17 / 47
15.夏合宿3
しおりを挟む
さっきのことが頭から離れない。
そんなノアは、自分に飛んでくる魔法に気づかなかった。
「ッノア!」
シリルの必死な声が聞こえ、ノアは初めて迫り来る鋭い炎の刃を見る。
目の端に、シリルがこちらに手を伸ばすのが見えた。しかし、彼もたった今防御魔法を使っていたため、ノアを助ける手が一歩遅れた。
…シリルの絶望に染まった目が、最後に見えた。
ノアはなす術もなく、やってくるだろう衝撃にに目を瞑った。
……
しかし、いくら待っても衝撃は来ない。
目を開けると、ノアに迫っていた魔法を、どこかから飛んできた防御魔法の光が弾き飛ばした瞬間が見えた。
「ッみんな!」
力強い大人の声が聞こえ、先生たちが一斉に暗闇からこちらへ走ってくるのが見える。
その後ろから、クラウスも必死に着いてきているのが見えた。
っ、クラウス。
ノアは極度の緊張から解放され、体から力が抜けるのを感じた。
…クラウスは逃げたんじゃなかった…先生を探してきてくれたんだ。
そこから、一気に形成は逆転した。
先生たちは皆、宮廷魔法官出身の者たちだ。黒いフードの集団を猛然と押し返し始めた。
*
クラウスは、きびすを返すと、暗い森の中へ再び走り出した。
…俺が行ったところで、使えない俺は足を引っ張るだけだと分かっていた…。
…俺は、早く先生たちを見つけて戻るべきだ!
先生たちはどうしてまだ現れないのか。
もしかしたら、黒いフードの集団によって、先生たちも迷わされているのかもしれない。
でも、今奴らが戦闘しているなら、今がチャンスだ。心なしか、戦闘している間は周囲の霧が薄くなっているように感じる。
これが魔法によって作られた霧なら、奴らは戦闘で魔力を使い、こちらまで手が回っていない状態なのだろう。
クラウスは、先生たちも近くまで来ていると信じて、ひたすら照明弾を空に打ち上げ続けた。
そうして体力が続く限り探していると、
「ッ誰?クラウスくん?!みんなは!」
ガサリと正面から音がして、先生たちが飛び出してきた。
「た、助けてください!」
先生たちと共に、戦闘音がする方角へ走る。
お願いだ…!どうか無事でいてくれ。
クラウスはもうそれしか考えられなかった。
目の前に皆が見えてきた瞬間、まだ無事なのを見てホッとする。
しかし、ノアに迫る攻撃魔法を見て、一瞬で凍りついた。
それを、隣にいた先生がすぐに鋭い魔法で弾き飛ばす。
そこからは、もう嵐の中にいるようだった。黒い集団は、先生たちに気づくと一気にまた戦闘が始まる。
飛び交う魔法を避けるように、クラウスは倒れているダリルを端に避難させた。
避難させた後、クラウスも少しでも力になろうと戦闘を振り返ってみる。
あたりの濃霧はすっかり晴れ、もう夜だったのか、空き地にさあっと月の光が差し込んできた。
全てが月の光に照らされて、今はっきり見えるようになった。
一瞬、黒いフードの集団の1人が、クラウスをじっと見ているのに気づいた。
……?
ゾワリと得体の知れない恐怖が背筋を走る。
フードの下から見えた目は…なぜか狂気をはらんで爛々と輝いていた。クラウスだけを見つめながら…。
「ぐあ、!」
その時、背後でうめき声が聞こえ、クラウスははっと振り返った。
たった今避難させた倒れていた生徒──ダリルが、突然また起き上がり、なんと近くにいたノアとマシューに襲いかかっている。
──まだ、『支配』が解けていないのだ…!
遠くで、クラウスをいまだ見つめる黒いフードの男が、不敵に笑っているのが見えた。
…アイツが、操っているのか?
