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4.合同大会2
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「今日は見学だったみたいだな?『魔力なし』のクラウスさん」
クラウスは、後ろから押されて地面に伏せたまま、呆然と押してきた生徒たちを見上げていた。
赤髪の体格のよい男子を先頭に、彼らは敵意丸出しの目で見てくる。
それを直に受けたクラウスは、急に周りの空気が鋭くなって、耳の奥がどくどくしてくるのを感じた。
「…」
情けなくも咄嗟のことで何も言えない。
「おまえ、入学してからも一度も魔法を使えたことがないらしいな?親父が言ってたよ。おまえがこの学園に災いをもたらすって!」
「そうだそうだ!魔力なしの出来損ないめ。早くやめちまえ!」
「あんたのその身の毛もよだつ恐ろしい黒い髪と黒い目を見て、みんな怖い思いをするのよ!」
散々な言われ様である。
クラウスはぐさっと傷つきながらも、10も離れているであろう子供相手に怒るわけにもいかず、ただ困惑した。
この学園の生徒だし…この嫌いよう、親をあの事件で亡くしているかもしれないしな…
だが、いくら人気のない場所とはいえ、段々周りの生徒が様子をうかがうように集まってきているのを感じ、クラウスは立ち上がった。
赤髪くんたちは、急に立ち上がったクラウスに少しビクッとする。
そんなに俺を恐れているのか?一体、魔法も使えない俺にどんな噂が立っているんだ…
クラウスはその様子に毒気が抜かれ、心の中でため息をついた。
──しかし、クラウスが何かを言うよりも早く、突然赤髪くんにバチっと電流のようなものが走り、彼はよろけて尻餅をついた。
突然のことに、皆が唖然とする。
クラウスも驚きつつ、咄嗟にその子に手を差し伸べた。
しかし、その時だった。手が届く前に、今度は目の前にいた生徒た全員が、なにか突風のようなもので突き飛ばされたかのように後ろへ吹っ飛んだのだ。
「ぎゃっ!」
クラウスは今度こそ目の前の出来事が理解できず立ち尽くす。
「い、痛ぁ」
見ると、生徒たちは頬や腕に小さな切り傷のようなものまである。
赤髪の男の子が、ばっと顔をあげてクラウスのことを睨んだ。
「今何をした!!」
「うわ…アイツ、今人相手に魔法使った…」
その時、周りで見ていた生徒たちの中から、ざわざわとそんな言葉が聞こえた。
──え?
周りを見ると、皆恐ろしいものを見るようにクラウスを見ているのが分かる。
っ…いや。
今のは俺じゃない。
だって、俺は魔法なんて使えないんだ。……そうだよな?
「お、おまえ。学園内での授業以外での攻撃魔法は禁止だぞ!」
「い、いや、俺は…」
「…やっぱり。この男、魔法が使えないって嘘ついてたのよ!魔法が使えて、この容姿なんて…こんなの…本当に”アイツ”の再来なんじゃ…」
怖い
アイツの再来
不気味
ざわざわとその呟きは周囲に広がって、刺すような視線がクラウスを襲った。
クラウスは起きたことが信じられなくて、ただ彼らを呆然と見つめる。
何かを言わなくちゃ。でも喉が張り付いたようで何も言えない。
と、周りがいよいよ騒がしくなった時だった。
「おやおや。何かトラブルかな?」
妙に落ち着いた声が聞こえ、後ろから1人の男が近づいてきた。
その男の服装はどこかの貴族のようで、ハットの下から覗く髪は白が混ざっており年齢がうかがえる。ひょろっとしていて、顔は妙に張り付けたような笑顔を浮かべていた。一見すると感じの良い紳士に見えるのだが…
…胡散臭いな。
正直な第一印象だった。クラウスの前世で培った経験がそう告げていた。
「突然すまないね。クラウスくんに用があって来てみたら…遠くから君たちが揉めているのが見えたものだから」
「俺たちはただ話しかけただけだ!それをこいつが!俺たちに突然攻撃魔法を出してきて」
「…そうか、ふむ」
赤髪くんたちは口々に抗議し、貴族風の男は細めた目でちらっとクラウスを見る。
クラウスは否定するのも面倒で、何も言わなかった。何を言っても信じてもらえなさそうだ。
「…だが、君たちから先に絡んでいるようにも見えたがね?攻撃魔法を使ったのはよくないが、君たちも煽ったところがある。ここは私が彼と個人的に話すよ。君たちはその怪我を医務室で診ておらいたまえ」
貴族風の男は意外にも落ち着いた声でその場を収めた。
赤髪くんたちはしぶしぶといった感じで去っていく。
…なんだ?意外と俺を庇ってくれた。
…もしかしたら、この世界で数少ない俺を助けてくれる人なのかもしれない。
男に続いて、クラウスは校舎の一室に入った。そこには、学園長もいた。
「さて、クラウスくん。急に呼び出してすまないね」
