上 下
21 / 35

20.リリー1

しおりを挟む
〈リリー視点〉

(お母さん!お父さん!)

リリーは、目の前で無惨に魔法に貫かれた両親をただ見つめることしかできない。たった今両親を亡き者にした黒い髪の男は、他に誰かいないかギラついた目で見回す。その黒い後ろ姿が、ずっとリリーの記憶にこびりついている。
リリーは咄嗟に悲鳴が出そうだったが、必死で口を押さえて、ベッドの下に縮こまった。

『リリー!隠れて、絶対に声を出しちゃダメよ!』

先ほど母に言われた最後の言葉がリリーの頭の中をぐるぐる回った。

私がこの時、両親を守れていたら…。
私が隠れないで助けを呼んでいたら…。
私だけが生き残って…。

「!!」

リリーはパチリと目を開けた。

久しぶりに見たあの夢。もう何度も見ている。

アイザックに両親が殺されたあの時の夢を…。

毛布の中の手をぎゅっと握る。

…絶対に、忘れられない出来事。もう2度と、あんな事が起きないよう、私には成し遂げないといけないことがある。

ふと、自分の部屋の机が目に入る。そこには、真新しい物があった。ちょこんと置かれた木の置物は、可愛らしい半目のフクロウの置物だ。フクロウは、リリーの属性である闇属性の精霊だ。

リリーはそれを目にとめて、ふふっと微笑んだ。さっきまでの緊張して強張った体がふわりと緩む。

そのフクロウの置物は、先日の『収穫祭』で、クラウスが買ってきてくれた物だった。リリーは本当に『収穫祭』に興味がなくて行かなかったのだが、クラウスは行かなかった友達の分、と思って買ってきてくれたのだろう。彼は、そんな気配りをするタイプの人だった。

リリーは今までそんなことをしてくれる友達がいなかったから、純粋に嬉しかった。

そう、ずっと、友達なんて必要ないと思って生きてきた。

でも、きっと心の底では、友達の関係性に憧れを持っていたのかも知れない。だって、クラウスに出会ってから、彼から感じる友情に嬉しく思う気持ちがあるのだ。

『機械みたい』と言われた私にも、人並みに感情があったのね…。

ゼト事件で、両親が殺されてから、リリーは徐々に感情を無くしていった。魔法の才能を買われて、平民なのに推薦で学園に入学してからも…。



──それが変わってきたのは、彼に出会ってからだ。

クラウスを初めて見た時は、その黒髪を見て正直アイザックの姿を思い出した。
彼について良くない噂が飛び交っているのは知っていたが、リリーは自分に関わってない以上、彼に関わらないことにしていた。

…しかし。

いつの日からか、彼がリリーの視界に入るようになった。それは、主に図書館で。

黒髪黒目の男、クラウスは、いつ見ても1人ぼっちで黙々と本を読んでいた。毎日図書館に居るのはリリーくらいだったので、彼のことはすぐに気がついた。

リリーは珍しく、他人に興味が出て、彼を観察した。

彼は思っていた人物とは全く違っていた。やっぱり、外見に引っ張られていたらしい。彼は、リリーが見た限り、とても平凡で真面目な生徒だった。

しかしずっと見ているうちに、リリーは段々彼に尊敬の念さえ抱くようになった。彼は魔力がなく、魔法が一つも使えないという。にも関わらず、毎日彼はめげずに勉強しているのだ。

リリーは魔法に関しては天才肌で、赤ん坊の時から感覚で魔法が使えた。

だから、クラウスの苦悩を知らない。魔法が使えないとはどういう感覚なのか。この世界では魔法が全てと言ってもいい。しかし魔力がほぼないなんて、この学園でも前代未聞だった。

その中で、1人で黙々と頑張る彼は、リリーにとってまぶしい存在になった。

そして、ある時。

嫌がらせを受けていた彼を助け、リリーは初めてクラウスと話した。想像していた通り、彼は穏やかな男だった。

多分、年上っぽくて、リリーにとって彼は友達でもあるけど、それ以上に尊敬する人という感じだ。

年上なのに、彼はどうにも隙があるから悪いものにつけ込まれやすく、悪意に晒されやすい。
それを徹底的に排除したいな、とリリーは日々思っている所だ。
最近、多分同じような思いの仲間が増えた。ギルバート先輩に、1年のノア、シリル、マシュー。ギルバート先輩は、少し特別な想いを彼に抱いているようだけど…リリーにとっては心強い仲間だ。


…最近、クラウスを陥れようとする何者かがいるのが気がかりね。悪い予感が外れていたらいいけど…







「──ねえ、知ってる?ギルバート様に、好きな人ができたらしいよ」

ドキ。

「え~ほんと~?」
「マジよ!この前の『収穫祭』に、ギルバート様そっくりな人が居たって噂があるのよ!相手は誰か分からないけど、お祭りに行くってことは『特別な相手』がいるってことでしょ?」

そばを歩く生徒たちの会話を聞き、クラウスは立ち止まった。

『収穫祭』から日常に戻ると、学園の中ではある噂が駆け巡っていた。

"どうやら、ギルバート王子に好きな人ができたらしい"

クラウスは完全に頭を抱えた。
絶対、誤解されている。ギルバートは、最後の青春の思い出に友達とお祭りに行きたかっただけだ。

しかも、その…
その相手が俺なんて…!口が裂けても言えない。
言った途端、彼に恋慕する女の子たちにボコボコにされそうだ。

当の本人のギルバートは、相変わらずクラウスと自主練をしにくる。しかし、最近は、他の場面で会っても声をかけてきたり、妙にじっと見てきたり、前より距離が近い気もする。それだけ、友達になれたということかな。

