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20.リリー1
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〈リリー視点〉
(お母さん!お父さん!)
リリーは、目の前で無惨に魔法に貫かれた両親をただ見つめることしかできない。たった今両親を亡き者にした黒い髪の男は、他に誰かいないかギラついた目で見回す。その黒い後ろ姿が、ずっとリリーの記憶にこびりついている。
リリーは咄嗟に悲鳴が出そうだったが、必死で口を押さえて、ベッドの下に縮こまった。
『リリー!隠れて、絶対に声を出しちゃダメよ!』
先ほど母に言われた最後の言葉がリリーの頭の中をぐるぐる回った。
私がこの時、両親を守れていたら…。
私が隠れないで助けを呼んでいたら…。
私だけが生き残って…。
「!!」
リリーはパチリと目を開けた。
久しぶりに見たあの夢。もう何度も見ている。
アイザックに両親が殺されたあの時の夢を…。
毛布の中の手をぎゅっと握る。
…絶対に、忘れられない出来事。もう2度と、あんな事が起きないよう、私には成し遂げないといけないことがある。
ふと、自分の部屋の机が目に入る。そこには、真新しい物があった。ちょこんと置かれた木の置物は、可愛らしい半目のフクロウの置物だ。フクロウは、リリーの属性である闇属性の精霊だ。
リリーはそれを目にとめて、ふふっと微笑んだ。さっきまでの緊張して強張った体がふわりと緩む。
そのフクロウの置物は、先日の『収穫祭』で、クラウスが買ってきてくれた物だった。リリーは本当に『収穫祭』に興味がなくて行かなかったのだが、クラウスは行かなかった友達の分、と思って買ってきてくれたのだろう。彼は、そんな気配りをするタイプの人だった。
リリーは今までそんなことをしてくれる友達がいなかったから、純粋に嬉しかった。
そう、ずっと、友達なんて必要ないと思って生きてきた。
でも、きっと心の底では、友達の関係性に憧れを持っていたのかも知れない。だって、クラウスに出会ってから、彼から感じる友情に嬉しく思う気持ちがあるのだ。
『機械みたい』と言われた私にも、人並みに感情があったのね…。
ゼト事件で、両親が殺されてから、リリーは徐々に感情を無くしていった。魔法の才能を買われて、平民なのに推薦で学園に入学してからも…。
──それが変わってきたのは、彼に出会ってからだ。
クラウスを初めて見た時は、その黒髪を見て正直アイザックの姿を思い出した。
彼について良くない噂が飛び交っているのは知っていたが、リリーは自分に関わってない以上、彼に関わらないことにしていた。
…しかし。
いつの日からか、彼がリリーの視界に入るようになった。それは、主に図書館で。
黒髪黒目の男、クラウスは、いつ見ても1人ぼっちで黙々と本を読んでいた。毎日図書館に居るのはリリーくらいだったので、彼のことはすぐに気がついた。
リリーは珍しく、他人に興味が出て、彼を観察した。
彼は思っていた人物とは全く違っていた。やっぱり、外見に引っ張られていたらしい。彼は、リリーが見た限り、とても平凡で真面目な生徒だった。
しかしずっと見ているうちに、リリーは段々彼に尊敬の念さえ抱くようになった。彼は魔力がなく、魔法が一つも使えないという。にも関わらず、毎日彼はめげずに勉強しているのだ。
リリーは魔法に関しては天才肌で、赤ん坊の時から感覚で魔法が使えた。
だから、クラウスの苦悩を知らない。魔法が使えないとはどういう感覚なのか。この世界では魔法が全てと言ってもいい。しかし魔力がほぼないなんて、この学園でも前代未聞だった。
その中で、1人で黙々と頑張る彼は、リリーにとってまぶしい存在になった。
そして、ある時。
嫌がらせを受けていた彼を助け、リリーは初めてクラウスと話した。想像していた通り、彼は穏やかな男だった。
多分、年上っぽくて、リリーにとって彼は友達でもあるけど、それ以上に尊敬する人という感じだ。
年上なのに、彼はどうにも隙があるから悪いものにつけ込まれやすく、悪意に晒されやすい。
