38 / 196
第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
37.紫鷹 守るべきもの
しおりを挟む
「立場を考えろよ、紫鷹(しおう)」
「は、お前がいうな。一番不敬なのはお前だろう、」
学院の中庭。
学友たちと距離を置いて座った場所で、開口一番藤夜(とうや)が苦言を呈した。
いや、お前が言うな。ホントに。
「萩花(はぎな)が驚いてただろ。というか、呆れてた。恥ずかしくないの、お前。」
「萩花相手に今さらだろ。」
「まあ、何度挑んでもぼこぼこにされてたもんなあ、俺は勝ったこともあるけど」
「うるさい、脳筋と比べるな」
騎士として鍛えた萩花と、肉体と魔法の鍛錬で脳が埋まった馬鹿と比較されても困る。
じろりとにらみつけると、藤夜は大げさに息を吐いた。
「気安いのは構わないが、騎士が初めて主に参謁する場くらい、お膳立ててやれよ。萩花も相当の覚悟で来てんだ」
「…俺は認めてない」
「はあ、」
またため息を吐く。本当に遠慮がない。
つい数刻前までは、平然を装いつつも肩に力を入れて緊張していたのが、今は微塵もなかった。
日向に萩花を引き合わせた。未だ心労が残る日向が、何をきっかけに恐慌に陥るか、この男が不安に思わなかったはずがない。
俺の侍従として、友として。
日向の友として。
だが、日向の魔法が、ここにも効いている。
苦言を呈しているくせに、穏やかな顔をしている。
その顔を見ると、ますます腹が立った。
「なんで、ひな、なんだ。」
「は、」
「というか、何でお前なんだ、」
日向の初めての「お願い」が、この男に奪われた。
俺が大事に大事にして、いつか聞けるかと楽しみにしていたものを、この男が。
「何ですか、それ。嫉妬ですか、殿下。」
「うるさい、」
「ひなのあれは、弟が兄に甘えるようなもんです。俺がひなの兄で、ひなが紫鷹の兄。お前は末っ子。」
「ああ?」
ぶはっと、藤夜が笑った。自分で言って、おかしくなって笑うのか。何だ、お前。
本当に腹が立つ。
「お前こそ、怖かったくせに。日向は気づいてたぞ、お前が日向に距離取ってること。」
「ああ、本当にひなは聡いな」
「いや、何だその顔、マジでむかつくな、お前。」
緊張感が抜け、穏やかでどこか慈愛に満ちた笑みに、こちらの背筋が寒くなる。鉄仮面はどこに行ったんだ。
やめてくれ。
だが、ここ数日の青い顔よりマシか。
日向が床に縋り付いて混乱したのを見た後、藤夜の憔悴ぶりは俺以上だった。
己の存在と言葉が、日向の中の恐怖を引き出したことが、その引き金を引いたことが、あまりに重苦しかったのだろう。日向に近づくのを避けていると、そばにいる俺には感じられた。
だが、その一方で、お前は日向のことを真剣に考えていただろう。
もし、日向と俺を天秤にかける時が来たら、こいつは迷わず俺を選ぶ。
日向に魔力制御の鍛錬が必要だと進言したのも、自ら訓練をかってでたのも、根源には侍従として、俺を守らねばならないという考えがあったからだろう。
そういう男だと知っている。
それだけでないことも知っている。
離宮の他の者がそうであるように、お前だって日向の幸福を願っているだろう。
だから日向の痛みや恐怖に触れることを恐れたし、距離を置いた。
同時に、日向を守る術を真剣に考えてもいる。
魔力制御が、日向を守る。
制御できないときに備えて、萩花を置く。
秤にかけるときに備えて、萩花を置く。
ーーー日向を守るために。
立場を考えろ、の言葉が耳に痛い。
俺が皇子としての役割がゆえに、日向の傍にいられないこと。藤夜や草の者、離宮の騎士たちがその役割がゆえに、日向を優先できないこと。そういうことを全部わかって、藤夜は動く。
頼りにしている。
頭ではわかっている。
それでも腹は立つ。
日向の中で、藤夜との「約束」が恐慌に陥るほど大切だったこと。
藤夜に「ひな」と呼ばれることが、日向の中で特別だったこと。
藤夜の「魔法」を日向が好きなこと。
俺以上に冷静に、日向を思って、考えていること。
それでいて、いつだって中心に俺への臣従を置いていること。
そのすべてに、腹が立つ。
「やめろ、その顔」
「どんな顔ですか。嫉妬でゆがんだ殿下よりマシだと思いますが、」
「くっそ、」
穏やかに笑う同い年の男が、自分よりも大人びているように見えた。だが、お前も日向も兄ではない。断じて、俺は弟ではない。そんなことがあってたまるか。
本当に腹が立つ。
「は、お前がいうな。一番不敬なのはお前だろう、」
学院の中庭。
学友たちと距離を置いて座った場所で、開口一番藤夜(とうや)が苦言を呈した。
いや、お前が言うな。ホントに。
「萩花(はぎな)が驚いてただろ。というか、呆れてた。恥ずかしくないの、お前。」
「萩花相手に今さらだろ。」
「まあ、何度挑んでもぼこぼこにされてたもんなあ、俺は勝ったこともあるけど」
「うるさい、脳筋と比べるな」
騎士として鍛えた萩花と、肉体と魔法の鍛錬で脳が埋まった馬鹿と比較されても困る。
じろりとにらみつけると、藤夜は大げさに息を吐いた。
「気安いのは構わないが、騎士が初めて主に参謁する場くらい、お膳立ててやれよ。萩花も相当の覚悟で来てんだ」
