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第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から
52.紫鷹 とろける
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「とぃの、ぇんどで、つくぃ、たかった、のに、」
「うん、粘土で鳥を作りたかったのか、」
「ぉお、うり、むぁさきの、きれい、で、でも、でき、なく、て、」
「うん、紫のやつが作りたかったんだな、」
夕食に間に合うように大急ぎで帰ってきたら、日向が涙と鼻水でべちゃべちゃになっていた。
いつものように膝の上に登ってきたので、背中を撫でながら話を聞く。
泣きすぎて聞き取れない部分が多かったが、要するに、粘土で鳥を作りたかったがうまくいかなかったということらしい。
理由も泣き顔も可愛すぎて、悶絶した。
「お散歩にもいかず、頑張ったんですけどねえ。日向様、壊滅的に不器用で、びっくりしました。」
「そぁ、いじ、わう、いぅ、」
「青空(そら)、お前は日向までいじめてんのか、」
「いじめてませんよ。デロデロに甘やかしてますもん。泣いてる日向様が可愛すぎて、もっと泣かせたいって気持ちはありますけども。」
わかる。
思わず口に出そうになって、すんでの所で止まる。
青空の口車に載せられる所だった。ニヤニヤしているあたり、わかってて言っているのだろう。本当にこいつは不敬極まりない。
「日向様って、言葉を覚えるのも早いし、魔法だってみんなが驚くくらいすごいんですよね?なのに、粘土が苦手って、可愛くないですか?」
「うん、可愛い、」
「し、し、ぉおが、いじ、わぅ、」
「ああ、ごめん。意地悪のつもりはなかった。粘土、苦手だったんだな、かなしいよな、」
何を言わせんだ、と青空を睨むが、やつはケラケラと笑って、夕食を並べた。
日向は本格的に泣き出して、とても夕食どころじゃない。
「力加減がうまくいかないんですよねえ。粘土、潰れるか形にならないかで、極端で。細かい作業が苦手なんですね、」
「何か大きいものから作ってみたらどうだ?」
「それじゃダメなんですって、」
「お前に聞いてない、」
「最近はマシになりましたけど、日向様って、スプーンやフォークも下手じゃないですか。字の練習もしてるんですけど、なかなか上達しなくって、」
こっちはこっちで人の話を聞かない。
いよいよ1人で喋り出した青空は放っておくことにした。
俺は、学院と朱華(はねず)で疲れてんだ。癒されたい。
相も変わらず、朱華は日向を春の式典に参加させろとうるさい。
日向を迎える件に関して、ほとんど母上に主導権を握られたせいだろう。何とか干渉しようとしつこかった。
日向を式典に参加させた所で、尼嶺(にれ)への優位性が変わる訳でもなかろうに。
「手や指先の感覚が鈍いんですかねえ。えさ台に置くパンもうまくちぎれないんですよ、」
「…そうか、」
なんだ、黙らないと思ったら、心配しているのか。
青空を見やると、済ました顔で「ちゃんと食べさせてくださいね」と部屋の隅へと下がった。
素直に言えばいいのに、なんて遠回しな言い方をするんだ、こいつは。
多分、日向を泣かせたいというのも本音だろうが、意地が悪すぎる。
「粘土も練習したらうまくなると思うけどな、」
ごしごしと手加減なしに顔を拭おうとする手をとり、拭いてやる。
そうなんだよな、日向は、放っておくと皮膚を破くくらい加減ができない。
青空が暗に示唆するように、手や指先の感覚も悪いのだとしたら、一度、小栗(おぐり)に全部調べさせる必要がある。内臓の機能も悪いところがあって、食事に気を使わせいているくらいだ。何が出てきてもおかしくないだろう。
