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32.王宮での対戦試合

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朝食を食べていると、急にガヤガヤと王宮内が騒がしくなったので、クラウスは不思議に思って窓の外を見た。

「今日、何かあるんですか?」
「うむ、言い忘れておった」

王がぽんと手を叩いた。

「今日は毎年恒例の、騎士団の対戦試合があるのだ。そうだ!良ければ、クラウスくんも見学していかないか?ギルバートも参加するだろう?」
「ああ」

確かに、窓から見える中庭には騎士然とした男たちが集まってきている。

「対戦試合といっても、お遊びのようなものだ。宮廷内での交流もかね、騎士団以外の者や私たち王族も時々参加しておる」
「俺も一発、腕試しするかな~」

アーサーが軽い感じで言う。そういえば、この王太子が戦う姿は見たことがなかった。

「毎年、俺とギルバートの兄弟対決を見ようと、王宮内からも、街からもみんなが見にくるんだよね~。今年もかわい子ちゃんの黄色い声援をたくさん浴びちゃうかなぁ」

3属性もの魔法を操るギルバートに、きっと引けを取らない兄の対決。それは、きっとすごい戦いになるだろう。

「み、見たい…」

俺は、合同大会で見たギルバートの美しい戦う姿を思い出す。クラウスは目を輝かせた。







王城の前、とても広い広場には大勢の人が集まっていた。ガヤガヤと活気がすごい。対戦試合に参加する人々は、中央に集まって談笑している。多くが筋肉質で一目で騎士だと分かる者たちだが、中には文官らしいすらりとした人もいる。騎士団の訓練試合といっても魔法を使ったもののため、腕力はあまり関係ないのかもしれない。

ギルバートが、昨日も見た騎士団長と話しているのが見えた。騎士団長は、いかにも厳しそうな強面の大柄な男だ。よくギルバートはあんなに堂々と話せるなあと思う。王族として育ち、すでに多くのことを経験している彼の技量からくるものか。騎士団長も、ギルバートのことを王族に対してでもなく、学生に対してでもない1人の騎士候補生に対するような態度で接しているのが遠目からでも分かった。

一方で、アーサーは見にきている群衆の中から手を振る可愛い娘たちにファンサをしている。完全にアイドルだ。こんなにカリスマ性がある次期国王はいるだろうか。しかし彼はただプレイボーイなだけではなく、周りの騎士や文官とさりげなく会話しており、王太子としての顔も見せていた。

「では皆さん!対戦試合を始めます!参加者は中央に集まってください」

号令があがり、参加者たちは次々にペアを組んで、対戦を始めた。
学生ではない、大人たちの戦いを見るのは、夏合宿での先生たちの戦いを見た時以来だ。
1人が手をかざした。

バンッ!

初っ端からものすごい炎が空中を埋めるほどあがった。それを風魔法が切り裂く。

…ひえ。

俺はその凄さにびっくりしてしまった。

大人の洗練された魔法、しかも力も魔力もどちらも最高峰といえる騎士団の者たちの魔法は凄いとしか言えなかった。文官であろう者たちも、負けてはいない。それぞれの特技を活かした戦い方で、膨大な魔力を使っているにも関わらず全く疲れていなさそうだ。

クラウスはこっそり自分の胸元にある赤水晶に触れた。

…俺は、たった少しの生活魔法を使うだけでフラフラになるのに、この世界の人々はこんなに魔法が使えるのか?!学園を卒業したら、どこに行ってもこのぐらい凄い人たちのいる環境で働かなくてはならないなんて…一瞬前世の社畜時代を思い出す。俺は周りに比べ、特に仕事ができるわけでもなかった。そのため人より無理して社畜になり、ボロボロになったわけだが…今世でも、そうなる気がしてならない。

同い年、いや、とっくに自分の方が年を越しているだろう者たちとの魔力の差をまざまざと感じてしまい、クラウスは衝撃を受けてしまった。

「見て見て!ついにアーサー様とギルバート様の対決よ!去年は見れなかったから超楽しみなんだけど!」

周りの子の黄色い声にハッとして広場を見ると、兄弟が向かい合って立っていた。それはもう完全に絵になる光景で、一瞬アニメでも見てるのかな?と錯覚してしまう。似ているようで、似ていないイケメンが2人。黄金の髪を靡かせてニコやかに笑うアーサーと、銀がかった髪を煌めかせて真っ直ぐ兄を見つめるギルバート。

…?