「…俺は認めてない」
「はあ、」
またため息を吐く。本当に遠慮がない。
つい数刻前までは、平然を装いつつも肩に力を入れて緊張していたのが、今は微塵もなかった。
日向に萩花を引き合わせた。未だ心労が残る日向が、何をきっかけに恐慌に陥るか、この男が不安に思わなかったはずがない。
俺の侍従として、友として。
日向の友として。
だが、日向の魔法が、ここにも効いている。
苦言を呈しているくせに、穏やかな顔をしている。
その顔を見ると、ますます腹が立った。
「なんで、ひな、なんだ。」
「は、」
「というか、何でお前なんだ、」
日向の初めての「お願い」が、この男に奪われた。
俺が大事に大事にして、いつか聞けるかと楽しみにしていたものを、この男が。
「何ですか、それ。嫉妬ですか、殿下。」
「うるさい、」
「ひなのあれは、弟が兄に甘えるようなもんです。俺がひなの兄で、ひなが紫鷹の兄。お前は末っ子。」
「ああ?」
ぶはっと、藤夜が笑った。自分で言って、おかしくなって笑うのか。何だ、お前。
本当に腹が立つ。
「お前こそ、怖かったくせに。日向は気づいてたぞ、お前が日向に距離取ってること。」
「ああ、本当にひなは聡いな」
「いや、何だその顔、マジでむかつくな、お前。」
緊張感が抜け、穏やかでどこか慈愛に満ちた笑みに、こちらの背筋が寒くなる。鉄仮面はどこに行ったんだ。
やめてくれ。
だが、ここ数日の青い顔よりマシか。
日向が床に縋り付いて混乱したのを見た後、藤夜の憔悴ぶりは俺以上だった。
己の存在と言葉が、日向の中の恐怖を引き出したことが、その引き金を引いたことが、あまりに重苦しかったのだろう。日向に近づくのを避けていると、そばにいる俺には感じられた。
だが、その一方で、お前は日向のことを真剣に考えていただろう。
もし、日向と俺を天秤にかける時が来たら、こいつは迷わず俺を選ぶ。
日向に魔力制御の鍛錬が必要だと進言したのも、自ら訓練をかってでたのも、根源には侍従として、俺を守らねばならないという考えがあったからだろう。
そういう男だと知っている。
それだけでないことも知っている。
離宮の他の者がそうであるように、お前だって日向の幸福を願っているだろう。
だから日向の痛みや恐怖に触れることを恐れたし、距離を置いた。
同時に、日向を守る術を真剣に考えてもいる。
魔力制御が、日向を守る。
制御できないときに備えて、萩花を置く。
秤にかけるときに備えて、萩花を置く。
ーーー日向を守るために。
立場を考えろ、の言葉が耳に痛い。
俺が皇子としての役割がゆえに、日向の傍にいられないこと。藤夜や草の者、離宮の騎士たちがその役割がゆえに、日向を優先できないこと。そういうことを全部わかって、藤夜は動く。
頼りにしている。
頭ではわかっている。
それでも腹は立つ。
日向の中で、藤夜との「約束」が恐慌に陥るほど大切だったこと。
藤夜に「ひな」と呼ばれることが、日向の中で特別だったこと。
藤夜の「魔法」を日向が好きなこと。
俺以上に冷静に、日向を思って、考えていること。
それでいて、いつだって中心に俺への臣従を置いていること。
そのすべてに、腹が立つ。
「やめろ、その顔」
「どんな顔ですか。嫉妬でゆがんだ殿下よりマシだと思いますが、」
「くっそ、」
穏やかに笑う同い年の男が、自分よりも大人びているように見えた。だが、お前も日向も兄ではない。断じて、俺は弟ではない。そんなことがあってたまるか。
本当に腹が立つ。
177
お気に入りに追加
1,275
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
養子の僕が愛されるわけない…と思ってたのに兄たちに溺愛されました
日野
BL
両親から捨てられ孤児院に入った10歳のラキはそこでも虐められる。
ある日、少し前から通っていて仲良くなった霧雨アキヒトから養子に来ないかと誘われる。
自分が行っても嫌な思いをさせてしまうのではないかと考えたラキは1度断るが熱心なアキヒトに折れ、霧雨家の養子となり、そこでの生活が始まる。
霧雨家には5人の兄弟がおり、その兄たちに溺愛され甘々に育てられるとラキはまだ知らない……。
養子になるまでハイペースで進みます。養子になったらゆっくり進めようと思ってます。
Rないです。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
平凡でモブな僕が鬼将軍の番になるまで
月影美空
BL
平凡で人より出来が悪い僕、アリアは病弱で薬代や治療費がかかるため
奴隷商に売られてしまった。奴隷商の檻の中で衰弱していた時御伽噺の中だけだと思っていた、
伝説の存在『精霊』を見ることができるようになる。
精霊の助けを借りて何とか脱出できたアリアは森でスローライフを送り始める。
のはずが、気が付いたら「ガーザスリアン帝国」の鬼将軍と恐れられている
ルーカス・リアンティスの番になっていた話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる