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15.夏合宿3

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さっきのことが頭から離れない。
そんなノアは、自分に飛んでくる魔法に気づかなかった。

「ッノア!」

シリルの必死な声が聞こえ、ノアは初めて迫り来る鋭い炎の刃を見る。
目の端に、シリルがこちらに手を伸ばすのが見えた。しかし、彼もたった今防御魔法を使っていたため、ノアを助ける手が一歩遅れた。
…シリルの絶望に染まった目が、最後に見えた。

ノアはなす術もなく、やってくるだろう衝撃にに目を瞑った。

……

しかし、いくら待っても衝撃は来ない。

目を開けると、ノアに迫っていた魔法を、どこかから飛んできた防御魔法の光が弾き飛ばした瞬間が見えた。

「ッみんな!」

力強い大人の声が聞こえ、先生たちが一斉に暗闇からこちらへ走ってくるのが見える。
その後ろから、クラウスも必死に着いてきているのが見えた。

っ、クラウス。

ノアは極度の緊張から解放され、体から力が抜けるのを感じた。

…クラウスは逃げたんじゃなかった…先生を探してきてくれたんだ。

そこから、一気に形成は逆転した。

先生たちは皆、宮廷魔法官出身の者たちだ。黒いフードの集団を猛然と押し返し始めた。







クラウスは、きびすを返すと、暗い森の中へ再び走り出した。

…俺が行ったところで、使えない俺は足を引っ張るだけだと分かっていた…。
…俺は、早く先生たちを見つけて戻るべきだ!

先生たちはどうしてまだ現れないのか。
もしかしたら、黒いフードの集団によって、先生たちも迷わされているのかもしれない。

でも、今奴らが戦闘しているなら、今がチャンスだ。心なしか、戦闘している間は周囲の霧が薄くなっているように感じる。
これが魔法によって作られた霧なら、奴らは戦闘で魔力を使い、こちらまで手が回っていない状態なのだろう。

クラウスは、先生たちも近くまで来ていると信じて、ひたすら照明弾を空に打ち上げ続けた。

そうして体力が続く限り探していると、

「ッ誰?クラウスくん?!みんなは!」

ガサリと正面から音がして、先生たちが飛び出してきた。

「た、助けてください!」






先生たちと共に、戦闘音がする方角へ走る。

お願いだ…!どうか無事でいてくれ。

クラウスはもうそれしか考えられなかった。

目の前に皆が見えてきた瞬間、まだ無事なのを見てホッとする。
しかし、ノアに迫る攻撃魔法を見て、一瞬で凍りついた。

それを、隣にいた先生がすぐに鋭い魔法で弾き飛ばす。

そこからは、もう嵐の中にいるようだった。黒い集団は、先生たちに気づくと一気にまた戦闘が始まる。
飛び交う魔法を避けるように、クラウスは倒れているダリルを端に避難させた。

避難させた後、クラウスも少しでも力になろうと戦闘を振り返ってみる。

あたりの濃霧はすっかり晴れ、もう夜だったのか、空き地にさあっと月の光が差し込んできた。
全てが月の光に照らされて、今はっきり見えるようになった。

一瞬、黒いフードの集団の1人が、クラウスをじっと見ているのに気づいた。

……?

ゾワリと得体の知れない恐怖が背筋を走る。

フードの下から見えた目は…なぜか狂気をはらんで爛々と輝いていた。クラウスだけを見つめながら…。

「ぐあ、!」

その時、背後でうめき声が聞こえ、クラウスははっと振り返った。

たった今避難させた倒れていた生徒──ダリルが、突然また起き上がり、なんと近くにいたノアとマシューに襲いかかっている。

──まだ、『支配』が解けていないのだ…!

遠くで、クラウスをいまだ見つめる黒いフードの男が、不敵に笑っているのが見えた。

…アイツが、操っているのか?

ダリルは目を虚にしたまま、ノアとマシューに向かって、攻撃魔法を放った。

一瞬、ノアとマシューは躊躇い、防御が一歩遅れた。無理もない。友達が突然攻撃してきて、不意を突かれた。
友達を攻撃することもできず、皆が一瞬止まってしまう。

魔法は、一瞬でノアたちに迫り………



………1番近くにいたクラウスは、魔法を使うこともせずに、反射的に飛んでくる魔法とノアたちの間に飛び込んだ。

完全に何も考えていなかった。

魔法なんてない世界にいた俺は、やっぱりまだ魔法について認識が甘い。
だから、この行為がどれほど危険なのか分からなかったのだ。

俺は、ただ、友達に攻撃されて絶望するノアとマシューの表情が見ていられなかった。ダリルを攻撃することなんてできなかったし…

正気を失っているダリルの攻撃は…手加減がなかった。

俺の視界は一瞬で白くなり、気づいた時には、だいぶ遠くまで吹っ飛ばされていたらしい。
体が奇妙に熱くて、熱いと思ったら急に全身が痛み出した。火属性の攻撃だったらしい。直撃を受けた背中が燃えているように熱くて痛かった。

…普通は、皆無意識に防御魔法を身に纏う。しかし、生身で魔法の中に飛び込んだら、そりゃこうなる…。

そんなことが頭に浮かんだが、それについて考えることはできなかった。

遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえたが、クラウスは変な形で地面に倒れたまま、視界が暗くなるのを感じていた。


