僕とピアノ姫のソナタ

麻倉とわ

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第四楽章①

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 滝沢裕也の存在を知ったのは、まだ小学生のころだ。

 ひとつ年上の才能ある少年のことを教えてくれたのは、当時通っていたヴァオリン教室の先生だった。「だけど哲朗だって全然負けていないからね」という励ましの言葉を添えてくれたことも覚えている。

 当時の哲朗は無邪気に喜び、笑顔で頷いた。

「はい、がんばります!」

 はじめは彼の存在が励みになっていた。
 年上だから今は勝負にならないかもしれないが、いつか必ず彼よりすばらしい演奏をしてみせる――そう自分に言い聞かせて、ライバルを倒すために、それまで以上に練習に熱中するようになった。

 だが現実は厳しかった。

 哲朗がコンクールに出場し始めると、常に滝沢と顔を合わせるようになった。
 確かに彼の演奏はすばらしかった。繊細な音色と鮮やかなテクニックを見せつけて、しごく当然という感じで優勝をさらっていってしまう。
 結果はいつも同じだった。

 それでも哲朗はあきらめなかった。回を重ねるうちに順位も上がってきたし、二人の差は縮まっていると感じてもいたからだ。

 しかし決定的なことが起きた。

 高三の時に出場したコンクールで、またも滝沢に敗れたのだ。しかしその時ばかりは、哲朗はどうしても納得がいかなかった。

 ファイナルの演奏で明らかに滝沢はいつもよりミスが多かったし、一方で聴衆の拍手が大きかったのは自分の方だと実感してもいた。
 立ち上がって手を叩く人もいたし、ブラボーという声援だってもらえた。

 それなのに優勝したのはその時も滝沢で、哲朗は二位に終わった。

 父親から『政治力』という言葉を聞かされたのはその帰り道で、家へと向かう車の中だった。
 実力はもちろん重要視されるが、それだけでははかりきれない部分も確かにあって、コンクールでは教師間の力関係がものをいう時もあるのだと。

 ――しかたない。彼の先生は大御所だからな。

 哲朗の父親はオールドヴァイオリンをはじめとする高価で希少な弦楽器のディーラーで、大きな楽器店を経営している。立場的に音楽業界の裏事情にも通じており、その言葉には説得力があった。

 さらに演奏家を目指すのも悪くないが家業を継ぐことも考えてほしいと続けられて、哲朗は声を上げて泣いた。

 以来、それまでとは生活が一変した。実力が正当に評価されないなら、どんなにがんばっても無駄だからだ。

 藤芳音大に進んでから、さらにそれは顕著になった。

 ヴァイオリンは適当に練習する程度にとどめ、哲朗は今まで近寄りもしなかった夜の町に繰り出すようになった。
 女の子とも派手に遊び始めた。そうすることで一学年上にいる滝沢の存在に、あえて背を向け続けてきたのである。

 それなのに今、彼は再び目前に立ちはだかったのだった。しかもなぜか気になってしかたがない調のパートナーとして。

 あの二人からは距離を置く――さんざん悩んで、哲朗はそう決めた。今までどおり楽しくやればいい。

 調には徹底的に避けられ、滝沢にも相手にされていないのだ。彼らのことで悩んでも損をするだけだ。
 越えられない壁に挑んで傷つくのは、もうたくさんだった。

 しかしそう決めた翌日、哲朗は早々に問題の二人を目にすることになってしまった。
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