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16.街へ行こう1

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「…攻撃魔法の中に飛び込んだ…?」

目の前の美形──ギルバートは、病院のベッドに座るクラウスの前に仁王立ちして低い声で聞き返した。氷のような碧眼を細めぐっと鋭い目つきになる。

クラウスは今、合宿から戻って王都の病院にいた。クラウスは直接魔法を受けたということで、念の為診てもらうことになったのだ。もっとも、怪我はシリルとノアの治癒魔法でほとんど治っていたが。

そうしてクラウスが医者と話していると、ギルバートが病院に飛んできたというわけだ。王立病院は王城のすぐ近くにあり、多くの生徒が運び込まれたと聞いて王子のギルバートが来るのも、まあ、分かる…いや。なんで俺なんかのところに来たんだろう?

「…心配だったんだ」

俺が不思議そうな顔をしていたのが分かったのか、ギルバートはそっぽを向いてボソリと言う。

「それより、どうして君はそう無茶をするんだ…!『支配』の魔法を受けた者は魔法の威力もコントロールできないんだぞ。その魔法の中に生身で飛び込むのは…自殺行為だ」

さっきお医者さんにも散々言われたよ…うん。俺が悪かった。『支配』を受けたダリルも、仲間を傷つけたと分かったら悲しむもんな…。

そのダリルは、病院に着いたら目覚めて、後遺症もなく元気になった。…やっぱり、仲間に攻撃したことに酷く後悔しており、俺にも泣いて謝ってくれた…彼のせいではないのに。ダリルとは今まで話したことはなかったが、そうやって話し合って心優しい青年だと分かった。改めて、彼の心も傷つけた禁忌魔法が恐ろしいと思う…。




そうして学園に戻れた俺は…さっそく学園長室に呼ばれていた。今回の事件に遭った生徒全員に聞き取りをしているらしい。

「それで」

少し薄暗い部屋の中、壮年の学園長は、クラウスを振り返ると微笑んだ。

「今回のことについて王宮から報告があったのだよ。やはり、君たちを襲ったのは、最近各地で人を襲っているという──禁忌魔法を使う集団だと思われる、とね。彼らの調査をしている騎士団の中では、『黒い集団』と言われているらしい。──彼らが何の目的で君たちを襲ったのかは分からないが、どうやら計画的な犯行だったようだ」

計画的な?

「まず彼らは、『氷の森』の鬼ごっこエリアに魔法で霧を出し、教員たちに高度な『方向感覚麻痺』の魔法をかけた。そして、生徒たちを襲った」

なるほど、やはりあの濃霧は自然発生したものではなかったのか。

「私には、なぜわざわざ彼らがこんなことをするのか理解できん。──しかしね、王立学園を狙うことで、国全体に自分たちが脅威だと知らしめる…それが目的なんじゃないかと思うんだよ。──クラウスくんも、今後は危険が及ばないよう学園は対処するつもりだから、安心して引き続き学んでくれたまえ」
「分かりました」
「──本当に、恐ろしい集団だね、『黒い集団』は。──ああ、クラウスくん、怪我は大丈夫かね?生徒を庇ったと聞いたが」
「はい。もう何ともないです」
「それは良かった。君を攻撃してしまったのは『支配』を受けた生徒だったようだね…禁忌魔法の『支配』か…まさか今も使われているとはねぇ──君は、禁忌魔法について、どう思う?」
「え…どう思う、ですか?」

学園長がこちらを見たが、窓からの光による逆光でどんな顔をしているのか分からなかった。…質問の意図も分からない。

クラウスは、ダリルの涙を思い出す。

「…俺は、禁忌魔法が恐ろしいと思いました」

クラウスの言葉に、ややあって学園長が頷く。

「…ああ、その通りだね。…本当に」

話が終わり、クラウスは学園長の後に続いて部屋を出る。
その時、チラッと目の端に見えた物に、クラウスは、ん?と振り返った。

…今まで気づかなかったが、学園長室にはある絵が飾られていた。その絵を見て、既視感を覚える。

それは、黒い翼が描かれた絵だった。

…?

