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第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち
16.水蛟 かわいい王子とお馬鹿な皇子
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「うん、うまいよ。ありがと」
「ぅあいぉ、あぃあと、」
日向様の手から、赤い実を食べさせられた殿下がいう。それを日向様がまねる。
あーあ、なんてだらしない顔。殿下、今ご自分がどんな顔していらっしゃるか気づいています?
お目覚めになってから、日向様の暮らしは少しずつ変化している。
隠れ家を出て過ごすことが増えたし、私たちを怖がらなくなった。少なくとも、この部屋を受け持つ4人の侍女と、晴海さん、主治医の小栗さん、妃殿下と紫鷹殿下、殿下のご友人の藤夜様は。
震えたり、隠れ家にこもって出てこないこともあるけれど、少しずつ少しずつ変わってきている。
日向様が変わるにつれて、私たちも変わった。
はじまりは、義務感が強かったと思うの。小さくて弱い王子様を守らなければならない。救って差し上げなければならない。そんな風に。
でも、今は少し違う。
日向様から、私への信頼を感じる。そのことが、本当に本当にうれしくて愛しい。
日毎、変化していくお姿が、自分のことのように感じられて、食べたり話したり、歩いたり歌ったり、そんな一つひとつが宝物のように思えてしまう。
可愛くて仕方がない。
みんなそうじゃないかしら。
離宮の空気が柔らかくなった気がするの。みんなの目がとても穏やかに。
でも一番変わったのは、この皇子様。
「日向、それ使いな」
「それ、」
「スプーン、スープはスプーンで飲むもの」
「すぷーん、すーぷ、で、すぷーん、のむ」
「違う、違う、スプーンでスープを飲むの。使い方教えたろ?」
隠れ家の前に座って、一生懸命咀嚼する日向様を、紫鷹殿下は、楽しそうに眺めている。
殿下って、こんな人だったかしら。
幼いころは可愛らしかったけれど、成長するにつれて、イライラすることが増えたし、わがままで、周囲の言葉に耳を傾けない頑なな感じがあった。末っ子のわがまま皇子様、って感じ。
最近だって、ずっと気が張って、周りをけん制して、近寄らせない雰囲気があったじゃない?
それがどう?
目の前の皇子様は、床に腰を下ろして、立てた片方の膝を両手で抱いて、その上に顎をおいて、それはそれは楽しそうに、嬉しそうに、無邪気に日向様の食事風景を鑑賞されている。
言葉を濁さずに言うと、デレていらっしゃる。
そのくせ、日向様が私に話しかけようものなら、いつもの、いえ、いつも以上の怖い顔になる。
殿下、それ、なんて言うか知ってます?
嫉妬、っていいます。
「みぅち、ちゃべぅ」
日向様が、パンのかけらを私に差し出す。食べていいんですか、ありがとうございます。
お隣の紫鷹殿下が、ものすごい顔で日向様を見ていた。それから私をにらむ。あー怖い。
私、板挟みではないかしら。困ったわー。
「みぅち、」
「日向、それはお前の分。水蛟は自分のご飯があるから、お前はお前の分をちゃんと食べなさい。」
「ぶん、」
「そう、このご飯は日向のご飯。」
「ぼくのごはん、」
「残すなら俺が食べてやるから、今は自分の分を食べな、」
「うん、」
殿下が食べるなら、私が食べてもいいと思うんですけれど、違いますか?
まあまあ、そんな安心した顔で見下ろして。
「日向、」
そんな甘い声で名前を呼んで。
気づいておりますよ。
ご自分の膝を抱いたその両手を、何度もほどきかけて握り直していらっしゃるでしょう?
日向様に手を伸ばしかけて、何度も引き戻しておられるでしょう?