それを徹底的に排除したいな、とリリーは日々思っている所だ。
最近、多分同じような思いの仲間が増えた。ギルバート先輩に、1年のノア、シリル、マシュー。ギルバート先輩は、少し特別な想いを彼に抱いているようだけど…リリーにとっては心強い仲間だ。
…最近、クラウスを陥れようとする何者かがいるのが気がかりね。悪い予感が外れていたらいいけど…
*
「──ねえ、知ってる?ギルバート様に、好きな人ができたらしいよ」
ドキ。
「え~ほんと~?」
「マジよ!この前の『収穫祭』に、ギルバート様そっくりな人が居たって噂があるのよ!相手は誰か分からないけど、お祭りに行くってことは『特別な相手』がいるってことでしょ?」
そばを歩く生徒たちの会話を聞き、クラウスは立ち止まった。
『収穫祭』から日常に戻ると、学園の中ではある噂が駆け巡っていた。
"どうやら、ギルバート王子に好きな人ができたらしい"
クラウスは完全に頭を抱えた。
絶対、誤解されている。ギルバートは、最後の青春の思い出に友達とお祭りに行きたかっただけだ。
しかも、その…
その相手が俺なんて…!口が裂けても言えない。
言った途端、彼に恋慕する女の子たちにボコボコにされそうだ。
当の本人のギルバートは、相変わらずクラウスと自主練をしにくる。しかし、最近は、他の場面で会っても声をかけてきたり、妙にじっと見てきたり、前より距離が近い気もする。それだけ、友達になれたということかな。
「で?ギルバート様とのデートどうだったの?」
ノアは謎にニヤニヤしながら『収穫祭』の時のことを聞いてくるし(デートじゃない)、マシューがそれに反応して何故か愕然としてるし、相変わらず周りは賑やかだ。
そんないつもの楽しい日々の中。
──俺は、学園で友達ができて、すっかり安心していた。
だから、自分が嫌われている存在だということを、忘れていたんだ。
「─リリーって、なんでクラウスと一緒に居るんだろうね?」
それは、クラウスが図書館の自習室のドアの前まで来た時、中から聞こえてきた会話だった。突然名前を呼ばれ、ドキリとする。知らない生徒たちが中にいるらしい。
「ね、私も絶対リリーってクラウスのこと嫌いだろうなって思ってた」
「…だよな。だって、クラウスってリリーの1番憎んでる奴にそっくりだもんな」
リリーの憎んでいる奴…?
「──リリーのご両親を殺したアイザックに」
その名前に心臓が鳴った。
「昔、リリーが言ってるの聞いたんだよね。いつか禁忌魔法に対抗する魔法を作るんだって。そのために魔法を一杯勉強してんのよ。王立魔法研究所に入りたいんだってね。私リリーのこと尊敬してんのよ。…だからなおさら、あのクラウスとかいう男がリリーの周りにいるのが、すごく不安」
「…アイツ、今は思ってたより大人しいけど…でも俺、最初マシューたちに攻撃魔法使った時から、アイツのこと怖い奴だと思ってるんだよ」
「…リリー、アイツのそばにいて大丈夫かしら…」
「リリーが自分から誰かと一緒にいる所なんて、今まで見たことなかったよな。…リリー、アイツのこと見張ってるのかもよ?絶対、信用してないって。信用してたら、もっと親しそうに話したりするだろ」
…確かに。
確かに、リリーが自ら自分のことを話したことはなかった。自分の両親のことも、リリーの口からは聞いたことがなかった。
…それだけ、俺は信用されていないということなのか…?
「──それで気になったから、なんでクラウスと友達になったのか聞いたら、リリーがこう答えたんだよね。──『友達だとは思ってない』って」
その瞬間、ハッとした。
…友達だとすら、思われていなかったのか。
俺は、友達ができて浮かれていた。だから、彼女が自分を憎んでいるかも知れない、その事実が今までで1番堪えた。
…どうして忘れていたんだ。俺は、この学園の多くの生徒のトラウマである、あの事件の犯人にそっくりなのに…。
彼らが日々どう思ってるのか、考えたこともなかった。
学生の噂話で本人から聞いてもいないのに、俺はすごく動揺してしまった。
(お母さん!お父さん!)
