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 カイは気が狂いそうだった。

 カイがアランを襲ったあの夜から、カイは常に自分の中から湧き出る激情を抑えるのに必死だった。

──アランを殺せ。

 カイの中には、アランへの殺意が湧いてくるのだ。

 おかしい。まるでイーブルの所に居た時、毎日勇者への敵意が生まれるよう調教された時のように、自分が自分でなくなる感覚だ。
 
 イーブルに何かされた…。

 そうとしか思えない。だって、俺はアランのことが本当は──

 しかし、ここまで考えるといつも頭が激痛に襲われ、思考できなくなる。今はただ、殺意を抑えるのに必死だった。


 もう、アランの故郷に着くというのに。


 今朝も、アランの背後から、その美しい後ろ姿に剣を刺そうと手をかけそうになって、ハッとした。
 時々、我を忘れて、また自分が戻ってきての繰り返しだ。思考もままならず、ほぼ喋らずにただ皆の後ろを歩く。もう、アランや他の皆がどんな思いでカイを見ているかなんて、考えることも感じ取ることもできなくなっていた。

「着いたぞ」

 誰かが、そう言った気がした。

 ああ、いや、違う。あれはジャックだ。

「カイは少し休んでてね」

 何度も言われた言葉だ。皆、俺を心配さてくれている。故郷に着いたら、少し休もうと。原因を見つけよう。誰かに言われた。

 それが何になる?

 俺の目的は、アランを倒すことだ。殺せ!

 また、カイはハッと顔を上げた。危ない。また我を忘れる所だった。
 周りを見ると、そこは木がまばらに生えた、昔村だったような形跡のある土地だった。その景色を見て、カイは久しぶりに頭の中の霧が晴れていくのを感じる。

 この景色は見たことがある。

 そうだ。夢の中と同じだ。やはり、俺はアランの故郷に来たことがある。

 アランが、遠くで何やら探っているのが見える。崩れた家の跡のような所だ。それを見た瞬間、頭に記憶の一片が過ぎ去る。



──「お兄ちゃん、怖いよぉ。助けて」

 腕の中の小さな体が泣いている。

 守らなきゃ。この子だけでも。──



 この記憶は…なんだ…。
 
 村だった場所を散り散りになって何か探していた皆が、戻ってくるのが見える。
 カイはそれをぼーっとして見つめていた。

 その時、晴れていたのに、周りが薄暗くなって、カイは突如威圧を感じた。

 ッイーブル!

 その気配を感じて振り返ると、もうそこにはヤツがテレポーションして立っていた。それまで、全く気配がなかった。

「誰だ!!」

 周りに居たアランたちが、一斉に戦闘体制に入る。

「──まぁまぁ、落ち着いて」

 ニヤニヤ、とイーブルは目を細めて笑う。

「私は魔王の側近のイーブル」
「側近だって…?」

 ザワリ、と皆が動揺する。

「そうだ。だが、私は魔王より君たち人間の味方だ。今日は、警告しにきただけだよ。君たちの仲間に、裏切り者がいるってことをね」

 イーブルの赤い目が、ゆっくりとカイを射抜いた。

「──勇者さんは知っているかな?この村を襲った張本人が誰なのかを」
「…?」
「この村を全滅させたのは、そこにいる剣士のカイ。ソイツだよ」

 イーブルが勝ち誇ったように笑った。
 皆が一斉にカイを見るのが分かる。

 待ってくれ!俺じゃない…!

「…カイが?そんなわけない!デタラメを言うな!」

 すかさずアランの凛とした声が響き、カイはハッとする。

「いや。そいつは、昔から勇者を殺すことだけを考えてきた。時折殺気を感じるんじゃないか?」

 アランは何か言おうとしたが、ギクリと肩を強張らせる。
 …その通りだ。最近の俺は何度もアランを殺そうとしている。

「今までは仲間だったようだが…そいつの本性を見てみよ…!」

 そう言った瞬間、イーブルは魔法を出す。
 すると、周りの景色が変わって、真っ赤になる。炎に包まれたのだ。
 いや、これは幻覚だ。イーブルの幻覚魔法。

「見てみろ。これは村が襲われた時のことだ」

 イーブルの声が頭に響く。

 真っ赤な炎に包まれた中、逃げる人を攻撃するモンスターが飛び交っていて、周りは悲惨な状態だった。
 カイがハッとアランを見ると、アランは呆然として悲痛に目を見開いてこの光景を見ている。

 やめてくれ…!