最近の日向様は、なでられることはお嫌ではない様子です。
声をかけて、優しくなでれば、それはそれは可愛いお顔ですりすりと寄ってきますよ。
ええ、ホントに可愛くて、私は一日に何度もなでてしまいます。
でも殿下には教えません。
頑張って我慢を覚えてください。
だって殿下、ご自分のお気持ちにも気づいていらっしゃらないお馬鹿さんですものね。
一度触れたら、我慢できなくなるでしょう?
水蛟は、日向様をお守りするのがお役目ですから。
そんなお馬鹿さんが暴走しないように、見張るのもお役目の一つです。
「ちゃべちゃ、」
「もういいの?」
「うん、」
「じゃ、それ食べさせて、」
「しおぉの?」
「そ、俺にちょうだい」
甘ったるい声が聞こえて、お二人を振り返る。
殿下の開いた口に、日向様が残ったパンを詰め込んでいた。
そうきましたか。殿下って、意外と甘え上手だったんですね。末っ子だから?
日向様の水色の瞳がキラキラと光っていらっしゃる。あー、おもちゃで遊ぶこどもみたいな目。可愛いわー。癒されるわー。
止められないわー。
「うん、うまいよ。ありがと、」
「うまい、よ、あぃあと、」
ゆるゆると、殿下の表情がどんどん穏やかになっていく。
右手が動く。伸びて、日向様を捕まえに行く。
「日向様、お食事が終わりましたら、お風呂の時間ですよ。宇継が参りますから、お仕度したしましょう、」
「うん、」
殿下の手が届く前に、日向様が立ち上がる。殿下の手は空を切る。
殿下がものすごい目でこちらを見たけれど、無視をした。
嫉妬。ものすごい嫉妬。
私でなく、宇継にですね。わかります。お風呂入れたいんでしょう。
でもダメですよ。わかってるでしょう。
まだお風呂は宇継以外、お手伝いできません。殿下も私も、他の誰もダメです。
殿下が急速に日向様に惹かれていっているのはわかっています。
でも日向様の心は、とてもゆっくりなんです。
だから我慢してください。
日向様の速度で、愛してあげてください。
思春期だからって、暴走しないでくださいね。
「ぅあいぉ、あぃあと、」
日向様の手から、赤い実を食べさせられた殿下がいう。それを日向様がまねる。
あーあ、なんてだらしない顔。殿下、今ご自分がどんな顔していらっしゃるか気づいています?
お目覚めになってから、日向様の暮らしは少しずつ変化している。
隠れ家を出て過ごすことが増えたし、私たちを怖がらなくなった。少なくとも、この部屋を受け持つ4人の侍女と、晴海さん、主治医の小栗さん、妃殿下と紫鷹殿下、殿下のご友人の藤夜様は。
震えたり、隠れ家にこもって出てこないこともあるけれど、少しずつ少しずつ変わってきている。
日向様が変わるにつれて、私たちも変わった。
はじまりは、義務感が強かったと思うの。小さくて弱い王子様を守らなければならない。救って差し上げなければならない。そんな風に。
でも、今は少し違う。
日向様から、私への信頼を感じる。そのことが、本当に本当にうれしくて愛しい。
日毎、変化していくお姿が、自分のことのように感じられて、食べたり話したり、歩いたり歌ったり、そんな一つひとつが宝物のように思えてしまう。
可愛くて仕方がない。
みんなそうじゃないかしら。
離宮の空気が柔らかくなった気がするの。みんなの目がとても穏やかに。
でも一番変わったのは、この皇子様。
「日向、それ使いな」
「それ、」
「スプーン、スープはスプーンで飲むもの」
「すぷーん、すーぷ、で、すぷーん、のむ」
「違う、違う、スプーンでスープを飲むの。使い方教えたろ?」
隠れ家の前に座って、一生懸命咀嚼する日向様を、紫鷹殿下は、楽しそうに眺めている。
殿下って、こんな人だったかしら。
幼いころは可愛らしかったけれど、成長するにつれて、イライラすることが増えたし、わがままで、周囲の言葉に耳を傾けない頑なな感じがあった。末っ子のわがまま皇子様、って感じ。
最近だって、ずっと気が張って、周りをけん制して、近寄らせない雰囲気があったじゃない?