壮年の学園長が口を開く。
クラウスはてっきり、さっきの出来事で何か言われると思っていたので状況が掴めない。
「こちらは、君の援助を申し出てくれた、ケネス・ブラッド伯爵だ。君は今まで孤児で1人で生きてきたのだろう?しかし、この王都で生活するにはそれなりにお金が必要だ。この王立学園に君を入学させたのは我々だから、生活を助ける責任がある。そこで生活の援助をお願いできる人物を探していたのだ。──そこで名乗り出てくれたのが、このブラッド伯爵だ」
ブラッド伯爵と呼ばれた男は、また人好きのする笑みを浮かべた。
「クラウスくんが『ダラス』で記憶喪失のまま見つかったという噂を聞いてから、どうしても会いたいと思っていたんだよ。しかも、”魔力がない”と聞いてね…──ああ、別に君を卑下していったのではないよ。むしろその逆さ。一説では、魔力のない者は、”強大な力を持っている”、と言われているからね…そのような未来の力ある若者に、私はぜひ力を貸したいと思っているのだよ」
ブラッド伯爵は微笑んだ。
「それに」
彼のにっこり笑った目がうっすら開く。
「さっきは驚いたよ。人に対して使ったのはよくないが、魔力のない君が魔法を使うところを見れるなんて。これは、将来が楽しみだ」
クラウスは内心慌てた。やっぱり勘違いされてる!
「な、なんと!クラウスくんが魔法を使ったのかね?クラウスくんの指導をしているモーリス先生はそんなこと一言も…」
学園長の言葉に、クラウスはぶんぶん首を振る。
「ち、違うんです!俺は魔力がまだ全然なくて…さっきも魔法を使ったつもりはなかったんです」
「…まぁ、魔法というのは咄嗟に出てしまうこともあるからね。特に魔法を今まで使ったことのない者が急に使えるようになると、最初は操れないのかも知れない」
ブラッド伯爵の言葉に、それも違うと思うんだが…と反論しようとしたが、学園長も彼も何だか2人して納得しており、聞いてはもらえなかった。
「ま、いずれにぜよ、なんらかの魔法が発動されたのだろう。君が魔法を使えたのは朗報だが…授業外での攻撃魔法の使用を禁止しているのは知っているだろう?今回は故意ではなかったということで罰則は与えんが、モーリス先生に指導してもらって、ちゃんと力を操れるようにしておくこと」
「……はい」
「それがいいでしょうな。──クラウスくん、これからよろしく頼むよ。君の生活が安定するまで、何なりと手助けしよう」
ブラッド伯爵の差し出した手を、クラウスは戸惑いつつも握った。
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
その後、クラウスはブラッド伯爵の大きな屋敷に招待され、豪勢な夕飯をご馳走になった。
この世界で身寄りのないクラウスには、金銭面での援助は大変ありがたい話だった。──ただ、そこまでして助けてくれて、あとで何か要求されないのか心配だ。生活費もなるべく節約して過ごそう。
ブラッド伯爵は、そんなクラウスの心配には何でもないように笑って、未来ある若者に投資したいだけなんだ、としか言わなかった。
ちょっと何を考えているか分からない人だけど…この世界でここまで手助けしてくれたのは彼が初めてだ。
学園で明らかに嫌われているクラウスは、その初めてのことが純粋に嬉しかった。
寝る前に、クラウスは伯爵の屋敷から見える綺麗な夜の景色を見ていた。ここも学園にほど近い郊外にある屋敷だ。遠くの方に、学園で1番高い塔が見える。
今日は色々あった。嫌なこともあったけど…目を閉じると現れるのは、魔法対戦試合で戦うギルバートの姿だ。あんな風に魔法を出せたら、と思わずにはいられない美しくて強い戦いだった。
…今度話せたらいいな。彼だけじゃなく、本当はみんなに魔法について教えてほしいことはたくさんある。
…だが、ギルバートが自分を見て嫌悪感を露わにするのを想像し、クラウスは身震いした。
問題は、話す状態までいけるかということだ。
クラウスは息をつくと、自分用にと言われた寝室に向かうことにする。
だが、伯爵の屋敷はなかなか広くて、迷ってしまった。
誰かいないかな。
クラウスは、通りかかった広そうな部屋の扉をノックするが、誰もいないのか返事はない。
少し開いていたので中に顔だけ覗き込むが、薄暗い部屋にはやはり誰もいないようだった。こんな広い部屋、何に使うんだろう。
と、その時、クラウスは、部屋の正面の壁に掛かったある大きな絵に目が吸い寄せられた。
それは、薄暗い部屋の中でも黒々としたのが分かる。しかしよく目を凝らしてみると、絵の中に描かれているのは、黒い翼のようだった。
なんだか不気味で、クラウスはすぐにその場を離れ、通りがかった使用人に教えてもらって部屋に戻ったのだった。
あれはなんだったんだろう?
