33 / 50
恋愛エチュード
6
しおりを挟む
月末が近づくにつれて、アンジェロは次第に忙しくなってきた。
会えない時はコミュニケーションアプリを使うが、日本語の読み書きがまだ苦手なので、画面でのやり取りはどうしてもそっけないものになる。とはいえ一日の大半はピアノに向かっているらしいので、電話をするのは気が引けた。
さらに演奏旅行を控えているため、撮影や取材の依頼が増え、それにも時間を割かれるらしい。多くはマネージャーの西村が対応しているようだが、最近では休暇なんて名ばかりだとこぼしていた。
ところがそんな状態でも、土日は必ず空けてくれる。一緒に観光バスに乗ったり、水族館や遊園地に行ったり、週末はとにかく朝から晩まで一緒に過ごした。
無理をしているのではないか、疲れているのではないかと心配しても、アンジェロは「いい気分転換になるから」と笑うばかりだ。
今も千晶の目の前では、アンジェロと順が無邪気にじゃれ合っていた。彼が住むレジデンスの裏手に小さな公園を見つけたと言って、得意げに連れて来てくれたのだ。
別にメインパークが整備されているからか、ここには小さな滑り台と砂場があるだけで、千晶たち以外は人の姿もない。それでも一応ハロウィンらしく、フェンスにはカボチャや黒猫のデコレーションが飾られていた。
やがて空が茜色に染まり始め、風が少し冷たくなってきた。
「おーい、ちあちゃーん!」
笑顔で走り回る順に手を振られ、千晶も笑みを浮かべて応える。
「はーい、なあにー?」
瞬間、何かに突き刺されるように胸が痛んだ。
(えっ?)
笑顔が強ばり、目元が急に熱くなる。視界が潤んで、息苦しさも募っていく。
(私……)
ふいに涙が頬を伝って、千晶はようやく自分の感情に気がついた。
(私、寂しいんだ)
月が替われば、アンジェロはいなくなってしまうのだ。三人でこんなふうに過ごすことは、もうないかも……いや、きっと二度とない。
本当は彼と離れたくないのに、あきらめられるはずないのに――。
気がつけば、いつの間にか千晶は義兄のことをほとんど考えなくなっていた。
昭が亡くなってからというもの、何かあれば心の中で彼に呼びかけ、波立つ気持ちを整理していたし、時には順の中に面影を探したりもした。声が聞きたくて、昭に会いたくて、何度泣いたかわからない。
すでに恋人がいたし、彼や亡くなった姉に申しわけないと思いながらも、千晶の感情は揺れ続けた。
けれど今は違う。いつも一緒にいたいと願い、会えない時に思い浮かぶのは、困ってしまうくらい真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる青年だ。
その時、アンジェロと順が手をつないで走ってきたので、千晶は慌てて目元を拭った。
「ちあちゃん!」
息を切らして飛び込んできた順を、両手を広げて受け止める。
「よーし、順をつかまえたー!」
その千晶を、後から来たアンジェロが腕の中の順ごと抱き締めた。
「僕もつかまえたぞ!」
二人に挟まれる形になって、順がはしゃいだ声を上げる。
「僕、サンドイッチだ! あったかーい!」
それを聞いてまた涙が零れそうになり、千晶は俯いて唇を噛んだ。
するとアンジェロがさらに腕に力を込め、顔を寄せて髪にキスしてくれた。
「ほんとだ。少し寒くなってきたけど、こうしてると、すごくあったかいな」
三人でいる時はたいていみんなで手をつないでいるし、こんなふうにハグし合うことも多い。順がいるため恋人らしいキスはできないものの、アンジェロはいつも彼のぬくもりを感じさせてくれた。
会えない時はコミュニケーションアプリを使うが、日本語の読み書きがまだ苦手なので、画面でのやり取りはどうしてもそっけないものになる。とはいえ一日の大半はピアノに向かっているらしいので、電話をするのは気が引けた。
さらに演奏旅行を控えているため、撮影や取材の依頼が増え、それにも時間を割かれるらしい。多くはマネージャーの西村が対応しているようだが、最近では休暇なんて名ばかりだとこぼしていた。
ところがそんな状態でも、土日は必ず空けてくれる。一緒に観光バスに乗ったり、水族館や遊園地に行ったり、週末はとにかく朝から晩まで一緒に過ごした。
無理をしているのではないか、疲れているのではないかと心配しても、アンジェロは「いい気分転換になるから」と笑うばかりだ。
今も千晶の目の前では、アンジェロと順が無邪気にじゃれ合っていた。彼が住むレジデンスの裏手に小さな公園を見つけたと言って、得意げに連れて来てくれたのだ。
別にメインパークが整備されているからか、ここには小さな滑り台と砂場があるだけで、千晶たち以外は人の姿もない。それでも一応ハロウィンらしく、フェンスにはカボチャや黒猫のデコレーションが飾られていた。
やがて空が茜色に染まり始め、風が少し冷たくなってきた。
「おーい、ちあちゃーん!」
笑顔で走り回る順に手を振られ、千晶も笑みを浮かべて応える。
「はーい、なあにー?」
瞬間、何かに突き刺されるように胸が痛んだ。
(えっ?)