ダリルは目を虚にしたまま、ノアとマシューに向かって、攻撃魔法を放った。
一瞬、ノアとマシューは躊躇い、防御が一歩遅れた。無理もない。友達が突然攻撃してきて、不意を突かれた。
友達を攻撃することもできず、皆が一瞬止まってしまう。
魔法は、一瞬でノアたちに迫り………
………1番近くにいたクラウスは、魔法を使うこともせずに、反射的に飛んでくる魔法とノアたちの間に飛び込んだ。
完全に何も考えていなかった。
魔法なんてない世界にいた俺は、やっぱりまだ魔法について認識が甘い。
だから、この行為がどれほど危険なのか分からなかったのだ。
俺は、ただ、友達に攻撃されて絶望するノアとマシューの表情が見ていられなかった。ダリルを攻撃することなんてできなかったし…
正気を失っているダリルの攻撃は…手加減がなかった。
俺の視界は一瞬で白くなり、気づいた時には、だいぶ遠くまで吹っ飛ばされていたらしい。
体が奇妙に熱くて、熱いと思ったら急に全身が痛み出した。火属性の攻撃だったらしい。直撃を受けた背中が燃えているように熱くて痛かった。
…普通は、皆無意識に防御魔法を身に纏う。しかし、生身で魔法の中に飛び込んだら、そりゃこうなる…。
そんなことが頭に浮かんだが、それについて考えることはできなかった。
遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえたが、クラウスは変な形で地面に倒れたまま、視界が暗くなるのを感じていた。
服の中で、赤水晶が少しだけ、色を変えた。
*
〈ノア視点〉
僕は、もう体力の限界だったマシューを支え、避難させているところだった。
「大丈夫?」
「…っああ、流石に俺、限界かも」
「っぐあ」
その時、突然、気絶していたはずのダリルが起き上がり、顔を上げる。
その目を見た時、ゾクリとした。
彼の目は虚で何も映していない。彼ではない、何かが彼の中に入っているようだ。
そんなことを考えていて、反応が遅れた。
ダリルが突然攻撃魔法を放ってきたのだ。
防御するのも、弾き返すのも、躊躇した。
クラスメイトで友達のダリルを攻撃することができなかった。
ノアは、マシューを支えたまま、固まったように魔法が迫ってくるのを見ていた。
──その時、人が魔法の炎の中に飛び込むのが見えたのだ。
炎の中に飛び込んだら人物は、簡単に吹っ飛ばされていった。
身を挺して守ってくれたその人物──クラウスは、地面に叩きつけられると、動かなくなった。
その事実に気づいた瞬間、皆がはっとして動き出す。
「クラウス!!」
マシューが、見たことないほど動揺して、クラウスに駆け寄っている。
ノアは、咄嗟に足が動かないほど動揺していた。
防御魔法を使わずに魔法の中に飛び込むなんて…自殺行為だ。なかなか出来ることじゃない。
しかもクラウスは、魔力がとてつもなく少ない。
本来なら、こんな戦闘には参加させられないほど、クラウスは攻撃に弱いのに…。
…それほどまで、クラウスが助けてくれようとしたことに気づいて、ノアはぎゅっと胸が苦しくなるのを感じた。
僕は彼のことを疑ってしまったのに…
なんであんなことができるんだよ…?
気づいたら、ノアはクラウスに駆け寄って魔力の限り治癒魔法をかけていた。
そっと背中に手が置かれ、後ろに共にシリルが立つ。
シリルは、何も言わずに僕の手に手をかざして、治癒魔法に力を込めた。
その時、ふらふら立っていたダリルがプツリと糸が切れたように倒れた。先生が駆け寄る。
ダリルが倒れた瞬間、黒いフードの集団がぴたりと攻撃をやめ、一瞬で森の中へ消えていった。最後に、1人がじっとこちらを見ていた気がした。…いや、視線は確かにクラウスだけを見ていた。
「…アイツらは、何の目的で…」
シリルがボソリと呟く。
分からない…
けど、不気味なものを感じた。
その時、手の下のクラウスの体がピクリと動いた。
*
クラウスが次に目を開けた時、体がポカポカと温かく、懐かしい感覚がした。治癒魔法をかけられたらしい。
「っ、気づいた!大丈夫?」
ノアとシリルの整った顔が間近にあってビックリする。
…そうか。無事だったらしい。…良かった。
クラウスは、声が出しづらかったため、とりあえず微笑んだ。
「う」
なぜか、クラウスの顔を見たノアが胸を押さえる。顔を見たら、照れたような顔をした。なぜ?