「日向、スプーンもうまくなってきたんだから、粘土もできるよ。一緒に練習するから、な。」
「や、だ、」
「もう粘土はやらない?」
「や、る、」
「だろ。じゃあ、一緒に、」
「や、なの、しぉお、の、たんじょ、びに、おく、りもの、だか、ら、」
「は、」
「あーあ、言っちゃった、」
部屋の隅で、青空が肩をすくめてみせる。
ぐずぐずになった日向は、もう何も我慢できずに全部しゃべった。
「しぉお、の、むら、さき、とり、見つけ、た、」
「ああ、だから紫か、」
「おおぅり、きれい、で、しおぉが、ブロ、ちくれ、たから、あおじ、とおなじ、」
「ブローチにしてくれようとしたの?」
「おそぉい、しおぉに、おめぇとう、の、おくぃ、もの」
「お揃いかあ、いいなあ、」
「でき、なく、て、」
「うん、頑張ってくれたんだなあ、」
俺へのプレゼントを作りたくて、でもできなくて泣いているのか。
日向には悪いが、可愛くて可愛くてたまらない。
俺は幸せ者だ。
「なあ、日向。うまくできなくてもいいから、ちょうだい。今日作ったのも、俺がもらう。」
「でき、な、か、った、」
「うん、でももらう。日向の全部、俺がもらう。」
泣きすぎて呼吸が怪しくなってきた口を奪う。
全部、欲しかった。
「日向が少しずつうまくなってくの、知ってるよ。だから、全部見せて。全部もらう。全部嬉しいから。な、だから、もう泣くな、」
時々しゃくりあげながら、それでもぼんやりと、日向が見上げてくる。
もう一度口付けると、日向から迎えてくれた。上顎を撫でて舌を絡める。日向も、同じように返してくれた。うまくなったな。
「くれる?」
「う、ん」
とろん、と溶けた顔が、ぐちゃぐちゃなのに、綺麗で可愛かった。
体を抱き直して、食事をさせる。日向は惚けてスプーンも持てなかったから、全部食べさせてやった。
あとで全力で青空に殴られたが、後悔はない。
日向が失敗したという粘土は全部回収した。
ああ、俺は幸せ者だ。
「うん、粘土で鳥を作りたかったのか、」
「ぉお、うり、むぁさきの、きれい、で、でも、でき、なく、て、」
「うん、紫のやつが作りたかったんだな、」
夕食に間に合うように大急ぎで帰ってきたら、日向が涙と鼻水でべちゃべちゃになっていた。
いつものように膝の上に登ってきたので、背中を撫でながら話を聞く。
泣きすぎて聞き取れない部分が多かったが、要するに、粘土で鳥を作りたかったがうまくいかなかったということらしい。
理由も泣き顔も可愛すぎて、悶絶した。
「お散歩にもいかず、頑張ったんですけどねえ。日向様、壊滅的に不器用で、びっくりしました。」
「そぁ、いじ、わう、いぅ、」
「青空(そら)、お前は日向までいじめてんのか、」
「いじめてませんよ。デロデロに甘やかしてますもん。泣いてる日向様が可愛すぎて、もっと泣かせたいって気持ちはありますけども。」
わかる。
思わず口に出そうになって、すんでの所で止まる。
青空の口車に載せられる所だった。ニヤニヤしているあたり、わかってて言っているのだろう。本当にこいつは不敬極まりない。
「日向様って、言葉を覚えるのも早いし、魔法だってみんなが驚くくらいすごいんですよね?なのに、粘土が苦手って、可愛くないですか?」
「うん、可愛い、」
「し、し、ぉおが、いじ、わぅ、」
「ああ、ごめん。意地悪のつもりはなかった。粘土、苦手だったんだな、かなしいよな、」
何を言わせんだ、と青空を睨むが、やつはケラケラと笑って、夕食を並べた。
日向は本格的に泣き出して、とても夕食どころじゃない。
「力加減がうまくいかないんですよねえ。粘土、潰れるか形にならないかで、極端で。細かい作業が苦手なんですね、」