*
ここは、貴族の一部が利用する高級バーだ。
その薄暗いアンティークな店内の隅の席に、1人の男が座っていた。ハットの下からのぞく髪には、白髪が混ざる。
すると、そこにするりともう1人近づく者がいた。
「やあ、お待たせしましたね」
声をかけた男は、フードを目深にかぶっており顔が分からない。しかし、肩まである銀髪がちらっと照明に照らされて光った。
「ああ、待っていたよ」
「さっそく本題だが──見つかったというのは本当ですか?”魔力なし”が」
「…本当だ。しかも、彼は黒い髪と黒い瞳を持つ。初めて見た時は震えたよ。あの方の──あの高貴なお方の再来だ、ってね」
「あのお方の再来…まさか本当だとは」
「ただ、まだ”本当の力”には目覚めていないようだ。初級魔法も使えない」
「まだ、か。この世界に生まれたのなら、魔法が使えないなんてありえないが──ま、それはいずれ何とかなります。たとえ初級魔法までしか使えなくても、あとは我々があるべき姿に仕立て上げればいい。大切なのは、あの方とそっくりなこと」
「…ああ、その通りだ」
男たちは、誰も見ていない店の片隅で抑えきれない興奮を滲ませて笑った。
夜のとばりが降りた。
クラウスは、後ろから押されて地面に伏せたまま、呆然と押してきた生徒たちを見上げていた。
赤髪の体格のよい男子を先頭に、彼らは敵意丸出しの目で見てくる。
それを直に受けたクラウスは、急に周りの空気が鋭くなって、耳の奥がどくどくしてくるのを感じた。
「…」
情けなくも咄嗟のことで何も言えない。
「おまえ、入学してからも一度も魔法を使えたことがないらしいな?親父が言ってたよ。おまえがこの学園に災いをもたらすって!」
「そうだそうだ!魔力なしの出来損ないめ。早くやめちまえ!」
「あんたのその身の毛もよだつ恐ろしい黒い髪と黒い目を見て、みんな怖い思いをするのよ!」
散々な言われ様である。
クラウスはぐさっと傷つきながらも、10も離れているであろう子供相手に怒るわけにもいかず、ただ困惑した。
この学園の生徒だし…この嫌いよう、親をあの事件で亡くしているかもしれないしな…
だが、いくら人気のない場所とはいえ、段々周りの生徒が様子をうかがうように集まってきているのを感じ、クラウスは立ち上がった。
赤髪くんたちは、急に立ち上がったクラウスに少しビクッとする。
そんなに俺を恐れているのか?一体、魔法も使えない俺にどんな噂が立っているんだ…
クラウスはその様子に毒気が抜かれ、心の中でため息をついた。
──しかし、クラウスが何かを言うよりも早く、突然赤髪くんにバチっと電流のようなものが走り、彼はよろけて尻餅をついた。
突然のことに、皆が唖然とする。
クラウスも驚きつつ、咄嗟にその子に手を差し伸べた。
しかし、その時だった。手が届く前に、今度は目の前にいた生徒た全員が、なにか突風のようなもので突き飛ばされたかのように後ろへ吹っ飛んだのだ。
「ぎゃっ!」
クラウスは今度こそ目の前の出来事が理解できず立ち尽くす。
「い、痛ぁ」
見ると、生徒たちは頬や腕に小さな切り傷のようなものまである。
赤髪の男の子が、ばっと顔をあげてクラウスのことを睨んだ。
「今何をした!!」
「うわ…アイツ、今人相手に魔法使った…」
その時、周りで見ていた生徒たちの中から、ざわざわとそんな言葉が聞こえた。
──え?
