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口づけの代償①

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(あれから、もう十二年もたつのね)

 考えてみれば、目の前に立っている美青年がロレンツォであっても全然おかしくなかった。

 ――つつしんでお仕えいたします、クレメンティーナ様。

 日差しを受けて輝く髪、かわいらしい無邪気な笑顔、そして澄んだ空色の瞳――初めて会った時の彼は絵画に描かれた天使よりも愛らしかったのだ。
 長く一緒にいるうちに外見がすっかり変わってしまったから、ほとんど忘れかけていたけれど。

「では、クレメンティーナ様。わたくしたちは失礼いたします」
「えっ?」

 過去を振り返っていたクレメンティーナは、グリアーノ夫人の言葉でわれに返った。

「晩餐のお着替えまでまだ時間がございますし、今後のことをお二人でじっくり相談された方がよろしいかと存じますので」
「今後のこと?」

 言われてみれば、先のことなど何ひとつ考えていなかった。そもそもロレンツォは仮の許婚なのだから。

「でも、まだドレスをちゃんと決めていなくて……」

 クレメンティーナは救いを求めるようにマチルダを見やった。

 なぜだかわからないが、急に不安を覚えたのだ。
 とんでもない変身を遂げたとはいえロレンツォはロレンツォなのに、今は彼に視線を向けることもできなかった。

「ああ、ご心配には及びませんわ。ドレスでしたらマチルダにお任せくださいませ。さあ、参りましょう」

 グリアーノ夫人はやや強引に娘の背中を押し、当のマチルダはといえば呆然としたまま扉の外へと連れていかれた。

 結果、広い室内にはクレメンティ―ナとロレンツォだけが残された。

「あ、あの」

 声が上擦り、クレメンティ―ナは慌てて咳払いをする。
 急に空気が重くなったようで、なんだか息苦しくなった。

「大丈夫、クレメンティーナ?」
「ええ……もちろんよ」

 けれども本音を言えば、全然大丈夫ではなかった。
 いきなり二人きりになってしまい、どうにもいたたまれなくなったのだ。

 自分の従者になった時から何年も仕えてくれている相手だというのに、なぜだか今はロレンツォの存在が気になってしかたない。これまでだってほとんど一日中一緒にいたし、それが本当に心地よかったのだが――。
 
(わたくしったら……おかしいわ)

 ところが一方のロレンツォは外見こそ違うものの、その態度はこれまでとまったく変わっていなかった。クレメンティ―ナのようにうろたえてもいないし、いつものように真っ直ぐな視線を向けてくる。

 ここにいるのは自分たちだけなのに、しかも婚約者に立候補したくせに、どうして平気でいられるのだろう?

「だけど声が少しおかしいよ。何か持ってこようか? ハッカ水でも飲んだら、喉がすっきりすると思うよ」
「いえ、いいの」
「もしかして怒ってる? 俺、何か変なこと言ったかな?」
「いいえ!」 

 今度はいやに尖った声が出て、クレメンティ―ナは思わず目を伏せた。

「ご、ごめんなさい」
「クレメンティ―ナ」
「わたくし……なんだか……おかしいの」
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