ふと、ギルバートがコチラをチラリと見た気がした。その顔を見て、試合が始まる前、「見ていてくれ」とポンと肩を叩かれて話しかけられたことを思い出す。俺はそれまで、練習で魔法を出す参加者たちを呆けたように見つめていたが、そのセリフ一つで、すっかりギルバートばかり見るようになってしまった。

試合が始まったのは、一瞬だった。
アーサーはどんな魔法を使うのだろう。そう思った時には、アーサーの仕掛けた火魔法が、巨大な竜の形を表して会場の空全体を滑空した。

クラウスは口をあんぐり開けた。

その火竜を、ギルバートの氷の剣が貫く。火魔法は消えたが、次から次へとアーサーは魔法を繰り出し、ギルバートはそれを軽々といなしていった。
それはもう、目を見張る戦いだった。アーサーは、やはりかなりの魔法の使い手で、今まで見た騎士団の精鋭たちよりも強そうだった。素早く、そして力強い。しかし、それに引けを取らないギルバートの凄さも実感する。いや、もしや彼の方が底のないほど膨大な魔力を持っているのでは?

…ギルバート、いつの間にか凄く強くなっていないか…?

彼は見るからに、火水光属性の他に、地や風も駆使している。使える属性が増えているのだ。一方のアーサーも、どうやら複数属性使えるようで、特に火魔法が段違いに上手い。周りの人々も試合に魅入っているのか、感嘆の声がそこかしこで聞こえた。

勝負は五分五分、といったところだが、少しギルバートの方が優勢のような気がする。

「…あれは、たまげたなぁ。ギルバート殿下、もしかすると全属性を習得するんじゃねえか?」
「…ああ。彼は確実に歴史に残る魔法騎士になるな…」

そしてついにその時が来た。

ギルバートが放った光の矢は、アーサーの炎を弾き飛ばし、彼は膝をついた。

「ッ!!……はは、強くなったな」

どちらか片方がとっさに反撃できなくなったら、終了だ。アーサーは負けたが悔しそうではなく、むしろ嬉しそうだ。そんな兄と握手したギルバートは、兄から称賛の言葉をもらって頬を緩めた。最近、こうしてギルバートの柔らかい表情が増えた気がする。

大きな歓声が上がり、その場にいる皆が立ち上がって拍手した。

クラウスも興奮が冷めないまま、2人を見つめた。
…すごいとしか言いようがない。…かっこいい。

こんなに凄い2人が、この国の未来を担う存在なのか。

今たくさんの歓声を受け堂々と立つ2人。クラウスのとっては、まるで手の届かない存在に思える。今は学園でギルバートと会うことができているが、彼が卒業したら全く会うこともなくなってしまうんじゃないか。そんな漠然とした不安が徐々に湧いてしまった。

ワァ!

試合が終わり、人々は思い思いに動き始めた。ある者は王子たちを近くで見ようと、ある者は参加者を労おうと。
クラウスもすっかり人の海にもまれ、ギルバートたちが見えなくなる。

その時だった。

クラウスは、ぐいっと何者かに強く腕を掴まれた。

「下手に動くなよ。動いたら、背中に魔法ぶち込むぞ」

耳元で男の声がして、背中に手を置かれる。俺は魔力の気配はさっぱり分からないが、その手から尋常じゃない熱が背中に伝わってきて、冷や汗が出た。この至近距離で魔法を放たれたら、ひとたまりもないだろう。
クラウスは、咄嗟に走り出そうとしていた体の力を抜いた。

「分かったなら、俺の指示に従って動け」

背後の男はそう言い、クラウスと男は人混みの中、誰にも気に留められずに歩き出したのだった。
クラウスがどこに消えたのか、誰も見ていなかった。






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