「何か大きいものから作ってみたらどうだ?」
「それじゃダメなんですって、」
「お前に聞いてない、」
「最近はマシになりましたけど、日向様って、スプーンやフォークも下手じゃないですか。字の練習もしてるんですけど、なかなか上達しなくって、」
こっちはこっちで人の話を聞かない。
いよいよ1人で喋り出した青空は放っておくことにした。
俺は、学院と朱華(はねず)で疲れてんだ。癒されたい。
相も変わらず、朱華は日向を春の式典に参加させろとうるさい。
日向を迎える件に関して、ほとんど母上に主導権を握られたせいだろう。何とか干渉しようとしつこかった。
日向を式典に参加させた所で、尼嶺(にれ)への優位性が変わる訳でもなかろうに。
「手や指先の感覚が鈍いんですかねえ。えさ台に置くパンもうまくちぎれないんですよ、」
「…そうか、」
なんだ、黙らないと思ったら、心配しているのか。
青空を見やると、済ました顔で「ちゃんと食べさせてくださいね」と部屋の隅へと下がった。
素直に言えばいいのに、なんて遠回しな言い方をするんだ、こいつは。
多分、日向を泣かせたいというのも本音だろうが、意地が悪すぎる。
「粘土も練習したらうまくなると思うけどな、」
ごしごしと手加減なしに顔を拭おうとする手をとり、拭いてやる。
そうなんだよな、日向は、放っておくと皮膚を破くくらい加減ができない。
青空が暗に示唆するように、手や指先の感覚も悪いのだとしたら、一度、小栗(おぐり)に全部調べさせる必要がある。内臓の機能も悪いところがあって、食事に気を使わせいているくらいだ。何が出てきてもおかしくないだろう。
「日向、スプーンもうまくなってきたんだから、粘土もできるよ。一緒に練習するから、な。」
「や、だ、」
「もう粘土はやらない?」
「や、る、」
「だろ。じゃあ、一緒に、」
「や、なの、しぉお、の、たんじょ、びに、おく、りもの、だか、ら、」
「は、」
「あーあ、言っちゃった、」
部屋の隅で、青空が肩をすくめてみせる。
ぐずぐずになった日向は、もう何も我慢できずに全部しゃべった。
「しぉお、の、むら、さき、とり、見つけ、た、」
「ああ、だから紫か、」
「おおぅり、きれい、で、しおぉが、ブロ、ちくれ、たから、あおじ、とおなじ、」
「ブローチにしてくれようとしたの?」
「おそぉい、しおぉに、おめぇとう、の、おくぃ、もの」
「お揃いかあ、いいなあ、」
「でき、なく、て、」
「うん、頑張ってくれたんだなあ、」
俺へのプレゼントを作りたくて、でもできなくて泣いているのか。
日向には悪いが、可愛くて可愛くてたまらない。
俺は幸せ者だ。
「なあ、日向。うまくできなくてもいいから、ちょうだい。今日作ったのも、俺がもらう。」
「でき、な、か、った、」
「うん、でももらう。日向の全部、俺がもらう。」
泣きすぎて呼吸が怪しくなってきた口を奪う。
全部、欲しかった。
「日向が少しずつうまくなってくの、知ってるよ。だから、全部見せて。全部もらう。全部嬉しいから。な、だから、もう泣くな、」
時々しゃくりあげながら、それでもぼんやりと、日向が見上げてくる。
もう一度口付けると、日向から迎えてくれた。上顎を撫でて舌を絡める。日向も、同じように返してくれた。うまくなったな。
「くれる?」
「う、ん」
とろん、と溶けた顔が、ぐちゃぐちゃなのに、綺麗で可愛かった。
体を抱き直して、食事をさせる。日向は惚けてスプーンも持てなかったから、全部食べさせてやった。
あとで全力で青空に殴られたが、後悔はない。
日向が失敗したという粘土は全部回収した。
ああ、俺は幸せ者だ。
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