服の中で、赤水晶が少しだけ、色を変えた。









〈ノア視点〉

僕は、もう体力の限界だったマシューを支え、避難させているところだった。

「大丈夫?」
「…っああ、流石に俺、限界かも」

「っぐあ」

その時、突然、気絶していたはずのダリルが起き上がり、顔を上げる。

その目を見た時、ゾクリとした。

彼の目は虚で何も映していない。彼ではない、何かが彼の中に入っているようだ。

そんなことを考えていて、反応が遅れた。

ダリルが突然攻撃魔法を放ってきたのだ。
防御するのも、弾き返すのも、躊躇した。
クラスメイトで友達のダリルを攻撃することができなかった。

ノアは、マシューを支えたまま、固まったように魔法が迫ってくるのを見ていた。

──その時、人が魔法の炎の中に飛び込むのが見えたのだ。

炎の中に飛び込んだら人物は、簡単に吹っ飛ばされていった。

身を挺して守ってくれたその人物──クラウスは、地面に叩きつけられると、動かなくなった。

その事実に気づいた瞬間、皆がはっとして動き出す。

「クラウス!!」

マシューが、見たことないほど動揺して、クラウスに駆け寄っている。

ノアは、咄嗟に足が動かないほど動揺していた。

防御魔法を使わずに魔法の中に飛び込むなんて…自殺行為だ。なかなか出来ることじゃない。

しかもクラウスは、魔力がとてつもなく少ない。
本来なら、こんな戦闘には参加させられないほど、クラウスは攻撃に弱いのに…。

…それほどまで、クラウスが助けてくれようとしたことに気づいて、ノアはぎゅっと胸が苦しくなるのを感じた。

僕は彼のことを疑ってしまったのに…

なんであんなことができるんだよ…?

気づいたら、ノアはクラウスに駆け寄って魔力の限り治癒魔法をかけていた。
そっと背中に手が置かれ、後ろに共にシリルが立つ。
シリルは、何も言わずに僕の手に手をかざして、治癒魔法に力を込めた。

その時、ふらふら立っていたダリルがプツリと糸が切れたように倒れた。先生が駆け寄る。

ダリルが倒れた瞬間、黒いフードの集団がぴたりと攻撃をやめ、一瞬で森の中へ消えていった。最後に、1人がじっとこちらを見ていた気がした。…いや、視線は確かにクラウスだけを見ていた。

「…アイツらは、何の目的で…」

シリルがボソリと呟く。

分からない…
けど、不気味なものを感じた。

その時、手の下のクラウスの体がピクリと動いた。







クラウスが次に目を開けた時、体がポカポカと温かく、懐かしい感覚がした。治癒魔法をかけられたらしい。

「っ、気づいた!大丈夫?」

ノアとシリルの整った顔が間近にあってビックリする。

…そうか。無事だったらしい。…良かった。

クラウスは、声が出しづらかったため、とりあえず微笑んだ。

「う」

なぜか、クラウスの顔を見たノアが胸を押さえる。顔を見たら、照れたような顔をした。なぜ?

その時、バッと視界いっぱいに赤いものが飛び込んできて、誰かに抱きしめられたのが分かった。

マシューだ。

……ええ?マシューが?!

「…クラウス…なんで庇ったんだよ!…ぐす」

マシューが涙声だ。

「…馬鹿だよ、アンタ」

…馬鹿。まぁ確かに無謀だった。

しかし、マシューが元気そうで安心した。…少し、おかしくなってしまったような気もするが。マシューが泣くなんて驚きだ。

気づけば、この場には全ての生徒たちが集まっていたようだ。霧が晴れ、どこかを彷徨っていた他のチームの子たちも、喧騒を聞きつけて合流してきたのだろう。

先生たちは次々に皆に治癒魔法をかけて回っている。相当憔悴しきった顔だ。

シリルとノア、マシューも、もう魔力枯渇しているようだった。最後の力を振り絞って俺を治癒してくれたのか…。

クラウスは、未だに目を覚まさない横になったままのダリルを見る。彼は禁忌魔法を受けたため、そのまま王都の病院まで運ばれることになった。
クラウスたちも、王都からやってくる次の馬車で帰ることとなっている。

生徒たちは、皆混乱して泣いている子も多い。こんな状態で、合宿は続けられなかった。

「──どうしてこんなことになったの?」

ザワザワと生徒たちの間で、疑惑のつぶやきが多くなる。

「…今までこんなことなかったのに…」
「──アイツら、今噂の集団だろ?『黒髪黒目の男』がいる…ゼト信仰者の集まりだって言われてるよ…」

「──クラウスのせいだ」

その時、ざわめきの中から、鋭い声が耳に飛び込んでくる。

「アイツ、しばらくシリルたちと離れて行動してたんだ。怪しいよ!」
「──黒髪黒目だからな。やっぱりアイツが何か関係してるんじゃ──」

胃がきりきりと痛む。

「っおい!やめろよ」

その時、珍しくシリルが声を荒げて噂をする生徒たちの前に立った。

「さっきのを見なかったのか?クラウスはノアとマシューを身を挺して庇ったんだ。クラウスがあの集団と関係があったとして、なんで自分を犠牲にする必要があるんだよ」
「…そうだよ。クラウスはなんの関係もない」

ノアが低い声で言う。ノアのこんなに怖い顔は初めて見た。

クラウスは呆気に取られて2人を見る。

シーン、と皆が静まり返り、泣いている子たちの啜り泣く音だけが聞こえる。
噂をしていた生徒たちは、混乱した顔のまま、おろおろして口ごもる。

「──みんな、もうやめなさい」

先生が、間に立った。

「あの集団がなんの目的で攻撃してきたのかは分からないが…うちの学園の生徒たちは、全員なんの関係もない。…今は混乱しているだろうが、この事は王宮にも報告するから、君たちはまずは休みなさい」

やがて落ち着いてきた皆の様子に、クラウスもようやく強張った体から力を抜いた。

少し、赤水晶の力を使いすぎたかも知れない。

王都への馬車が来るまで、クラウスはフラつくのがバレないよう懸命に動いていたが、馬車に乗った途端、いつの間にか眠ってしまった。


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