笑顔が強ばり、目元が急に熱くなる。視界が潤んで、息苦しさも募っていく。
(私……)
ふいに涙が頬を伝って、千晶はようやく自分の感情に気がついた。
(私、寂しいんだ)
月が替われば、アンジェロはいなくなってしまうのだ。三人でこんなふうに過ごすことは、もうないかも……いや、きっと二度とない。
本当は彼と離れたくないのに、あきらめられるはずないのに――。
気がつけば、いつの間にか千晶は義兄のことをほとんど考えなくなっていた。
昭が亡くなってからというもの、何かあれば心の中で彼に呼びかけ、波立つ気持ちを整理していたし、時には順の中に面影を探したりもした。声が聞きたくて、昭に会いたくて、何度泣いたかわからない。
すでに恋人がいたし、彼や亡くなった姉に申しわけないと思いながらも、千晶の感情は揺れ続けた。
けれど今は違う。いつも一緒にいたいと願い、会えない時に思い浮かぶのは、困ってしまうくらい真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる青年だ。
その時、アンジェロと順が手をつないで走ってきたので、千晶は慌てて目元を拭った。
「ちあちゃん!」
息を切らして飛び込んできた順を、両手を広げて受け止める。
「よーし、順をつかまえたー!」
その千晶を、後から来たアンジェロが腕の中の順ごと抱き締めた。
「僕もつかまえたぞ!」
二人に挟まれる形になって、順がはしゃいだ声を上げる。
「僕、サンドイッチだ! あったかーい!」
それを聞いてまた涙が零れそうになり、千晶は俯いて唇を噛んだ。
するとアンジェロがさらに腕に力を込め、顔を寄せて髪にキスしてくれた。
「ほんとだ。少し寒くなってきたけど、こうしてると、すごくあったかいな」
三人でいる時はたいていみんなで手をつないでいるし、こんなふうにハグし合うことも多い。順がいるため恋人らしいキスはできないものの、アンジェロはいつも彼のぬくもりを感じさせてくれた。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
狡くて甘い偽装婚約
本郷アキ
恋愛
旧題:あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて~
エタニティブックス様から「あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて」が「狡くて甘い偽装婚約」として改題され4/14出荷予定です。
ヒーロー視点も追加し、より楽しんでいただけるよう改稿しました!
そのため、正式決定後は3/23にWebから作品を下げさせて頂きますので、ご承知おきください。
詳細はtwitterで随時お知らせさせていただきます。
あらすじ
元恋人と親友に裏切られ、もう二度と恋などしないと誓った私──山下みのり、二十八歳、独身。
もちろん恋人も友達もゼロ。
趣味といったら、ネットゲームに漫画、一人飲み。
しかし、病気の祖父の頼みで、ウェディングドレスを着ることに。
恋人を連れて来いって──こんなことならば、彼氏ができたなんて嘘をついたりしなければよかった。
そんな時「君も結婚相手探してるの? 実は俺もなんだ」と声をかけられる。
芸能人みたいにかっこいい男性は、私に都合のいい〝契約〟の話を持ちかけてきた!
私は二度と恋はしない。
もちろんあなたにも。
だから、あなたの話に乗ることにする。
もう長くはない最愛の家族のために。
三十二歳、総合病院経営者 長谷川晃史 × 二十八歳独身、銀行員 山下みのり
切ない大人の恋を描いた、ラブストーリー
※エブリスタ、ムーン、ベリーズカフェに投稿していた「偽装婚約」を大幅に加筆修正したものになります。話の内容は変わっておりません。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
伯爵令嬢の秘密の愛し子〜傲慢な王弟は運命の恋に跪く
コプラ
恋愛
♡ドラマティックな愛憎劇の果ての超絶溺愛ハッピーエンド♡
たまにはこんな王道ラブロマンスで世界観に浸ってみてはいかがでしょう♡
★先行ムーンにて日間連載ランキング最高位3位→2位(new❣️)
お気に入り500new❣️ありがとうございます♡
私の秘密は腕の中の可愛い愛し子にある。
父親が誰なのか分からない私の愛する息子は、可愛い笑顔で私を癒していた。伯爵令嬢である私はこの醜聞に負けずに毎日を必死で紡いでいた。そんな時に現れたあの男は、私が運命だと幼い恋を燃え上がらせた相手なの?
愛し子を奪われるくらいなら、私はどんな条件も耐えてみせる。夢見がちな私が一足飛びに少女から大人にならなくてはならなかった運命の愛が連れてきたのは、元々赤の他人同然の正体を明かされた大人の男との契約結婚生活だった。
燃え上がった過去の恋に振り回されて素直になれない二人のその先にあるのは?
お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛
ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……
鬼上司は間抜けな私がお好きです
碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。
ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。
孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?!
その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。
ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。
久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。
会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。
「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。
※大人ラブです。R15相当。
表紙画像はMidjourneyで生成しました。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる