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第壱部-Ⅱ:はじまりは確かに駒だった

8.藤夜(とうや) 幼馴染の主が気持ち悪い

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「どう思う、藤夜」

昼食を頬張った紫鷹が、真剣な目をして問う。

「どう、と言われましても。」
「あいつ、多分話は聞いてる。返事はしないが、時々頷いたり、首をかしげたり、一応反応を見せるだろ。だから、全部とは言わんでも、多少は理解していると思うんだよな、」
「はあ、」
「最近は、どうやら俺に飯を食わすのがいいらしいし、頭に触っても逃げなくなったろ。あれは確実に懐いてる。」
「へえ、」
「気を許したってことは、ちゃんと話せば、そろそろ大丈夫なんじゃないかと思うわけだ。」
「はあ、」
「俺の前なら、服を脱がせてあら……」


スパーンと主人の頭が鳴った。
思わず鳴らしてしまった。


賑やかだった広間が静まり返り、離れていた位置で昼食をとっていた学友たちが、青い顔をしてこちらを振り返ったのがわかる。

「お前な…!」
「気色悪い、」
「不敬にも程があるだろ!」
「家臣としても友人としても、何度でも言いますよーーー気色悪い!」
「ああああ!?」

さあっと、周囲の人々が距離をとるのが見えた。俺もできることならそうしたい。
恐れ慄いて逃げ出す彼らと理由は異なるが。


「朝から何の話ですか。もう昼ですよ!いつまで脱がす計画練ってんです。頭沸いてんのか、バカ皇子!」
「脱がす話じゃねーよ、風呂に入れたいって話だ!」
「はあああ!?どっちだろうと、知るか!学院で話す話じゃないって言ってんだろうが!」


もう一度スパーンと頭を叩くと、浮かれ皇子はようやく黙る。
広間を埋めていた学友たちは散り散りになった。

レベルの低い会話だとは分かっている。
だが、この鼻の下を伸ばした皇子は、朝から口を開けば、いかに日向王子を脱がせるか、触れてもいいか、俺なら一緒に風呂に入っても許されるだろうか、風呂は2人っきりがいいだろうか、洗いたい、脱がせたい、慣れたら毎日……うんぬんだ。
最近、あの小さな王子に入れ込んでいるのは理解しているが、計画という名の妄想を垂れ流されるこちらはたまらない。


「獣を飼い慣らすという話じゃなかったのか」
「獣というか、子犬だろう。日向は」
「駒だ何だという話はどうした…」
「手駒にするためだろう」



口では尼嶺(にれ)を操るための駒だという。手負いの獣を飼い慣らすのだという。
だが、懐いているのはお前の方ではないのかと問いたい。


少なくともここ数週間の紫鷹(しおう)は、思考の大部分を、あの小さな王子に持っていかれている。


おそらく、日向王子が自分の食事を紫鷹に与えたあたりからだ。
あれから、日向王子の警戒が一段階下げられた。
紫鷹自身が一番よく分かっているのだろう、懐き始めた子犬に気を良くし、普段被っている分厚い仮面が嘘のように剥がれ落ちていた。

数年前までは、よく見た姿だと懐かしくはある。
ある時を境に仮面を被り出したのも、俺は隣で見ていた。
だが、剥がれ方が問題だろう。



気色悪い!
仮面を被り直してくれ。



じろりと視線をやると、肩をすくめて「許せ」と笑う。
仮面を被るようになってからは見せなくなった笑顔だ。その顔に絆されそうになる自分に気づいて、ため息をついた。



日陽乃帝国(にちようのていこく)第八王子・紫鷹。
歳の離れた父母や兄姉に甘やかされて育った末っ子皇子が、王族としての自覚をもち、仮面を被ったあの時、隣に立つ俺も同じように仮面を被る決意をした。
この皇子の右腕として、唯一の理解者として、友として、隣に立てるように。
その努力も苦労も知るからこそ、その覚悟を一緒に背負う決意をしたのだ。たとえ、明るく無邪気に笑った子ども時代が懐かしくとも。



それが、今やこの体たらくである。


「やっぱりイケると思うんだよな、俺なら。なあ、今晩あたり脱がs……」
「気色悪い!」


全力で仮面を探す旅に出たい。

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