周りを見ると、皆恐ろしいものを見るようにクラウスを見ているのが分かる。
っ…いや。
今のは俺じゃない。
だって、俺は魔法なんて使えないんだ。……そうだよな?
「お、おまえ。学園内での授業以外での攻撃魔法は禁止だぞ!」
「い、いや、俺は…」
「…やっぱり。この男、魔法が使えないって嘘ついてたのよ!魔法が使えて、この容姿なんて…こんなの…本当に”アイツ”の再来なんじゃ…」
怖い
アイツの再来
不気味
ざわざわとその呟きは周囲に広がって、刺すような視線がクラウスを襲った。
クラウスは起きたことが信じられなくて、ただ彼らを呆然と見つめる。
何かを言わなくちゃ。でも喉が張り付いたようで何も言えない。
と、周りがいよいよ騒がしくなった時だった。
「おやおや。何かトラブルかな?」
妙に落ち着いた声が聞こえ、後ろから1人の男が近づいてきた。
その男の服装はどこかの貴族のようで、ハットの下から覗く髪は白が混ざっており年齢がうかがえる。ひょろっとしていて、顔は妙に張り付けたような笑顔を浮かべていた。一見すると感じの良い紳士に見えるのだが…
…胡散臭いな。
正直な第一印象だった。クラウスの前世で培った経験がそう告げていた。
「突然すまないね。クラウスくんに用があって来てみたら…遠くから君たちが揉めているのが見えたものだから」
「俺たちはただ話しかけただけだ!それをこいつが!俺たちに突然攻撃魔法を出してきて」
「…そうか、ふむ」
赤髪くんたちは口々に抗議し、貴族風の男は細めた目でちらっとクラウスを見る。
クラウスは否定するのも面倒で、何も言わなかった。何を言っても信じてもらえなさそうだ。
「…だが、君たちから先に絡んでいるようにも見えたがね?攻撃魔法を使ったのはよくないが、君たちも煽ったところがある。ここは私が彼と個人的に話すよ。君たちはその怪我を医務室で診ておらいたまえ」
貴族風の男は意外にも落ち着いた声でその場を収めた。
赤髪くんたちはしぶしぶといった感じで去っていく。
…なんだ?意外と俺を庇ってくれた。
…もしかしたら、この世界で数少ない俺を助けてくれる人なのかもしれない。
男に続いて、クラウスは校舎の一室に入った。そこには、学園長もいた。
「さて、クラウスくん。急に呼び出してすまないね」
壮年の学園長が口を開く。
クラウスはてっきり、さっきの出来事で何か言われると思っていたので状況が掴めない。
「こちらは、君の援助を申し出てくれた、ケネス・ブラッド伯爵だ。君は今まで孤児で1人で生きてきたのだろう?しかし、この王都で生活するにはそれなりにお金が必要だ。この王立学園に君を入学させたのは我々だから、生活を助ける責任がある。そこで生活の援助をお願いできる人物を探していたのだ。──そこで名乗り出てくれたのが、このブラッド伯爵だ」
ブラッド伯爵と呼ばれた男は、また人好きのする笑みを浮かべた。
「クラウスくんが『ダラス』で記憶喪失のまま見つかったという噂を聞いてから、どうしても会いたいと思っていたんだよ。しかも、”魔力がない”と聞いてね…──ああ、別に君を卑下していったのではないよ。むしろその逆さ。一説では、魔力のない者は、”強大な力を持っている”、と言われているからね…そのような未来の力ある若者に、私はぜひ力を貸したいと思っているのだよ」
ブラッド伯爵は微笑んだ。
「それに」
彼のにっこり笑った目がうっすら開く。
「さっきは驚いたよ。人に対して使ったのはよくないが、魔力のない君が魔法を使うところを見れるなんて。これは、将来が楽しみだ」
クラウスは内心慌てた。やっぱり勘違いされてる!
