくちぎれないんですよ、」
「…そうか、」

なんだ、黙らないと思ったら、心配しているのか。
青空を見やると、済ました顔で「ちゃんと食べさせてくださいね」と部屋の隅へと下がった。

素直に言えばいいのに、なんて遠回しな言い方をするんだ、こいつは。
多分、日向を泣かせたいというのも本音だろうが、意地が悪すぎる。

「粘土も練習したらうまくなると思うけどな、」

ごしごしと手加減なしに顔を拭おうとする手をとり、拭いてやる。
そうなんだよな、日向は、放っておくと皮膚を破くくらい加減ができない。
青空が暗に示唆するように、手や指先の感覚も悪いのだとしたら、一度、小栗(おぐり)に全部調べさせる必要がある。内臓の機能も悪いところがあって、食事に気を使わせいているくらいだ。何が出てきてもおかしくないだろう。

「日向、スプーンもうまくなってきたんだから、粘土もできるよ。一緒に練習するから、な。」
「や、だ、」
「もう粘土はやらない?」
「や、る、」
「だろ。じゃあ、一緒に、」
「や、なの、しぉお、の、たんじょ、びに、おく、りもの、だか、ら、」
「は、」
「あーあ、言っちゃった、」

部屋の隅で、青空が肩をすくめてみせる。
ぐずぐずになった日向は、もう何も我慢できずに全部しゃべった。

「しぉお、の、むら、さき、とり、見つけ、た、」
「ああ、だから紫か、」
「おおぅり、きれい、で、しおぉが、ブロ、ちくれ、たから、あおじ、とおなじ、」
「ブローチにしてくれようとしたの?」
「おそぉい、しおぉに、おめぇとう、の、おくぃ、もの」
「お揃いかあ、いいなあ、」
「でき、なく、て、」
「うん、頑張ってくれたんだなあ、」

俺へのプレゼントを作りたくて、でもできなくて泣いているのか。
日向には悪いが、可愛くて可愛くてたまらない。
俺は幸せ者だ。

「なあ、日向。うまくできなくてもいいから、ちょうだい。今日作ったのも、俺がもらう。」
「でき、な、か、った、」
「うん、でももらう。日向の全部、俺がもらう。」

泣きすぎて呼吸が怪しくなってきた口を奪う。
全部、欲しかった。

「日向が少しずつうまくなってくの、知ってるよ。だから、全部見せて。全部もらう。全部嬉しいから。な、だから、もう泣くな、」

時々しゃくりあげながら、それでもぼんやりと、日向が見上げてくる。
もう一度口付けると、日向から迎えてくれた。上顎を撫でて舌を絡める。日向も、同じように返してくれた。うまくなったな。

「くれる?」
「う、ん」

とろん、と溶けた顔が、ぐちゃぐちゃなのに、綺麗で可愛かった。
体を抱き直して、食事をさせる。日向は惚けてスプーンも持てなかったから、全部食べさせてやった。



あとで全力で青空に殴られたが、後悔はない。
日向が失敗したという粘土は全部回収した。
ああ、俺は幸せ者だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

養子の僕が愛されるわけない…と思ってたのに兄たちに溺愛されました

日野
BL
両親から捨てられ孤児院に入った10歳のラキはそこでも虐められる。 ある日、少し前から通っていて仲良くなった霧雨アキヒトから養子に来ないかと誘われる。 自分が行っても嫌な思いをさせてしまうのではないかと考えたラキは1度断るが熱心なアキヒトに折れ、霧雨家の養子となり、そこでの生活が始まる。 霧雨家には5人の兄弟がおり、その兄たちに溺愛され甘々に育てられるとラキはまだ知らない……。 養子になるまでハイペースで進みます。養子になったらゆっくり進めようと思ってます。 Rないです。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

平凡でモブな僕が鬼将軍の番になるまで

月影美空
BL
平凡で人より出来が悪い僕、アリアは病弱で薬代や治療費がかかるため 奴隷商に売られてしまった。奴隷商の檻の中で衰弱していた時御伽噺の中だけだと思っていた、 伝説の存在『精霊』を見ることができるようになる。 精霊の助けを借りて何とか脱出できたアリアは森でスローライフを送り始める。 のはずが、気が付いたら「ガーザスリアン帝国」の鬼将軍と恐れられている ルーカス・リアンティスの番になっていた話。

処理中です...