リリーは、目の前で無惨に魔法に貫かれた両親をただ見つめることしかできない。たった今両親を亡き者にした黒い髪の男は、他に誰かいないかギラついた目で見回す。その黒い後ろ姿が、ずっとリリーの記憶にこびりついている。
リリーは咄嗟に悲鳴が出そうだったが、必死で口を押さえて、ベッドの下に縮こまった。
『リリー!隠れて、絶対に声を出しちゃダメよ!』
先ほど母に言われた最後の言葉がリリーの頭の中をぐるぐる回った。
私がこの時、両親を守れていたら…。
私が隠れないで助けを呼んでいたら…。
私だけが生き残って…。
「!!」
リリーはパチリと目を開けた。
久しぶりに見たあの夢。もう何度も見ている。
アイザックに両親が殺されたあの時の夢を…。
毛布の中の手をぎゅっと握る。
…絶対に、忘れられない出来事。もう2度と、あんな事が起きないよう、私には成し遂げないといけないことがある。
ふと、自分の部屋の机が目に入る。そこには、真新しい物があった。ちょこんと置かれた木の置物は、可愛らしい半目のフクロウの置物だ。フクロウは、リリーの属性である闇属性の精霊だ。
リリーはそれを目にとめて、ふふっと微笑んだ。さっきまでの緊張して強張った体がふわりと緩む。
そのフクロウの置物は、先日の『収穫祭』で、クラウスが買ってきてくれた物だった。リリーは本当に『収穫祭』に興味がなくて行かなかったのだが、クラウスは行かなかった友達の分、と思って買ってきてくれたのだろう。彼は、そんな気配りをするタイプの人だった。
リリーは今までそんなことをしてくれる友達がいなかったから、純粋に嬉しかった。
そう、ずっと、友達なんて必要ないと思って生きてきた。
でも、きっと心の底では、友達の関係性に憧れを持っていたのかも知れない。だって、クラウスに出会ってから、彼から感じる友情に嬉しく思う気持ちがあるのだ。
『機械みたい』と言われた私にも、人並みに感情があったのね…。
ゼト事件で、両親が殺されてから、リリーは徐々に感情を無くしていった。魔法の才能を買われて、平民なのに推薦で学園に入学してからも…。
──それが変わってきたのは、彼に出会ってからだ。
クラウスを初めて見た時は、その黒髪を見て正直アイザックの姿を思い出した。
彼について良くない噂が飛び交っているのは知っていたが、リリーは自分に関わってない以上、彼に関わらないことにしていた。
…しかし。
いつの日からか、彼がリリーの視界に入るようになった。それは、主に図書館で。
黒髪黒目の男、クラウスは、いつ見ても1人ぼっちで黙々と本を読んでいた。毎日図書館に居るのはリリーくらいだったので、彼のことはすぐに気がついた。
リリーは珍しく、他人に興味が出て、彼を観察した。
彼は思っていた人物とは全く違っていた。やっぱり、外見に引っ張られていたらしい。彼は、リリーが見た限り、とても平凡で真面目な生徒だった。
しかしずっと見ているうちに、リリーは段々彼に尊敬の念さえ抱くようになった。彼は魔力がなく、魔法が一つも使えないという。にも関わらず、毎日彼はめげずに勉強しているのだ。
リリーは魔法に関しては天才肌で、赤ん坊の時から感覚で魔法が使えた。
だから、クラウスの苦悩を知らない。魔法が使えないとはどういう感覚なのか。この世界では魔法が全てと言ってもいい。しかし魔力がほぼないなんて、この学園でも前代未聞だった。
その中で、1人で黙々と頑張る彼は、リリーにとってまぶしい存在になった。
そして、ある時。
嫌がらせを受けていた彼を助け、リリーは初めてクラウスと話した。想像していた通り、彼は穏やかな男だった。
多分、年上っぽくて、リリーにとって彼は友達でもあるけど、それ以上に尊敬する人という感じだ。
年上なのに、彼はどうにも隙があるから悪いものにつけ込まれやすく、悪意に晒されやすい。
それを徹底的に排除したいな、とリリーは日々思っている所だ。