その時、バッと視界いっぱいに赤いものが飛び込んできて、誰かに抱きしめられたのが分かった。
マシューだ。
……ええ?マシューが?!
「…クラウス…なんで庇ったんだよ!…ぐす」
マシューが涙声だ。
「…馬鹿だよ、アンタ」
…馬鹿。まぁ確かに無謀だった。
しかし、マシューが元気そうで安心した。…少し、おかしくなってしまったような気もするが。マシューが泣くなんて驚きだ。
気づけば、この場には全ての生徒たちが集まっていたようだ。霧が晴れ、どこかを彷徨っていた他のチームの子たちも、喧騒を聞きつけて合流してきたのだろう。
先生たちは次々に皆に治癒魔法をかけて回っている。相当憔悴しきった顔だ。
シリルとノア、マシューも、もう魔力枯渇しているようだった。最後の力を振り絞って俺を治癒してくれたのか…。
クラウスは、未だに目を覚まさない横になったままのダリルを見る。彼は禁忌魔法を受けたため、そのまま王都の病院まで運ばれることになった。
クラウスたちも、王都からやってくる次の馬車で帰ることとなっている。
生徒たちは、皆混乱して泣いている子も多い。こんな状態で、合宿は続けられなかった。
「──どうしてこんなことになったの?」
ザワザワと生徒たちの間で、疑惑のつぶやきが多くなる。
「…今までこんなことなかったのに…」
「──アイツら、今噂の集団だろ?『黒髪黒目の男』がいる…ゼト信仰者の集まりだって言われてるよ…」
「──クラウスのせいだ」
その時、ざわめきの中から、鋭い声が耳に飛び込んでくる。
「アイツ、しばらくシリルたちと離れて行動してたんだ。怪しいよ!」
「──黒髪黒目だからな。やっぱりアイツが何か関係してるんじゃ──」
胃がきりきりと痛む。
「っおい!やめろよ」
その時、珍しくシリルが声を荒げて噂をする生徒たちの前に立った。
「さっきのを見なかったのか?クラウスはノアとマシューを身を挺して庇ったんだ。クラウスがあの集団と関係があったとして、なんで自分を犠牲にする必要があるんだよ」
「…そうだよ。クラウスはなんの関係もない」
ノアが低い声で言う。ノアのこんなに怖い顔は初めて見た。
クラウスは呆気に取られて2人を見る。
シーン、と皆が静まり返り、泣いている子たちの啜り泣く音だけが聞こえる。
噂をしていた生徒たちは、混乱した顔のまま、おろおろして口ごもる。
「──みんな、もうやめなさい」
先生が、間に立った。
「あの集団がなんの目的で攻撃してきたのかは分からないが…うちの学園の生徒たちは、全員なんの関係もない。…今は混乱しているだろうが、この事は王宮にも報告するから、君たちはまずは休みなさい」
やがて落ち着いてきた皆の様子に、クラウスもようやく強張った体から力を抜いた。
少し、赤水晶の力を使いすぎたかも知れない。
王都への馬車が来るまで、クラウスはフラつくのがバレないよう懸命に動いていたが、馬車に乗った途端、いつの間にか眠ってしまった。
そんなノアは、自分に飛んでくる魔法に気づかなかった。
「ッノア!」
シリルの必死な声が聞こえ、ノアは初めて迫り来る鋭い炎の刃を見る。
目の端に、シリルがこちらに手を伸ばすのが見えた。しかし、彼もたった今防御魔法を使っていたため、ノアを助ける手が一歩遅れた。
…シリルの絶望に染まった目が、最後に見えた。
ノアはなす術もなく、やってくるだろう衝撃にに目を瞑った。
……
しかし、いくら待っても衝撃は来ない。
目を開けると、ノアに迫っていた魔法を、どこかから飛んできた防御魔法の光が弾き飛ばした瞬間が見えた。
「ッみんな!」
力強い大人の声が聞こえ、先生たちが一斉に暗闇からこちらへ走ってくるのが見える。
その後ろから、クラウスも必死に着いてきているのが見えた。
っ、クラウス。
ノアは極度の緊張から解放され、体から力が抜けるのを感じた。
…クラウスは逃げたんじゃなかった…先生を探してきてくれたんだ。
そこから、一気に形成は逆転した。
先生たちは皆、宮廷魔法官出身の者たちだ。黒いフードの集団を猛然と押し返し始めた。
*
クラウスは、きびすを返すと、暗い森の中へ再び走り出した。
…俺が行ったところで、使えない俺は足を引っ張るだけだと分かっていた…。
…俺は、早く先生たちを見つけて戻るべきだ!