それがどう?
目の前の皇子様は、床に腰を下ろして、立てた片方の膝を両手で抱いて、その上に顎をおいて、それはそれは楽しそうに、嬉しそうに、無邪気に日向様の食事風景を鑑賞されている。
言葉を濁さずに言うと、デレていらっしゃる。
そのくせ、日向様が私に話しかけようものなら、いつもの、いえ、いつも以上の怖い顔になる。
殿下、それ、なんて言うか知ってます?
嫉妬、っていいます。
「みぅち、ちゃべぅ」
日向様が、パンのかけらを私に差し出す。食べていいんですか、ありがとうございます。
お隣の紫鷹殿下が、ものすごい顔で日向様を見ていた。それから私をにらむ。あー怖い。
私、板挟みではないかしら。困ったわー。
「みぅち、」
「日向、それはお前の分。水蛟は自分のご飯があるから、お前はお前の分をちゃんと食べなさい。」
「ぶん、」
「そう、このご飯は日向のご飯。」
「ぼくのごはん、」
「残すなら俺が食べてやるから、今は自分の分を食べな、」
「うん、」
殿下が食べるなら、私が食べてもいいと思うんですけれど、違いますか?
まあまあ、そんな安心した顔で見下ろして。
「日向、」
そんな甘い声で名前を呼んで。
気づいておりますよ。
ご自分の膝を抱いたその両手を、何度もほどきかけて握り直していらっしゃるでしょう?
日向様に手を伸ばしかけて、何度も引き戻しておられるでしょう?
最近の日向様は、なでられることはお嫌ではない様子です。
声をかけて、優しくなでれば、それはそれは可愛いお顔ですりすりと寄ってきますよ。
ええ、ホントに可愛くて、私は一日に何度もなでてしまいます。
でも殿下には教えません。
頑張って我慢を覚えてください。
だって殿下、ご自分のお気持ちにも気づいていらっしゃらないお馬鹿さんですものね。
一度触れたら、我慢できなくなるでしょう?
水蛟は、日向様をお守りするのがお役目ですから。
そんなお馬鹿さんが暴走しないように、見張るのもお役目の一つです。
「ちゃべちゃ、」
「もういいの?」
「うん、」
「じゃ、それ食べさせて、」
「しおぉの?」
「そ、俺にちょうだい」
甘ったるい声が聞こえて、お二人を振り返る。
殿下の開いた口に、日向様が残ったパンを詰め込んでいた。
そうきましたか。殿下って、意外と甘え上手だったんですね。末っ子だから?
日向様の水色の瞳がキラキラと光っていらっしゃる。あー、おもちゃで遊ぶこどもみたいな目。可愛いわー。癒されるわー。
止められないわー。
「うん、うまいよ。ありがと、」
「うまい、よ、あぃあと、」
ゆるゆると、殿下の表情がどんどん穏やかになっていく。
右手が動く。伸びて、日向様を捕まえに行く。
「日向様、お食事が終わりましたら、お風呂の時間ですよ。宇継が参りますから、お仕度したしましょう、」
「うん、」
殿下の手が届く前に、日向様が立ち上がる。殿下の手は空を切る。
殿下がものすごい目でこちらを見たけれど、無視をした。
嫉妬。ものすごい嫉妬。
私でなく、宇継にですね。わかります。お風呂入れたいんでしょう。
でもダメですよ。わかってるでしょう。
まだお風呂は宇継以外、お手伝いできません。殿下も私も、他の誰もダメです。
殿下が急速に日向様に惹かれていっているのはわかっています。
でも日向様の心は、とてもゆっくりなんです。
だから我慢してください。
日向様の速度で、愛してあげてください。
思春期だからって、暴走しないでくださいね。
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