「で?ギルバート様とのデートどうだったの?」

ノアは謎にニヤニヤしながら『収穫祭』の時のことを聞いてくるし(デートじゃない)、マシューがそれに反応して何故か愕然としてるし、相変わらず周りは賑やかだ。

そんないつもの楽しい日々の中。

──俺は、学園で友達ができて、すっかり安心していた。



だから、自分が嫌われている存在だということを、忘れていたんだ。



「─リリーって、なんでクラウスと一緒に居るんだろうね?」

それは、クラウスが図書館の自習室のドアの前まで来た時、中から聞こえてきた会話だった。突然名前を呼ばれ、ドキリとする。知らない生徒たちが中にいるらしい。

「ね、私も絶対リリーってクラウスのこと嫌いだろうなって思ってた」
「…だよな。だって、クラウスってリリーの1番憎んでる奴にそっくりだもんな」

リリーの憎んでいる奴…?

「──リリーのご両親を殺したアイザックに」

その名前に心臓が鳴った。

「昔、リリーが言ってるの聞いたんだよね。いつか禁忌魔法に対抗する魔法を作るんだって。そのために魔法を一杯勉強してんのよ。王立魔法研究所に入りたいんだってね。私リリーのこと尊敬してんのよ。…だからなおさら、あのクラウスとかいう男がリリーの周りにいるのが、すごく不安」
「…アイツ、今は思ってたより大人しいけど…でも俺、最初マシューたちに攻撃魔法使った時から、アイツのこと怖い奴だと思ってるんだよ」
「…リリー、アイツのそばにいて大丈夫かしら…」
「リリーが自分から誰かと一緒にいる所なんて、今まで見たことなかったよな。…リリー、アイツのこと見張ってるのかもよ?絶対、信用してないって。信用してたら、もっと親しそうに話したりするだろ」

…確かに。

確かに、リリーが自ら自分のことを話したことはなかった。自分の両親のことも、リリーの口からは聞いたことがなかった。
…それだけ、俺は信用されていないということなのか…?

「──それで気になったから、なんでクラウスと友達になったのか聞いたら、リリーがこう答えたんだよね。──『友達だとは思ってない』って」

その瞬間、ハッとした。

…友達だとすら、思われていなかったのか。

俺は、友達ができて浮かれていた。だから、彼女が自分を憎んでいるかも知れない、その事実が今までで1番堪えた。

…どうして忘れていたんだ。俺は、この学園の多くの生徒のトラウマである、あの事件の犯人にそっくりなのに…。
彼らが日々どう思ってるのか、考えたこともなかった。

学生の噂話で本人から聞いてもいないのに、俺はすごく動揺してしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

「君を愛さない」と言った公爵が好きなのは騎士団長らしいのですが、それは男装した私です。何故気づかない。

束原ミヤコ
恋愛
伯爵令嬢エニードは両親から告げられる。 クラウス公爵が結婚相手を探している、すでに申し込み済みだと。 二十歳になるまで結婚など考えていなかったエニードは、両親の希望でクラウス公爵に嫁ぐことになる。 けれど、クラウスは言う。「君を愛することはできない」と。 何故ならば、クラウスは騎士団長セツカに惚れているのだという。 クラウスが男性だと信じ込んでいる騎士団長セツカとは、エニードのことである。 確かに邪魔だから胸は潰して軍服を着ているが、顔も声も同じだというのに、何故気づかない――。 でも、男だと思って道ならぬ恋に身を焦がしているクラウスが、可哀想だからとても言えない。 とりあえず気づくのを待とう。うん。それがいい。

追放された聖女のお話~私はもう貴方達のことは護りません~

キョウキョウ
恋愛
護国の聖女に任命され、5年間ずっと1人だけで王国全土の結界を維持してきたクローディ。 彼女は、学園の卒業式で冤罪を理由に王太子から婚約破棄を言い渡される。 それだけでなく、国外追放を告げられた。 今まで頑張ってきた努力など無視して、聖女は酷い扱いを受ける。 こうして彼女は、結界の維持を放棄した。 テンプレなざまぁがメインのお話です。 恋愛要素は少なめです。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫
恋愛
王立魔法学園の入学式を終え、春の花が舞う敷地に一歩入った途端、 「あれ……?」 目にした景色に妙な既視感を感じ目を擦ったところでぱきん、と頭の中で何かが弾け、私はその場に倒れた。 記憶が戻った伯爵令嬢セイラはヒロインのライバル認定を回避すべく、まずは殿下の婚約者候補辞退を申し出るが「なら、既成事実が先か正式な婚約が先か選べ」と迫られ押し倒されてしまうーーから始まる「乙女ゲームへの参加は避けたいけど、せっかく憧れの魔法学園に入学したんだから学園生活だって楽しみたい」悪役令嬢の物語、2022/11/3完結。 *こちらの延長線上の未来世界話にあたる「ヒロインはゲームの開始を回避したい」が一迅社より書籍化済み(続編カクヨムにて連載中)です。キオ恋の方が先に発表されてるので派生作品にはあたりません* ♛本編完結に伴い、表紙をセイラからアリスティアにヒロイン、バトンタッチの図に変更致しました。 アリスティアのキャラ・ラフはムーンライトノベルスの詩海猫活動報告のページで見られますので、良かったら見てみてください。 *アルファポリスオンリーの別作品「心の鍵は開かない」第一章完結/第二章準備中、同シリーズ「心の鍵は壊せない(R18)」完結・こちら同様、よろしくお願いします*

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...