「な、なんと!クラウスくんが魔法を使ったのかね?クラウスくんの指導をしているモーリス先生はそんなこと一言も…」
学園長の言葉に、クラウスはぶんぶん首を振る。
「ち、違うんです!俺は魔力がまだ全然なくて…さっきも魔法を使ったつもりはなかったんです」
「…まぁ、魔法というのは咄嗟に出てしまうこともあるからね。特に魔法を今まで使ったことのない者が急に使えるようになると、最初は操れないのかも知れない」
ブラッド伯爵の言葉に、それも違うと思うんだが…と反論しようとしたが、学園長も彼も何だか2人して納得しており、聞いてはもらえなかった。
「ま、いずれにぜよ、なんらかの魔法が発動されたのだろう。君が魔法を使えたのは朗報だが…授業外での攻撃魔法の使用を禁止しているのは知っているだろう?今回は故意ではなかったということで罰則は与えんが、モーリス先生に指導してもらって、ちゃんと力を操れるようにしておくこと」
「……はい」
「それがいいでしょうな。──クラウスくん、これからよろしく頼むよ。君の生活が安定するまで、何なりと手助けしよう」
ブラッド伯爵の差し出した手を、クラウスは戸惑いつつも握った。
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
その後、クラウスはブラッド伯爵の大きな屋敷に招待され、豪勢な夕飯をご馳走になった。
この世界で身寄りのないクラウスには、金銭面での援助は大変ありがたい話だった。──ただ、そこまでして助けてくれて、あとで何か要求されないのか心配だ。生活費もなるべく節約して過ごそう。
ブラッド伯爵は、そんなクラウスの心配には何でもないように笑って、未来ある若者に投資したいだけなんだ、としか言わなかった。
ちょっと何を考えているか分からない人だけど…この世界でここまで手助けしてくれたのは彼が初めてだ。
学園で明らかに嫌われているクラウスは、その初めてのことが純粋に嬉しかった。
寝る前に、クラウスは伯爵の屋敷から見える綺麗な夜の景色を見ていた。ここも学園にほど近い郊外にある屋敷だ。遠くの方に、学園で1番高い塔が見える。
今日は色々あった。嫌なこともあったけど…目を閉じると現れるのは、魔法対戦試合で戦うギルバートの姿だ。あんな風に魔法を出せたら、と思わずにはいられない美しくて強い戦いだった。
…今度話せたらいいな。彼だけじゃなく、本当はみんなに魔法について教えてほしいことはたくさんある。
…だが、ギルバートが自分を見て嫌悪感を露わにするのを想像し、クラウスは身震いした。
問題は、話す状態までいけるかということだ。
クラウスは息をつくと、自分用にと言われた寝室に向かうことにする。
だが、伯爵の屋敷はなかなか広くて、迷ってしまった。
誰かいないかな。
クラウスは、通りかかった広そうな部屋の扉をノックするが、誰もいないのか返事はない。
少し開いていたので中に顔だけ覗き込むが、薄暗い部屋にはやはり誰もいないようだった。こんな広い部屋、何に使うんだろう。
と、その時、クラウスは、部屋の正面の壁に掛かったある大きな絵に目が吸い寄せられた。
それは、薄暗い部屋の中でも黒々としたのが分かる。しかしよく目を凝らしてみると、絵の中に描かれているのは、黒い翼のようだった。
なんだか不気味で、クラウスはすぐにその場を離れ、通りがかった使用人に教えてもらって部屋に戻ったのだった。
あれはなんだったんだろう?
*
ここは、貴族の一部が利用する高級バーだ。
その薄暗いアンティークな店内の隅の席に、1人の男が座っていた。ハットの下からのぞく髪には、白髪が混ざる。
すると、そこにするりともう1人近づく者がいた。
「やあ、お待たせしましたね」
声をかけた男は、フードを目深にかぶっており顔が分からない。しかし、肩まである銀髪がちらっと照明に照らされて光った。
「ああ、待っていたよ」
「さっそく本題だが──見つかったというのは本当ですか?”魔力なし”が」
「…本当だ。しかも、彼は黒い髪と黒い瞳を持つ。初めて見た時は震えたよ。あの方の──あの高貴なお方の再来だ、ってね」
「あのお方の再来…まさか本当だとは」
「ただ、まだ”本当の力”には目覚めていないようだ。初級魔法も使えない」
「まだ、か。この世界に生まれたのなら、魔法が使えないなんてありえないが──ま、それはいずれ何とかなります。たとえ初級魔法までしか使えなくても、あとは我々があるべき姿に仕立て上げればいい。大切なのは、あの方とそっくりなこと」
「…ああ、その通りだ」
男たちは、誰も見ていない店の片隅で抑えきれない興奮を滲ませて笑った。
夜のとばりが降りた。
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