あれは、確かブラッド伯爵の屋敷で見た絵に似ている。…いや、似ているんじゃない。あの絵と全く同じだった。

クラウスは急にその絵が不気味に感じて、慌てて部屋を出た。







「で、もう怪我は大丈夫?」

久しぶりにリリーと食堂で顔を合わせた。
リリーは深くは聞いてこないが、無表情の顔には心配そうな色が浮かんでいるように見える。一通り事情を聞くと、目を細めた。

「…それにしてもおかしいわね。『黒い集団』の目的が分からないわ」
「…本当にな」
「とにかく、あなたは気をつけるべきね。今回のことも、あなたが不利な立場になるような結果になっている気がする。…周りの人が悪く言ってることは気にしないでいいわ」

クラウスがはっとリリーを見ると、彼女はとても真剣な顔をしていた。なんだか思ったより心配されていたらしい…。むず痒いような嬉しい気持ちがした。

カタリ。

その時、クラウスたちの隣に誰かが座ったので、はっと見上げる。

「…おい、隣いいか?」

ぶっきらぼうなその物言いは…強面赤毛くん、マシューだった。

そうだ。一つ、あれから変わったことを言い忘れていた。
最近、マシューがよく話しかけてくるようになったのだ。前はクラウスを避けていた気がするが…この前合宿で庇ってから、おかしいのだ。

この前も、授業中珍しくクラウスに魔法を教えてくれたため、笑顔で礼を言うと、なぜか顔を真っ赤にしてさっさと去っていってしまった。「は?なんだよあの笑顔…」とか何とかいう謎の言葉を残して。
なに…俺の笑顔がキモかったか…?それとも、隣にいたノアの可愛さに照れたのか?でもそのノアはマシューに笑いかけるどころかジト目で見てたけど…

まあそんなわけで、今もマシューは我が物顔で俺たちとランチを共にしている。…でも、俺はちょっと嬉しいんだよな。最近、どんどん俺の周りが賑やかになって、嫌悪の目を向けられることも少なくなった。

「…はあ。あなたも飽きないわね。クラウスは超のつく鈍感だから、なんにも気づいてないわよ」
「俺はそんなんじゃねえよ。…ただファンなだけだ」

リリーがマシューに呆れたように何か言っているが、聞こえているのに文章の意味は分からない。…俺が鈍感だって?何に。

「あー!ずるい、僕たちも一緒に食べる」

その時、ノアとシリルが食堂にやってきて、さらに賑やかになった。

「ねえ、またマシューいるの?」
「はあ?いちゃ悪いかよ。お前だって最近コイツにべったりじゃねえか」
「そりゃ、あんな風に助けられたら惚れるよね~。ま、僕の場合ガチ恋じゃなくて愛でる方だけど」
「俺だって…ただ前より良いヤツかもしんねえと思ってるだけだ!断じて恋じゃねえ!」
「え~?ファンにしては熱烈じゃん」

ノアとマシューが謎の会話を続ける。

「…ほんと、ファンクラブができそうな勢いね(ボソ)」
「ん?」
「何でもないわ。…私たちの周りも賑やかになったわね」
「…そうだな。でも嬉しいよ」

クラウスがボソリと言うと、なぜかその場のみんなが黙ってクラウスをうかがっている。なんだか気恥ずかしく思いながらも、クラウスはヘラリと笑った。

「マシューも加わって、最近前よりすごく楽しいから嬉しいなあって」

1人で食う飯を前世から散々経験してるから、こういう賑やかさは大歓迎だ。
するとマシューがまた顔を赤くしてなぜか天を仰いでしまった。



「…ずいぶん楽しそうだな」

その時、背後で低い声が聞こえ、ギルバートと彼の友人の大柄な青年がやってきた。前合同大会でギルバートと戦っていたあの土属性のマッチョくんだ。名前は確か、ベン。彼は目が合うとニカッと笑った。
反対に、ギルバートはピクリとも笑っていない。いや、笑ってないのはいつものことなんだけど、最近の柔らかい雰囲気が消え去って、その氷の瞳はなぜか冷たく感じる。

…え。なんか怒ってる…?

「急に悪いなー!ギルバートが君たちと食べたそうにしてたから来ちゃった!」

そう言ってきたギルバートの友達のベンは、非常に明るい性格らしい。ギルバートの肩に腕を回してニコニコしている。

「っ、いや、俺は…」

珍しくギルバートが動揺したように目を泳がせた。

それを見たリリーは、これもまた珍しくフっと笑うと、「もちろん、ぜひ先輩たちも一緒に食べましょう」と提案した。

さて、学園一二を争う美形で人気者たちが、なぜかクラウスの周りに集まってしまい、ランチは大所帯となった。一匹狼のリリーがこの集団にいることも周囲は驚きだが、何より嫌われ者の俺がいるという謎のメンツである。周りの生徒たちがチラチラ見てくるのは、気のせいではないはずだ。
謎のメンツだが、話は弾んで楽しい時間が過ぎる。

「──ところで、クラウスっていつも休日なにしてるの?」

話を振ってきたのはノアだ。

なんか初対面同士の質問だなあ…と思ったところで、ハッとする。なるほど、俺は今、初めてまともに友達と友達らしく会話している…リリーは基本俺のことについて聞いてこないし、ノアたちとも授業でしか会話していなかった。

