僕とピアノ姫のソナタ

麻倉とわ

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「ほ、本当にいいんですか?」
「いいに決まってるでしょ? 私だって何度も何度もあきらめようとしたけど、できなかったんだから」
「まさか――」

  調は視線を落とし、「気がついたら好きになってたの」と呟いた。

「ホ、ホテルに一緒に行ったでしょ。あの時、哲朗は酔っぱらって、キスの後は何もしないで寝ちゃったんだけど、私、ずっと寝顔を見てたの。かっこいいなって……ずっと面倒を見てくれて、優しい人だと思ったし」
「だったら、どうしてあきらめようなんて思ったんですか? だいたいいつも俺から逃げてたし」
「だって哲朗はハンターだし、私は変わってるし……うまくいくわけがないって思った。だからあきらめるしかないなって」
「もういい!」

 調も自分を思ってくれていた。彼女への欲望で、頭が沸騰しそうだった。

 甘い言葉を紡ぐ唇をキスで封じようとした時だ。

「だめ! 私にもさせて」

 調は哲朗をかわし、シャツのボタンを慎重に外すと胸元に口づけた。そうされるとまずます体温が上がり、欲望が一気に密度を増していく。

 あまり追いつめられると、抑えがきかなくなって、調を傷つけてしまうかもしれない。

 哲朗は脱いだ上着を広げ、細い両腕をつかむと、そのままゆっくり床に横たえた。

「痛くないですか? やっぱりどこかよそに行きましょうか?」

 クッションフロアとはいえ硬い床ではつらいはずなのに、調は健気に首を振る。

「待てないって言ったでしょ、哲朗。私は大丈夫だから」

 かすれた声で名前を呼ばれ、哲朗の鼓動は苦しいくらいに速まった。

「調、好きだ。本当に」
「私も……私も哲朗が好き。大好きだよ。だから……して」

 かわいらしい誘惑に耐えられず、哲朗は再び調の唇に口づける。
 誘うように開いた隙間から侵入して、震える舌先を強引に絡め取った。

 もちろん傷つけたくないし、痛い思いもさせたくない。
 それでいて細胞のひとつひとつに至るまで浸食しなければ気が済まなかった。調のすべてが欲しくてたまらない。

「う……ん」

 きっとキスはあの夜以来なのだろう。
 調は不器用に、それでも懸命に応えようとする。それが愛しくて、哲朗はさらに彼女を煽りたくなった。

 左手で調を抱きしめ、右手で胸の辺りをそっと撫でさする。瞬間、全身に震えが走った。

 キスで唇を封じているので、声は出せない。それでも調は切なそうな顔をして身を捩る。
 素直に快感に溺れる姿がかわいくてならなかった。

 ようやく唇を解放してやると、すぐに切なげな吐息がもれた。

「ひどい……椎名くん」
「哲朗でしょ?」
「て、哲朗」

 そう口にしただけで、調は真っ赤になってしまう。

 キスから逃れることができて、ほっとしているのかもしれない。けれど哲朗はここで許してやるつもりはなかった。

 胸元に指を這わせながら唇を首筋から鎖骨へとずらしていくと、調はそれだけで悲鳴を上げる。

「や、あっ!」
「どうして? さっき待てないっていったくせに」
「だって――」

 再びピンクの唇を軽くついばみ、ワンピースのファスナーに指を伸ばす。そのまま引き下ろそうとすると、その手を押さえられた。

「や、やっぱり待って」
「どうしました?」
「哲朗、あなたこそ本当に私なんかでいいの? 私は……あなたがつき合ってきたかわいい女の子たちとは違う。頑固だし、空気も読めないし……ピアノが一番の変人で……」
「関係ないです。俺は調がいい!」

 そう答えても、調はまだとまどっているように見える。

「大丈夫。あなたは本当にすてきだから。俺が今まで出会った誰よりも、それにこれから先出会う誰よりも」
「……哲朗」

 今度はどちらからともなく唇が重なった。
 ためらうように離れては、また触れ合い、口づけは次第に深くなっていく。そうしながら二人はすべてを脱ぎ捨てた。

 時間に余裕があるわけではないが、キスさえ不慣れだった調を気遣い、哲朗は少しずつ彼女を追い上げる。

「愛しています……本当に」
「わ、私も」

 とにかく調に負担をかけないよう、はやる自分を抑えながら、生硬な体を拓いていく。

「哲朗……てつ……ろう」
「調……調」

 深くつながり、互いの名前を呼び合いながら、哲朗と調は一途にフィナーレを目指していった。
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