先生たちはどうしてまだ現れないのか。
もしかしたら、黒いフードの集団によって、先生たちも迷わされているのかもしれない。
でも、今奴らが戦闘しているなら、今がチャンスだ。心なしか、戦闘している間は周囲の霧が薄くなっているように感じる。
これが魔法によって作られた霧なら、奴らは戦闘で魔力を使い、こちらまで手が回っていない状態なのだろう。
クラウスは、先生たちも近くまで来ていると信じて、ひたすら照明弾を空に打ち上げ続けた。
そうして体力が続く限り探していると、
「ッ誰?クラウスくん?!みんなは!」
ガサリと正面から音がして、先生たちが飛び出してきた。
「た、助けてください!」
先生たちと共に、戦闘音がする方角へ走る。
お願いだ…!どうか無事でいてくれ。
クラウスはもうそれしか考えられなかった。
目の前に皆が見えてきた瞬間、まだ無事なのを見てホッとする。
しかし、ノアに迫る攻撃魔法を見て、一瞬で凍りついた。
それを、隣にいた先生がすぐに鋭い魔法で弾き飛ばす。
そこからは、もう嵐の中にいるようだった。黒い集団は、先生たちに気づくと一気にまた戦闘が始まる。
飛び交う魔法を避けるように、クラウスは倒れているダリルを端に避難させた。
避難させた後、クラウスも少しでも力になろうと戦闘を振り返ってみる。
あたりの濃霧はすっかり晴れ、もう夜だったのか、空き地にさあっと月の光が差し込んできた。
全てが月の光に照らされて、今はっきり見えるようになった。
一瞬、黒いフードの集団の1人が、クラウスをじっと見ているのに気づいた。
……?
ゾワリと得体の知れない恐怖が背筋を走る。
フードの下から見えた目は…なぜか狂気をはらんで爛々と輝いていた。クラウスだけを見つめながら…。
「ぐあ、!」
その時、背後でうめき声が聞こえ、クラウスははっと振り返った。
たった今避難させた倒れていた生徒──ダリルが、突然また起き上がり、なんと近くにいたノアとマシューに襲いかかっている。
──まだ、『支配』が解けていないのだ…!
遠くで、クラウスをいまだ見つめる黒いフードの男が、不敵に笑っているのが見えた。
…アイツが、操っているのか?