 イーブルに殴りかかりたくなったが、幻覚のその光景はまるで今起きている現実のようで、足が恐怖で動かない。

 するとその時、人々を襲うモンスターの奥から、ゆっくり歩いてくる人の姿が見えた。
 煙の奥の影はどんどん大きくなり、それが少年くらいのものになる。煙から顔が見えた瞬間、カイは戦慄した。

 それは、少年のカイだった。

 少年のカイは、無表情にそばを通る人々に向けて攻撃魔法を放ち、撃たれた人は地面に倒れて動かなくなる。その後も、彼は容赦なく人々を攻撃してモンスターを操るように仕向けていた。

 カイは吐き気がして地面に崩れ落ちた。今見たものが信じられなかったが、自分が犯した過ちだけが事実として目の前にあった。

「どうだ?見たか?これがコイツの正体だ。アラン、お前を殺そうとする裏切り者が、カイなのだ!」

 イーブルの吠える声が辺りに響く。

 炎の煙の中、アランの目がこちらを見ているのが分かって、カイは何とか彼を見上げた。
 アランの目には信じられない、という気持ちと、確かに深い悲しみがあった。

 …ああ。

 …俺は何てことをしてしまったんだ。

「…もういっそ殺してくれ」

 カイの小さな震える声は誰にも聞こえたなかった。





「…どういうことだ?」

 ジャックがポツリと呟く。動揺して、アランとカイを交互に見つめている。

 気づいた時には、周りはさっきの森の中に戻っていた。真っ赤な炎はもうない。

「…見た通りだよ。そいつが、この村を"全滅させた"」

 全滅させた、という言葉を聞いた瞬間、またカイは我を失いそうになる。

 勇者を殺せ!

 それしか頭の中に浮かばず、カイは冷や汗をかきながら必死に剣を取ろうとする腕に爪を立てた。ぼやけた視界で皆を見上げると、ジャックとクララが混乱したような顔でカイを見ている。…アランは、何も言わず俯いて立っていた。

 イーブルが、ゆっくりと近づいてくる。

「さて、裏切り者のカイだが…このまま仲間でいるつもりか?アラン、お前の家族や村の人たちを襲ったのは、何も言わずに今までお前と過ごしてきたこの男だ…卑怯だよなぁ」

 アランは、何も答えなかったが、やっと顔を上げてカイを見据えた。その目は、想像していた怒りも失望もなく、ただ静かだった。

「…本当に君がやったことなのか?」
「…カイ、お願いだ、答えてくれ。覚えていないって、それだけでも」

 アランの声が震える。

 カイは答えることができずに俯いた。それを答えだと受け取ったのか、アランが息を呑む音がする。

 イーブルは、歩みを止めずに、ゆっくりとアランたちの元へ近づく。カイにはイーブルの背が見えた。

 その時、カイはイーブルの後ろ手に、光る何かを見た。

 !剣だ。その剣は、力を貯めて紫に光っていた。

 理解した時には、カイは飛び出していた。重かった体もガンガン痛む頭も無視して、アランとイーブルの間に飛び込む。
 
 イーブルが剣をアランに振りかざしたのは、同時だった。


「アラン、逃げろ!!」


 カイは力を振り絞って叫ぶと、次の瞬間体を引き裂く激痛を感じた。イーブルの振り上げた剣は、カイに刺さったのだ。

「ッカイ!!」

 次いで、アランの声がした気がしたが、カイはイーブルの闇の炎をまともに食らって声すら出せずに悶えた。

「ッくそ!邪魔しやがって!」

 痛い。焼けるようだ。

 もう何も見えなくて聞こえなくなった。

 アランは無事かな。
 最後に、俺はアランを守れたのだろうか。…ごめんな、アラン。君を裏切るつもりはなかったのに…やっぱりどう頑張っても、俺は悪役の裏切り者だ。でも、それでも裏切りたくなったんだ。本当だ。君のことが好きだから…好きだって言いたかった。できることなら、…



 カイの意識はそこで途切れた。




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