最近、多分同じような思いの仲間が増えた。ギルバート先輩に、1年のノア、シリル、マシュー。ギルバート先輩は、少し特別な想いを彼に抱いているようだけど…リリーにとっては心強い仲間だ。
…最近、クラウスを陥れようとする何者かがいるのが気がかりね。悪い予感が外れていたらいいけど…
*
「──ねえ、知ってる?ギルバート様に、好きな人ができたらしいよ」
ドキ。
「え~ほんと~?」
「マジよ!この前の『収穫祭』に、ギルバート様そっくりな人が居たって噂があるのよ!相手は誰か分からないけど、お祭りに行くってことは『特別な相手』がいるってことでしょ?」
そばを歩く生徒たちの会話を聞き、クラウスは立ち止まった。
『収穫祭』から日常に戻ると、学園の中ではある噂が駆け巡っていた。
"どうやら、ギルバート王子に好きな人ができたらしい"
クラウスは完全に頭を抱えた。
絶対、誤解されている。ギルバートは、最後の青春の思い出に友達とお祭りに行きたかっただけだ。
しかも、その…
その相手が俺なんて…!口が裂けても言えない。
言った途端、彼に恋慕する女の子たちにボコボコにされそうだ。
当の本人のギルバートは、相変わらずクラウスと自主練をしにくる。しかし、最近は、他の場面で会っても声をかけてきたり、妙にじっと見てきたり、前より距離が近い気もする。それだけ、友達になれたということかな。
「で?ギルバート様とのデートどうだったの?」
ノアは謎にニヤニヤしながら『収穫祭』の時のことを聞いてくるし(デートじゃない)、マシューがそれに反応して何故か愕然としてるし、相変わらず周りは賑やかだ。
そんないつもの楽しい日々の中。
──俺は、学園で友達ができて、すっかり安心していた。
だから、自分が嫌われている存在だということを、忘れていたんだ。
「─リリーって、なんでクラウスと一緒に居るんだろうね?」
それは、クラウスが図書館の自習室のドアの前まで来た時、中から聞こえてきた会話だった。突然名前を呼ばれ、ドキリとする。知らない生徒たちが中にいるらしい。
「ね、私も絶対リリーってクラウスのこと嫌いだろうなって思ってた」
「…だよな。だって、クラウスってリリーの1番憎んでる奴にそっくりだもんな」
リリーの憎んでいる奴…?
「──リリーのご両親を殺したアイザックに」
その名前に心臓が鳴った。
「昔、リリーが言ってるの聞いたんだよね。いつか禁忌魔法に対抗する魔法を作るんだって。そのために魔法を一杯勉強してんのよ。王立魔法研究所に入りたいんだってね。私リリーのこと尊敬してんのよ。…だからなおさら、あのクラウスとかいう男がリリーの周りにいるのが、すごく不安」
「…アイツ、今は思ってたより大人しいけど…でも俺、最初マシューたちに攻撃魔法使った時から、アイツのこと怖い奴だと思ってるんだよ」
「…リリー、アイツのそばにいて大丈夫かしら…」
「リリーが自分から誰かと一緒にいる所なんて、今まで見たことなかったよな。…リリー、アイツのこと見張ってるのかもよ?絶対、信用してないって。信用してたら、もっと親しそうに話したりするだろ」
…確かに。
確かに、リリーが自ら自分のことを話したことはなかった。自分の両親のことも、リリーの口からは聞いたことがなかった。
…それだけ、俺は信用されていないということなのか…?
「──それで気になったから、なんでクラウスと友達になったのか聞いたら、リリーがこう答えたんだよね。──『友達だとは思ってない』って」
その瞬間、ハッとした。
…友達だとすら、思われていなかったのか。
俺は、友達ができて浮かれていた。だから、彼女が自分を憎んでいるかも知れない、その事実が今までで1番堪えた。
…どうして忘れていたんだ。俺は、この学園の多くの生徒のトラウマである、あの事件の犯人にそっくりなのに…。
彼らが日々どう思ってるのか、考えたこともなかった。
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