ダリルは目を虚にしたまま、ノアとマシューに向かって、攻撃魔法を放った。
一瞬、ノアとマシューは躊躇い、防御が一歩遅れた。無理もない。友達が突然攻撃してきて、不意を突かれた。
友達を攻撃することもできず、皆が一瞬止まってしまう。
魔法は、一瞬でノアたちに迫り………
………1番近くにいたクラウスは、魔法を使うこともせずに、反射的に飛んでくる魔法とノアたちの間に飛び込んだ。
完全に何も考えていなかった。
魔法なんてない世界にいた俺は、やっぱりまだ魔法について認識が甘い。
だから、この行為がどれほど危険なのか分からなかったのだ。
俺は、ただ、友達に攻撃されて絶望するノアとマシューの表情が見ていられなかった。ダリルを攻撃することなんてできなかったし…
正気を失っているダリルの攻撃は…手加減がなかった。
俺の視界は一瞬で白くなり、気づいた時には、だいぶ遠くまで吹っ飛ばされていたらしい。
体が奇妙に熱くて、熱いと思ったら急に全身が痛み出した。火属性の攻撃だったらしい。直撃を受けた背中が燃えているように熱くて痛かった。
…普通は、皆無意識に防御魔法を身に纏う。しかし、生身で魔法の中に飛び込んだら、そりゃこうなる…。
そんなことが頭に浮かんだが、それについて考えることはできなかった。
遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえたが、クラウスは変な形で地面に倒れたまま、視界が暗くなるのを感じていた。
服の中で、赤水晶が少しだけ、色を変えた。
*
〈ノア視点〉
僕は、もう体力の限界だったマシューを支え、避難させているところだった。
「大丈夫?」
「…っああ、流石に俺、限界かも」
「っぐあ」
その時、突然、気絶していたはずのダリルが起き上がり、顔を上げる。
その目を見た時、ゾクリとした。
彼の目は虚で何も映していない。彼ではない、何かが彼の中に入っているようだ。
そんなことを考えていて、反応が遅れた。
ダリルが突然攻撃魔法を放ってきたのだ。
防御するのも、弾き返すのも、躊躇した。
クラスメイトで友達のダリルを攻撃することができなかった。
ノアは、マシューを支えたまま、固まったように魔法が迫ってくるのを見ていた。
──その時、人が魔法の炎の中に飛び込むのが見えたのだ。
炎の中に飛び込んだら人物は、簡単に吹っ飛ばされていった。
身を挺して守ってくれたその人物──クラウスは、地面に叩きつけられると、動かなくなった。
その事実に気づいた瞬間、皆がはっとして動き出す。
「クラウス!!」
マシューが、見たことないほど動揺して、クラウスに駆け寄っている。
ノアは、咄嗟に足が動かないほど動揺していた。
防御魔法を使わずに魔法の中に飛び込むなんて…自殺行為だ。なかなか出来ることじゃない。
しかもクラウスは、魔力がとてつもなく少ない。
本来なら、こんな戦闘には参加させられないほど、クラウスは攻撃に弱いのに…。
…それほどまで、クラウスが助けてくれようとしたことに気づいて、ノアはぎゅっと胸が苦しくなるのを感じた。
僕は彼のことを疑ってしまったのに…
なんであんなことができるんだよ…?
気づいたら、ノアはクラウスに駆け寄って魔力の限り治癒魔法をかけていた。
そっと背中に手が置かれ、後ろに共にシリルが立つ。
シリルは、何も言わずに僕の手に手をかざして、治癒魔法に力を込めた。
その時、ふらふら立っていたダリルがプツリと糸が切れたように倒れた。先生が駆け寄る。
ダリルが倒れた瞬間、黒いフードの集団がぴたりと攻撃をやめ、一瞬で森の中へ消えていった。最後に、1人がじっとこちらを見ていた気がした。…いや、視線は確かにクラウスだけを見ていた。
「…アイツらは、何の目的で…」
シリルがボソリと呟く。
分からない…
けど、不気味なものを感じた。
その時、手の下のクラウスの体がピクリと動いた。
*
クラウスが次に目を開けた時、体がポカポカと温かく、懐かしい感覚がした。治癒魔法をかけられたらしい。
「っ、気づいた!大丈夫?」
ノアとシリルの整った顔が間近にあってビックリする。
…そうか。無事だったらしい。…良かった。
クラウスは、声が出しづらかったため、とりあえず微笑んだ。
「う」
なぜか、クラウスの顔を見たノアが胸を押さえる。顔を見たら、照れたような顔をした。なぜ?
その時、バッと視界いっぱいに赤いものが飛び込んできて、誰かに抱きしめられたのが分かった。
マシューだ。
……ええ?マシューが?!