今まで俺は、俺自身について質問されたことがなかったのである。

…気をつけないと、俺が転移者だということがバレてはならないからな…。

「ん~…、いや、ほぼ寮や図書館にいるよ」

みんななぜか俺に注目していて、俺のことを知りたそうにしている…気がする。

「え、寮で何してるの?」
「勉強…っていうか…本読んでる」

なにせ、この国の歴史すら俺はまだ全然知らないのだ。

「…ずっと勉強?!なんか息抜きしてる?街に遊びに行ったりとか」
「いや、まだ、街とか行ったことないんだ」

俺の答えに、皆驚いたようだ。

「今までは、ちょっと節約しないといけないと思ってて…俺、今支援を受けてるからさ。でも、街には行ってみたいんだ」
「…ああ、君はブラッド伯爵に支援を受けているんだったな。…金銭面で困っているのか?」

シリルの問いにクラウスは慌ててかぶりを振る。

「いや、俺が気にしているだけで、良くしてもらってるよ」

そうなんだ、と彼らは納得していたが、ひとつだけ、ブラッド伯爵の名を口にした時ギルバートがピクリと反応したのが、クラウスは気になった。

「じゃあさ、今度遊びに行こうよ!それに、そろそろ『収穫祭』の時期だからね。王都はいつもすごく賑わうんだ」

『収穫祭』…この世界でも、秋のお祭りがあるようで、ハロウィーン的なお祭りだ。かつてこの世界にいた聖霊たちが、最も豊かになる季節を祝ったことが始まりだ。

「それにさ」

ノアがにやっと笑った。

「この『収穫祭』は学生みんな遊びに行くイベントなんだよ。もちろん友達とって子が多いけど…実は、このお祭りに好きな子を誘うと、カップルになれるって噂があってさ!」
「けっ、また学園内が色恋沙汰で騒がしくなって鬱陶しいぜ」

マシューが心底うんざりした顔をする。

「君がそんなに嫌がるのは、前騒動があったせいだろ」
「ああ…あなたのことが好きな女の子たちが喧嘩して魔法まで使った騒動ね」
「やめてくれ!…もう俺はダチと遊びに行くだけでいい…」
「(マシューが青ざめるとは、…どんな騒動だったんだ…)」
「だから、今学園内が妙にそわそわしてるんだな」
「そうそう!1番の注目は、やっぱりギルバート先輩が誰を誘うかだよね」

突然話を振られたギルバートは、少しお茶でむせた。

「ははは!毎年、生徒がそわそわしてるよな~。でも、いつもその時期は王宮に帰っちゃうよな、お前」

ベンが言う。

「今年はどうするんだ?一緒に遊びに行きたい子はいるのか?」
「……遊びに行きたい子は…いるにはいるが…」

ギルバートは言いづらそうに、氷色の瞳を揺らして言った。

…誘いたい子がいるんだな。

なぜかクラウスは自分が少なからず動揺しているのが分かり、その事実にさらに動揺してしまう。胸の奥の方に小さなとっかかりを感じた。

ガタっとノアたちが動揺する。

「ええ?!あのギルバート先輩が?!」
「お前ついに好きな子ができたのか?!」

みんなの動揺っぷりがすごい。

「まだ迷ってるんだ…何も言わんぞ」

ギルバートは照れたようにふいっと顔を背けた。その様子に、クラウスたちだけでなく、周りの食堂全体が一瞬沈黙して彼を凝視している気がする。

「…ええ、ガチじゃん。照れてる王子初めて見た、やっば」
「…ガチね」
「…誰だろ、相手………っあ」

なぜかノアが何かに思い至ったような顔をすると、急に少し悪い笑みを浮かべながら今度はクラウスに話かけてくる。

「ね、クラウスはもし行きたかったら、僕ら友達と遊びに行こうよ。…もちろん行きたい人がいれば誘ってもいいけど」
「あ、ああ、そうだな。リリーはどうする?」
「私はいつも興味なかったから…ま、行く人いなかったら声かけて」

俺としては、いつも2人で行ってるらしいシリルとノアを邪魔するのも気が引けたが、彼らは大歓迎らしい。ま、たまには、学生らしく遊びに行ってみてもいいかな。

そんな話をしている間、ギルバートがクラウスをじっと見つめていることには、隣のベンしか気がつかなかった。

「…ふ、なるほど」

ベンはこっそり苦笑すると、隣の親友のこれからの恋の行方ついて、心の中でそっと応援した。

俺は何にも気づかなかった。だから、言われた時、本気だとは微塵も思わなかったんだ。



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