「…クラウス…なんで庇ったんだよ!…ぐす」
マシューが涙声だ。
「…馬鹿だよ、アンタ」
…馬鹿。まぁ確かに無謀だった。
しかし、マシューが元気そうで安心した。…少し、おかしくなってしまったような気もするが。マシューが泣くなんて驚きだ。
気づけば、この場には全ての生徒たちが集まっていたようだ。霧が晴れ、どこかを彷徨っていた他のチームの子たちも、喧騒を聞きつけて合流してきたのだろう。
先生たちは次々に皆に治癒魔法をかけて回っている。相当憔悴しきった顔だ。
シリルとノア、マシューも、もう魔力枯渇しているようだった。最後の力を振り絞って俺を治癒してくれたのか…。
クラウスは、未だに目を覚まさない横になったままのダリルを見る。彼は禁忌魔法を受けたため、そのまま王都の病院まで運ばれることになった。
クラウスたちも、王都からやってくる次の馬車で帰ることとなっている。
生徒たちは、皆混乱して泣いている子も多い。こんな状態で、合宿は続けられなかった。
「──どうしてこんなことになったの?」
ザワザワと生徒たちの間で、疑惑のつぶやきが多くなる。
「…今までこんなことなかったのに…」
「──アイツら、今噂の集団だろ?『黒髪黒目の男』がいる…ゼト信仰者の集まりだって言われてるよ…」
「──クラウスのせいだ」
その時、ざわめきの中から、鋭い声が耳に飛び込んでくる。
「アイツ、しばらくシリルたちと離れて行動してたんだ。怪しいよ!」
「──黒髪黒目だからな。やっぱりアイツが何か関係してるんじゃ──」
胃がきりきりと痛む。
「っおい!やめろよ」
その時、珍しくシリルが声を荒げて噂をする生徒たちの前に立った。
「さっきのを見なかったのか?クラウスはノアとマシューを身を挺して庇ったんだ。クラウスがあの集団と関係があったとして、なんで自分を犠牲にする必要があるんだよ」
「…そうだよ。クラウスはなんの関係もない」
ノアが低い声で言う。ノアのこんなに怖い顔は初めて見た。
クラウスは呆気に取られて2人を見る。
シーン、と皆が静まり返り、泣いている子たちの啜り泣く音だけが聞こえる。
噂をしていた生徒たちは、混乱した顔のまま、おろおろして口ごもる。
「──みんな、もうやめなさい」
先生が、間に立った。
「あの集団がなんの目的で攻撃してきたのかは分からないが…うちの学園の生徒たちは、全員なんの関係もない。…今は混乱しているだろうが、この事は王宮にも報告するから、君たちはまずは休みなさい」
やがて落ち着いてきた皆の様子に、クラウスもようやく強張った体から力を抜いた。
少し、赤水晶の力を使いすぎたかも知れない。
王都への馬車が来るまで、クラウスはフラつくのがバレないよう懸命に動いていたが、馬車に乗った途端、いつの間にか眠ってしまった。
76
お気に入りに追加
2,735
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
【BL】水属性しか持たない俺を手放した王国のその後。
梅花
BL
水属性しか持たない俺が砂漠の異世界にトリップしたら、王子に溺愛されたけれどそれは水属性だからですか?のスピンオフ。
読む際はそちらから先にどうぞ!
水の都でテトが居なくなった後の話。
使い勝手の良かった王子という認識しかなかった第4王子のザマァ。
本編が執筆中のため、進み具合を合わせてのゆっくり発行になります。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
地味で冴えない俺の最高なポディション。
どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。
オマケに丸い伊達メガネ。
高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。
そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。
あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。
俺のポディションは片隅に限るな。
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話
あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった
親は妹のゆうかばかり愛してた。
理由はゆうかの病気にあった。
出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた
そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。
もう愛なんて知らない、愛されたくない
そう願って、目を覚ますと_
異世界で悪役令息に転生していた
1章完結
2章完結(サブタイかえました)
3章連載
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
異世界に召喚されて失明したけど幸せです。
るて
BL
僕はシノ。
なんでか異世界に召喚されたみたいです!
でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう
あ、失明したらしいっす
うん。まー、別にいーや。
なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい!
あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘)
目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる